律儀にも用を足したばかりのそこの先端を濡れ布巾で拭われ、セファンの唇が包む。
 拭き清めなくてはならない認識があるのなら口に含む事など止めて貰いたいものだが、ルシェラはただ唇を噛んで衝動に堪えるに留まる。
 今から騒いでいては、セファンの望む「意識のある自分」ではいられない。

 まだ昂ぶりもせず柔らかいそこを丹念に舐めねぶる。
 まだずっと幼い頃に割礼は済まされていたが、精通はつい数週間前に初めてあったばかりだ。
 これまでは何処か燻るばかりだった快感が解放を覚える。
 漸く、対等に快楽を得られる身体になりつつあった。

 だからといって、それが必ずしもルシェラにとって望ましい事だとは限らない。
 より穢れた自分を意識せざるを得ず、事の後には自身に対する嫌悪感が並々ならず、それだけではなく罪悪感すら感じる。

 性欲だけではなく、身体の芯まで満たされる。
 与えられるのは快楽だけではなく、むしろルシェラの主となるのは生気を得ることにある。
 その事を知っている父だからこそ未だ堪えていられる。
 セファンの生気だけでは到底足りないが、それでも、心は未だ救われていた。

「は、ぁ……」
 緩やかに追い上げられ、甘く熱い吐息が洩れる。
 硬度を増したそれに満足したのか、唇が離れる。
 腰を抱え上げられ、息が、後庭に触れる。
 ルシェラは身を竦ませ、来るべき衝撃に備えた。
 濡れたものがそこに触れる。
 皺を引き延ばすように蠢く。
 ルシェラは身を捩り、縋るものを求めて股間に顔を埋めたセファンの髪を掴んだ。

「愛して差し上げますよ。……私だけが、貴方のことを愛してあげられるのだから」
 唾液で潤されたそこに指が差し入れられる。
「ぁ……あぁ…………」
 慣れきったそこは、けれども、治癒力というものはこんな所にまで影響するもので、決して緩むことなく進入を拒む。
 排泄器官としての役割より、男を受け入れた事の方が果たした数も多いかも知れないにも関わらず、ルシェラに痛苦を齎す。

「兄上…………兄上…………」
 身体をずらしてルシェラと顔を合わせながら、指が奥へと入り込む。
「ふ、ぁ……」
 頤が仰け反る。
 皓く晒された喉に舌を這わせ、セファンはうっとりとした顔つきでルシェラの表情を伺った。
 震える睫が愛おしい。
 目は閉ざされ、堪えるように眉は顰められていたが、明らかに苦痛だけではない。
 艶を刷いて染まった目元が麗しい。

 愛撫もそこそこに、セファンのいきり立った逸物が宛われる。
 痛みすら快感にすり替える、ルシェラの身体が誘ってすらいるように感じた。
「あ、ま、っ……て……や、あぁぁぁっ!!」
 ルシェラの唇から細く高い悲鳴が走る。
 傷付きはしないものの、性急な行為はただ痛みと圧迫感だけを齎す。
 首を振り、セファンの身体に縋りながら背に爪を立てる。
 セファンは走った痛みに顔を顰めた。
 しかし、ルシェラにその事を考える余裕などない。

「ぅ……ん、ぅ……」
 思わずこぼれ落ちた涙を快感のためだと受け取り、セファンは気をよくしながら律動を始める。
「ひっぁ、ん……んぁ……」
 心が遠い。
 ルシェラの涙は、受け入れた際の苦痛のためだけではなく、ましてや快楽のためなどではあり得ない。

 兄を愛するといいながらも、兄としての自分の事すら見てはくれない。
 ただ、自分の欲望に忠実なだけだ。
 されど、拒みきれはしない。
 今だとて、そう……この身体の繋がりが与えてくれる命の力に満たされていく。
 快感を得るためではなく、この充足感こそが、ルシェラにとっての性行為の本質だ。

 口付けられ、上がる悲鳴すら飲み込まれる。
 触れ合う箇所が増える度、互いの身体の熱を感じる。
 熱は奔流となりルシェラの身体の隅々までを犯していく。
 もっと、と、より深い口付けを求めた。

 ルシェラの様子が受け入れを示すものに変わり、セファンはより行為に集中する。
 ルシェラが力を継ぐ前と、継いだ後では、圧倒的に消耗が違った。
 弄ぶだけの余裕が持てない。
 手を繋ぐだけでも疲労感は並ではないというのに、より一層の虚脱に襲われる。

 ルシェラは気付いていないのだろう。
 客を取らなくなり、セファン一人で全てを賄うようになった為もある。
 それ以上に、人の身には過ぎた力は、これまでより多くの命の力を欲する。
 かつて兄の傍らにいた男は一人でこの感覚に耐えた。
 その事が、信じられない思いもする。
 自分の知る限りで、兄の相手はその男ただ一人だった筈だ。

