リシャールの手つきはまさしく壊れ物を扱う様だった。
 指の腹で首の根や腰の窪みを撫で擦りながら、丁寧な愛撫を繰り返す。
 ノウラが見ていると思うと、どうしてもその様な扱いになる。
 薄い胸を喘がせるアルヴィンを見ているともっと組み伏せる様に荒々しく行為に耽りたくもなるが、今宵は大切に扱う方が先だと思えた。
「っ、は……ぁ……」
 首筋と言うよりは鎖骨に近い辺りと、髪の生え際、脇から胸筋の切れ込んだ所、臍、脇の窪み。
 指で探り、唇を押し当てていく。
 アルヴィンの手はそっとリシャールの頭を抱え込む様にし、細い指先が髪を掴んでいた。
 引き離す様ではない。引き寄せる様でもない。
 ただ、何かを掴んでいないと不安になる様だった。
「ぁ、っ……ぅ……」
 肌の表面が粟立っている。
 窘める様に掌で背を撫でると、アルヴィンは身を捩った。
 リシャールの様子は変わっても、アルヴィンの態度は変わらない。
 優しいものなど欲していなかった。
 荒々しく踏み躙って欲しい。そうすれば、自分の心に言い訳が立つというのに。
 くっと、手にしている金の髪を引く。柔らかな艶の良い髪が指に絡む。
 自分は壊れ物などではない。大切に触れられれば触れられる程、身体の芯が冷たく凍っていった。
 視界の端で、ノウラが笑っている。

──バカね、アルヴィン──
──身体が喜んでいるのだから、任せればいいだけなのに──
──その人は、とても優しいわ──
──貴方だって、求めているでしょう?──

 女なら許せるのだろう。この男の我が儘も、この身の内を食んでいく熱も。
 だがアルヴィンは男で、リシャールもまた男だった。
 自尊心などという生易しく脆いものではない。
 ただ、そんな関係ではいられない。
 どちらかがどちらかを食らい尽くすまで、互いの奥底が満たされる事はない。そんな、予感があった。
 引き合ってしまった魂は、ぶつかり砕けながら消耗していくだけだ。
 このたかが三日の間に、そうまで思った。
 根拠など分からない。
 ただ、衝突を繰り返す事でしか欲しているものを手に入れられないそんな気がした。

「あ、っぁ……っ」
 幹に這う根の様な血管を直接に触れられ、アルヴィンは悲鳴に近い声を上げた。
 腰が引き攣る。
「ぃ……ぁ……だっ……あ……っ、ぁ」
「いい反応だよ。愛らしい」
 アルヴィンは顔を覆う。
 人に見せられる表情ではない。
 意識の隅に引っかかるノウラは、まだ笑っていた。
「み……見るな……っ……」
「ノウラの事など忘れたまえよ」
「やっ、あ、っぁ……」
 くすくすと、楽しげに笑っている。
 神経が焼け付く様だった。
「いいならいいと、言って欲しいと……前にも言った筈だが」
「あ、っぁ、は……っ……」
 羞恥が煽っている。
 リシャールの指も同時に、巧みにアルヴィンを煽っていた。
「達していいよ、アルヴィン」
「ふぁ、っ……ぁ、っあ……っ!」
 低く優しく耳元で囁かれる。舌が、耳穴を穿った。
 背が撓う。
 一瞬の解放。
 リシャールの手の中で呆気なくアルヴィンは陥落した。
「……見られると良いのだな。先日より早い」
 顔を覆っているアルヴィンの手を無理に引き離し、その目の前で穢れた手を舐め取ってみせる。
 それが凄絶な色香すら持って見えて、アルヴィンはなんとか顔を背けた。
 ぞくりと背筋に走った震えは、期待なのか、絶望なのか、アルヴィンには分からなかった。

