夜食の席でも、アルヴィンは小食かつ温和しく、黙ったままだった。
 リシャールがどれ程話しかけても殆ど反応が返らず、ただ身体を竦ませるばかりだ。
 しかし、リシャールは焦らなかった。
 もう既に腹は決まっている。

 さっさと食事を済ませると、そのままなし崩しにリシャールはアルヴィンの部屋へと押しかけてしまった。
 少年に与えるのが惜しい程の豪奢な客室だが、リシャールにはそれでもアルヴィンに宛がうには不十分に思える。
「あ、あの……休みたいんですけど……」
 困惑して逃げようとするアルヴィンなど歯牙にもかけない。
 ただにっこりと微笑む。
「君の邪魔をするつもりはないよ」
「でも、あの……」
 寝台にちょこりと腰掛けるアルヴィンの隣に強引に座り、肩を抱き寄せる。
 アルヴィンは可哀想になる程に身を竦ませ、上目遣いにリシャールを見詰めた。
 怯えた瞳が、リシャールに情欲の火を灯す。
「……離して下さい……」
「君ともっと親しくなりたいのだよ」
「そんな…………困ります。僕は……」
「私に任せてくれればそれでいい」
「っ……や…………」
 肩を抱いていた手か腕を滑り、太腿へ這わせられる。
 アルヴィンは腰を浮かせ逃げようとしたが、その前にリシャールに引き寄せられ、膝の上に座らせられしまう。
「なん……っ…………」
 リシャールの唇が、アルヴィンの首筋に押し当てられる。
「くっ……」
 咄嗟に、アルヴィンの拳がリシャールに向けられていた。
 温和しく見えても男は男である。
 蹌踉めく程に殴られて怯んだリシャールの腕から抜け出て、窓辺へ駆け寄る。
「何をなさるんですか!」
「親しくなりたいのだと、言ったろう?」
 急の事で歯を食い縛るに至れなかった。口の中に血の味が広がっている。
 リシャールは眉を顰め、手巾を出して口の中の鉄錆びた味のする唾液を吐き出す。
「こうまで抵抗した者は初めてだぞ」
「当然でしょう!? 僕は貴方の妻じゃない!」
「教会の教えは理想論だ」
「だから、それを守る為の努力をするんでしょう。それが人間です。感情で動くだけなら、獣と同じです」
 窓の鍵を外す。
 逃げられる。
 咄嗟にリシャールは駆け寄り、アルヴィンの腕を掴むや寝台に投げた。
「ぅっ……」
 衝撃に息が詰まる。
 一瞬の間に、リシャールはアルヴィンの身体を自らの体格を利用して押さえ込んだ。
「……くっ……ぅ…………」
 屈辱からか、アルヴィンの表情が歪む。
「悪い様にはしない」
「ならっ……!」
 頤が大きな手で押し上げられ、舌を噛みかける。
 それだというのにアルヴィンの唇を押し割る様に指が蠢いていた。
「っつ……」
 アルヴィンの歯が指に立ち、リシャールの指を傷つけた。
 血に唇が濡れる。
 アルヴィンの表情が変わった。

「ぁ……あ…………」
 瞬く間にとろりと瞳が揺らぐ。
 口の中に、淡く血の味が広がっていた。
「は………………ぁ……」
 目の縁が薄紅に染まる。
 瞳が潤み、揺らぎを魅せていた。
 咄嗟にリシャールの指を吐き出す。直ぐさま血がぷつりと玉の様に滲んだ。
「……あ…………あぁ……」
 舌先が傷ついた指先を捕らえ、辿り、吸い上げる。
 ぴちゃり、と濡れた音が立った。
 リシャールの背が粟立つ。
「血を好むか…………艶めいた事だ」
 囁きにアルヴィンは身体を震わせ、瞬く間に大きな瞳を潤ませる。
「あ…………ぁ、や……」
 顔を横へ背け、両の手で覆う。
 リシャールは指先が傷ついている事も構わず、その唾液に濡れた指をアルヴィンの服の中へと滑り込ませた。
「や、ぁ……あ……」
 何処を遊ぶ事もなく、下履きに入り込んで尻の丸みを撫で、その狭間へと指が這わせられる。
 アルヴィンは、震えるばかりで抵抗などしなかった。
 蕾を弄んでいた指先が軽く引っかかる。
「ん、っ……ん…………」
 アルヴィンは指の進入を拒まなかった。
 その反応が何処か初々しさに欠け、リシャールは瞠目する。

