日々ネタ粒

日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

  • Home
  • Login

日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

エントリー

カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[セシスコ]ずるい大人

  • 2019/04/08 22:00
  • カテゴリー:FF


大人びた顔の下に隠してある、素の表情を見るのが好きだ。
其処には彼自身が口に出す事を躊躇うのであろう、沢山の感情が存在している。
それがふとした瞬間にぽろりと零れ落ちた時、セシルは言いようのない高揚を感じていた。

始めこそ、とても頼りになる青年だと思っていた。
凛と伸ばした背中や、常に眉間の皺を深くしている所が、己のよく知る親友と心なしか重なる所もあってか、セシルは彼を厭う事はなかった。
何かと反応が素っ気ない事については、出会った環境が環境であったし、自身を「傭兵だ」と端的に紹介した彼が染み付いているであろう警戒心も理解できたから、特に悪印象は持っていなかった。
単独行動を取り勝ちな点は、決して歓迎できる訳ではなかったが、戦場のいろはをよく理解している彼の考えにも同意は出来たので、セシルはこの点については出来得る限り中立の意見を取っている。
また、彼の方も、セシルやクラウドが理論的な筋道を立てて諭すと、理解を示し柔軟な対応を臨んでくれる場面もあったので、セシルが彼と悪戯な対立をする事はなかった───ように思う。
ただ、そう言った会話をしている時、ふとした時に、不満と言うのか不服と言うのか、そう言った感情が、尖らせた唇や逸らした視線から聞こえて来るような気はしていた。

仲間達が随分と打ち解け、それに遅れて、ジタンやバッツと言った面々によって、彼の頑なだった態度は徐々に解れて行った。
とは言え、元々の気質もあるのだろう、彼は時折一人で静かな時間を欲しがる事がある。
しかし賑やか組は、気安いスキンシップでそれを中々許してはくれないので、段々と彼は避難所としてセシルの下を訪れるようになった。
此処ならあいつらは煩くしない、と言ってやって来た彼を見て、驚くと同時に、仲間達には悪いが、少し嬉しいと思った。
彼等とは違う形の信頼を寄せられているようで、懐かない猫が「こいつは大丈夫」と認めてくれたような気がしたのだ。

それ以来、セシルは彼が求める時に、彼の安らぎの場所となった。
セシルも彼もお喋りな性質とは言えないので、沈黙が長い時間が多かったが、それでもぽつりぽつりと会話はする。
大抵が賑やか組への愚痴から始まる会話は、重ねる内に深くなり、セシルは皆が知らない彼の顔を知る機会を得た。
そうしてセシルは知ったのだ────彼が存外、幼い事を。
孤高の道を行きながら、その本質は、愛されたがりの子供と変わらない事を。




部屋で寛いでいたセシルが、そろそろ寝入ろうかと思った所へ、スコールはやって来た。

ノックの音を聞いてドアを開けると、スコールは俯いて佇んでいた。
どうしたの、と声をかけると、彼は何も言わない。
お喋りな目元は前髪で見えず、元より固い口元が強く引き結ばれているのを見て、セシルは眉尻を下げて苦笑。
濃茶色の髪をぽんぽんと撫でて、中に入るように促せば、ようやく彼は敷居を跨ぐ事が出来た。

ふらふらとした足取りで、スコールはベッドへ向かう。
靴を脱ぎ、部屋主への断りなくベッドに蹲ったスコールを見て、大分重症のようだ、とセシルは察した。


「今日は何があったんだい?」


世界から隠れようとするように丸くなっているスコール。
その背中に訊ねながら、セシルはベッドの端に腰を下ろした。


「今日は確か、バッツ達と一緒だったかな」
「……」
「何かトラブルでもあった?それとも、二人と喧嘩でもした?」


言いながら、それはないか、とセシルはこっそりと確信する。
ジタンとバッツはスコールの事が大好きだから、ちょっとした意見の相違で口論する事はあっても、喧嘩と言う程に大仰な事にはなるまい。
スコールも彼等を決して嫌う事はないから、喧嘩をしても長続きはせず、言葉以上に雄弁な瞳が気まずくしているのを見たら、スコールが言い出せなくても二人の方から仲直りをしに行く筈だ。
それ以上の大喧嘩をする事も可能性はなくはないが、生憎、セシルはそうなった時の事を知らない。

スコールはベッドの真ん中で、体を縮こまらせて丸まった。
寒がりな猫のような仕草に、セシルは畳んでいた毛布を広げて、スコールの体を包んでやる。
自分を包む温もりを感じたのだろう、スコールが詰まらせていた息を吐くのが聞こえた。


「……セシル」
「うん?」


呼ぶ声に返事をすると、スコールが起き上がる。
毛布が肩から落ちるのも構わず、体を起こしたスコールは、ベッド上に座り込んだ格好のまま、じっとセシルを見詰めていた。
その目元が微かに赤く腫れているのを見付けて、セシルは其処に手を伸ばす。

スコールの眦は、僅かに濡れていた。
指先で腫れの残る目尻を撫でると、ひく、とスコールの喉が引き攣る。


「……っ」
「おっと」


堪え切れなかった、と言わんばかりの表情で、飛び込むように抱き着いて来た体を受け止めた。

セシルのシャツを握る手が、微かに震えている。
スコールが息を詰まらせているのが判って、セシルは肩口に額を押し付けるスコールの頭をぽんぽんと撫でていると、


「……夢を、見た」
「そう。どんな夢?」
「……」


訊ねるセシルに、スコールが息を詰まらせる。
言いたくない、と言う気配を感じたが、セシルはそんな事でも口に出した方が楽になるだろう、と思っている。
口にする事で悪い物を呼び込む、と言う考えも判らないではないが、身の内の不安と言うものは、溜め込む程に悪い方へ悪い方へと膨らんで行くものだ。
それが本当に嫌なものを呼んでしまう前に、吐き出してしまった方がきっと楽になる。

しかしスコールにとっては、自分の心にあるものを言葉にする事の方が難しい事だ。
それでも、セシルが背中を摩って促すと、なんとか声を出そうと口を開閉させている気配が伝わる。
焦らないでゆっくりで良いよ、と背中を抱いてやると、スコールは一瞬ビクッと体を強張らせたが、摩る手から伝わる温度を感じて、少しずつ強張りを解いて行く。

そのまま、長いような短いような時間が過ぎた後、スコールは小さな声で言った。


「……あんたが…」
「僕が?」
「……何処か、遠くに……」
「うん」
「………」
「うん」
「………っ……」


ようやく紡ぐ事が出来た言葉は少なく、酷く断片的であったが、それがスコールの限界だった。
脳裏に焼き付いた光景を厭って、スコールは頭を振ってセシルの胸に顔を埋める。

セシルが、何処か遠くに行ってしまう夢を見た。
それはただの夢であるけれど、スコールにとっては酷く恐ろしい悪夢でもあった。
スコールは、誰かを失う事、誰かがいなくなってしまう事を、極端に恐れている節がある。
理由については、スコールの記憶の回復も決して芳しくはないので明確ではないが、強迫観念のように根強く残っている所を見ると、きっととても悲しい別れ方をした人がいるのだろう、とセシルは思っている。
大切な人を失った時の喪失感と言うものに、スコールはずっと苛まれている。
そしてその感情は、この闘争の世界でセシルと言う恋人を得た事によって、一層根を張り枝を広げてしまっているのだろう。

最初にこの夢を見た時、スコールは誰にも言えず、勿論セシルにも伝える事が出来ずにいた。
たかが夢と言えばそれまでで、自分がそんなものに怯えている事を認めるのも、プライドが許せなかったのだろう。
しかし、セシルと距離を縮める程に夢は明確な景色で再生されるようになり、スコールの心を蝕んで行った。
一時は失う事を想像するだけで恐ろしくなり、セシルとの関係を終わらせようとした程だ。
だが、面と向かって「気の迷いだったんだ」と言ったスコールの表情が、本当は違う、助けて欲しいと叫んでいるのを、セシルは見逃さなかった。
そしてセシルも、そんなスコールを放って置く事は出来ず、彼の本音を半ば強引に引き出して、終わりにする事を拒否した。

セシルの強い希望と、スコール自身が本当は終わりを望んでいなかった事で、二人の恋人関係は今も続いている。
しかし、離別への不安は常にスコールの心に巣食っており、彼はふとした折に悪夢を見て、不安を掻き立てられては安らぎを求めてセシルの元を訪れる。


「……セシ、ル……」
「ああ。大丈夫、僕は此処にいる」
「……ん……」


名を呼ぶ声に応えて、セシルはスコールの細身の体を抱き締めた。
身長は高いのに、厚みの足りない体は、こういう時にスコールを酷く華奢に思わせる。
決して弱々しい訳ではないのだが、年齢を思えば、この体はまだ発展途上の段階にあり、今はスコール自身が酷く不安定になっている事もあって、彼の存在が頼りないもののように感じられた。

離れたくないと全身で訴えるスコールの首の後ろを、そっと指先で撫でてやる。
ぴくっ、と小さく肩が震えた後、スコールがそっと顔を持ち上げた。
薄らと潤みを帯びた蒼の瞳が此方を見上げ、桜色の唇が、セシル、と名前を紡ぐ。
その唇を自分のそれで塞げば、欲しがるように隙間が開いたので、セシルは彼の望むままに侵入した。


