ガンダムが見てる、覗き
突然荒々しくなった男の所作に不意を突かれ、バランスを崩したグラハムは窓際の床に倒れこんでしまった。いつのまにか照明の落ちた暗い部屋に射し込む月の光。
彼の瞳と同じ、どこまでも深みを湛えた蒼いその光が、半ば剥き出しにされた白い肢体を柔らかく包み込んだ。
男は一瞬息を呑み、その光景に見蕩れたが、すぐにまた下卑た笑みを浮かべ、グラハムに歩み寄った。
「ベッドの上より、外からの視線を感じながらの方が好みかね?ならばご希望に添わせていただこうか。」
グラハムに覆い被さり、男は耳元で囁いた。首筋にあたる吐息から伝わってくる男の体温がひどく不快で、グラハムは思わず顔を背ける。
斜めに見上げた夜空には、わずかに欠けた月が浮かんでいた。明日は満月だろうかと、ふとそんなことを思う。
月光を浴び鈍く輝くガンダムは、思索にふける哲学者の如く静かに佇んでいた。彼と再び刄を交えるとき、自分は今までのような純粋な心で対峙できるだろうか、その資格はあるのか…?
その間にも、男の無遠慮な指先は、欲望の儘にグラハムの躰をまさぐり、ざらついた舌は首筋から胸元を何度も舐め回しては唇を求めてくる。
嫌悪感とむず痒さを必死に堪えていたが、生臭い男の唾液を口腔いっぱいに注ぎ込まれ、思わずむせ返り呻き声を漏らしてしまった。
それは男を一層昂ぶらせたようだった。「大分感じてきているね。お遊びはこれくらいにしようか。」
ついに最大の屈辱の時が訪れようとしていた。
…ああ、だめだ。ガンダムが視ている…
だが、一見平和な夜の静寂の中、月とガンダム以外にも、グラハムを見つめている者がいた。
彼は苛立っていた。何故こんな場所にいるのか、自分自身の行動が理解できない。
あんな愚かな決断を下す上官など放っておけばよかったのに。どうして彼がそっと宿舎から姿を消したと気付いた時、我を忘れて飛び出してしまったのか。
行き先の見当はついていた。そんな自分がなお腹立たしく、荒々しくジープを駆る。「どうせあそこに決まっている…!」
夜目にも明らかなガンダムの巨躯が刻々と近付いてくる。その先に聳えるタワーの窓から零れる無数の灯のどれかに彼がいるのだ。あの汚らわしい男と一緒に。
発端は数日前に遡る。あのいけ好かない男の自信に満ちた表情がふと翳り、いつもは生意気そうに輝く碧眼が憂いを帯びて僅かに伏せられるのを一度ならず目にしたのだ。
…何かあるのか?腰巾着の赤毛と眼鏡の様子を伺うが、奴らはいつも通り厭になるほど能天気だ。「どこまでもお供いたします、隊長!」…他人の後ろに付き従うことしか知らないのか?
うんざりしてミーティングルームを後にする。見上げた空だけは、故郷のアラスカと変わらず果てしなく広かった。俺は奴らとは違う。誰の元にも下らない。氷原の遥か高みを舞う白頭鷲のように。
そんなことを思い返している間にも、彼の目は敵機の機影を追うように執念深く、ただ一人の姿を捜し求めていた。
…ほら、すぐに判る。窓辺に佇む嫌になるほど見慣れたシルエットは、淡い逆光に縁取られ、柔らかく輝いて見えた。
甘苦い痛みに似た感覚が、突然ジョシュアの身体を満たす。あの男の愚かな選択への怒りか、またはそれを阻止できることへの安堵か。
その感情に別の名前があるかもしれないことを、彼はまだ知らない。
男の熱い汗ばんだ手が、首筋から胸、脇腹にかけて、グラハムの均整のとれた肢体のラインを愛撫するようにゆっくりなぞっていく。
腰を抱え上げられ、足首を掴まれた時、分かっていたはずなのに、突如堪え切れぬ恐怖に襲われた。
「や、止めてくれ…あぁっ」
身を捩ってなんとか逃れようとする彼を捕える腕に更に力を込め、男は嗜虐的な笑みを浮かべて囁く。
「契約を反古にする気かね?君は構わないのかもしれないが、他の隊員はどうかな?我が社からの技術提供で、パイロットの肉体への負担は格段に軽減されるはずなんだがねぇ。」
抵抗するグラハムの身体から、ゆっくりと力が抜けていくのを確認した男は、征服感に酔った様子で笑いながら言った。