「ふっ……ぅは……」
「初めてではないのだな。残念だが……手間がないのはいい」
「ん、ぁっ……ゃ……」
 深く差し入れられた指が、アルヴィンの中を弄って脆くする場所を探る。
 慣れているのか、十分に潤いを伴った指がどれ程蹂躙しても痛みを覚えている様子は殆どない。ただ、小さな手が顔を覆っていた。
 軽く自分の指を口に含み、歯を立てる。
「ぁ、っ……」
 その手が取られ、歯形に口付けられる。そして、唇が、深く合わさる。
 やはり、巧みな口づけだった。
 逃げようとする舌を捉え翻弄する。だが、アルヴィンがそれに応えると、リシャールの舌は直ぐ様引いていく。
 駆け引きにアルヴィンはついて行けない。
 上と下、どちらの口も巧みに塞がれ弄られ、頭に霞がかかってくる。
「ぅ、ん……ぅ……」
 ぎゅっと閉ざした瞳の間から涙が溢れ落ちる。
 だが、表情程に抵抗は見せない。
 背徳の行為の筈だ。アルヴィンの信じるものは、そもそも夫婦間の性交の他、自慰さえも禁じている。
「……もっと……主に基づいて拒むかと思っていた」
 唇が離れる。
 やっとの思いで空気を貪りながら、アルヴィンはただ首を横に振った。
「ここは慣れているのに、反応は初々しくて愛らしいな」
「ぅ、ゃあ……っ」
 頤が逃れる様に仰け反り、まだ声変わりの証の隆起も浅い喉元が晒される。
 ほっそりとしたそこへ、吸い寄せられる様に口づけを落とした。
 甘く匂いやかだ。
 花弁を散らす様に跡を残しながら、存分に味わう。
 いつまでも味わっていたい様な、しかし、直ぐにでも刺し貫いて泣かしてしまいたい様な、相反する、それでも貪りたい事に代わりのない感情がリシャールを支配していた。
「ぁふ……っぅ……」
 声は拒んでいない。
 それに微かに苛立って、蕾を弄う指を深く、激しくする。
「ぃ、っあ……っ」
 苦痛を示す声音に、ぞくりとした震えが走る。
 己の奥底を浚われた思いがする。沸き上がる汚らわしい欲望を痛切に感じた。
 痛みや衝動を堪える眉を寄せた表情が、堪らなく扇情的だった。
 拒んで欲しい。
 従順に、諾々と流されるのは似つかわしくない。もっと……もっと、そう、争う様な、戦う様な、そんな熱いものが欲しい。
「やっ……ぃや……ぁっ……」
 甲高い声に煽られる。
 奥底のふっくりとした所を鉤形に曲げた指の腹で押す様に撫でてやると面白い様に細い身体が跳ねる。
「あ、ぁんっ、ぅ……くっ……」
 声を抑えようと口元を覆う手を取り、両手纏めて寝台へ押さえつける。
 アルヴィンの手首は細くまだ子供のもので、リシャールの片手でも十分に両手を戒める事が出来る。
「ぁ、あ……っ……あ……」
 少し強くそこを押すと、ふるふると震える鈴口から僅かに白濁した粘液が溢れる。
「や、っん……ぁ…………」
 首を振って感覚から逃れようとするが、上手くはいかない様だ。
 大きな瞳から止め処なく涙が溢れていた。
 快楽に潤んでいる、リシャールはそう受け取り、気分を良くする。
「こちらだけでも良さそうだな」
「ぁん、んぅ……はっ……ぁふ……」
 飲み込む事を忘れられた唾液が口の端から伝っている。
 淡い蝋燭の明かりで煌めくそれに引き寄せられて舌先で舐め取る。甘い。
 葡萄酒も麦酒も、この唾液の甘みが齎す以上の酔いなど与えないだろう。
 嫌々と顔を振る仕草は、むしろ誘っている様にしか見えなかった。