「ん……、ん……っ」


撫でられる感触に、スコールの背中にぞくぞくとしたものが奔る。
これで何度目の口付けになるのか、セシルは既に判らなかったが、それでもスコールがこの触れ合いに慣れる事はない。
けれど重ねる度に彼の反応は顕著になって行き、最近は欲しがる顔も見せてくれるようになった。
それ程、スコールの心が明け透けに見えるようになった事に、セシルは喜びを感じずにはいられない。


(だから、ごめんね)


深い口付けを交わしながら、セシルは言葉にしないまま、ひっそりと幼い恋人へと詫びる。
怖い夢を見たと、不安な気持ちになったからと、それを慰めて欲しいと己を求めずにいられない少年が、セシルには愛しくて堪らない。
きっと本当に彼を想うのなら、そんな不安を忘れてしまう程に愛してやるべきなのだろう。

だが、セシルはそうしたいとは思わなかった。
愛していないからではないし、彼の事を骨の髄まで愛していると言う自信がある。
それと同時に、不安を求めずにはいられない程、自分に心を寄せていると言うスコールが愛しくて堪らない。

きっと誰かを好きになればなる程に、スコールの不安は増して行くのだろう。
大切なものを失う事を極端に恐れている節のある彼にとって、何れは別れが訪れるこの世界は、誰かと密接な関係を作る程に残酷な未来しか待っていない。
セシルもそれは判っていたから、本当にスコールの安らぎだけを望むのなら、彼と関係を持つ事は望んではいけなかった。
柔らかな温もりで包む程に、スコールは追い詰められ、恐怖を抱いてしまうのだから。

─────それでも。


(それでも僕は、そんな君が欲しいんだ)


重ねていた唇を離すと、スコールははぁっと熱の籠った息を吐いた。
苦しかったのだろう肺に、一所懸命に酸素を送り込む姿を眺めながら、慰めるように頬を撫でる。
すると、息苦しさで涙を滲ませていた蒼い瞳が、続きを強請るように此方を見上げる。

セシル、と名を呼ぶ桜色の唇を、また塞ぐ。
それだけで安心したように、同時にこれ以上に不安から逃げるように、縋り付いて来る腕がいじらしいと思った。





4月8日と言う事で、セシスコの日!

依存癖のあるスコールと、優しいんだけど依存される事を嬉しく思っているセシル。
スコールが本当は強くありたい、誰かに頼らなければいけない弱い人間になりたくないと知っていながらそれを許さないセシルと、いつの間にか絡み取られて逃げ場をなくしている事にも気付かないスコールなセシスコが好きなのです。
  • この記事のURL

[オニスコ]きみはやさしい

  • 2019/03/08 22:00
  • カテゴリー:FF


なんとなく、苦手意識を向けられているのだろうと、想像はついていた。

彼の態度が頑ななのは、誰に対しても限られたものではない。
ウォーリアに対しては、他者以上に、と言う印象で頑なな雰囲気も醸し出されるが、かと言って一切の会話を厭う程ではなかった。
日々の報告や、何気ない挨拶───と言っても、彼は大抵、人からの挨拶に応答するのみであったが───はきちんと果たしてくれる。
無駄話を嫌うのは言葉数の少ない彼にしてみれば普通の事で、賑やかな面々が回りにいても、基本的に彼から口を開く事はない。
だから、特別にルーネスだけが忌避されている訳ではないし、そもそも彼はルーネスの事も忌避してはいない。
どちらかと言えば、そう言う態度は、ウォーリアに対してのみ向けられている。

それなのに、どうして自分が苦手意識を持たれている、と感じるのか、と聞かれれば、ルーネスはこう答える。
見れば判るよ、と。



戦闘スタイルとしては、少なからず似た所はあるのだろう。
スコールの戦い方をよく観察しながら、ルーネスは時折そう考える事があった。

剣士ではあるスコールだが、その体は他のメンバーに比べると細身である。
華奢ではないが、腕の太さはウォーリアやフリオニールとは比べるべくもなく、柔らかな物腰に反して重鎧を身に着ける事に慣れたセシルも当然ながら差は歴然だ。
似たような文明レベルの世界から来たと思わしきクラウドと並んでも全く違う。
細さで言えばバッツも似たような所はあるのだが、彼は色々と規格外な所があるので、比較対象として並べるには聊か無理がある。
同年のティーダと並ぶと、身長が近い事も相俟ってか、体格の違いはより顕著になった。
これはティーダが水泳を主とする運動をしていた事で、元々の運動量や、長時間水に触れる事から体を守る為にある程度の脂肪が必要とされるからだろう。
水中で動くと言うのは、陸上よりも遥かに筋肉が必要とされる為、ティーダは適度に脂肪を持った伸びのある筋肉を持つに至ったのだ。
ジタンも細身ではあるのだが、彼は下半身が鍛えられており、身軽な体を支える為の軸が出来上がっているのが判る。

スコールが他のメンバーに比べて筋肉量が目立たないのは、彼の世界の文明事情にそれなりの理由があった。
彼の世界では、ルーネス達にとって当たり前にある重い金属製の鎧のフルアーマーと言うものは少なく、あっても合金のブレストプレートやアームガード、レッグガードのようなものが主流である為、全身を金属で覆う事はないそうだ。
武器は剣もあるが、それ以上に一般的に普及しているのは銃の類で、その攻撃を防ぐには金属よりも弾力のあるゴムや化学繊維を原料とした、防弾チョッキと言うものが有効であるらしい。
ゴムなんて剣で切れてしまうし、矢が刺さるじゃないか、とルーネスは思うのだが、スコールの世界では、剣はともかく、矢は余り武器として一般的ではないそうだ。
スコールの感覚では、攻撃とは受けて耐えるものではなく、躱せるものは避けて往なすものである為、頑健さよりも身軽さの方が優先される傾向がある、との事。
存在する金属製品も、素材がかなり軽量化されている事もあり、身に着けているだけで日常動作が筋肉トレーニングになる事はない。
戦い方、または個人の趣味趣向で筋肉を鍛え、盛り上がる程の逞しい体つきになる者はいるが、そうでなければ余りに多すぎる筋肉は邪魔になる事も多く、スコールは其処までの体格を自分に求めなかった────元々隆々とした筋肉には恵まれない体質だった事もあるようだが。
また、スコールは魔法を体内に取り込んで自己強化を行う“ジャンクション”と呼ばれる仕組みを習得しており、これを使う事で、自身の純粋な身体機能以上の力を引き出す事が出来る。
だからスコールの持つ筋肉は、他の戦士達に比べると、細く引き締まった印象に見えるのだろう。

────こうした理由からか、スコールはこの世界に置いて、純粋なパワーでは他のメンバーより弱い所がある。
それを補っているのが、手数と頭の回転の速さだ。
自分の得手不得手を理解し、それをカバーする為に技を練り、戦略を組み立てる。
鎧を着込むものよりも身軽なので、足を使う事も出来るし、魔力は低いが魔法は使えるので攪乱にも応用できる。
見ようによっては器用貧乏と言われるのか、どれを取っても、他のメンバーより突出している所はないと言っても良いのだが、出来る事が多い為に戦略の幅も広いのだ。

出来る事が多いのは、ルーネスも同じだ。
一つ一つの能力に関して言えばスコールと同様に器用貧乏な所があり、スコールよりも更にパワーが劣り、スピードに関してはルーネスが上だ。
魔法はルーネスの方が得意だが、ティナのような純粋な魔法使いと並ぶと、やや劣る。
足の速さはそれなりに自信があるが、コンパスの差なのか、元々の踏み切る力かスタミナか、ティーダには負ける。
ルーネスは自分のそう言った特徴を、奢らず受け止め、理解し、分析した。
そして出来る事と出来ない事を知り、剣を使い、魔法を使い、手数と足で攪乱しながら、自分の得意な流れを作り、勝利を掴むのだ。

戦う為に使う力のバランスが違う為、スコールとルーネスの戦い方が全く同じになる事はない。
しかし、お互いに自分の得手不得手を理解した上で、戦法を工夫するのは同じだ。
そして時には、自分の弱点である事を敢えて選択し、敵の裏を掻く事もある。
だからか、二人が剣を交えると、互いの読み合いへの警戒からか、思いの外勝負が長引く事は少なくなかった。
こう言った時の勝負の要は、どちらが先に仕掛けるか、それを相手が予想しているかを悟る事だが、これもまた何処まで読めるものか判るものではない。
かと言っていつまでも読み合いばかりをしている訳にも行かない。
好機と読んで踏み込んだ一歩が、勝利への道か或いは罠か、それはその瞬間まで判らない。

今日も二人の勝負は長引き、膠着状態が続いた末に、決着した。
先に一歩を踏みこんだのはルーネスで、スコールも即座に反応したが、それは誘いの踏み込みだった。
ルーネスの剣をガンブレードで受けた直後、至近距離で放たれた炎によって、ルーネスの勝利は決まったのである。

