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教官(part4 294-297 part5 222-226)

若ハム、過去

—あなたが私を殺したのだ。

静まり返った夜更け、そっと身を起こし隣で寝息をたてる男の横顔を見つめた。
先刻までの激しい情交の名残か、浅い苦痛と倦怠感が未だ身体を支配している。
呻きとも吐息ともつかぬ微かな声が知らず洩れた。
不意に身体を引き倒され、後ろから抱き竦められる。「どこにも去かせない。お前は私の物だ…!」
強引な力で奪い支配しているのは相手の筈なのに、その声も腕も僅かに震えていた。
永訣の時が近いのを無意識に感じているのか。
陽が昇ればついにその日が来る。やらねばならない。もう一度生きるために。

次世代MS「フラッグ」。
繊細に見えながら一分の隙もない美しいフォルムと、抜群の機動性を持つその試作機に一目で惹かれたのは嘘ではない。
しかし、上官の怒りを承知でテストパイロットに志願した陰には、決して他人に語ることのできないもう一つの理由があった。
何も知らずただ空に憧れた少年時代を思い出す。
翼を獲たはずの今の自分とあの頃の自分は、一体どちらが自由なのだろう。
「……隊員、エーカー隊員!」
突然の呼び掛けに現実に引き戻され、振り返ると上官が立っていた。
「すぐ教官室に来たまえ。理由は分かっているな?」

「今回の件について申し開きがあるなら聞かせてもらおうか。」
怒りを押し殺した声で放たれた問いに対して、無言で真直ぐに相手を見つめ返した。
答えは最早不要だ。それは彼とて解っている筈だ。
教官は一瞬たじろいだが、すぐ隠し切れぬ激情に顔を歪め、まだ幼さの残る部下の頬を力任せに殴り飛ばした。
華奢な身体は壁に叩きつけられ、敢えなく崩れ落ちる。
乱れかかる柔らかな金髪と、口元から伝う一筋の血の朱が、その肌の白と瞳の翠をより鮮やかに見せた。
「この程度の小細工で、私の下から逃れられるとでも思っているのか?」

倒れた部下の顎に手をかけ無理矢理仰向かせると、流れ落ちた血の跡に沿って首筋から頬へ舌を這わせた。
そのまま柔らかい唇を押し開き、温かな口腔をねっとりと蹂躙する。掴んだ細い肩がびくりと震えた。
深緑の瞳を覗き込むと、澄んだ眼差しが静かに視線を跳ね返してきた。
—いつもと様子が違う…?
きつく目を閉じて顔を背けようと僅かな抵抗を試みる、頼りない少女のような面影は今日の彼にはない。
漠然とした不安が、突然確信に変わる。彼は決意したのだ。私の元から翔び立つことを。
自分でも気付かずに、その白い首に手を伸ばしていた。

—翔び去ろうというのなら、その翼をもぎとってやる…!
「…くっ!はぅっ…ん…」
もがく部下の腕がゆっくりと力を失い、床に滑り落ちる。
我に返り慌てて手を離した時には、相手は既に意識を失っていた。
自覚していた以上の己の歪んだ衝動に愕然とする。
出会わなければ、こんな自分を知らぬままでいられたのか。
自責の念に駆られながらぐったりした部下の身体を抱き上げた。
小鳥を思わせる軽く温かい感触はいつもと変わらないが、その僅かに眉をひそめた苦しげな表情は、自らの背徳を突き付けてくる。
それでも手離したくない。決して。

「……ん」
肌に触れるのは無機質な床ではなく、柔らかいシーツのようだ。
確か教官室で…それから…!?
身じろぎした瞬間、異常に気付いた。
両の手首を捕える冷たい感触。それは頭上で拘束され、逃れようとしても無慈悲な金属音が響くばかりだ。
状況を把握しようと暗闇に目を凝らす。
「やっと気が付いたか。」
窓辺にもたれていた黒い人影が物憂げに言葉を発した。
かすかな星明かりに漸く慣れてきた瞳に映る上官の姿からは、日頃の傲慢なほど自信に満ちた力強さは感じられない。それどころか憔悴している様にどこか哀しげでさえあった。

初めて見るそんな様子に戸惑いながら、無駄と知りつつも抗議する。
「何故こんな…離して下さい…!」
—答えずとも分かるだろう?私がお前の決意を悟ったように。
教官は部下の枕元に腰を下ろすと、幼な子にするように柔らかな金髪を優しく撫でた。
「お前ならできるのだろうな。昔からセンスも情熱も、望みのために傾ける努力も誰より抜きんでていた。」
「……!」
思いがけない言葉に胸が熱くなる。
直接褒められたのは初めてだった。結局ずっと憧れていたのだ。MS乗りとしてのこの人に。
その純粋無垢な尊敬を裏切られてからも、きっと。

「その腕が、その眼が、お前自身がフラッグの魂となるのか。」
—きっと美しいだろうな…
最後の言葉は吐息のように中空に消えた。
拘束した華奢な肢体をそっと包み込むように体を重ねる。
緩めてあったシャツの襟元から手を挿し入れると、部下はくすぐったそうな表情を浮かべて身を震わせた。
子供のような媚びのない仕草が却って艶めかしい。
滑らかな首筋まで指を這わせ、幼げな顔を上向かせると、ついばむように軽く口づけた。
—やはり、もう目を逸らさないか。
今度こそ、その眼差しを正面から受け止めなくてはならない。

幾度欲望の儘に蹂躙しようとも、決して透明な輝きを失うことのない翡翠の瞳。
溺れながらも、どこかで畏れを感じていた。
—それが自分ではなく、遥か空へ、未来へ向けられていたからだ。
思い知らされた瞬間の、あの衝動が苦みを伴って蘇る。
—落ち着け。まだ主導権はこちらにある。
シャツの前をはだけさせ、制服のスラックスを引き下ろす。
部下は身を捩って抵抗を試みたが、両手を拘束された状態では、羞恥に上気し色付いた肌を一層露わにさせるだけだった。
強く抱き締めると、密着した肌から鼓動が伝わる。今だけは確かにこの腕の中に。

| 名無しの男(達)::5:教官 | 2008,02,21, Thursday 12:08 PM

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