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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[シャンスコ]授業中断

  • 2019/11/08 22:00
  • カテゴリー:FF


魔道師と言えば、その力の本領となるのは当然、魔法術の活用である。
それは戦闘となれば勿論のこと、日常の些細な面でも言える話で、自身が持つ魔力を如何にして、どのように、場面に合わせて効率良く使えるかが、魔道師の格の違いと言える。

戦闘の場面において、魔道師は魔力を攻撃、或いは防御に使用する。
炎を生み、水を操り、雷を呼び、風をまとう。
これらは自身の魔力で生み出すものではあるが、全てをそれに頼る場合、消耗と枯渇はあっという間にやって来る。
だからレベルの高い魔道師と言うのは、その場その場で自然界に滞留している力を触媒にし、0を1にではなく、既に其処に存在している0.1を足場にして、それを幾重にも膨らませる方法を知っている。
または、生み出したものを中心として、周囲の力の流れにそれを乗せる事で、放出に使う魔力の消費を抑える事も可能であった。

こうした魔道師の本領が発揮できるのは、やはり獲物を遠くから狙う事を前提に、自身が魔力を練り上げる時間が作れる余裕が必要であった。
シャントット程の実力者ともなれば、無詠唱でガ級の魔法を唱える事も朝飯前だが、しかし威力は本来の詠唱を行った時よりも遥かに落ちる。
良くて3割、悪ければ5割までその威力が落ちるとすれば、リスクは決して無視できるものではない。
だが、敢えて威力を下げた状態で、連続して唱えて乱発するのであれば、戦術としては十分に使える。
無詠唱である為、敵が接近している状態でも、自衛として使う事も不可能ではない。

とは言え、やはり魔力を扱うには、相応の準備がいる。
下手な扱いをして魔力が逆流したり、暴走したりすれば、意図せぬ被害を及ぼすことは勿論、自滅する可能性もあるからだ。
強大な力を有する魔道師ほど、それを忘れてはいけない。
それ程の力を常に持ち得ているからこそ、魔道師は時に崇められ、時に恐怖の対象ともなり得るのだ。



イミテーションの多くはシャントットにとって造作もなく壊せる程度の人形である事が殆どだ。
自身の姿をしたものについては、まるで映し鑑のように生み出されたその精巧さに、よく研究されているものだと思う事はあれども、それ以外の感慨を覚える事はない。
模造品など、ファイアの一つもぶつけてやれば、呆気なく壊れて行く。
比較的頑丈なものも時には現れるが、それも数発の魔法を当てれば結局は粉々になるので、シャントットの琴線を強く震わせるには至らないのである。

とは言え、数の利で押し寄せられると、流石に面倒だ。

しばらく前から、シャントットはスコールから魔法の使い方についての指南を求められていた。
元々が近接を持ち場としているスコールであるが、彼は自分の戦術の幅を広げる為、どうしても不利になる遠距離からの戦闘方法を模索していた。
シャントットが元の世界で研究者であると誰かから聞いたのか、自ら頼みに来たその行動は、中々豪胆なものである。
彼にとってもシャントットが応じてくれるとは思っていなかったようで、駄目元で来たつもりだったそうだが、彼が持つ魔力の性質と言うものがシャントットの興味を引いた。

元々魔法が当たり前に存在しており、素質と理解力があれば誰もが使う事が出来るシャントットの世界と違い、スコールの世界にはそう言った要素がない。
魔法はあるにはあるが、それは科学的に解明され、本物を真似て作られた“疑似魔法”であると言う。
スコールは環境が整っていた為、それを扱う術を知っているが、しかし根本的に“真似事の魔法”であることもあって、その威力は他の魔法使いたちの足元にも及ばない。
秩序の戦士の中で、魔力の強さに関しては、下から数えた方が早い、と言っても良いだろう。
それでも使えない訳ではないし、使える力ならば有効的に活用するべきだと考えている。
神々の闘争と言うこの世界に置いて、その考え方は正しいのだが、彼は研究者ではない上に、魔法の仕組みと言うものの全体像を知っている訳ではない。
其処で、元の世界でも様々な研究を行っており、多方面の知識を持ち、且つ自身も強大な魔力を扱う事に慣れているシャントットに一度指南を頼んでみようと思ったのだ。

