「んっ……く……ん……」
昨日の緩みなどとうに窄まっている。
リファスのものが濡れていたところで、ある程度用意をしていなくては辛い。
まだ若いし未使用にも等しいとは言え、形は既に大人のものだ。圧迫感が先に立つ。
「っ、ぁ、あ……っ……」
肩に置いている手が強く縋り、リファスの肩に爪が食い込む。
「つっぅ……」
痛みという名の刺激も、今の二人にはただ他の感覚を研ぎ澄ませる事にしかならない。
「ルシェ…………辛く……ないか……?」
ルシェラの様子が心配で堪らない。
苦悶に歪む顔も凄絶に美しかったが、リファスにはそれを楽しむ気持ちには到底なれない。
頬に手を沿え引き寄せながら、涙の滲む眦に口付ける。
ルシェラはふわりと微笑んだ。
リファスの見せる優しさの全てがルシェラを包む。
内臓を押し上げる様な圧迫感も、この優しさの前では掻き消えてしまった。
「ぁ……はっ……」
ぐっと体重をかける。
ずるん、と笠の部分が一際狭い箇所を通り抜けた。
「あ、ぁっ……ん……っ……」
頭が仰け反る。背が勢いよく撓った。
そのまま後ろへ倒れそうになるところをリファスが支える。
荒過ぎる呼吸を整えてやる様に背を撫でると、ルシェラは何とか体勢を立て直した。
「っ……ルシェラ……」
感じた事のない感触だった。
根がみっちりと熱い肉の洞に包み込まれている。
中が蠕動し、より奥へ引き込もうと動く。
「ぁ……あ……っ……」
どうすればよいのか……それを考える事すら出来ない。絶対的な感覚が支配する。
ルシェラは今度はうつ伏せに倒れかけ、リファスの肩に額を当てている。激しくも弱々しい呼吸がリファスの肌に触れる。
「ルシェラ……やっぱ……だめ、だよ……」
ルシェラは首を横に振って応える。
「苦しい……くせに」
軽く頭を振り、ルシェラの与える感覚を振り払う。
このまま流されていては駄目だ。ルシェラの体調を気にかける心が、辛うじて性欲を上回る。
折れそうなまでに薄い肩を掴み、軽く身体を離すように押す。
それに反しようとして、形の良い爪が更なる傷をリファスの肩に刻んだ。
「ルシェラ!」
咎めるではなく、窘める様に声を上げる。
乱れた髪の間から緑の瞳が覗き、僅かに紅く染まっていた。
――…………まえ……――
「……何?」
声が届く。
――なま……え……――
「名前?」
何を伝えたいのか分からず、小さく首を傾げる。
その首筋にルシェラは噛み付く様に口付ける。軽い痛みが走ったのは、実際に歯が立てられたからだろう。
「名前、が……どうか、」
――わたくしの名を……呼んで下さい――
「ルシェラ……?」
――もっと……呼んで……――
「ルシェラ、どうしたんだ……?」
ルシェラが何を望んでいるのか分からない。
――もっと……もっと…………わたくしの、名を……――
首筋から僅かに離れ、リファスの頭を抱え込む。額や髪に頬擦りを繰り返す。
「……ルシェラ」
ルシェラが切望しているもの。
――……リファス殿…………わたくしを……見て……!!――
それは悲痛な叫びにも似ていた。
見て欲しいと渇望しながらもルシェラの腕は緩まず、身動きが取れない。
「ルシェラ……」
なすがままに任せながら、リファスはルシェラの背を撫で続ける。
滑らかで、汗ばんでいる事も手伝ってか手に吸い付く様だった。
ルシェラが望むなら、このまま堪えてもみせよう。
熱い粘膜に包み込まれている茎は堪え難い程の快楽を伝えては来るが……あと少し、どこかが足りない。生殺しの様だったが、リファスの腹は決まっている。
こうしていたいならそれでいい。
ルシェラの気が済んだら、自慰でも何でもして開放すればよい。
「ルシェラ…………名前呼んで、お前を見詰めるだけでいいなら……俺は幾らだってその望みを叶える。…………ルシェラ。ルシェラ…………」
抱えられたままの頭を回し、ルシェラの様子を窺い見る。