「そうそう。力を抜いて楽にしないと、後で辛いのは君だよ。」
後孔に熱い塊が押しつけられる。逃げられない。逃げるわけにはいかない。覚悟の上の筈だった。
「ん…うあぁぁ!あっ…!」
決して声など上げまいと思っていたのに、想像もしなかった苦痛と異様な感触に、思わず悲鳴が洩れる。
「いいねえ君は。本当に色々な顔を見せてくれる。反抗的な表情も捨てがたいが、泣き顔もまた魅力的だね。」
その言葉で初めて、グラハムは頬を伝う熱さに気付いた。
経験したことのない痛みのためか、耐え切れぬ屈辱のためか、自分でも混乱して区別がつかない。
霞みかけた目で、それでも男を精一杯睨み付けたつもりだった。
肉体を蹂躙しようとも、この魂の在処までお前は決して辿り着けないのだと。
「………っ!!」
同時に激しく突き上げられ、身を仰け反らせた。あまりの衝撃に声も上げられない。
「美しい目をしているね。屈伏させ甲斐がありそうだ。」
この悪夢めいた夜に終わりは来るのか…
それは唐突に、激しいノック音と共に訪れた。
ドアに体当たりを食らわせて飛び込んできたジョシュアは、怒りに任せて男を上官から引き剥がし、壁に叩きつけた。
「こ、こんな真似をしてただで済むと思っているのかね!?」
男が狼狽と怒りを露わに睨み付けてきたが、その視線を受け流し、丁寧な口調の中にありったけの侮蔑を込めてさらりと返す。
「貴方が優位に立てるのは、あくまで互いの利害が一致している限りに於いてでしょう。我々は、もはや我々以外の力を必要としない。」
へたり込んだ男に一瞥もくれず、彼は窓際で半身を起こし、茫然とこちらを見つめている上官に真直ぐ歩み寄った。
少し癖のある金髪と、若草色の瞳が月明かりに透ける。
この場に現れるはずのない部下の姿を見上げ、グラハムは物問いたげに唇を開きかけたが、それは微かにわなないただけで言葉になることはなかった。
途惑いを隠せぬ表情は、元々幼げな容貌と相まって異常な状況とは場違いなあどけなささえ感じさせる。
無惨に引き裂かれた上衣から露わに覗く白い肌。点々と散る赫い痣が本来痛々しいはずなのに、
…ジョシュアは一瞬夜風に舞い散る桜の幻影を見た気がした。
鼓動が早まる。体の芯が熱を帯び、痺れる様に疼く。触れてはならない。それは禁忌だ。
ジョショアは動揺を隠し、努めて冷淡を装って言い放つ。
「いつまでそうしているつもりですか。ご自分で立てるでしょう。上級大尉殿」
その言葉に我に返ったように、グラハムは身を起こした。
立ち上がろうとしてよろめき、再び崩れ落ちかける身体を必死に支えようと窓に手を突く。
「うん…はぁ、くっ…!」
押し殺そうとしても洩れるその苦痛の呻きを、聞こえない振りをした。決して手など差し伸べるものか。今彼に触れたなら何かが変わってしまう。
そもそも、自らの足で独り地に立てぬ者が、真に自らの魂を空に賭けられるはずがないのだ。
「大丈夫だ。…すまない。」
はっと振り返ると、隣に上官が立っていた。その時になって初めて、自分が血の滲むほどきつく唇を噛み締めていたと気付く。
叩きつけてやろうと思っていた非難の数々は、何故か喉につかえたようにどうしても吐き出せずもどかしい。
…今日の俺はどうかしている。
黙って制服の上着を脱ぐと、上官の華奢な肩にふわりと着せ掛けた。
驚いたように見上げてきた相手に、少し意地悪く応える。
「どうしても先程の格好で帰りたいと仰るのでしたら、無理にお止めはしませんよ。」 赤面した上官の顔は見なかったふりをした。
事務的な所作で助手席のドアを開けて示すと、上官は大人しく乗り込んだ。
数時間前、激情に駆られ走った道を、今は二人黙ったままゆっくり辿る。
隣を盗み見ると、上官は貸した上着の襟元に顔を埋めて眠っていた。やはりサイズが大きいようで、袖口も指先まで届くほどだ。
無防備すぎる。上着越しの俺の体温はどう感じられたのだろう。あの男にはどんな顔を見せたのか?
