「んっ……ぅ……」
自分の唇から聞こえる濡れた音が耳慣れず、リファスは耳元まで赤くしている。
首筋……全身に至るまで紅潮しているだろうが、露出の少ない服装故にそこまでは窺えない。
口の中でルシェラの舌が触れていない部分は既にないだろう。
注ぎ込まれる唾液を違和感なく飲み下しながらも、与えられる感覚にはどうしても慣れない。
「っ……ぁ、ふ……」
受け止める。そう言った。
自分の言葉に絡め取られているとは思うが、突き放せる筈もない。
翻弄されるリファスとは裏腹にルシェラは余裕なもので、片手で器用にも寝間着を脱ぎ落とした。
朝の爽やかな光の中に、華奢な肢体が晒される。
食事を取っていない。
動けもしない。
陽にも当たらない。
それなのに、何故か痩せ細り窶れて酷く見苦しい……とまでは行かない。
頼りなく痛々しいが、それでも清らかで美しく、それ自体が光を放っているかの様にすら見えた。
だが、勿体無い事にそれを目にするものはない。
リファスにはただ唇に応える事しか出来ず、その体勢では身体にまで目が届かない。
「ぁ……っ、あ……は……」
リファスには息を継ぐ好機すら掴めず、次第に朦朧としてくる。
ふらりと揺らいだところをルシェラに抱き止められ、寝台に横たえられた。
唇が離れる。しかし透明の糸が二人を繋いでいた。
「っは、っ……は……っぁ……」
空気を貪る。潤んだ瞳がルシェラを求めて彷徨う。
ルシェラには湧き上がる温かな感情が何なのか理解できず、困惑してリファスを見詰め返した。
目が合う。ただそれだけの事が堪らなく嬉しい。
ルシェラは僅かばかりぐったりとしている様子のリファスの顔に口付けを続ける。
「ル、ルシェラ……俺……どう……したら……」
顔がべたべたするのは気にならないが、ルシェラにどうしてやればいいのか分からない。
全く経験がないわけではないにしても、その最中の事はあまりよく覚えてはいないし、思い出そうとしても酷い悪寒と吐き気に襲われて上手く思い出せはしない。
性的な行為は怖かった。
過去形で表せる事が不思議でならない。
――じっとしていらして…………わたくしに、お任せ下さい……――
「それで、ホントに……お前は良くなれる……?」
――ええ。…………不思議に思います。本当に、貴方に抱かれたいと思えるなんて……――
ルシェラにとっても重く暗い影を落としている筈の行為だ。
――……お厭な事は致しません。どうか……直ぐに仰って下さい……――
口付けがルシェラに火を灯していた。
だが、これまでの様にただ性欲や生への願望に因ってのみ燃え上がっているのではなさそうで、ルシェラは益々困惑している。
しかし、その困惑すら暖かく滲む優しさに包まれ、決して厭なものにはなり得なかった。
達したい、それだけではない。
満たされたい、それだけでもない。
満たしたい、その思いもあった。
満たし、満たされ、充足したい。片方だけではなく、双方共に満たされたい。
リファスが満ち足り、幸福そうにしてくれるならそれが一番良いと思えた。
ルシェラにとっては目から鱗が落ちる様な思いだ。
自分の幸せすら考えられない人間に、他人の幸福まで慮れる筈もない。
他人が不幸にならぬ様に祈った事はあるが、幸福を祈るのは初めてだった。
――……わたくしが、満たされたかった筈ですのに……――
「え?」
――…………今は、貴方に満たされて欲しい……そうでなくては、きっと、わたくしも満たされない……――
微笑み、リファスの唇を濡らす唾液を軽く舐め取る。
淫蕩でありながら清浄。相反する筈のものが融和し、ルシェラを作り上げている。
リファスは微かに狼狽えながらもルシェラに全てを任せる。
「……俺の事は……気にしなくていいよ。俺だって、お前が……満たされてるのがいい……」