炎弾を食らって吹き飛ばされた体が、地面に背を打ち、転がる。
受け身を取る余裕もなかったスコールは、息を詰まらせて背を襲った衝撃に耐えた。
その数瞬を逃さずルーネスが走る。
スコールが体を取り巻く炎を振り切るように身を捩って起き上がり、迎撃態勢に入ろうとした時には、少年の剣は眼前に迫っていた。
其処でルーネスの手はぴたりと止まり、


「僕の勝ちだね」


小生意気な声で言ったルーネスを、スコールは半ば反射反応で睨んだ。
が、そんな事をしても意味がない事は判っているので、目を伏せると柄を握る手の力を緩める。
それを察したルーネスも、直ぐに刃を退く。

ふう、と立ち上がったスコールは、服についた土埃を手で払う。
憮然とした表情なのはいつもの事だが、眉間の皺がやや深い。
負けたのだから当然だ、と彼と同様のプライドの高さを自覚しているルーネスは思う。
それでも、勝ちは勝ち、負けは負けである訳で。


「さ、スコール、約束だよ。僕が勝ったんだから、その剣を見せてくれるよね」


その剣、とルーネスが指差すのは、スコールの手に握られた風変りな形の剣。
今日の勝負でルーネスが勝てば、それを直に見せて貰うと言う約束をしていた。

スコールは物言いたげな視線を此方に寄越していたが、ルーネスはにっこりと笑顔を向けてやる。
こうすると、存外とスコールが弱いと言う事を、ルーネスは余り多くはない交流の中で学んだ。
案の定、スコールは判り易く溜息を吐いた後、柄を握る手を返し、逆手に持って刀身を下に向けて愛剣を差し出した。
それを見て、ルーネスは少し目を丸くする。


「持って良いの?」
「その方がよく見えるだろう」
「それはそうだけど」


スコールの愛剣が、単純な剣ではない事は、その見た目からしても明らかである。
その所為か、ガンブレードは秩序の仲間達の間でも、興味を引くものだった。
バッツやジタンは判り易く見せろ見せろとスコールにせがんでいるし、フリオニールもバッツ達のように言いはしないが、物珍しそうにちらちらとみている事がある。
しかし、ガンブレードは特殊な構造で取り扱いが難しい所があるらしく、バッツ達は見せては貰えても持たせて貰った事はない。
見せる時には、必ずスコール自身が持ったまま、文字通り「見せて」いるだけである事が常だった。

そんな大切な武器を、スコールはルーネスに持たせようとしている。
比較的打ち解けている風のバッツ達にすら許さないのに、とルーネスが少し戸惑っていると、


「……あんたなら、変な扱い方はしないだろうからな」
「それは、勿論。だってスコールの大事な武器だもの」


スコールの言葉にそう返せば、スコールは「だからだ」と言うように、小さく頷く。
なんだか信頼されているような気がして、ルーネスはむずむずと鼻の頭が痒くなった。

ルーネスは自分の剣を鞘に納めて、訓練の名残の汗を残す手を服で拭いた。
剣を握るスコールの手を上下に挟む形で、柄を握る。
ルーネスがしっかりと握った事を確認してから、スコールはそっと手を離した。
途端、剣の重みがルーネスの両手に沈む。


「わっ。意外と重い……」
「そうでなければ、強度も保てない」
「それもそうか。スコール、結構力があるんだね。片手で使ってるから、もっと軽いのかと思ってたよ」


ルーネスの手にかかる重みは、体感的には両手持ちの長刃の剣に近い。
ティーダも似たような重さの剣を使っているが、彼とスコールでは剣の使い方が違う。
距離を縮めながら、ジャンプの踏み込みや着地の反動を多く利用し、臂力で敵を斬るヒット&アウェイスタイルのティーダに対し、スコールは近距離を維持した状態で、相手に反撃の隙を与えずに連撃を斬り込むスタイルを得意としている。
短い瞬間に何発も攻撃を撃ち込まなければならないのだから、それに使われる武器は軽い方が使い易いものだ。

ルーネスは風変りな形の柄を握り、剣を正眼に持ち上げてみる。
しかし、普通の剣とは違う角度の造りをしたガンブレードの切っ先は、ルーネスが思うよりも低い位置にあった。


「…これ、変な感じしない?」
「……別に」


ルーネスの言葉に、スコールの反応は素っ気ない。
愛用の武器なのだから、今更違和感もないか、とルーネスも思い直す。


「それにしても、意外と重いね。構えてると手首が疲れて来る」
「持ち慣れてないからだろう。手首と…肩にも余計な力が入っている」
「そうなんだよね。いつもの持ち方をすると、ちゃんと構えられてない気がするし、剣に合わせると手が…痛いって言うか、変って言うか」


うっかり落とさないように気を付けながら、ルーネスは手の中の柄を握る。
自分で使い慣れたものではないのだから、違和感はあって当然なのだが、それにしても感覚が可笑しい。
柄の形が自分の知っているものと全く違うからだろうか。

いつまでも構えていると、手首が疲れて剣を落としてしまいそうだったので、刃を下ろす。
横向きにしたガンブレードの刀身に手を添えて、ルーネスは剣の全身を眺めてみた。
ひらりと光を反射させる銀刃には、一頭の獣の姿が刻印されている。
ルーネスの頭に、ぼんやりと、よく似た形の魔物の姿が浮かんだが、仲間達との会話を聞いた時、これは魔物ではない、とスコールが否定していた事を覚えている。


「ねえ、スコール。この、えーと……生き物は何て言うんだっけ」
「グリーヴァだ」
「ああ、スコールのそのネックレスと同じなんだね」
「……ああ」


スコールが頷くのを聴きながら、ルーネスの視線はガンブレードの柄尻へ向けられた。
ガンブレードを動かす度に聞こえる、ちゃり、と言う小さな金属音の正体は、其処にある。
戦場で使う相棒にまで身に着けさせるなんて、余程気に入っているのだろう。

しげしげとガンブレードを見詰めるルーネスだが、見れば見る程、変わっているなあ、と思う。
この世界に来てから、色々な世界の武器防具を見る機会に恵まれたが、少し複雑な機構を持つ武器や、魔力を貯蔵する宝石などと並んでも、ガンブレード程に異彩を放つものは少ない。
そんな代物を間近で見る機会を得られて、ルーネスの知識欲がもっと見たい知りたいとせがんでいる。

だが、そろそろ時間切れだろう。
ガンブレードの持ち主であるスコールは、獲物が自分の手元にない事が落ち着かないようで、さっきから右手を何度も握り開きと繰り返している。
別段、敵が武器を持ち去った訳でも、目の前の少年がそうした悪ふざけをするとも思っていないのだろうが、それでも愛剣が他人の手にあると言うのは気が気でないものである。


「───うん。はい、ありがとう、スコール」
「……ああ」


満足したと言う顔でルーネスが剣を差し出すと、スコールは直ぐに手を伸ばした。
使い慣れた剣が手元に戻ると、スコールは感触を確かめるように、柄を軽く握る。
特に異常のある場所がない事をざっと眺めて確認すると、剣を光の粒子へと変換させる。
結局の所、武器を召喚していない限りは無手である訳だが、それでも“自分の下にある”と思えると安心もするものなのだ。

訓練も終わり、約束も果たしたと、スコールは拠点の屋敷に入るべく踵を返す。
長い脚でさっさと進んで行く彼を、ルーネスは追って、隣に並んだ。


「ねえ、スコール。また勝負しようよ」
「今日はもう良いだろ。飯の準備が遅れる」
「うん。だから、今日じゃなくて良いから、他の日に」


スコールはちらとも此方を見ずに、ルーネスの言葉への返答は何処までも素っ気ない。
それを冷たいと思った事もあった。
しかしルーネスはそんな態度にも関わずに、いつもと同じ調子で言う。


「スコールと訓練するの、凄く楽しいんだ。色んな事を考えながら戦えるから」
「……」
「それともスコールは、僕と訓練するのは詰まらない?」
「………」


高い位置にある整った顔を見上げながら言えば、スコールは判り易く眉間に皺を寄せて此方を見下ろした。
誰もそんな事は言っていないだろう、と表情で告げるスコールに、意外と優しいよね、とルーネスは思う。

ふい、と視線を逸らして、スコールはルーネスに見えないように溜息を吐いた。
顔が見えないだけで、吐く息は隠してもいないので、特に意味のない行為だが、気にはするまい。
その溜息は、観念と言う名の了承と同じ意味を示している。


「…次は、いつにするんだ」
「三日後は?多分、僕の待機番がまた回って来ると思うんだ」
「判った。それで良い」
「決まりだね。それで、僕が勝ったらまたガンブレードを見せてよ」
「は?」


ルーネスの申し出に、スコールは呆気に取られたような反応を返す。
蒼い瞳が、もう十分見ただろう、と言いたげにルーネスを見下ろすが、淡い碧眼はにっこりと笑顔を見せると、スコールはまたふいっと視線を逸らしてしまった。