「…………も…………ぁ…………っ……」
「まだだ。まだ、これからだろう?」
 くちくちと濡れた音がしている。音と感覚とが連動して、アルヴィンはもう随分と疲弊している身体をただ震わせるしかなかった。
 自分一人で幾度達しただろう。考える頭も霞に埋もれ、反撃の糸口など見つからない。
 下腹部が放った粘液に濡れてひやりとしている。
「ん、っぁ、あふ……っ……」
 リシャール自身は与えられず、ただ指と唇だけがアルヴィンを煽り続けている。
 長い指が中を存分に弄っている。三本もの指は、それなりに押し開きアルヴィンを満たしていたが、圧倒的に熱が足りなかった。
 屹立した肉茎を食まれ、先端を舌で抉られながら指を動かされると、ただ意味のない声だけが上がる。
「あ、っあ……ゃ……ぁっ……」
 声が嗄れている。それでも口を塞ぐ事は出来ない。口を手で覆うより、足の様に埋まる男の頭を引き離す方が先だ……そう、思う頭はなくとも、自然にその様に手が動く。
「ん、っぅ……ふぁ、っう」
 指の腹が奥を、節が襞を、煽るだけ煽りながらも決定的な刺激を与えてくれない。
 口に含まれた茎も同じ事で、絶頂を迎えそうになると歯を立てられ気を反らされる。
 死を思わせる程の昂ぶりを迎えなければ、解放もしてくれない。
「ゃ……ぃ……あぁ……っ……」
 自分が内側からぼろぼろと崩れていく様な感覚に、アルヴィンはただ悲鳴を上げる。
 最早、快楽のその先の場所にいる。
 手に触れる髪を掴み引っ張る。
 それでもリシャールは怯まず、止め処なく溢れる透明な液体を啜った。
 甘露の様だ。
 妖しげな薬など使わなくても、アルヴィンの身体はただそれだけでリシャールを酔わせる。

「見せつけてやるのだろう?」
 意味も分からぬまま、ただ頭を打ち振るう。
 リシャールの声を聞くのが辛かった。僅かに掠れた美声を耳にすると、ただそれだけで身体中が歓喜に湧く。
 聞きたくない。これ以上、壊れたくない。
「よく見ていたまえよ、ノウラ」
 誰に対する嫉妬なのか。ぞくぞくと震えが背筋を走る。
 聞きたくない。
 涙腺は既に決壊し、滂沱の涙に暮れる。
「や、ぁっ……い……言わなっ……っつ……」
 ノウラの視線。
 リシャールに重なり、離れ、ゆらゆらと漂う気配。
 見ないで欲しい。
 こんな、自分ではどうしようもない身体の昂ぶりなど、誰にも見られたくない。
「ふぁ、あぁ……ん……」
「ノウラは咎めていない。良いなら良いと言いたまえよ」
「……っあぁ……っ……」
 口を僅かに離すと、弾みで歯が先端に引っかかる。
 勢いよく背が撓り、白濁した蜜を零した。
 しかし、もう限界が近いのだろう。勢いは乏しく、ひどく薄まっていた。
 意識が途切れる。
 悲鳴も上がりきらず、リシャールの髪を掴んだ手から力だけが抜け落ちた。

 与えられたいのは快楽ではないのだ。

 頬を叩かれる感触で、アルヴィンは自分が意識を失っていた事を知る。
 緩慢に目を開けると、不安げな青い瞳を見つけた。
 そんな顔で見詰めるくらいなら、手加減の一つくらいして欲しいものだと思う。
「……生きているか?」
 安堵と僅かな後悔の滲む声に、アルヴィンはそっと手を伸ばした。
 首に力の入らぬ腕を回し、リシャールに縋る。
 汗と精液に濡れて冷えた身体に、リシャールの体温が堪らなく心地よかった。
「…………も……ゃ…………」
「ああ…………済まない。君を前にすると、いつまでも触れ合っていたいと思うのだよ……」
 中をまさぐっていた指も抜かれている。
 長らく中を弄っていた為か、美しい指がふやけていた。
「…………シャ……様…………」
 ぐずる様に首筋へ顔を押しつける。
「……すまない。辛かったか?」
 アルヴィンは首を横に振る。
 何処か幼げな仕草に、リシャールは目の前の柔らかな癖毛を撫でた。
 身体が密接している為に、リシャールの昂ぶりはアルヴィンへと如実に伝わっている。
 アルヴィンはおずおずと、自分の腰をリシャールへと擦りつけた。
「ア、アルヴィン君……?」
「……はっ……ぁ…………は……」
 達したばかりのものに勢いはない。そこへの愛撫はもう十分すぎる程十分に受けている。
 ただ、リシャールが欲しい。