――お互いにそうでなくてはならない……難しい事です……――
「難しくなんてないよ。……お前がしたい様にすれば、それでいいんだから」
――わたくしも……貴方も……怯えている………………それでも……この行為が今はとても大切なものに思えます……――
リファスの頬を手で包み、しっかりと目を見合わせる。
これほど確かに人の目を見たのはいつ以来だろうか。
ずっと人の目を避けるようにして生きてきた。客とも、配下の者達とも、父親とも、真面に目を合わせる事すら憚って来た。
深い闇色の瞳には自分の姿が映り込んでいる。それが堪らなく嬉しかった。
――美しい……瞳……――
吸い寄せられる様に目尻に口付ける。
「……お前の顔が見られないじゃん……」
――人の瞳が美しい事を、初めて知りました……――
「お前の目だって……すげぇ綺麗……」
リファスが触れていれば見えるとは言え、もとより視力は低い。
血の巡りの悪い所為か、白い部分は青みを帯びて見える。太陽の光に晒され傷つく事のなかった瞳は例え様もなく澄み、しかし色が淡い為にリファスの姿ははっきりとは映らない。
いつか見た海の色だ。そう感じた。
暖かい国の、澄み切った海の色。
色は確かに新緑にも似た様なのに、印象は何故か海だった。
「俺にも……口付けさせて……」
そう囁くが、ルシェラはより強く縋り付いて離れない。リファスの上に圧し掛かり、太腿を膝で挟み込む。
――……貴方が……欲しい…………――
「お前が望むものは、全部お前のものだ」
痩せた背に手を回し身体を支えてやる。
ルシェラは、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「ぁ、ん……」
擦り寄せているだけでは進展しない。
ルシェラは身体を滑らせる様にして身を屈め、リファスの股間に唇で触れる。
「っ、く……」
布を隔てているとはいえ、直接の感覚にリファスは身を震わせる。爪先までぴんと張り詰めていた。
ルシェラはそっとリファスの下穿きを歯で抓み引き下げる。
中から微かに反応を示し始めているものが露になった。躊躇いもなく、飴でも頬張るかの様に舌を這わせる。
「はっ……っ……」
リファスの腰が跳ねる。
外見にはほっそりとしているが、いざ生肌を晒すと案外にしっかりと筋肉が付き逞しい。
裏の筋を這い、先端を軽く吸う。その度にびくびくと慣れぬ反応を返す姿が可愛らしくさえ思える。
「ルシェラ……ぁ……」
――ん……美味しい…………――
先端を暫く弄っていると、次第に充血した割れ目からじゅくりと透明な液体が滲んでくる。
ルシェラは実に美味そうにそれを舐め取り、喉を鳴らして飲み込んだ。
生臭い筈だ。苦味もあるだろうし、多少の塩気もあるだろう。リファスにはルシェラの様子が信じられない。
「……ほんとに……いい?」
――……え?――
僅かに口を離し、上目遣いにリファスを見上げる。
リファスは、その余りの艶姿に思わず息と生唾を飲み込んだ。
より一層血液が股間に集中する。勢いを増したものに、ルシェラは婉然と笑みを浮かべた。
――今まで……口にしたものとは随分違うように感じます。……貴方の一部なれば……――
無論、大別した味わいは同じ様なものだし、それは美味とは到底言い難いものだ。
だが、これまでの様に吐き出しそうになったりは全くせず、むしろ更に欲したくなった。
リファスが悦んでくれている。そう思えば、国での仕込みも全く無駄だったと言うわけでもないのだろうか。
リファスの零す蜜に潤されるのは唇ばかりではない。胸の奥に潜む泉に水が満たされていくような心持だった。
「……俺……だから?」
――ええ…………きっと……――
茎の下の玉に口付け、軽く口に含む。
「ぅあ、っあ……っ」