────多分、扱い慣れていないのだと思う。
自分に対してのみ見られる、幾つかの反応を確かめる度に、ルーネスはそう考えている。
それは自分がスコールから子供に見られている、子供扱いされていると言う意味も孕んでいる為、ルーネスとしてはプライドが疼かないでもない。
戦場に出れば一人前とされながらも、それ以外の日常生活では、何処か甘やかされている自覚は、少なからずあった。
彼と対等な物言いをし、遠慮のない遣り取りもするジタンとは、年齢も一つ二つしか違わないのに、どうして自分だけが子供扱いされるのか、と思う事もある。
けれども、だからこそ、スコールのこうした甘い態度も見る事が出来るのだ。

悔しい事に、この闘争の世界に置いて、一番の若輩は自分である。
それを理由に過保護にされている節もあるが、同時にルーネスはそれを利用する強かさもあった。
ならば、それを十分に利用させて貰っても良いだろう。



「良いでしょ?スコール」


無邪気な子供と同じ顔をして、強請るように言ってやれば、スコールは今日何度目かの溜息を吐いた。





3月8日と言う事で、オニスコと言い張る。

ルーネスに対して嫌いではないが扱い方が判らない為に苦手意識のあるスコールと、苦手にされてはいるけど嫌われてはいないと察していてちょっと我儘言ってみたりするルーネス。
年下から押されるとあまり無碍に扱えないスコールって可愛いな。
  • この記事のURL

[フリスコ]この温もりと、ずっと

  • 2019/02/08 22:00
  • カテゴリー:FF


フリオニールの休みと、自分の予定の空きが上手く重なってくれたので、一緒に出掛けようと話をしていた。
フリオニールのアルバイトの今月のシフトが出てからの話だから、二週間は前の事だ。
それ自体がむず痒くも嬉しい事だったので、顔には出さないようにしていたが、嬉しかったのは確かだ。

だと言うのに、どうにも自分はタイミングが悪い。
昨日から妙に熱っぽい雰囲気があり、少し警戒して薬も飲んで眠ったのだが、結局風邪を引いてしまった。
雰囲気だけなら大事を取って早めに眠れば治るだろうと思ったのに、目覚めた時には悪化している。
熱は高いし、喉は痛いし、くしゃみも出る。
これでは昨晩、フリオニールとの電話やメールもそこそこに切り上げた意味がない。

居座るウィルスに恨み言は尽きないが、それよりも大事なのは、恋人への連絡だ。
目覚めて直ぐに、これは駄目だと悟る体調であったので、スコールは布団の中でメールを打った。
直ぐに返事が届き、「大丈夫か?」「欲しいもの、何かあるか?」と気遣う内容だった。
フリオニールの事だから、見舞いに来ようとしてくれているのは判ったが、今日は折角のフリオニールの休みである。
伝染してしまうかも知れないし、寝ていれば治るから気にしないでくれと返した後、スコールはもう一度眠った。

スコールが再び目を覚ました時には、時刻は正午前。
朝食を食べることなく二度寝を敢行した所為だろう、流石に腹が減っていた。
常備している風邪薬を飲む為にも、せめて飴玉くらいは腹に入れなければいけない。
でも何も食べる気がしない、何より熱が下がっていないので、ベッドを抜け出すのも厳しい気分だった。
だが、早く風邪を治す為にも、栄養の補給と薬の投与は行った方が良い。

くらくらと揺れるような感覚に見舞われる頭を支えながら、スコールはのろのろとベッドを抜け出した。
熱の所為か、背中が妙にぞくぞくする。
一人暮らしを始めてから、こんなにも露骨な体調に不良に見舞われたのは、初めてだった。
やっぱりフリオニールに逢わなくて良かった、と寂しさとは裏腹に、ほっと安堵する。

しかし、キッチンへのドアを開けると、其処には銀糸の尻尾がゆらゆらと揺れていた。


「……?」
「────あ。目が覚めたのか」


夢幻でも見ている気分で、スコールが猫手で目を擦っていると、銀糸がひらっと跳ねて、持ち主が振り向いた。
銀色の髪と赤い瞳、日に焼けた少し浅黒い肌、人好きな顔。
正真正銘、本物のフリオニールだ。


「……フリオ?」


確かめるようにスコールがその名を呼ぶと、フリオニールはコンロの火を消して、スコールの前へ来た。
ぼんやりと見上げる蒼灰色を見下ろして、ひた、とフリオニールの手がスコールの頬に触れる。
冷たい、水洗いでもしてたのかな、と思いながらスコールが彼の手の感触に身を委ねていると、こつん、とフリオニールの額がスコールのそれと宛がわれる。


「やっぱり熱い。スコール、体温計は使ったか?」
「……」


ふるふる、とスコールは首を横に振った。
それを聞いて、フリオニールは「何処にある?」と尋ねる。
スコールはリビングの本棚に置いている救急箱セットを指さした。

フリオニールはスコールをリビングの椅子に座らせ、薄手のパジャマだった肩に、自分のダウンジャケットを羽織らせた。
速足で救急箱セットを取り出し、見付けた体温計のスイッチを入れて、スコールの脇に挟ませる。


「スコール、朝は食べたのか?」
「…食べてない…」
「食欲は?」
「……判らない…」
「吐き気は?」
「……ない……多分…」


喉はイガイガと痛いが、何かが胃から競りあがってきそうな熱さは感じられない。
軽いものなら食べられるかな、とフリオニールは訊いて来たが、スコールはよく判らなかった。

体温計が音を鳴らしたので、フリオニールがそれを取る。
うわ、と言う声が聞こえたが、スコールが自分で体温計の表示を見る事はなかった。
フリオニールはぼんやりとしているスコールを抱き上げると、寝室へと運び、ベッドに戻して枕を背凭れに座らせる。


「お粥を持ってくる。じっとしてろよ」
「……ん……」


小さく頷くスコールに、フリオニールは子供をあやすように優しく頭を撫でて笑った。

寝室を出たフリオニールは、一分としない内に戻って来た。
一人用の小さな土鍋とコップ一杯の水をトレイに乗せて、ベッド横のサイドテーブルにそれを置く。
スコールが勉強用に使っているキャスター付きの椅子を借り、ベッドの傍に座ると、土鍋の蓋を開けた。
ほこほこと湯気を立ち昇らせる芋粥が入っており、フリオニールは匙でそれを掬って、ふーふーと息を吹きかける。
その様子を、スコールはぼんやりと見つめていたのだが、ふと、


「……あんた…なんで、此処に……?」


どうしてフリオニールが此処にいるのだろう。
風邪を引いたから出掛けられない、と言うメールを送った後、見舞いに来ようとしている気配は伝わったが、それも必要ないと返した筈だ。
それなのに、眠って目を覚ましたら、彼は普通にキッチンに立っていて、スコールの為に粥を作っていた。
熱で回転の悪くなった頭が、ようやくそれらの疑問に気付く。

フリオニールは程好く冷めた粥をスコールの口元に運ぶ。
あーん、と口を開けるようにと促すフリオニールに従って、スコールは小さな口をぱかっと開けた。
ぱく、と口の中に食んだ粥は、大分柔らかくなっていたが、まだ固形物の形を残している。
生憎ながら、味は判らなかった。
それでももぐもぐと噛んでいると、フリオニールはその様子を見て、よしよし、と満足気に笑みを浮かべつつ、スコールの先の質問に答える。


「スコールは来なくて良いって言ってたけど、やっぱり心配で、落ち着かなかったんだ。来て良かったよ、こんなに熱があるなんて思ってなかったから」


言いながら、フリオニールはまた匙をスコールの口元へ。
ぱく、と二口目を食べるスコールを見て、食用はありそうだと胸を撫で下ろす。

粥は半分以下まで減った。
意外とよく食べたな、とフリオニールが呟いた通り、確かに結構食べた、とスコールも思う。
朝は食べる以前に起き上がる事すら出来なかったので、胃袋は今の今まで空だった所為もあるだろうか。
薬もきちんと飲み、後はゆっくり休むだけだと、フリオニールはスコールをベッドに横たえてやる。


「今日は何か予定はあったのか?」
「……あんたと……」
「うん、それはまた今度にしよう。他は、ないんだな?」
「……ん」
「じゃあ良かった。今日はゆっくり休めるんだな」


フリオニールは穏やかに笑って言った。
スコールは直ぐに無理をするから、と言いつつ、トレイを持って席を立つ。
片付けに向かうのであろうフリオニールを、スコールは茫洋とした瞳で見送った。

────なんでフリオニールがいるんだろう。
スコールは、先程その答えを貰った筈なのだが、もう一度それを考えていた。
フリオニールは苦学生で、就学後の放課後も含め、週の殆どをアルバイトに費やしており、故に余り恋人であるスコールとゆっくり過ごす時間を取る事が出来ない。
だから当然の事として、彼自身がゆっくりと自分の時間を持つと言うのも難しく、常に人に揉まれている節がある。
それでもスコールと一緒にいられる時間を大切にしたい、と、そう言ってくれるのはスコールにとっても嬉しかった。
しかし、期せず得た自分一人で過ごせる時間を、病気になった人間の世話だけで潰すなんて、余りにも勿体無いじゃないか、それより自分の体を休めて欲しい、とスコールは思う。

寝室に戻って来たフリオニールが、スコールを見てふわりと笑う。
なんでそんな風に笑うんだ、と無言で問うスコールだったが、声に出していないので返事はない。
フリオニールはベッドの端に腰を下ろし、布団の中からじっと見つめるスコールの目元に、そっと手を当てる。


