乾いた地面に腰を下ろし、空を仰いだ。
苦楽を共にした仲間達が、もうどこにもいないことがまだ実感できない。
——また、一人か。
軍に身を置く限り、死は日常としていつも隣にある。当然のことだ。
ダリルが死んだ。
遺品の一つも還らなかった。
虚ろな墓標に何を手向けるのももはや無意味に思え、倒れるように身を投げ出す。
陽の温もりを含んだ土の感触が、何故か懐かしく愛しく、そして哀しかった。
——すまない、すまない、すまない…。
何に向かって詫びているのか、自分でも分からなかった。
感傷に浸るなど、欺瞞に過ぎない。
苦楽を共にした仲間達が、もうどこにもいないことがまだ実感できない。
——また、一人か。
軍に身を置く限り、死は日常としていつも隣にある。当然のことだ。
ダリルが死んだ。
遺品の一つも還らなかった。
虚ろな墓標に何を手向けるのももはや無意味に思え、倒れるように身を投げ出す。
陽の温もりを含んだ土の感触が、何故か懐かしく愛しく、そして哀しかった。
——すまない、すまない、すまない…。
何に向かって詫びているのか、自分でも分からなかった。
感傷に浸るなど、欺瞞に過ぎない。
皆、本分を貫き通したのだ。私が情けない顔をしていたらきっと怒るだろう。
熟れた草の香りを乗せて、風が流れていく。日差しが眩しくて、片腕を額にかざした。
人の営みや業を余所に、世界は今も変わらず美しい。
ふと軽い密やかな足音が近付いてくるのを感じた。
身を起こすのも億劫で、少し首を反らして仰向けに見上げる。立っていたのは見覚えのある少年だった。
憂いを含んだ褐色の瞳。
アザディスタンでの隙のない鋭い印象は影を潜め、どこか悲しげな表情が彼を年相応に幼く見せていた。
片手には名も知らぬ野の花を抱いている。
——ああ、彼も誰かを悼んでいるのか。
そう知ると、特に警戒する気も起こらなかった。
あの時の状況から見て、少年は恐らくソレスタルビーイングの戦闘員だろう。
彼らが掲げる「世界の変革」。だが変わりゆく世界は、彼ら自身からも大切なものを奪っていくのか。
…皮肉なものだな。
ガンダムと初めて出会った時を思い出す。誰よりも、——フラッグよりも自由に空駆ける存在。
子供のように心が踊った。
…追い付きたくて無茶ばかりした。
知らず顔がほころぶ。
少年は少し驚いたようにこちらを伺っていたが、黙って傍らに腰を下ろした。
しばらくの沈黙の後、ぽつりと少年が呟く。
「また、…俺はガンダムにはなれなかった。」
唐突な言葉だったが、何故か素直に彼の心情が伝わってきた。
「私とて同じさ。」
何一つ守れなかった。
翼を得た筈の今も、結局は幼い頃と何も変わっていない。非力なままだ。
足りないのは、本当に必要なのは「力」ではないのかもしれない。
……まあ、「愛」や「歌」でもないだろう。
ならば征くしかあるまい。力尽き斃れるその瞬間まで。
せめて進む道は最期まで己で選びたい。
そう、祈りにも似た願いを胸に刻むように瞳を伏せた。
風ではない、柔らかく温かい何かが額に触れるのを感じた。
目を開けると、少年の顔がすぐ間近にある。
何が起こったのかよく分からなかったのは、どうやら向こうも同じだったらしい。
一瞬きょとんとして互いに顔を見合わせたが、すぐ相手の方が狼狽した様子で跳びすさった。
しなやかな身のこなしに加え、甘えと警戒が入り混じった表情が、人に慣れていない猫のようだ。
なんとなく可笑しくて、吹き出してしまった。
つられたように少年の表情も緩む。
立ち上がるついでにといった風情で、携えていた素朴な花束をふわりと胸に預けられた。
「お前にやる。」
「しかし…、他の誰かのためのものだろう。
私が貰ってしまっていいのか?」
「構わない。」
——どうせ手向ける先も知らない。
少年の声が擦れるように途切れた。
かけるべき言葉を捜したが、安易な慰めはどれもこの場に相応しく思えず、…
結局発した言葉は、或いは一番場違いだったかもしれない。
「ありがとう。」
歩み去ろうとしていた少年は、ちらりとこちらを振り返ると、かすかに微笑んだようだった。
熟れた草の香りを乗せて、風が流れていく。日差しが眩しくて、片腕を額にかざした。
人の営みや業を余所に、世界は今も変わらず美しい。
ふと軽い密やかな足音が近付いてくるのを感じた。
身を起こすのも億劫で、少し首を反らして仰向けに見上げる。立っていたのは見覚えのある少年だった。
憂いを含んだ褐色の瞳。
アザディスタンでの隙のない鋭い印象は影を潜め、どこか悲しげな表情が彼を年相応に幼く見せていた。
片手には名も知らぬ野の花を抱いている。
——ああ、彼も誰かを悼んでいるのか。
そう知ると、特に警戒する気も起こらなかった。
あの時の状況から見て、少年は恐らくソレスタルビーイングの戦闘員だろう。
彼らが掲げる「世界の変革」。だが変わりゆく世界は、彼ら自身からも大切なものを奪っていくのか。
…皮肉なものだな。
ガンダムと初めて出会った時を思い出す。誰よりも、——フラッグよりも自由に空駆ける存在。
子供のように心が踊った。
…追い付きたくて無茶ばかりした。
知らず顔がほころぶ。
少年は少し驚いたようにこちらを伺っていたが、黙って傍らに腰を下ろした。
しばらくの沈黙の後、ぽつりと少年が呟く。
「また、…俺はガンダムにはなれなかった。」
唐突な言葉だったが、何故か素直に彼の心情が伝わってきた。
「私とて同じさ。」
何一つ守れなかった。
翼を得た筈の今も、結局は幼い頃と何も変わっていない。非力なままだ。
足りないのは、本当に必要なのは「力」ではないのかもしれない。
……まあ、「愛」や「歌」でもないだろう。
ならば征くしかあるまい。力尽き斃れるその瞬間まで。
せめて進む道は最期まで己で選びたい。
そう、祈りにも似た願いを胸に刻むように瞳を伏せた。
風ではない、柔らかく温かい何かが額に触れるのを感じた。
目を開けると、少年の顔がすぐ間近にある。
何が起こったのかよく分からなかったのは、どうやら向こうも同じだったらしい。
一瞬きょとんとして互いに顔を見合わせたが、すぐ相手の方が狼狽した様子で跳びすさった。
しなやかな身のこなしに加え、甘えと警戒が入り混じった表情が、人に慣れていない猫のようだ。
なんとなく可笑しくて、吹き出してしまった。
つられたように少年の表情も緩む。
立ち上がるついでにといった風情で、携えていた素朴な花束をふわりと胸に預けられた。
「お前にやる。」
「しかし…、他の誰かのためのものだろう。
私が貰ってしまっていいのか?」
「構わない。」
——どうせ手向ける先も知らない。
少年の声が擦れるように途切れた。
かけるべき言葉を捜したが、安易な慰めはどれもこの場に相応しく思えず、…
結局発した言葉は、或いは一番場違いだったかもしれない。
「ありがとう。」
歩み去ろうとしていた少年は、ちらりとこちらを振り返ると、かすかに微笑んだようだった。
| マイスターズ::7:刹那3 | 2008,03,20, Thursday 06:00 AM