…まるで嫉妬だな。今日の俺は本当にどうかしている。
ジョシュアは風になぶられる上官の髪に触れると、その白い額にそっと唇を寄せた。
傾きかけた月だけが二人を見ていた。
グラハムに覆い被さり、男は耳元で囁いた。首筋にあたる吐息から伝わってくる男の体温がひどく不快で、グラハムは思わず顔を背ける。
斜めに見上げた夜空には、わずかに欠けた月が浮かんでいた。明日は満月だろうかと、ふとそんなことを思う。
月光を浴び鈍く輝くガンダムは、思索にふける哲学者の如く静かに佇んでいた。彼と再び刄を交えるとき、自分は今までのような純粋な心で対峙できるだろうか、その資格はあるのか…?
その間にも、男の無遠慮な指先は、欲望の儘にグラハムの躰をまさぐり、ざらついた舌は首筋から胸元を何度も舐め回しては唇を求めてくる。
嫌悪感とむず痒さを必死に堪えていたが、生臭い男の唾液を口腔いっぱいに注ぎ込まれ、思わずむせ返り呻き声を漏らしてしまった。
それは男を一層昂ぶらせたようだった。「大分感じてきているね。お遊びはこれくらいにしようか。」
ついに最大の屈辱の時が訪れようとしていた。
…ああ、だめだ。ガンダムが視ている…
だが、一見平和な夜の静寂の中、月とガンダム以外にも、グラハムを見つめている者がいた。
彼は苛立っていた。何故こんな場所にいるのか、自分自身の行動が理解できない。
あんな愚かな決断を下す上官など放っておけばよかったのに。どうして彼がそっと宿舎から姿を消したと気付いた時、我を忘れて飛び出してしまったのか。
行き先の見当はついていた。そんな自分がなお腹立たしく、荒々しくジープを駆る。「どうせあそこに決まっている…!」
夜目にも明らかなガンダムの巨躯が刻々と近付いてくる。その先に聳えるタワーの窓から零れる無数の灯のどれかに彼がいるのだ。あの汚らわしい男と一緒に。
発端は数日前に遡る。あのいけ好かない男の自信に満ちた表情がふと翳り、いつもは生意気そうに輝く碧眼が憂いを帯びて僅かに伏せられるのを一度ならず目にしたのだ。
…何かあるのか?腰巾着の赤毛と眼鏡の様子を伺うが、奴らはいつも通り厭になるほど能天気だ。「どこまでもお供いたします、隊長!」…他人の後ろに付き従うことしか知らないのか?
うんざりしてミーティングルームを後にする。見上げた空だけは、故郷のアラスカと変わらず果てしなく広かった。俺は奴らとは違う。誰の元にも下らない。氷原の遥か高みを舞う白頭鷲のように。
そんなことを思い返している間にも、彼の目は敵機の機影を追うように執念深く、ただ一人の姿を捜し求めていた。
…ほら、すぐに判る。窓辺に佇む嫌になるほど見慣れたシルエットは、淡い逆光に縁取られ、柔らかく輝いて見えた。
甘苦い痛みに似た感覚が、突然ジョシュアの身体を満たす。あの男の愚かな選択への怒りか、またはそれを阻止できることへの安堵か。
その感情に別の名前があるかもしれないことを、彼はまだ知らない。
男の熱い汗ばんだ手が、首筋から胸、脇腹にかけて、グラハムの均整のとれた肢体のラインを愛撫するようにゆっくりなぞっていく。
腰を抱え上げられ、足首を掴まれた時、分かっていたはずなのに、突如堪え切れぬ恐怖に襲われた。
「や、止めてくれ…あぁっ」
身を捩ってなんとか逃れようとする彼を捕える腕に更に力を込め、男は嗜虐的な笑みを浮かべて囁く。
「契約を反古にする気かね?君は構わないのかもしれないが、他の隊員はどうかな?我が社からの技術提供で、パイロットの肉体への負担は格段に軽減されるはずなんだがねぇ。」
抵抗するグラハムの身体から、ゆっくりと力が抜けていくのを確認した男は、征服感に酔った様子で笑いながら言った。
「そうそう。力を抜いて楽にしないと、後で辛いのは君だよ。」
後孔に熱い塊が押しつけられる。逃げられない。逃げるわけにはいかない。覚悟の上の筈だった。
「ん…うあぁぁ!あっ…!」
決して声など上げまいと思っていたのに、想像もしなかった苦痛と異様な感触に、思わず悲鳴が洩れる。