涙を流し続ける瞳がそこにあった。
目が合う。
見詰め合う……。
「ルシェラ……それから、何を望む?」
――………………これ以上…………? 何も…………何もいらない。ただ…………王子でも、国守でも、兄でもないわたくしを…………わたくしを…………――
ぽたりぽたりと涙が降ってくる。リファスの頬をしとどに濡らす。
ルシェラの望むものに漸く行き当たる。
終いまでは言ってしまえない苦しみも同じ様に悟った。
名を呼び見詰める。そこで終わりでは、やはりルシェラは満たされないままなのだろう。
「俺は、ここにいる間のお前しか知らない。王子のお前も、国守のお前も、それから、誰かの兄貴だってお前のことも、何も知らない。知らないお前の事なんて呼びようがないだろ。お前は、お前だ、ルシェラ」
――…………わたくしは…………わたくし…………――
瞳が不安げに揺れている。
悲しかった。そうまで、ルシェラにとって自己とは遠いものなのか。
しかし、気の毒に思ったり、同情したりしているわけではない。それが自分でも不思議だ。
ただ、悔しい。
――……わたくしを……見て下さいますか……全てを……失い、この身一つになっても……それでも……わたくしを、わたくしとして……見て下さいますか……?――
「勿論。……俺は、他に知らない」
あっさりと頷く。
ルシェラは悲しげなまま、それでも辛うじて微笑を浮かべた。
疑ってはいないが、心の奥底の望みのままにリファスを求める事が出来ない。
ルシェラが意を決し誰にも伝えた事のなかった深過ぎる闇をやっと口の端に乗せたのに対し、リファスの対応はあまりに軽い気がした。
心の奥底など誰にも分からない。ルシェラはそれを良く分かっていた。
今までの客達よりはずっと解っていてくれているとは思う。
それでも、ルシェラにとっては十分だとは言えなかった。
今は何も考えたくない。
ずくり、とリファスを咥え込んだままの後庭が脈打つ。
頤を仰け反らせ、その衝動に耐える。
「っぁ、あ……」
蠢いた事にリファスは素直な反応を返す。
入れる、入れられる、それだけが抱く抱かれるを決定しているのではないこのを痛感した。
リファスを犯している。
厭な響きだ。けれど、もう抑えなど効かない。
望む程には心が満たされまいと、全てを取り去った自分を見て、名を呼んでくれる事に変わりはない。
セファンは兄として、客達は王子として又は国守として、ダグヌはルシェラの母親として、エイルとて……何を見ていたかは分からないが、ルシェラ自身を見ていたわけではない事は感じていた。
「ルシェラ」という個を見た人間は国にいない。
ともすれば、乳母の自分を見る目とて、信じ切れはしていない。乳母も結局は……シルーナの忘れ形見として愛し慈しんでくれていたに過ぎないと思っている。
思い返す記憶は、様々に歪められていた。
どれ程軽く感じられても、リファスはただルシェラを見ている。
ルシェラという個を真っ直ぐに見ている。
これが、嬉しくない筈はなかった。
――……名を……名を…………――
腰をゆるりと回す。
「ぁ、る、しぇら…………ルシェラ……ぁ」
涙に濡れる瞳がルシェラに縋る様に見詰める。
男としての機能を使うのは初めてなのだ。その初めてに、抗いがたい強い刺激を感じている。
「はっ、ん……っ……」
リファスの瞳に背筋に震えが走る。
征服欲、とでも言えばよいのか……ルシェラ自身も、初めての立場に戸惑う。
ただ、感じた事のない愉悦を覚える。
男が根源的に持っている、他者を圧したい思い、征服したいという思い、攻撃的な感情がルシェラを支配している。
ずっと受身でいた。考えた事もなかった。
リファスを翻弄したい、そんな感情が自分の中に眠っていた事が恐ろしく、また、自分も男だったのだと安堵もした。