 不意に、リシャールの手が強く払われる。
 思いの外強い力に怯んだ隙に、アルヴィンの腕がリシャールに伸ばされ絡んだ。
「アルヴィン……?」
「もっと…………」
 鳶色の瞳が、更に紅味を帯びている様に見える。
 魅せられて、リシャールはその眦に口付ける。
 アルヴィンは直ぐさま身を捩り、自らリシャールの唇に齧り付いた。
「んっ……ぅふ……」
 指を食んだ蕾が蠢いている。引き込まれそうに感じて、リシャールは僅かに指を引いた。
「っや、ぁは、ぁ」
「飢えているのか?」
 唇を僅かに離し揶揄う。
 アルヴィンは強い視線でリシャールを睨み付けた。
 揶揄いに恥じる仕草もない。
 単純に揶揄ったつもりが挑みかかられた気分になり、リシャールの中でも血が滾る。
「もっと、欲しいのだろう?」
「ん、っく、ぅ……」
 指を完全に引き抜く。背が撓う。
「あ、ぁや……」
 手がリシャールを探る。それを制し、リシャールは厭な笑みを浮かべる。
 滑らかな丸みを掌で撫でる。
「美しいな」
 女の豊かな尻も嫌いではないが、それはともすればたるみにも見える。
 アルヴィンの尻は全く違って、張りも手触りも申し分ない。
 尻から太腿にかけての線は、ただ目の前にあるだけで情欲をそそった。
「ふ……ぅ……」
 指に馴染んでいた蕾が浅く口を開き、物欲しげに開閉している。
 希にそれに指をかけると、面白い様に背筋が震えた。
「いいものだ」
 白く滑らかだ。
 リシャールは無意識に手を挙げ、平手を思い切り振り下ろした。

「く、っぅ!」
 ぱぁんと小気味いい音が響く。
 アルヴィンの身体が硬直した。
 白い尻朶に、微かに大きな手の跡がつく。
「なっ!……やっ…………」
 求めているものではない。アルヴィンは逃れようと藻掻いた。
 鬱陶しく感じて、リシャールは天蓋から下がる布を纏めていた紐を取り、アルヴィンを後ろ手に縛り上げてしまう。
「い……厭だっ!」
「温和しくしていたまえよ」
「外して……下さい……」
「少しだけだよ」
 もう一度、尻を叩く。
「んっ! ぅ……」
 形ばかりは大人だが、まだ何処か子供らしさを残した茎が股間で震えている。
 痛みを与えられても、それは萎えを見せはしない。
「本当に厭なら、身体も厭がってみせる事だ」
「いや……だっ…………止めて下さい…っ!」
 藻掻き、寝台の上を這い上がろうとするが、腰をがっちりと引き寄せられてしまう。
 膝の上に俯せに抱え上げ、仕置きの様にもう一度。
「ぅ、ぁっ」
 声は苦痛を示す。
 しかし、鈴口からは敷布へと透明な雫が滴り落ちる。
「いい様だな」
「ち、違っ……」
 じわりと目元に涙が滲む。
 快感にでも、痛みにでもなく、それは屈辱だった。
 涙にも瞳の持つ力が失せる事がない。振り向く様にしてリシャールを睨む、その光に例えようもなくそそられる。
 歯止めが利かなかった。
 繰り返し尻朶を打つ。
 その度に撓う、陽を知らぬかの様な皓い背が堪らなくそそった。
「あ、っ……ぁ、いや…………」
 感じている。
 アルヴィンの声は次第に、再び艶を含んできていた。
 興奮に乾いた己の唇をちろりと舐め、更に挑みかかる。
 振り下ろす手に、余計に力が込められた。
 血の気が薄く中々染まらなかったが、幾度も繰り返し叩くうちに、うっすらと紅を刷いてくる。
 美しい色だった。

 もっと赤い花を咲かせたい。
 赤い色が好きだ。白いものは、染めてやりたくなる。
 赤く赤く、目にも鮮やかな程……。
 叩いた手が滑り、爪先が柔らかな皮膚を傷つけた。
 一際赤く、糸の様に血が引く。
 その色にはっとして、リシャールは手を止めた。
 血はすぐに止まる。大した傷ではない。