「……私が欲しいのか?」
 言葉には出来ずただ頷く。
「だが、私はもう少し乱れる君を見ていたい」
「やっ、ぁ……下さい……下さい……っ…………」
「帰ると言わないなら、私をあげよう」
「ふ……ぇ…………あ……ゃっ……だ…………ぇ……」
 緩く首が振られる。
「まだ拒むのか? ノウラだって、帰らないと言っているのだろう?」
「うっ……ぅ……ふ……」
「欲しいのだろう?」
 膝裏に手が掛かり、ぐっと持ち上げられる。
「あ、っぁあ、ぃ……ぁ……っ」
 陰嚢の裏から蟻の戸渡りの辺りにリシャールの逸物が這う。そこへ尻を半ば乗せる様な形になり、アルヴィンは掠れた悲鳴を上げた。
 女ではない。この体勢での挿入にはかなりの無理がある。
 ただ、リシャールの指や舌を散々に含んで緩められた蕾は、熱を感じて益々疼いた。
 息をする様に、淫らに開閉しているのが自分でも分かる。

 欲しい。
 欲しい。
 欲しい。
 欲しい!

「や、っ……ぁ……………………っあ……あぁ……」
 腰を前後に動かし、自ら擦りつける。
 リシャールが昂ぶっていないわけではない。
 先走りの淫液が動きを助け、まるで犯されている様な錯覚に陥る。
「あ、っぁん」
 奥へ与えられたい。だが、リシャールに縋る腕を放したくない。
 下腹に感じる濡れた熱にアルヴィンは身を捩らせる。
 アルヴィンの痴態にリシャールは目を細め、僅かに腰を引いた。
「ふぁ、ゃ、ぁ……なんっ……何で……」
 取り縋る。そこに、厳しい目でリシャールを睨んだアルヴィンの姿はない。
 忌々しい。リシャールは舌打ちする。
 だが、今は言葉だけでも約定を取り付けてしまわなければならない。
 逃がしたくない。
「君が素直に言わないからだよ。私が欲しいのだろう?」
「欲し……っ……欲しい…………下さい……くださっ……」
「では、言わなくてはならない事があるだろう?」
「あ、っあぁ……んっ……」
 円く並ぶ襞をぐるり指で辿る。襞は難なく指を銜え込み、奥へ引き込む様に蠕動していた。
「ここにいてくれるな? ノウラと共に」
 聞きたい答えはただそれだけだ。それさえ聞けば、自分も堪える事はない。アルヴィンが欲しがるだけ与えてやりもするだろうし、それ以上だとて。

「アルヴィン君」
 耳の奥に音が響いている。
 ノウラの声だ。その温かみは、自分を非難していないと思えた。
 促されているとさえ思う。
「ノウラは何と言っている? 私を後押ししている、そう私は感じるのだが」
 ふるふるとアルヴィンは身体を震わせる。
 全身を持って拒絶している様にも思え、リシャールは乱暴に襞の内側を抉った。
「ぅ、くぁ……っ」
「ノウラは、何と言っている?」
「……く……ぅあ…………や……ゃめ……っ……」
 下肢は自ら放ったものとリシャールの雫とで濡れそぼっている。どれだけ乱暴に扱っても指の程では傷つきもしない。
 口と態度では厭がりながらも、アルヴィンの腕はやはりリシャールから離れようとしない。
「アルヴィン、私を受け入れないというなら、」
 強く首を横に振っている。
「……私を受け入れたからと言って、誰も君を責めたりなどしないよ」
 責め苛むのだ、自分自身が。
「ノウラは、私と君とを引き合わせてくれた。彼女は許しているだろう?」
 焦らされているのはどちらなのか。
 リシャールは苛立ちを隠せない。
 アルヴィンの胸を軽く押し、身体を浮かせる。
 腰だけを強く引き寄せ、熱り立った自身の先端だけを含ませた。
「くぅ……ぁ、っぁ……ん……」
 一番太い部分が狭い洞を押し広げる。絶対的な質量を漸く与えられ、アルヴィンは歓喜に背を震わせた。
 しかし、奥までは進められない。
 僅かに離れたリシャールの顔を、涙に暮れる瞳で見詰める。
 瞳の色は、薄藍に見えた。
「……君は…………」