「熱、早く下がると良いな」
「……ん……」


本当に、早く下がって欲しい、とスコールは思う。
そうすれば、この心配性の恋人も安心して、家に帰る事が出来るだろうから。


(……でも……)


治ったらフリオニールが帰ってしまう。
そんな事実が頭に浮かんだ瞬間、じわり、と冷たいものがスコールの胸に浮かび上がる。

けほ、けほ、とスコールの喉から咳が出た。
目元を摩っていた手が、宥めるようにスコールの頬を優しく包む。


「大丈夫か?水、飲むか」
「う…ん……っ」


喉のイガイガとした感覚に顔を顰めるスコールに、フリオニールはサイドテーブルに置いていたグラスを取る。
スコールが体を起こし、フリオニールはその背を支えつつ、口元に近付けたグラスを少しずつ傾けた。
喉の痛みは完全には消えないが、緩く冷えた水分で潤うだけでも、感覚的には和らいでくれる。

水を飲み終えて、はっ、はっ、と短い呼吸をするスコールに、フリオニールが背中を摩ってあやす。
幾らかそれが落ち着いて来ると、スコールの体からは力が抜け、とす、とフリオニールの胸に寄り掛かった。


「スコール?」


大丈夫か、と声をかけるフリオニールに、スコールは答えなかった。
代わりに、心音の聞こえる胸に頬を寄せると、フリオニールはどぎまぎとした様子で固くなる。
が、スコールがすっかり身を委ねている事に気付くと、口元に小さく笑みを浮かべ、スコールの熱を持った体を抱き締める。


「スコール。今日は、ずっと一緒にいれるから」
「……ん」
「だから安心して、休んで良いぞ」
「……うん……」
「欲しいものがあったら、なんでも取って来るから、遠慮しないで言えよ」


囁くフリオニールの声に、甘やかされている、大事にされている、と思う。
それに甘え、彼の負担になっている事に、罪悪感もあるけれど、それ以上に安心感を覚えてしまう自分がいる。

熱があり、喉が痛くて、起き上がっている事も辛くても、所詮は風邪だ。
甘く見ると後が痛いものだとは言っても、余程重篤な合併症でも起きなければ、寝ていれば治る。
わざわざフリオニールが見舞いに来て看病しなくても大丈夫だから、彼の手を煩わせる位なら、一人で眠っていれば良い。
そう思っていたから、来なくて良いと言ったのに、結局フリオニールはやって来て、こうしてスコールを甘やかしている。


(……でも)


抱き締める腕と、頬を撫でる手。
胸の奥から聞こえる鼓動と、触れ合う場所から伝わる温もり。
これ以上の特効薬は、きっと世界中の何処を探しても見付からないだろう。

欲しいものがあればなんでも、とフリオニールは言うけれど、そんなものは必要ないとスコールは思う。
こうして自分を抱き締めてくれる腕さえあれば、それで良いのだから。





2月8日でフリスコの日。
風邪っぴきスコールと、看病するフリオニール。
弱ってる時は誰かに傍にいて欲しいよね。それでなくともフリオニールは看病に来てくれると思うので、スコールはどんどん甘え甘やかされれば良いと思う。
  • この記事のURL

[ソラレオ]スリースターズ・キッチン

  • 2019/02/06 00:05
  • カテゴリー:FF
KH3の若干のネタバレを含みます。





此処しばらく、指導者の下で修業に明け暮れていた少年が、久しぶりにやって来た。
曰く、少し前から再び世界を巡り始め、新たな力を手に入れる為───正確には、“新たなに得た力をとある事情で失ってしまい、それを取り戻す為”らしい───に奮闘しているのだそうだ。

レオンはと言うと、少年の旅の恩恵とでも言うのか、嘗て故郷が失われた際に行方不明になっていた、賢者の弟子が戻って来た事により、レオン達が『アンセムレポート』と呼んでいた闇の研究に関する詳細を彼等に一任する事が決まり、荷物が一つ減った所である。
期せずして訪れた、故郷を闇に包んだ研究の一端を担っていた者との邂逅に、思う事がない訳ではなかったが、彼等の顛末と現在の心境を聞くにつれ、可惜に握った拳を振り上げる事は出来なくなった。
思う事がない訳ではなかったが、かの研究の詳細は自分達では不明瞭な点が増えて行くばかりであったし、未だ街に現れる心無い影から住人達を守る為に割ける時間も欲しい。
故郷を襲った闇の原因解明、そして二度と同じ事が起きないように、と言うのは、レオンの願いでもあるが、結局の所、餅は餅屋だと、復興委員会のメンバーの意見は一致した。
胸中に残る苦い気持ちを殺し───そうしなければならないと自覚してしまう程度に、自分がまだ大人になりきれていない事を知った───、レオンはこれまで集め研究したデータを、賢者の弟子へと委ねた。

それからのレオンは、街の復興に日々奔走している。
毎日のようにパトロールを繰り返し、シドと共にセキュリティシステムについて打ち合わせをする、傍目に見ればあまり変わった事はない。
だが、打ち合わせの後、城の地下研究室に赴いて、何だかよく判らないデータを延々と調べ続ける時間が減った事は有り難かった。
以前は週の半分以上は無人にしていた郊外のアパートで、週の半分は眠れるようになったのだから。
だからなのか、ユフィから「目の下のクマ、ちょっと減ったね」と言われたので、これは良い変化なのだろう。

久しぶりに会ったソラにも、レオンの変化は顕著であったらしい。
なんでも「クマが減った」「ちょっと顔色が良くなった」「ゆっくりしてる感じ」のように見えるのだそうだ。
クマのことは不眠不休で調べ物をしている事が多かったので、多少なりと自覚している所はあるが、そんなにも自分は硬く見えたのだろうか、とレオンは首を傾げる。
だが、やらなければならない事が一つ減った事を思えば、少し肩から力が抜けるのも当然であった。
レオン自身はいまいち自分のそうした変化に疎かったが。

そんなレオンを前に、何故だかソラはやる気満々と言った様子でやって来た。
しかし、生憎と言えば生憎であったが、今レイディアントガーデンでは、ソラの助力を必要としていない。
彼が心無い影を退治すると、しばらくはその周辺に同様のものが現れなくなるので、そう言った意味でも手伝ってくれるのは吝かではないのだが、以前程窮に瀕した事は起きなくなった。
シドとトロンが作り出したセキュリティシステムに対し、賢者の弟子が追加データを追加してくれたお陰で、更にセキュリティは強化されている。
最近は心無い影よりも、住人が増えて来た事による、住人による事件の方が目立つようになっている位だ。
これは人間の問題である為、ソラを頼れるものではなく、寧ろ自分達で解決しなければならない事だと、レオンは思っている。

────そんな訳で、レイディアントガーデンは比較的平穏になりつつあるのだが、それでもソラはやる気満々でやって来た。
いつもの調子で駆け寄って来たソラは、レオンの顔を見上げてこう言った。


「久しぶり!ね、レオンちのキッチン貸して!オレがご飯作ってあげる!」




帰って寝るだけの日々を送っていた頃でも、レオンの家のキッチンは、それなりに充実していた。
場所が郊外である為、当分は人が住み暮らす事もなく、市場や店と言ったものが揃う事は望めないと言う環境と、レオン自身が家事一般に抵抗がなかったからだ。
常夜の街で生活している間に、家事全般は心得るようになり、その頃の延長のような感覚で、レオンは自炊をするようになった。
週の半分以上は帰らない家ではなったが、稀に休む日が出来ると、少し凝った料理をやってみようと思う事もあったので、生活スタイルの割には物が揃っていた。

一人暮らしである為、そのキッチンにレオン以外の人間が立つ事はない。
時折、何処かをふらふらと渡り歩いている男───クラウドが押しかけて来るが、彼は家事全般に不向きな性質である。
下手に手伝わせて片付けの手間を増やす位なら、出入り禁止の措置が妥当且つ適当であった。
体調を崩した時、見舞いに来たシドであったり、エアリスであったりが借りる事はある程度だ。

そのキッチンに、少年が一人立っている。
それが何とも奇妙な光景に見えて、もっと本音を言えば、彼の不器用さをしっている分、レオンは落ち着けなかった。


「ソラ……あの、本当にやるのか?」
「うん。すっごいの作るから、楽しみに待っててな!」


不安げに声をかけるレオンに、ソラは何処までも無邪気に自信ありげに答えた。
一点の曇りもない、きらきらと輝く瞳に見返され、レオンはそれ以上問う事を躊躇う。
結局、レオンの言及は其処までで、レオンはソラに背を押されてキッチンから離れる事になる。

リビングダイニングの食卓用の椅子に座り、レオンは首を伸ばして、小さなキッチンにいる少年の様子を伺う。
やるぞー、と言う意気込みを上げた後、ソラは冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中は、つい一昨日に一週間分の買い物を詰め込んだ所だったので、そこそこ食材が揃っている。
しかし、あれらはレオンが自分の頭にあるメニューで凡その種類と量を買っただけなので、ソラが此処に来る事は想定していなかった。
一応、冷蔵庫の中にあるものは何でも使って良いし、調理器材の使用にも制限はないが、果たしてソラが思い描いているものを作る事は出来るのだろうか。