シャントットは後進の育成自体に抵抗はないが、他者に指南をする事は、特に歓迎するような事でもない。
寧ろ他人に関わっているが為に、手元の研究を停めざるを得ないのなら、煩わしいこととも言える。
そんな彼女がスコールからの魔法指南の頼みを受けたのは、彼に指導を与える事で、自分の世界にはない魔法について知ることが出来るかもしれない、と思ったからだ。
同時に、元々低い魔力でコントロールされているスコールの魔法の威力を上げる方法が分かれば、魔力のより効率よく使う方法を見付ける事が出来るかも知れない。
指導の労はあるが、研究者としての視点で見れば、これは千載一遇のチャンスであった。
異世界の魔法の仕組みなど、こんな事態でもなければ、出会う事はないのだから。

スコールへの魔法指導────授業は定期的に行われ、それなりの成果を上げている。
シャントットが机上で計算したほどスコールの魔法の威力は上がらなかったが、それは元々の性質の違いもあるので、及第点に至った所で一先ずは良しとした。
授業中のスコールの態度は実に優秀で、時折此方の指示に対して眉を顰めたりと言った様子はあるものの、基本的に無駄口や反発はなく、先ずは言われた通りを実行して見せる。
授業の日には、講義代のように、茶葉や豆、ちょっとした茶菓子なども持ってくるので、気が利いている。
座学についても真面目に聞いているし、理解力も低くはないので、教鞭を取る者としては、教え甲斐があった。

今日もシャントットはスコールと授業を行っており、内容は実技的なものを予定していた。
授業で繰り返し行う事は、感覚を体に覚え込ませる作業として行っているが、問題は本番でどれだけそれをトレース出来るかだ。
戦場は一瞬で自分の命が消えるのだから、まごついている暇はない。
だから先ずは程好い練度のあるイミテーションか、或いは魔物を相手にしてみよう────と言う予定だったのだが、それはご破算になった。
授業場所にと選んだ海岸に辿り着いた所で、練度の高い複数体のイミテーションが、此方がその接近に気付くよりも早く、襲撃を仕掛けてきたからだ。

勇者、義士、英雄、銃士、雷光と言うラインナップに、舌を巻いたのはシャントットもスコールも同じだった。
雷光が隙を許さぬ連撃で迫り、その攻撃の隙間を縫うように、義士と英雄がスコールを襲う。
銃士は遠く距離を取ってシャントットの魔法詠唱を阻み、こちらが反撃しようとすれば勇者が盾となる。
銃士と勇者の動きが一瞬でも止まると、そのタイミングを外さずに雷光がターゲットをシャントットに切り替え、その間スコールには義士と英雄が二体がかりで張り付く。
せめてもう一人、敵を抑えられる手が欲しい、と無い物強請りを考えるのも、無理はない状況だった。


(せめて、一体)
(それだけでも潰せば)


逃げるには遅く、仲間を呼ぶには遠すぎる。
増援が望めないこの状態で、スコールとシャントットは、場を引っ繰り返す為に必要な策を練っていた。
だが、この数の不利を無視して一気に打開するには、シャントットが魔力を練る時間が必要だ。
ならば狙うのは銃士か、それとも、と止める訳には行かない思考が、二人の隙を生む。


「シャントット!」
「────!」


呼ぶ声はなくとも、判っていた。
銃士からの遠距離からの攻撃に気を取られている隙を、雷光が刺しに来る。
眼前に迫る刃の閃きに、シャントットは舌打ちと同時にエアロを放った。

詠唱を無視して打ち放った風はただの突風の塊でしかなかったが、雷光を吹き飛ばすことには成功した。
しかし、首筋の嫌な感覚は変わらず、その正体をシャントットは直ぐに理解した。
銃士の警護にほぼ終始していた勇者が背後に迫り、刃がシャントットの小さな体に向けて振り下ろされる。

その刃を叩くように砕いて、ガンブレードが勇者の頭部を貫いた。
勇者の元になった人物の声帯を真似て、耳障りな音を交えた断末魔の声が響く。
そして間を置かずに、スコールの背に風圧を凝縮させたような剣氣が襲った。