 美しい色。
 不思議な色だ。先まで瞳の色は鳶色だと思っていた。
 顔に血の気はなく、青褪めてさえ見える。
 昂ぶっている身体も妙に冷たく、リシャール自身を含んだ身体の内ですら例外ではなかった。
「はっ……は、っぁは…………」
 呼吸を荒く貪っている。
 その代わりにますます熱を失っていく身体に、リシャールは狼狽えた。
「しっかりしたまえ」
「ぅ、ふ……は……ぁっ…………」
 アルヴィンは自ら腰を動かし、リシャールを深くへ導こうとする。
 冷たい。
 身体の中の熱までも次第に失せている様にさえ思えて、リシャールは身を引いた。
「やっ、ぁあ、ぃ……やぁ……」
 アルヴィンの腕の力は、思いの外強かった。リシャールの身体を引き寄せ、強く強く縋る。
「アルヴィン……っ……」
 肉の洞は、それ自体が別の生き物ででもあるかの様に蠢き、リシャールを引き込んでいく。
 冷たい滑りが、リシャールを感じた事のない境地へ導いていく。
 慣れぬ刺激が新鮮だった。
 熱い粘膜には慣れているが、不思議な感覚だ。抗い難い。
 じわじわと追われているのはリシャールの方なのかも知れない。

 アルヴィンがリシャールの望みを口にするより、リシャールの理性が揺らぐ方が先立った。
「…………仕方のない子だ……」
 身体の冷たさと乱れ様の非均衡が、リシャールを堪らなく煽る。
 アルヴィンの中でより自らの昂ぶりを感じていた。
 熱く滾る自分の熱に、浮かされているのもまだ自分自身だった。
「君を存分に満たせば……そんな望みを抱いても良いのか?」
 アルヴィンを腕の中に抱き込む。首筋から背、腰の窪みをゆっくりと撫で窘め、リシャールは一気に腰を打ち付けた。
「あ、っああぁぁ……んっ……ぅ……」
「くっ……やはり……きついな」
 みっちりと、狭い蕾がリシャールの形に押し開かれている。
 緩めるだけ緩められていたそこは、狭いは狭いが決してリシャールを拒む事はなかった。
「っ……ひ……っく…………」
 声は最早掠れ、その殆どが喉に引っかかって艶を失くした音にすり替わっていく。
 強く縋っている為に、アルヴィンの顔はリシャールの首筋に埋もれ、ただ柔らかな癖毛が汗ばみながらリシャールの頤を擽る。
 丁度口元に来た耳朶を軽く噛んでやると、襞が尚のこと震える。
 堪らなく、いい。
「動くぞ」
 短く宣言して、リシャールは律動を開始する。
 折れそうな程細い体を抱き締める。
 その痛々しさをいとおしく思いながらも、同じくらいの苛立ちによって蹂躙をを手控えはしない。
「……ひっ……っぁ……は……」
 押し入れば柔軟に受け入れ、引けばその動きを拒む様に襞が絡む。
 尻と大腿のぶつかり合う音、そして粘液が混ぜ返される淫らな音が響いていた。
 リシャールの目にはただ柔らかな栗毛と細い首筋、薄い肩だけが視界に入る。
 弱々しい姿はやはり気に入らない。
 ただ、昨日、一昨日に感じていた熱く猛々しいものに対する欲求はなかった。
 今この身体が持っている冷たさは、熱く滾っているのと同義だ。
 ならば、益々凍て付くがいい。
 背筋に走るのが、快楽なのか、寒気なのか、また煽られているのか、それすらもリシャールには分からなかった。

 腕はずるりと落ち、既にリシャールから離れている。
 声ももう上がってはいない。ただリシャールの動きに合わせて身体が揺れていた。
 それでも、リシャールは行為を止めようとしない。
 アルヴィンを昂ぶらせていた間にも堪えていた代償だとでも言うのか、腰を打ち付け続ける。
 幾度も中に放った為に、抜き差しを繰り返す度に白濁が蕾から溢れて敷布を汚した。
 ノウラの制止はない。少なくとも、リシャールには聞こえていない。
 求めても求めても足りなかった。
 身体よりもっと深いところがアルヴィンを求めて止まない。
 アルヴィンを食らい尽くしてしまえば、この奥底の餓えは癒されるのだろうか。
 あるいは、この手に掛けてでも……アルヴィンを手に入れたい。