(いや、そもそも、料理が出来るのかすら……)


今日のレオンの不安は、その一言に尽きる。

ソラは何かと自分の下を訪ねてくれ、パトロールの手伝いへのお礼として、レオンはよく食事を振る舞った。
その際、手伝いがしたいと言ったソラを何度かキッチンに招いた事があるが、その時に見た彼の手付きは、お世辞にも良いものであるとは言い難かった。
塩と砂糖を間違える事は何度か起きたし、包丁を使う時も「猫の手で」と教えたのはレオンである。
火加減に至っては見るからに危なっかしく、油の使いすぎと熱しすぎで火柱が立った時には驚いたものだ。
それ以来、コンロ周りに関しては、煮込み料理の様子を見守る以外では余り触らせていない───ソラもこの件の失敗は応えているようで、やりたいとは言わなくなっている。

レオンが知っているソラの料理の腕とは、そう言うものである。
一所懸命に役に立とうと奮闘する姿は、レオンの贔屓目もあって愛らしくはあるが、それはそれだ。
レオンを厨房から追い出した訳だから、コンロを使わない冷製物でも作るのかと思ったが、彼はフライパンの持ち手の感触を確かめているので、使う予定があるのだろう。
それを見ると更にそわそわとして、やっぱり手伝おうか、と言いたくなるレオンであったが、


「よーし、やるぞ!」


拳を握って意気揚々と、やる気満々になっているソラを見てしまうと、レオンは弱かった。
水を差すのも気が引けて、結局レオンはその場に坐したまま、少年の背中を見詰めるしかない。

トントントン、と軽快な包丁の音が聞こえ、これは練習したのかな、とレオンは思った。
そう言えば大魔法使いの下で修業をしていると聞いていたが、その間に自炊もやったりしたのだろうか。
人間は適応し学習していく生き物だから、否応なしにやらなければならないとなると、苦手としていた事でもそこそこ上手く回せるようになるものだ。
だとすれば、レオンが極端に心配する程、料理の腕は酷くないのかも知れない。

刻んだ野菜をフライパンで炒めながら、手元で何か忙しなくしている。
それが終わると、冷蔵庫から取り出したブロック肉を切り分け始めた。
作業の合間合間でフライパンを揺らして、野菜が焦げ付かないようにと言う配慮もしている。


「えーっと、二人分だから、……いや、そんなに多くなくて良いんだって」


ぶつぶつと大きめの独り言を言いながら、ソラは手を進めていく。
厚みをとって切り分けられた肉を軽くハンマーで叩いた後、胡椒て下味をつけた。
フライパンをもう一つ取り出して火にかけ、油を広げて十分に熱したのを確かめてから、肉を置く。
じゅうう、と表面に熱が通って行くと共に、香ばしい匂いが広がった。

肉を低温で焼きながら、ソラは野菜炒めに水を注ぎ、


「あっちち!ちょっと跳ねた!」
「ソラ?」
「大丈夫!」


悲鳴交じりの声にレオンは腰を浮かせようとしたが、直ぐに元気な声が飛んで来た。
暗に「キッチンに入っちゃ駄目」と言う気配を感じ、レオンは眉尻を下げつつ椅子に戻る。

跳ねた熱湯が触れたのだろう、ソラは右手を振って感覚を逃がした。
残っていた水まで全てフライパンに注いだ後、いつの間にか作っていたソースも投入する。
菜箸でぐるぐると掻き混ぜたら、蓋をして火力を下げた。

もう一つのフライパンで焼いていた肉が引っ繰り返される。
おお~、と感心した声が聞こえたので、恐らく良い具合に焼けたのだろう、とレオンは思った。


「良かった、上手く行って。次は───そっか、サラダだ。ドレッシングは、えーと、何からやるんだっけ。さっぱりした奴が良いかなぁ」


ドレッシングなら冷蔵庫にあるぞ、とレオンは言いかけたが、止めた。
どうやらソラはドレッシングも作るつもりらしい。
何もかも一から作っている様子のソラに、いつの間にそこまで料理の腕が上がったのか、とレオンは感心していた。

それにしても、随分と独り言が多い。
お喋りと言うよりは、長く黙っていられない、重い空気が苦手な所があるソラだが、何かに集中している時は黙しているタイプだったと思う。
だが、作業内容を一つ一つ口に出して確認すると言う所もあるので、別段、可笑しいと思う程でもないか。

サラダドレッシングが出来た頃には、肉にも火が通っていた。
表替えして焼き色を見た後、ソラはよし、と気合を入れるように言って、


「じゃあ見せ場だな」
(見せ場……?)


ソラの大きな独り言に、レオンは首を傾げた。

直後に────ボウッ!と立ち上る紅い火。
それを見た瞬間、レオンは思わずキッチンに駆け寄った。


「ソラ!」
「ん?」


いつかの一件の再来かと慌てたレオンであったが、ソラはけろりとしていた。
フライパンの上の火はぼうぼうと高く昇っていたかに見えたが、数秒もすると縮んで行く。
きょとんとした顔で見上げて来るソラと、鎮火したフライパンを交互に見て、レオンは固まる。


「あ……だ、大丈夫、なのか?」
「へ?何が?」
「い、いや。火が見えたから、てっきり、その、火事かと」
「あ、そっか。あはは、前にもこんな風になった事あったもんな。でも今回は大丈夫!」
「……そのようだな」
「うん。ほら、あともう少しだから、レオンはあっちで待ってて」


呆然気味のレオンを、ソラは方向転換させて、またキッチンから追い出した。

ふらふらとした足取りで元居た椅子に戻ってから、そうか、あれはフランベか、とレオンは理解した。
肉料理等の最期の仕上げに使われる調理技の一つだが、いつの間にソラはあんなものを体得したのだろう。
あれも修行の賜物なのだろうか───だとしたら一体どんな“修行”生活をしているのか───とぼんやりと考えつつ、レオンは今しばらく暇を持て余すのであった。



出来上がった料理が食卓テーブルへと運び込まれる。
メインのステーキ肉は良い色に焼け、赤いソースが絡み、温野菜が彩りに並べられている。
手作りソースを溶かしたスープと、手作りドレッシングのかかったサラダ。
どれもが何処かの人気レストランのメニューになっていても可笑しくない出来栄えのものだった。

召し上がれ、と両腕を広げて促すソラに、レオンも手を合わせてからナイフとフォークを手に取った。
切り分けた肉を口の中に入れて歯を立てると、閉じ込めた肉汁が染み出して、舌の上で溶けて行く。


「美味いな」
「やった!」


目を丸くして言ったレオンを見て、わくわくと同時に、期待と緊張が入り混じっていたソラの表情が弾ける。

野菜スープも飲んでみると、トマトの酸味と甘味がよく溶け込んでいて飲み易い。
サラダにかけられたドレッシングは、醤油と酢をベースにして整えたものだと言う。


「しばらく見ない内に、随分料理が上手くなったんだな」
「へへ。でしょー?」
「レストランを開いていても可笑しくない位だ」
「でしょでしょ!ふふふ」


レオンの言葉に、ソラは自慢げに胸を張る。
鼻を穴を膨らませて、少しだけ照れ臭そうに鼻頭と耳朶が赤くなっていた。

ソラもレオンと向い合せの椅子に座り、頂きます、と両手を合わせた。
料理仕事で腹が減ったか、ソラはぱくぱくと勢いよく食べ進めていく。
美味い美味いと、自分で作った料理を絶賛するソラの様子がなんだか可笑しくて、レオンは笑みを浮かべながら、次の肉を口に入れた。



料理を褒めている時、ソラのフードに隠れた小さな料理人が嬉しそうにしていた事を、レオンは知らない。





KH3発売おめでとう&クリアしました記念。
ソラの成長を色んな場面で感じる事が出来ました。

それはそれとして、うちのソラは相変わらずレオン大好きです。
でもってうちのソラは卵を潰し、よく爆発させます。コンプリート頑張ろう。
  • この記事のURL

[ウォルスコ]始まりから未来へ

  • 2019/01/08 22:00
  • カテゴリー:FF


「うぉるおにいちゃんとけっこんする」


幼い頃のスコールは、度々そう口にした。
まだ男女の分別もついていない、当人も女の子に間違われる事も多かった、そんな時代の話である。

ウォルお兄ちゃんと言うのは、スコールの家の隣に住んでいる、8歳年上の少年の事だ。
大人びたを通り越し、やや老成したきらいもあるように見える、風変りな雰囲気を持った少年であったが、実直で真面目な性格で、面倒見も良い。
元々の近所付き合いもあり、人見知りの激しいスコールが、家族以外で唯一懐いている人物だったと言って良い。
父が仕事でいない時、母が病気になって入院していた時、一人ぼっちを怖がって泣きじゃくるスコールを、ウォルお兄ちゃんは庇護し続けてくれていた。
母が死に、その寂しさに泣き、ひょっとしたら父もいなくなってしまうかも知れないと言う不安に囚われたスコールに、自分は絶対に一緒にいる、と約束をしてくれたのも、彼だった。
その頃から、スコールは「うぉるおにいちゃんとけっこんする」と言うようになった。