「スコール!」


無防備を晒していた背を襲った衝撃に、スコールの体がそのまま打ち飛ばされる。
戦場の輪から追い出される形となったスコールを、義士、英雄、雷光が更に追った。
が、それをシャントットの放った氷の弾丸が打ち、足が止まる。
標的を切り替えた光のない三対の目が振り返った時には、其処にシャントットの姿はなく、彼女は地面に俯せに倒れているスコールの前に立っていた。

スコールは英雄の放った衝撃刃を喰らい、吹き飛ばされ地面に叩きつけられたダメージも重なって、意識を失っている。
切り裂かれた黒のジャケットの背中から、赤黒く滲んだシャツが覗いていた。
それを見下ろすシャントットの口から、ふう、と溜息が漏れる。


「はあ。全く、今日はとんだ厄日だこと」


呟いて振り返れば、開いた距離を走る三対と、それに遅れて射程距離へと入ろうと近付いて来る銃士の姿。
足の速い雷光が一歩先に辿り着くかと言う所だが、既にそんな猶予を与える事はない。

シャントットを中心に、強大な魔力の渦が噴き上がって行く。
傍らに倒れ伏したままのスコールの髪が、渦の昂ぶりに煽られて揺れていた。
人形を見るアーモンド型の瞳に、鋭く冷たい光が宿る。


「良い生徒なんですのよ。それなりに」


自身が研究室としている洞窟にスコールが来訪する日を、シャントットは少なからず気に入っている。
少々生意気な所はあるが、授業態度は真面目だし、課題はちゃんと熟してくる。
シャントットからの課題と言うのは、半分は彼女の実験的な試みも含んでいる為、必ずしもスコールがクリア出来るものではない場合もあった。
それでもスコールは可能な限りの試みを行い、どうしても難しい場合は、現状で確認できる限りの事を期碌に留めて、シャントットの下を訪れる。
そうした姿勢は、少々真面目で勤勉過ぎて、偶に面白味に欠けるのだが、それは良しとしよう。
ともあれ、シャントットはこの成績優秀な生徒に、それなりに目をかけてやる気分でいるのだ。

振り翳した杖から、閃光が放たれ、空へと突き刺さる。
常に空を覆う重く暗い雲の向こうへとそれが飲み込まれた直後、轟雷が鳴り響いた。
激音と共に降り注ぐ何十発と言う野太い雷が、海岸線を黒焦げにして行く。
決して狭くはない海岸一帯を焼き尽くさんと降り注ぐ雷の雨の中、悪魔の笑い声が高く吸い込まれて行った。




潮の匂いなどこの世界にあるのか判らないものだが、焦げた匂いの海岸と言うのは不穏なものである。
が、シャントットは全く気に留めなかった。
雷が消え、それに撃たれ壊れた人形が、欠片も残さず塵となった頃、シャントットはスコールの傷の手当てを終えた。


「……こんなものかしら。まあ、死にはしないでしょうし」


背に傷を負ったスコールは、俯せのまま、地面の上に寝かせている。
ポーションで消毒し、傷口全体を保護するように巻かれた包帯は、痛々しい姿ではあるが、出血は酷くはなく、呼吸も安定しているので、時間が経てば目を覚ますだろう。

シャントットは魔道師であり、様々な魔法の研究を行い、新たな魔法を生みだした経歴も持っている。
しかし、シャントットが専ら使っているのは破壊の力を秘めている黒魔法であり、治癒を主たる力と持つ白魔法ではない。
理屈や心得がない訳ではなかったが、不得手なものである事は事実で、シャントットもそれを自覚していた。
そんなもので付け焼刃の治療を施すよりも、ポーションや包帯による医療処置の方がこの場は適していると判断したのだ。

手頃な岩が傍にあったので、シャントットは其処に座り、スコールが目覚めるのを待つ事にした。
気付けでもして強引に起こしても良かったが、なんとなくその気にはならなかった。

数十分前の緊迫が嘘のように、海辺は静かな潮騒に包まれている。
その音を聞きながら、今日の授業の振り替えはいつにしようかしら、とシャントットは今後のスケジュールを調整し始めたのだった。





11月8日なので、シャントット×スコール。と言い張る。

別に特別に優しくしたり、相手を敬ったりと言う間柄でもないけど、なんとなく愛着だったり多少なりの敬意はある。
そんな先生と生徒のような関係の二人がいたら楽しい。
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[ジェクレオ]王はすべてを手に入れる