リファスには少しばかり刺激が強過ぎる。無意識に腰が逃げを打った。
ルシェラは直ぐに口を離し、リファスの様子を窺う。
――……申し訳ありません……お厭でしたね……――
「い、厭じゃないっ…………ただ……ちょっと、びっくりして……」
――……本当に……お厭ではないのですか……?――
反応の一つ一つが不安で仕方がない。恐怖と驚愕は紙一重だ。
「厭じゃない。何か……びっくりっていうか……刺激が強くて、さ……慣れてないから、どうしたらいいのか分かんなくて……」
――お厭でなければ…………ただ、身体の感覚のみにお任せください。絶対に……傷つけは致しませんから……――
泣き声にも近いリファスを宥める様に腹部や太腿の内側へと口付け軽く吸い、紅い印を刻む。
刻む度にびくびくと震える身体に、自然な笑みが滲む。
感情を名づける術を持たないが、これが心地よく良いものだという事だけは痛切に感じた。
――……まだ……大丈夫ですか?――
「勿論。何処までだって……俺だって、何も知らないわけじゃない……」
――先が分かるからこその恐怖もございますでしょう……?――
「大丈夫だよ。お前を怖いなんて、思わないから」
ルシェラの髪を一房掬い、その先に口付ける。
リファスの手入れが良いお陰か、とてもよい香りがした。手触りもよく滑らかで麗しい。
更に頭を優しく撫で、先を促す。
「……お前も……俺の事、怖がってない?」
――どの様に申し上げればよいのか…………とても、胸が温かくなる様な、その様な心地が致します。怖いだなどと……あり得ません。もっと、ずっと……こうして触れ合っていたい……――
滑らかな頬が内腿に擦り寄る。息が掛かり、リファスは身を竦ませた。
「……っと、結構、俺……くすぐったがりなんだよ。だから……びくびくしても、それは、怖いからとかじゃないからな」
言い訳がましいが、そんな様子も快い。
下穿きを完全に足から引き抜く。
膝に、脹脛に、脛に、そして足首、足先に、軽く歯を立てる様にしながら口付けを繰り返す。
「っぁ、んっ……んぁ……」
紅く充血した先端の割れ目から、透明の液体が溢れる。
足指を一つ一つ口に含んで舐め転がす。
「き……きたなっ……」
――貴方の全てが美しい…………声を……聞かせてください……貴方のお声を聞いていたい……――
ルシェラの望みを反故にする事は出来ない。噛み締めようとしていた唇を何とか開く。
「あ、っぁは……ん……ぁ、る……シェラ……」
声変わりは殆ど終わっているが、雰囲気としてはまだ少年。口を付く喘ぎもそれなりに高い。
艶に潤む美声は甘美な音楽の様だ。
ルシェラはうっとりと目を閉じてその声に聞き入る。
そうしながら、片手でリファスの茎をそっと掌に握り込んだ。
「あっ! や、ルシェラっ……ぁ……」
腰が引き攣る様に震える。とろとろと溢れる粘液を塗り広げる様に手を動かすと、益々の震えに支配されていくようだった。
――……わたくしを……満たして下さい……――
「んっ……ぅ、ん……」
涙の満ちた黒い瞳が輝いて見える。
ルシェラは身体をずらし、片手でリファスを煽りながら顔を同じ位置まで引き上げた。
「……どう……すれば……?」
――この大きさで、これだけ濡れていれば大丈夫でしょう。じっと……動かないでいて下さい……――
リファスの肩に手をかけ、ルシェラは身を起こした。
そのまま腹を跨ぐ様に足をかけ、身体の上に乗り上がる。
尻の狭間に茎が当たる。その熱さに、ルシェラも身体を震わせる。
――……頂きます……――
応えられる前にルシェラはリファスの唇を塞いだ。
そして、そのままリファスの欲望の上へと腰を下ろし始めた。
続
作 水鏡透瀏
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