幼かったスコールにとって、“けっこん”がどういう事を示すものであったのか、よく判っていなかった事は否めない。
ただ、父と母が“けっこん”したように、それをすればずっと一緒にいられる、約束事のように認識していたのは確かである。
父ラグナも、スコールのそんな気持ちを汲み、仕事の所為で幼い息子を一人にし勝ちであると言う罪悪感もあり、一人息子が“こんやく”した事に目くじらを立てる事はしなかった。
隣家に住んでいる少年がどんな人物かもよく知っている事であったし、もしも息子の人生が誰かに委ねられる事があるとすれば、あんな人物であれば良い、と考えてすらいた。

その反面、息子の言葉が、幼いが故のものであるとも思っていた。
男女の垣根も曖昧で、“結婚”がどう言うものなのか、其処にどんな柵があるのかも知らない、夢一杯の幼い子供の発想であると。
これも間違いではない訳で、故に成長を経るにつれて、この言葉も泡沫のように消えてしまうのは想像できる話であった。

そうして実際に、その幼く可愛らしい約束の言葉は、スコールの成長に連れ、口にされる事はなくなった。
いつ頃からと言われると曖昧ではあるが、中学生になる頃には言わなくなったように思う。
隣家に住んでいた少年も、青年へと成長し、大学生になっており、遠く離れた地で一人暮らしを始めた為、実家暮らしのスコールとは少し疎遠になっていた。
盆や年末年始には必ず青年から一筆が届き、家族ぐるみの付き合いは変わらなかったものの、スコールと彼が顔を合わせる機会は少なくなる。
そんな子供達の関係と距離感の変化を、ラグナは少しの侘びしさと共に、それもまた成長の一つと受け止めていた。
こうして、幼い日の約束は、溶けて消えていくものなのだろう、と。

思っていた。




息子のスコールが17歳になり、高校三年生になり、今年の夏になれば18歳になる。
そのタイミングで、隣家の息子────ウォーリアは生まれ育った街へと帰って来た。
都心の有名大学の経済学部を首席で卒業した彼は、世界的にも有名な会社に就職し、若いながらに備えた実力とカリスマ性で業績を上げているらしい。
エリートマンって言われてたりするんだろうなあ、とラグナの想像は楽に浮かんだ。
当人はそのような周囲の評価には相変わらず鈍い所があり、託された仕事を実直に熟す事に終始しており、生真面目振りも相変わらずのようで、ラグナは少し安心した。

亡き妻を加え、嘗て子供二人とそれぞれの親でテーブルを囲んだリビングに、今は父一人、息子一人、そして帰って来た青年が一人。
ソファに座っている青年は、上から下までスーツで整えており、あれってまあまあ良いブランドの所だよなあ、とラグナはやや下世話な所に目が行ってしまう。
仕事の所為で妙に肥えてしまった目が恨めしくなったが、それよりもラグナの意識を惹くのは、衣装に負けないウォーリアの存在感だ。
幼い時から持っていた堂々とした威風は翳りもなく、真っ直ぐに此方を見詰めるアイスブルーの瞳が眩しい。
いつであったか、スコールが「あいつはいちいち眩しい」と言っていた。
それは光を反射させて光る銀色の髪であったり、白磁のように白い肌であったり、整い過ぎた面立ちだったり、その時々で理由は色々あるのだが、一番はやはり瞳なのだろう、とラグナは思う。
都会での生活を経ても、それが一点の曇りすらない事が、彼が根から変わらずいてくれている証のように見えた。

ウォーリアは大学の三回生になった頃から、帰省の回数も減り、卒業後には戻って来る事もなくなっていた。
新卒社会人として忙しくしているのだろう、盆正月の便りはあるからそれで良し、と誰もが思っていたのだが、こうして久しぶりに会うと、やはりラグナは嬉しくなる。
既知であった、息子が誰より懐いていた青年が、立派になって帰って来たのだから当然だ。
積もる話も山程あり、彼が大学に進んでからのスコールの様子などを話してやれば、彼も少し前のめりで聞いて来るので、距離があって疎遠になっていたとは言え、ウォーリアにとってやはり一番気になるのはスコールの事なのだと判った。
が、思い出話は、横でそれを聞いていた当人から叱られたので、程々の所でお開きにされている。

話は二転三転とし、ウォーリアがどんな大学生活を送っていたのかも語られた。
ウォーリアはお喋りな性質ではないので、話の舵は専らラグナが切っていたようなものだが、ウォーリアは聞かれた事には答えてくれる。
その間に、距離故に疎遠になっていたとばかり思っていた息子が、父の知らない内にウォーリアの連絡先を聞き、誰よりも先に彼と連絡を取り合っていた事を知ったのには驚いた。
日々の生活で、話題にも出さなかったような時期も短くはなかったのに、スコールはウォーリアと交流を続けていたのだ。
それを聞いたラグナの感想は、一つ。


「やっぱりスコールはウォル兄ちゃんが好きなんだなぁ」
「………」


素直に思った事を口にすれば、じろりと蒼灰色が父を睨む。
中々鋭い眼差しだが、恥ずかしがっている事を隠せない頬の赤みの所為で、ラグナには可愛らしい印象にしか見えなかった。
その隣では、心なしか嬉しそうな雰囲気が滲んでいるウォーリアがいる。

スコールはしばらくラグナを睨んでいたが、すっくと立ちあがると、「…コーヒー、淹れ直してくる」と言ってテーブルに置いていたカップと一緒にキッチンへ向かった。
背中から不機嫌なオーラが振り撒かれているが、あれは照れ隠しだ。
最近、思春期真っ只中で気難しさが一層増したような気がしていたが、やはり根は素直で誤魔化しが下手な息子に、ラグナはくすりと笑みを漏らす。

それから幼馴染の青年へと視線を戻せば、整った顔が真っ直ぐに此方へと向いていた。
じっと見つめる瞳に、何か物言いたげな雰囲気を感じて、ラグナはおや、と首を傾げる。


「どした?なんか気になる事でもあったか?」


ウォーリアが実家に帰ってきたのは、大学卒業以来の事だ。
それも年末年始の帰省で、一日二日しか帰ってきていなかった程度の事だったし、スコールの高校受験に向けた勉強にもかち合っていたりして、帰省した彼がスコールと顔を合わせる事は殆どなかった。
だからラグナは、スコールとウォーリアが疎遠になってしまったものと思い込んでいたのだ。
結果として彼らは、親の知らない所で繋がり続けていたのだが、それでもまともに顔を合わせたのは久しぶりなのではないだろうか。
それなら、記憶の姿と今現在を目の前にした姿と、変わった所で思う事もあるだろう、とラグナは考えた。

気心の知れた間柄でも、本人を前にして言い難い事はあるだろう。
それが気を悪くするような内容ではないとしても、相手は気難しい事に定評のあるスコールだ。
席を外している今の内に、気楽になんでも言えよ、と言う風に、ラグナは促した。
ウォーリアはそんなラグナをじっと見詰めた後、少し丸めていた背を真っ直ぐに伸ばして、


「貴方に折り入って頼みがあります」
「うん?」


元々がやや古風な空気を持つウォーリアである。
姿勢を正し、真っ直ぐに相手を見据え、言葉遣いまで正すウォーリアに、ラグナは何か重みのある話でもあるのだろうか、と少し身構えた。

が、続く言葉は、そんな想像の上を行く。


「スコールが高校を卒業したら、私は彼を、私の下へ連れて行きたい」
「え」
「これからの生を、彼と共に歩んで行きたいと思っています。その選択を、貴方に許して欲しい」


見開く翡翠を見詰める藍の瞳は、一切の揺るぎがない。
突然の話にラグナが混乱している事も認めつつ、それでも譲らない光が其処にあった。

────ええと、とラグナは考える。
スコールが高校を卒業したら、ウォーリアは彼を連れて行く。
何処にと言う具体的で現実的な話ではなく、これは恐らく、ウォーリアの“人生”に連れて行きたいと言う事だろう。
よくある言葉で、有体に判り易く言うならば、生涯のパートナーとして、ウォーリアはスコールを選んだのだ。
そして、スコールの親であるラグナに、此処から連れ去ってしまう事を赦して欲しいと言っている。

昔のドラマでよく見た奴だ、とラグナは他人事のように考えた。
娘さんを僕に下さい、と、現実では中々言わないような言葉回しだが、インパクトには残り易い台詞。
形は違うが、これはやっぱりアレの奴だ、とラグナはようやく理解した。


(え。あ。えーと)


開いた口を塞ぐのも忘れて、ラグナの頭はぐるぐると回る。
ドラマではこういう台詞に対し、条件反射のように「駄目だ!」と雷親父が怒るのがパターンだった気がするが、ラグナの反応は其処には至らなかった。
怒る怒らないと言う反応以前に、思いも因らなかった話だから、話に感情が丸ごと付いて来ない。
ただ、確かめなければならない事は、幾つか直ぐに思い立った。