  • 2019/10/08 22:05
  • カテゴリー:FF


最初に水と言うものに触れたのがいつだったのか、ジェクトは思い出すことが出来ない。
随分と遠い日の話になるのだから無理もないし、若しかしたら記憶する以前の事だったのかも知れない。
どちらにしろ、理由となりそうな事は思い付かなくなって久しいのだが、それでも水に触れる時の感覚と言うのは、初めて得た時のものと一分の代わりもない事だけは確信を持って言えた。
その確信に確固たる理由はないけれど。

地球と言う場所に生きている限り、そこには重力の存在が必ず在る。
重力の過多を判断する為、基準となった1Gと言う数字は、特に意識しなければ何と言う事もない話であるが、案外と生き物の体に負荷を齎す。
だから動物は体を支える為に四つ足となり、鳥は飛ぶ為に体を軽量化させるか、重量を支える為の翼とそれを動かす筋肉を発達させた。
人間は後ろ足だけで立つ為に背骨を太くし、背筋を鍛え、骨盤も大きくなった。
これらの進化の形は、今現在も生き物に等しく降りかかる重力に対抗する為のものである。
それは日々の生活の中で、絶えず刺激され、反発する為に力を使って体を動かす事で、維持されているものだった。
だから宇宙飛行士のように、一年や二年と言う長い時間を重力から解放された場所で生活いていると、戻って来た時には碌に体が動かせない、と言う事もあるのだそうだ。

この星で生きている限り、重力から逃れる事は出来ない────のだが、水の中は話が別だ。
水の中では浮力があり、其処にあるものは抵抗しなければ等しく浮かび漂う事が出来る。
重い石材は沈むものであるが、それでも地上の半分程度の力で持ち上げる事も可能であるから、水の中と言うのは疑似的な無重力空間として、宇宙飛行士の訓練場として使われる事もあると言う。
水の中では人間は息も出来ないので、そう言う意味では近い環境と言えるのかも知れない。

ジェクトは、水の中に入った時の浮遊感が好きだった。
若い頃から体格には恵まれていたので、重い筋肉が付きやすく、水の中では他者よりも深く沈んでしまう傾向があるのだが、かと言って何処までも沈む訳でもない。
重力から離れ、浮力に持ち上げられた躰は、地上を歩く時よりも軽く感じられた。
それが細やかな解放感にも似て、ジェクトは其処でならありとあらゆる事が出来るような気がしていた。
勿論、肺呼吸の生き物であるが故に不自由も後を絶たないのだが、それはそれとして、地上とは違う世界で過ごせる一時は至福の時間でもあった。

そんな思い入れがあるから、ジェクトが水から離れられないのは決まっていたのだろう。
水に関わるスポーツをあれこれと試し、最終的には水球に行き付いたが、他のスポーツも嫌いではない。
最後に水球が残ったのは、偶々それをしていた時に評価が上がり、プロスポーツ団からスカウトを受けたからだ。
当時は学生気分も抜けていなかったから、合わなければ辞めれば良いとか、他の競技でも少なからず評価は貰っていたから、そっちに鞍替えしても良いと思っていた。
結局は存外と性に合ったので、今では“キング”の異名を冠する程の実力となっている。
そのお陰で妻と出逢い、息子に恵まれた。
妻とは早くに死に別れてしまったが、スター選手として破格の契約金を貰っているお陰で、息子を育てるのもなんとかなった────近所の家族には随分と世話をかけて貰ったが。

水に触れているお陰で、今のジェクトがある。
あの自由な世界で生きて来たから、ジェクトは自分の力を信じる事が出来たし、迷った時にも立ち止まらないで済んだ。
最近、息子が自分と同じ道を進もうとしている事には、色々と思う事はあるが、それも嫌な事ばかりではない。
俺の息子なんだ、当然だと思うのも本音で、剥き出しの対抗心で睨む海の青を見る度に、まだまだヒヨッコだと笑いながら、早く此処まで上ってこいとも思っている。
この自由な水の世界で、息子と向き合う事が出来たら、きっと倖せだ。