「……く……ふ、ぅ……」
 どさり、アルヴィンを抱き込んだまま寝台に崩れ落ちる。
 絶倫、と言っても限度はあった。言う程若くもない。
 アルヴィンの中から引き抜きはしないが、それでもこれ以上動く体力がそろそろ危うく思えて、行為を止めた。
 腕の中の身体は完全に熱を失っている様に思えた。
 汗と涙と精液に塗れながら、硝子の人形の様に硬質な冷たさを伝えるばかりだ。
 その異様な感触に不安を隠せず、リシャールはアルヴィンの顔を窺う。
 頬は抜ける様に白い。血液が流れている様にすら思えなかった。
 睫には粘液が僅かに絡んで乾いていた。白く見える。震える事もなく、このまま目覚めない様にも思えた。
 生きているのか……。
 鼻へ手を翳してもよく分からない。
 手でぴたぴたと頬を叩くが、反応はなかった。

「アルヴィン君…………」
 首筋へと顔を擦り寄せる。鼓動も、ひどく弱い気がした。
「アルヴィン君、目を覚ましたまえ」
 喉が渇いて声が掠れるのが、自分でも面白く思えた。
 何処も彼処も乾いている。表面も、奥底も、乾いて罅割れている。
 アルヴィンの瞳を見たかった。
「……アルヴィン君…………」
 口付ける。
 力ない唇はあっさりと割開かれ、リシャールの舌を受け入れた。
 歯列にも僅かな隙間があり、難なくアルヴィンの舌を絡め取る。
 アルヴィンの口の中も、乾いていた。
 唾液を注ぎ、互いの口内を潤す。
「…………ふ…………」
 微かに、アルヴィンの喉が上下した。
「……アルヴィン…………」
 首根を擽り、覚醒を促す。睫が震えた。
「アルヴィン…………起きたまえよ……君…………」
 ゆっくりと、瞼が上がる。
 頼りなく目が彷徨い、リシャールの金の髪を視界に捉えて僅かに微笑んだ。
 視線が合う。氷青色と、鳶色が、柔らかく絡んだ。
 先程に瞳の色が薄藍に見えたのは、やり錯覚だったのだろうか。分からないが、そのどちらも美しく思えた。
「…………アルヴィン…………」
 唇を離し、リシャールはアルヴィンの耳元に顔を寄せた。
 熱い吐息の混じった声で名を呼ばれ、力なく全身が震える。
「ぁ………………リシャール……様…………」
 リシャールの身体に触れた皮膚が焼ける様だ。
 アルヴィンは大きく目を見開いて天井を見上げ、何に対してか顔を歪ませるや、再び目を閉じた。
「身体が冷えきっている。……それ程辛かったなら、申し訳のない事だが」
「……い……ぃえ…………」
「……そうか? 良かったなら、良かったと言ってくれたまえよ。君は何も言ってくれない」
 腕の中の身体が柔らかな暖かみを取り戻し始めた事を感じて、リシャールは軽く腰を突き上げた。
「ふぁ、っん……」
「まだ終わってはいない。……君が、ここにいてくれると言うまではな」
「………………言いません。僕は…………言いません……」
 息も同然の掠れた声で呟く。
 答えの曖昧さにアルヴィン自身は気付いていた。
 素直にリシャールの求めに応じる事は出来ぬではない。リシャールの言う様に居所へ使いを遣って、同居人を呼び寄せた後ただ慎ましやかにリシャールの膝元で暮らす……それは、そう難しい事ではない。
 しかし、リシャール自身でさえ気付いていない彼の奥底の欲求は、アルヴィンからその答えを奪っていた。諾々と従う事をよしとしないだろう、この男は。
 どれ程優しく甘く愛を囁いても、根底にはもっと荒々しいものが潜んでいる事に、アルヴィンは気付いていた。
 言いさえしなければ、現状に留まる事が許されるのだ。
 アルヴィンには、まだ秘さねばならぬ事が幾らでもある。それはリシャールも同じ事。
 多くを共有するのが、良い事ばかりではないと知っている。
 ただ、強張りの解けぬ腕でリシャールの身体に縋る。
「………………言いません…………」
「言わせてみせよう。この私が」
 リシャールはまだ気付いていない。
 アルヴィンは緩慢に首を傾け、視界に入る美しい金の髪を見詰め続けた。


作 水鏡透瀏

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