「いいねえ君は。本当に色々な顔を見せてくれる。反抗的な表情も捨てがたいが、泣き顔もまた魅力的だね。」
その言葉で初めて、グラハムは頬を伝う熱さに気付いた。
経験したことのない痛みのためか、耐え切れぬ屈辱のためか、自分でも混乱して区別がつかない。
霞みかけた目で、それでも男を精一杯睨み付けたつもりだった。
肉体を蹂躙しようとも、この魂の在処までお前は決して辿り着けないのだと。
「………っ!!」
同時に激しく突き上げられ、身を仰け反らせた。あまりの衝撃に声も上げられない。
「美しい目をしているね。屈伏させ甲斐がありそうだ。」
この悪夢めいた夜に終わりは来るのか…
それは唐突に、激しいノック音と共に訪れた。
ドアに体当たりを食らわせて飛び込んできたジョシュアは、怒りに任せて男を上官から引き剥がし、壁に叩きつけた。
「こ、こんな真似をしてただで済むと思っているのかね!?」
男が狼狽と怒りを露わに睨み付けてきたが、その視線を受け流し、丁寧な口調の中にありったけの侮蔑を込めてさらりと返す。
「貴方が優位に立てるのは、あくまで互いの利害が一致している限りに於いてでしょう。我々は、もはや我々以外の力を必要としない。」
へたり込んだ男に一瞥もくれず、彼は窓際で半身を起こし、茫然とこちらを見つめている上官に真直ぐ歩み寄った。
少し癖のある金髪と、若草色の瞳が月明かりに透ける。
この場に現れるはずのない部下の姿を見上げ、グラハムは物問いたげに唇を開きかけたが、それは微かにわなないただけで言葉になることはなかった。
途惑いを隠せぬ表情は、元々幼げな容貌と相まって異常な状況とは場違いなあどけなささえ感じさせる。
無惨に引き裂かれた上衣から露わに覗く白い肌。点々と散る赫い痣が本来痛々しいはずなのに、
…ジョシュアは一瞬夜風に舞い散る桜の幻影を見た気がした。
鼓動が早まる。体の芯が熱を帯び、痺れる様に疼く。触れてはならない。それは禁忌だ。
ジョショアは動揺を隠し、努めて冷淡を装って言い放つ。
「いつまでそうしているつもりですか。ご自分で立てるでしょう。上級大尉殿」
その言葉に我に返ったように、グラハムは身を起こした。
立ち上がろうとしてよろめき、再び崩れ落ちかける身体を必死に支えようと窓に手を突く。
「うん…はぁ、くっ…!」
押し殺そうとしても洩れるその苦痛の呻きを、聞こえない振りをした。決して手など差し伸べるものか。今彼に触れたなら何かが変わってしまう。
そもそも、自らの足で独り地に立てぬ者が、真に自らの魂を空に賭けられるはずがないのだ。
「大丈夫だ。…すまない。」
はっと振り返ると、隣に上官が立っていた。その時になって初めて、自分が血の滲むほどきつく唇を噛み締めていたと気付く。
叩きつけてやろうと思っていた非難の数々は、何故か喉につかえたようにどうしても吐き出せずもどかしい。
…今日の俺はどうかしている。
黙って制服の上着を脱ぐと、上官の華奢な肩にふわりと着せ掛けた。
驚いたように見上げてきた相手に、少し意地悪く応える。
「どうしても先程の格好で帰りたいと仰るのでしたら、無理にお止めはしませんよ。」 赤面した上官の顔は見なかったふりをした。
事務的な所作で助手席のドアを開けて示すと、上官は大人しく乗り込んだ。
数時間前、激情に駆られ走った道を、今は二人黙ったままゆっくり辿る。
隣を盗み見ると、上官は貸した上着の襟元に顔を埋めて眠っていた。やはりサイズが大きいようで、袖口も指先まで届くほどだ。
無防備すぎる。上着越しの俺の体温はどう感じられたのだろう。あの男にはどんな顔を見せたのか?
…まるで嫉妬だな。今日の俺は本当にどうかしている。
ジョシュアは風になぶられる上官の髪に触れると、その白い額にそっと唇を寄せた。
傾きかけた月だけが二人を見ていた。
| ジョシュア::4:上層部の男→ジョシュア | 2008,01,27, Sunday 10:10 PM