そしてつい最近、もう一つ、倖せの種は増えた。
まだ誰にも秘密の種ではあるけれど、手放さないようにしたいと思うものが。




ジェクトの練習は、始まりと終わりに決まった流れを作っている。
始まりは、入念な準備運動をした後、地上でボールを使ってリフティングをし、入水したら先ずは50メートルプールを一往復、それから水の中でボールを使って今日の体の感触を確かめる。
終わる時には、10分程水面に浮いて一心地した後、プールを三往復し、プールから上がったら呼吸を整えてからシャワーを浴びる。
練習メニューとは関係なく行っているこれは、ジェクトがプロプレイヤーになってから間もなく始まり、定着させたものだった。
古株の仲間内から、そろそろ年齢的に無理が来てるんじゃないか、と揶揄われる事もあるが、まだまだだとジェクトは言ってやる。
ともかく、これを始めなければジェクトのコンディションは仕上がらないし、終わりにしなければ収まりが悪いのだ。

今日もチームでの練習が終わった後、ジェクトはいつものように最後の締めを行っていた。
スタート時には体が温まっていた事、練習後の休息を挟んだ事で最高のキックで始められるのだが、時間が立つと段々と体は重くなる。
しかし、ジェクトの泳ぐスピードは落ちてはいなかった。
このままのコンディションを維持し続ける事が出来れば、四日後の試合でも良い動きが出来るだろう。
そう言った確認も含めて、ジェクトは最後の往復路で気を抜かないように努めていた。

大きく伸ばした手がタッチ板を叩き、ジェクトは顔を上げた。
水の音がなくなった世界は随分と静かで、仲間達はもうとっくに引き上げたのだと言う事が判る。
少しばかり苦しくなった肺を、はっ、はっ、と短い呼吸を繰り返して宥めつつ、水泳キャップを脱ぎ捨てて、水と一緒に落ちて来る前髪を掻き揚げていると、ふっとジェクトの頭上に影が落ちた。


「終わったな。お疲れ様」
「……おう」


シンプルな労いの言葉をかけてきたのは、レオンだった。
濃茶色の髪と、蒼い瞳と、額に走る大きな傷が印象的なこの青年は、シャツとGパンと言うラフな格好で、飛び込み台から此方を覗き込んでいる。
いつもは下ろしている長い髪は、湿気を嫌ってかアップに括り、ポニーテールにされていた。
手にはクリップボードを持ち、手首にはストラップを括り付けたタイマーがある。

ジェクトがプールサイドに向かって水を掻くと、レオンの足がそれについて来た。
疲労感で重くなった躰を持ち上げ、水から出ると、ベンチに置いていた筈のタオルが差し出される。


「サンキュ」
「ああ。水は、後で良いか?」
「ん」


受け取ったタオルで頭を拭きながら、ジェクトは一番近いベンチへと向かう。
水から上がって重力を受けた体が、妙に重いのはいつもの事だ。
疲労しているのだから当然だし、浮力から解き放たれれば、こうなるのが自然の摂理と言うもの。

どすっ、とベンチに腰を下ろしたジェクトに、レオンは持っていたクリップボードを見ながら言った。


「調子は良いようだな」
「当然」
「これだけ仕上がってるんだから、試合前にティーダと喧嘩をしないでくれよ」
「ンな事しねえよ。それに、その程度で試合に影響は出さねえよ」
「さて、どうだか。あんた、意外と顔に出るんだぞ」


家庭事情に釘を刺す青年に、ジェクトは唇を尖らせる。

現在、ジェクトの息子であるティーダは、反抗期の真っ盛りである。
元々父に対して何かと対抗心を持ち易い子供ではあったが、思春期を迎えてそれが激しくなりつつあった。
ジェクトもジェクトで、どうにも息子には意地の悪い言動をしてしまうので、盛大な親子喧嘩が頻繁に勃発する。
その息子はレオンの弟と幼馴染で、家族ぐるみの付き合いをしているので、その喧嘩の仲裁に入る事も多い。
そして、レオンの仕事は、ジェクトのマネージャーであった。
何かと自己管理の意識が低いジェクトについて回り、栄養管理にスケジュール管理、所属団体との契約の交渉などを行っている。
練習メニューについても彼がチェックしているので、必然的にジェクトの事を観察する事になり、ジェクト自身よりも彼についてよく知っていると言って良い。
そんなレオンが指摘する事なら、その通りなのだろう────が、息子に関する話だけは、素直に受け取る事が出来ないのであった。