 それを知っているからこそ、力を継いだことを機に客を遠ざけ、ただ一人でルシェラの命を繋ごうとしているのだ。
 他の誰の目にも触れさせず、ただ、自分一人がルシェラを生かす、その愉悦。
 常に人のものだった兄をこの手にしている、その思いが、今のセファンを支えている。

「あ、ぁは…………ん……」
 乱れるルシェラは美しい。
 手を重ね、寝台に縫い止める。
 首を振ると、艶めいた白金髪が踊る。

 漸く血の巡りが良くなってきた身体は微紅に染まっていた。
 霧を吹いたように汗ばんだからだからは、心地よい体臭が漂う。
 ルシェラのそれはまるで、香草か何かの様な香気とも言うべきもので、通常の人間のそれとは全く趣を異にしている。
 雄を誘う匂いとはこの様なものかと、感心した覚えもある。

 貫かれた肛孔は既に馴染み、雄の動きに合わせて腰を揺らす。
 快楽が本意ではなくとも、追い求めてしまうように既に身体が作られてしまっている。
 抗うことは出来ない。
 その為にセファンが慣れさせたのだと、ルシェラは気付かぬ侭これからも過ごすのだろう。

 大きく割り開かれた襞は、抽送に合わせて捲れ、僅かに真っ赤に熟れたその中の秘部を覗かせる。
 ひどく淫猥な眺めに、セファンは思わず唇を舐めた。
 甚だしい疲労感はあるが、ルシェラを目の前にすると最後の気力すらも振り絞らなくてはならない気になる。
「あ、やっ……んぁ……」
 閉じることを忘れたように嬌声を揚げ続ける唇の端から、飲み込むことを忘れられた唾液が溢れていた。

 頤から舌を這わせ、それを舐め上げる。
 微かに動く度に眩暈がする。
 セファンは眉を顰めながら、ルシェラの多分に媚びを含んだ表情を見詰め続ける。
 最後、だ。

 自棄にでもなったかのように腰を振り、セファンは果てた。

 そのままどさりとルシェラの上に身を投げ出す。
 弾みで白濁した粘液にまみれた巨根が抜け出たが、ルシェラは僅かに身を震わせただけだった。
 けれど意識は未だはっきりとしてい、セファンの様子を薄目で窺う。

 ルシェラの身体は、満たされ切ってはいなかった。
 もう十分に快感は得たが、何処か物足りなさがつきまとう。
 生気が、足りていない。

「……セファン……?」
 父と呼べば怒るのだ。
 ルシェラは恐る恐る名を呼んだ。
 セファンは、苦悶するような表情で目を閉ざしている。
 四十路も過ぎた身には、過労だったらしい。

「……大丈夫……ですか……?」
 この所、こうしてやたらに疲れを隠せないことが多くなった気がする。
 ルシェラはセファンの王としての責務を思い、手を取ってその甲に口付けを贈る。
 自分が原因だとは思い至りもしない。
 自分を満たしてくれるものが、どれほど相手に負担を強いているかなど、知る由もなかった。

 顔にかかる髪をそっと手で払い、セファンの顔を見詰める。

 普段歳など思い起こさせることのない精悍で整った顔立ちには、今だけ、年相応の疲れが浮かび上がっている。
 王としての仕事をこなした後、毎日この部屋を訪れて甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
 セファンが望んだことだとは言え、その精力には驚くばかりだ。
 本当にこのままでよいのかと、考えることもある。
 自分がいる所為で、セファンに無理を強い、国政に差し障りが出るようではいけないのだ。
 早く朽ちていく身にかまけて、民に迷惑を掛けてはならない。

「そろそろお戻りでなくては……明日のご職務に差し障りましょう?」
「ん…………ああ…………」
 漸くに目が開く。
 緑がかった青灰色の瞳がルシェラを認め、僅かに微笑んだ。

「ご無理はなさいますな」
「……まだ顔色が悪うございますね」
「わたくしより、貴方が」
「私では……こと足りませんか」
「…………その様なこと…………」
 身体の奥に燻るものはある。
 けれど、これ程疲労しているセファンに無理はさせられない。

 セファンは口を濁したルシェラを見詰め、暫くして漸くに口を開いた。
「…………明日より、またダグヌ達をこれへ」
「……よいのですか?」
 この二ヶ月という間意固地になっていたものが。
 セファンは苦々しげな顔で、けれども諦めたらしい口振りだった。
「貴方が私で足りぬならば……仕方のないこと。私も、これ以上は職務に差し障る。王としての職務は、貴方が何よりも優先しろとお命じになられた事なれば」
「そう……そう、なさいませ……」
「…………戻ります。また、明日に」
「はい……お待ちしております」


作 水鏡透瀏

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