「えー、と。それって、スコールは知ってる話、か?」
「はい」
「スコールは、同意、と言うか。お前と一緒に行きたいってのは、言ってる?」
「はい」
「…あんまりこう言う感じの疑りはしたくないけど、やっぱり、あるからさ、確かめたいんだけど。それ、ちゃんとスコールの気持ちか?」
「───……はい」


三つ目の質問に僅かに間があった。
が、それは嘘を吐く為ではなく、ウォーリア自身の中で、スコールの気持ちを確かめた事を反芻していたのだろう。
応える時には、真っ直ぐにラグナの目を見て、ウォーリアは頷いた。


「…あとさ。ウォルは、スコールが子供の頃に言ってた事、覚えてるか?」
「私と結婚すると言う言葉ですか」
「うん。ちゃんと覚えてるんだな」
「忘れる事はありません」
「……だから連れて行きたいのか?」


ラグナの問いは、約束の是非を指すだけではなかった。
いつかの遠い思い出があるから、それに縛られているだけで選んだ道なのか、それを確かめたかったのだ。

幼い息子が繰り返し紡いでいた言葉は、寂しがり屋で甘えん坊だったスコールにとって、一つの支えだった。
母を亡くし、父もいなくなるかも知れない不安を拭ってくれた、兄代わりの少年と交わした約束。
それを現実にする為のおまじないのように、幼いスコールはウォーリアとの“けっこん”を熱望していたのだ。
だが、それも今となっては古い話で、スコールの口からそんな拙い約束事が出て来る筈もなく、そもそもが現実的でははない話であるから、それが現実になるなど彼自身も思ってはいなかったのではないだろうか。
故にこの話は自然淘汰的に消滅するのが普通であり、仮にウォーリアがあの約束を覚え、果たしたいと思っていたとしても、それは義務感だけで果たすべきものではない筈だ。

ウォーリアがどんな気持ちで、スコールと共に生きたいと思っているのか。
同時に、スコールも彼の下へ行く事を希望している事も、何を起因として行き付いた選択なのか、ラグナは確かめなければならない。

いつも軽くなり勝ちな唇を噤み、誤魔化さないでくれと言う翡翠の瞳に見詰められ、ウォーリアは口を開く。


「始まりは、確かにあの約束だった。彼を一人にしないよう、ずっと傍で守れるようになりたいと願い、その方法を探した。成長するに連れ、あの約束をいつまでも固持する必要がなくなっていく事も考えたが、それでも私は、彼と共に在り続けたいと思うようになった」
「………」
「私がスコールと共に在りたいと願うのは、今の私自身が望むこと。その気持ちに、偽りはないと誓う」


ただの義務感でも、幼い子供を慰めるだけの同情でもない。
遠く離れても繋がり続け、育んできた感情の行き着く先が、此処にあったのだと、ウォーリアは言った。

─────ああ、とラグナの胸中に、沢山の感情が混じり合った感歎が漏れる。
ドラマの通りなら、一発は雷を落として、寄り添い合いたい二人に一つ試練を与える所だ。
だが、それは大抵は余計なお世話と言う奴で、何よりも望み合う二人が真剣に向かい合って決めた事を、横から水を差している以外の何物でもない。
青年は年若い、息子はまだ学生、そもそも男同士、と言う理屈を並べ立てるのは簡単だったが、そんな事はきっと二人で十分に話し合われているのだろう。
だからウォーリアは此処に帰って来て、一番向かい合わなければならない相手───恋人の父親───と対面しているのだ。

あと一つ、言葉でラグナが雷を落とすポーズが出来る理由があるとすれば、未だラグナ自身がスコールから彼の気持ちを確かめていないと言う事だろう。
だが、そんなものは、既に答えが出ているようなものだった。

今からほんの数時間前、ウォーリアが最寄り駅に到着する頃、スコールはそわそわとした様子で過ごしていた。
駅に到着した彼を迎えに行く旨は聞いていたので、久々に会うので緊張しているのかとラグナは思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。


(嬉しそう、だったなぁ)


それが恋人に会える事に対してか、共に在る事を望んでくれた恋人の選択に対してかは判らない。
どちらも正解のように思えるし、そう考えると尚更、ラグナの口から出せる答えは決まってしまう。

願わくば、幸せに。
幼い日、手を繋いで笑い合う子供達が、これからの未来も続いて行く事を祈った。





1月8日と言う事で、ウォルスコ。
「息子さんをください」って言うウォルが浮かんだので、言わせてみた。
途中からスコールが退場してますが、リビングのドアの向こうで入るに入れなくなってるんだと思う。

うちの息子は何処にもやらん!って言うラグナも好きですが、スコールが望んでいるなら反対できないラグナも好きです。
相手がウォルなら尚更反対し難い相手なんじゃないだろうか。色々完璧すぎて。
  • この記事のURL

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • 32
  • 33
  • 34
  • 35
  • 36
  • 37
  • 38
  • 39
  • 40
  • 41
  • 42
  • 43
  • 44
  • 45
  • 46
  • 47
  • 48
  • 49
  • 50
  • 51
  • 52
  • 53
  • 54
  • 55
  • 56
  • 57
  • 58
  • 59
  • 60
  • 61
  • 62
  • 63
  • 64
  • 65
  • 66
  • 67
  • 68
  • 69
  • 70
  • 71
  • 72
  • 73
  • 74
  • 75
  • 76
  • 77
  • 78
  • 79

ユーティリティ

2025年07月

日 月 火 水 木 金 土
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
  • 前の月
  • 次の月

カテゴリー

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

新着エントリー

[ヴァンスコ]インモラル・スモールワールド
2020/12/08 22:00
[シャンスコ]振替授業について
2020/11/08 22:00
[ジェクレオ]貴方と過ごす衣衣の
2020/10/09 21:00
[ティスコ]君と過ごす毎朝の
2020/10/08 21:00
[ジタスコ]朝の一時
2020/09/08 22:00

過去ログ

  • 2020年12月(1)
  • 2020年11月(1)
  • 2020年10月(2)
  • 2020年09月(1)
  • 2020年08月(18)
  • 2020年07月(2)
  • 2020年06月(3)
  • 2020年05月(1)
  • 2020年04月(1)
  • 2020年03月(1)
  • 2020年02月(2)
  • 2020年01月(1)
  • 2019年12月(1)
  • 2019年11月(1)
  • 2019年10月(3)
  • 2019年09月(1)
  • 2019年08月(23)
  • 2019年07月(1)
  • 2019年06月(2)
  • 2019年05月(1)
  • 2019年04月(1)
  • 2019年03月(1)
  • 2019年02月(2)
  • 2019年01月(1)
  • 2018年12月(1)
  • 2018年11月(2)
  • 2018年10月(3)
  • 2018年09月(1)
  • 2018年08月(24)
  • 2018年07月(1)
  • 2018年06月(3)
  • 2018年05月(1)
  • 2018年04月(1)
  • 2018年03月(1)
  • 2018年02月(6)
  • 2018年01月(3)
  • 2017年12月(5)
  • 2017年11月(1)
  • 2017年10月(4)
  • 2017年09月(2)
  • 2017年08月(18)
  • 2017年07月(5)
  • 2017年06月(1)
  • 2017年05月(1)
  • 2017年04月(1)
  • 2017年03月(5)
  • 2017年02月(2)
  • 2017年01月(2)
  • 2016年12月(2)
  • 2016年11月(1)
  • 2016年10月(4)
  • 2016年09月(1)
  • 2016年08月(12)
  • 2016年07月(12)
  • 2016年06月(1)
  • 2016年05月(2)
  • 2016年04月(1)
  • 2016年03月(3)
  • 2016年02月(14)
  • 2016年01月(2)
  • 2015年12月(4)
  • 2015年11月(1)
  • 2015年10月(3)
  • 2015年09月(1)
  • 2015年08月(7)
  • 2015年07月(3)
  • 2015年06月(1)
  • 2015年05月(3)
  • 2015年04月(2)
  • 2015年03月(2)
  • 2015年02月(2)
  • 2015年01月(2)
  • 2014年12月(6)
  • 2014年11月(1)
  • 2014年10月(3)
  • 2014年09月(3)
  • 2014年08月(16)
  • 2014年07月(2)
  • 2014年06月(3)
  • 2014年05月(1)
  • 2014年04月(3)
  • 2014年03月(9)
  • 2014年02月(9)
  • 2014年01月(4)
  • 2013年12月(7)
  • 2013年11月(3)
  • 2013年10月(9)
  • 2013年09月(1)
  • 2013年08月(11)
  • 2013年07月(6)
  • 2013年06月(8)
  • 2013年05月(1)
  • 2013年04月(1)
  • 2013年03月(7)
  • 2013年02月(12)
  • 2013年01月(10)
  • 2012年12月(10)
  • 2012年11月(3)
  • 2012年10月(13)
  • 2012年09月(10)
  • 2012年08月(8)
  • 2012年07月(7)
  • 2012年06月(9)
  • 2012年05月(28)
  • 2012年04月(27)
  • 2012年03月(13)
  • 2012年02月(21)
  • 2012年01月(23)
  • 2011年12月(20)

Feed

  • RSS1.0
  • RSS2.0
  • pagetop
  • 日々ネタ粒
  • login
  • Created by freo.
  • Template designed by wmks.