倒錯している、そう思う事も出来ない。ただ、素直になってみたかった。
紅い舌を覗かせ、唇を舐め潤す。
――リファス殿……リファス殿……――
揺らめく腰。少し身体を浮かせては再び剣に刺し貫かれる。
欲望は満たされて行く。
心も、国にいた頃のどの性交より、遥かに満たされていた。
命も…………。
はっとしてリファスの様子を窺う。
紅潮した顔。困惑して寄せられた眉。けれど、ルシェラを見詰め、いとおしげに背を抱いていた。
生きている。
何も奪っていないかの様に見える。
何故かは分からないが、リファスはルシェラに与えても尚余りある命を持ち合わせているらしかった。
「あ、っぁはん……っ……」
背筋を駆け上がっていく震え。
今まで抱かれた男達よりは慎ましやかだが、今のルシェラを満たすには十分な役割を果たしていた。
動き方が分からず相変わらずなされるがままのリファスに対し、ルシェラは思う様身を捩じらせて自らの欲望を追求していった。
「や、っ、ぁん……っぅ……」
言葉にはならない切れ切れの嬌声が上がる。
その度にリファスの身体はふるふると震えた。
埋め込んだものが質量を増していく。
リファスは勢いよく首を横に振って、感覚を振り払おうとした。
ルシェラより先に達したくない。これでは、本末転倒だ。
満たしてやりたいのに……自分が先に達したのでは何の意味もない。
ただ分かる事をしてやる。
リファスの指先が、ルシェラの股間を捉えた。
「ふぁぁあっ!!」
ルシェラの背が撓り、一際リファスを締め上げる。
「っく、ぁ……ぁ……」
――リファ……どの…………だ、めぇ……――
「なん、っ…………で……お前っ、が……いか……なきゃ……意味が……」
ルシェラの唇が諭そうとしたリファスの口を封じる。
そして、ますます激しく腰を動かした。
「ぁ、っひ、ぁ……」
合わせた唇の間からどちらのものとも付かない悲鳴に似た声が上がる。
「っ、ぁあああっっ!!!!」
リファスの身体が硬直する。
抑えられない声が上がり、足の先までピンと張り詰める。
怒張が開放を迎えていた。
後の事など考えられず、ルシェラの身体の奥底へと欲望を放つ。
「あ、はっ……あぁぁ……ん……!!!!」
奥底を満たされるのを感じながら、ルシェラもリファスの手に包まれたまま絶頂を迎える。
「あっ……はっ……ぁは……」
どくりと不快に血が脈打つ。
咄嗟に胸元に爪を立てた。
「っくぅ……っ……」
余韻に放心しているリファスに倒れ込む。
満たされている。
けれどもこれ程昂ぶったのは久々で、身体が衝動を忘れかけていた。
直ぐに治まるだろうが、痛みというより動悸が勝って身体を支えられない。
「はっ……ぁ……」
「……ルシェラ…………?……ルシェラ!!」
厭に乱れたルシェラの呼吸に触れ、リファスは我に返った。
身体を横たえさせ、慌てて様子を窺う。萎えたものは、濡れそぼった後孔から簡単に抜け出た。反射で互いの身体は震えたが、そこには既に情欲の欠片も残ってはいない。
――……だい……丈夫……です……。少し、このままで…………――
「大丈夫なわけないだろ!! 直ぐに母さん呼んで来るから、っ」
寝台から飛び降りようとしたリファスの身体をルシェラは抱き止めて離さない。
「ルシェラ……苦しいんだろ。無理するから……」
――いや…………この、まま……――
弱く、けれども大きく上下する肩。
無理矢理に突き放す事も出来ず、背を撫でる。骨の浮いた感触が頼りない。
「ルシェラ……本当に……」
――ええ…………ほら、もう……落ち着いてきました……――
触れ合うリファスの全てから伝わり続ける熱が、ルシェラの苦しみを和らげてくれる。
情事の余韻もそのままに、二人は暫く抱き合っていた。
続
作 水鏡透瀏
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