「……すまない」
 アルヴィンの身体を俯せのまま寝台へ横たえる。
 身を屈め、その円やかな尻へと口付けた。
 舌先で紅い筋を辿る。視界に入った手の戒めも解いた。
 動いた為に皮膚が擦れ、こちらも赤い跡になってしまっている。
 唇はそのままに、指先で手首の痕を辿る。アルヴィンは緩く首を振った。
「っ、ふぅ……」
 尻に触れる唇が甘い。
 繰り返し叩いた事で何処か感覚が麻痺している様で、もどかしげに尻を揺らす。
 痛みと、それだけではない何かを感じている様だった。
「好きだな、君も」
 アルヴィンは枕をぎゅっと抱き締め、リシャールに対して反応を返さない様努めている。
 その様が堪らなくいとおしく、リシャールは躊躇いもなくその口づけていた双丘の狭間へと唇を押し当てた。
「んっ……ぅ…………」
 身を捩るが、逃れる様ではない。
 膝が自然に開いていた。
 知っていなくては、こうした反応にはなるまい。
 リシャールはアルヴィンのその様を眺め、何故か気分が苛立つのを感じた。
 遊び女と同じだと思えば腹など立つものではないが、アルヴィンは別だと強く感じる。

「初めてだぞ。抱く者の向こうに透けて見える男に嫉妬するのは」
「……?」
 アルヴィンには意味が分からず、ただ与えられる感覚に身体を震わせるだけだ。
 赤い跡は既に薄らぎ始めている。
 くっきりと残る様にとしてはいても、何処か思い切れなかったのだろう。
 慈しむ様に触れる唇が癒し、尚のこと痛みを忘れさせている。
「は…………ぁ…………リシャール……様ぁ…………」
 身を捩り、振り返る。
 リシャールは微笑んで見せた。
「君の初めての男でありたかったものだ」
「………………………………っ……」
 アルヴィンの表情が歪む。
 リシャールは再びアルヴィンの尻に顔を埋め、その表情には気がつかない。
「あ、っ……ぁ……ん……」
 襞の一つ一つを解きほぐす様に舌が這い、内側へと唾液を注ぎ込んでいく。
 女の様に濡れるわけではない。
 しかし、蠢く感覚にアルヴィンは堪え難く腰を揺らした。
 鈴口からは止め処なく透明な粘液が滴っている。
 手が、自然に自分の股間へと伸びた。
「んっ、ぅ……んっっ……」
「いけない子だ」
 直ぐに手を取り、後ろ手に締め上げて指に絡んだ粘液を舐める。
「ふぁ、ぁ、やぁ」
 指先から掌までを丹念に舐める。その分蕾への愛撫が止み、アルヴィンは切なげに尻を揺らした。
 先端が敷布に擦りつけられ、絶頂をどうにか迎えようと無心になる。
 リシャールは淫らな様に目を細め、片手でアルヴィンの腕を戒めたまままた美尻へと平手を食らわせる。

「んぁ、あ、っあぁっっ」
 白い背が震える。
 尻をぶたれた事が、決定的な刺激になっていた。
 どくり、と幹が脈打つ。
「ぁふ、っぁ……あ、っぁ……」
 白濁した粘液が、勢いよく迸る。
「ぁ……っん……あ…………」
 二、三度に分けて放出し、びくびくと震えながらアルヴィンは絶頂を迎えた。
「あ……は、ん……ん……っ……」
 敷布にとろりとした液体が溢れ零れる。
 目を閉ざす。
 長い睫へ見る間に雫が溜まり、汗ばんだ頬を伝った。

「君の様に意志の強い人間でも、快楽に負ける。これは人の性だ。だから、小難しい事は考えるのを止めて私に全て預けなさい」
 柔らかな耳朶を噛み、耳殻へ低く注ぎ込む。
 アルヴィンは暫く放心していたが、その内にことりと項垂れた。
 リシャールにはそれが、許諾の頷きに見えたのだった。


作 水鏡透瀏

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