拗ねた顔をするジェクトを、レオンはくすくすと楽しそうに眺めている。
何がそんなに面白いんだか、とジェクトが頭を掻けば、聡いレオンはしっかり胸中を読んだらしい。
いやすまない、と笑った事を詫びつつ、


「まあ、顔には出るが、確かに試合にはそれ程影響させた事はないな。その辺りは流石だ」
「そりゃあ当然だ。俺様はキングなんだからよ。ヒヨッコがピーチクパーチクしてるからって、無様な真似はしねえさ」
「そのヒヨッコだが、再来週から地区大会の予選が始まるそうだ。スコールが応援に行くと言っていたから、俺も時間が取れそうだし同行するつもりだが、あんたはどうする?」


ヒヨッコ───ジェクトの息子であるティーダは、高校生になってから水球部に入った。
目覚ましい活躍でレギュラーをもぎ取り、エースとなった彼は、今は業界内では注目の若手プレイヤーである。
とは言え、其処には“ジェクトの息子”と言う色眼鏡も多分に有り、まだまだ幼い彼は、その評価に振り回されている所もある。
少し前から、その評価こそをバネにするように、一層競技に打ち込むようになったようだが、ジェクトから見ればまだ甘い所があった。
その評価はジェクトも同意見であるが、


「……俺ぁ行かねえよ。地区大会なんぞで、俺が行く必要もねえだろ」
「発奮にはなるんじゃないか?」
「そんな事でやる気出す位なら、普段から同じようにやりゃあ良い。第一、地区大会だろ?そんなもん、当たり前に勝てねえようなら、俺に勝つなんざ百万年早い」


ジェクトの言葉は厳しく、親としては冷たくも聞こえるものであった。
しかし、その言葉の裏側を、レオンは正しく理解している。
それこそ、ジェクト自身が認めようとしない、素直になれない心の奥底まで。

ティーダはまだまだ青い果実であるから、期待もあれば、逆に辛い評価を受ける事も多い。
彼自身が成熟し切っていない事や、良い意味でも悪い意味でも、素直過ぎる性格もあり、メディアの格好の的にされている。
面白半分に書き立てる者もいるから、嘗て同様の目に遭った経験を持つ父からすれば、息子がどんなに苦い虫を噛み潰しているか、想像できるのだろう。
だが、そうした厳しい環境の中でも、彼に光るものがあるのも確かだ。
ジェクトもそれを見抜いているから、いつか来る日への期待を込めて、もっと上を目指せと言うのである。
お前は絶対に此処まで来れる男だから、と。

────それに、とジェクトは更に付け足す。


「今は俺が応援に行くより、スコールが行く方が、あいつも気合が入るだろ」
「……確かに、それはありそうだな」


ジェクトの言葉に、レオンは少し寂しそうに、けれども喜びを滲ませながら頷く。
少し前から、ティーダとレオンの弟スコールが恋人同士の関係に収まった事を、二人は当人たちから聞かずとも察していた。
それぞれの身内への気まずさか、思春期のデリケートさ故か、彼等から打ち明けられるのは当分先だろう。
それまでは、知らぬ存ぜぬの体をしていようと、保護者二人は決めている。

だからジェクトが気にする事は、再来週の息子の試合ではなく、四日後の自分の試合だ。
応援に行くにしろ行かないにしろ、キングとして父として、勝って見せつけてやらねばなるまい。
その為にも、パフォーマンスは最高に仕上げておかなければ。

ふう、と一つ息を吐いて、ジェクトは重みを増した腰を持ち上げた。


「着替えるわ」
「ああ。じゃあ此処も閉めないと────」


借りている鍵を返すべく、出口に向かおうと背を向けるレオン。
その腰を、太い腕がぐっと抱き寄せて、レオンは目を丸くした。

ジェクトの逞しい胸にレオンの頬が寄せられる。
硬い、と思っていると、腰を抱いていたジェクトの手が下へ降りて、悪戯をした。
かっとレオンの顔が赤くなり、潜めた声がジェクトを咎める。


「ジェクト……!」
「判ってるよ」
「判ってな……っ!」


叱るレオンに、こんな所でする気はない、と言いながら、ジェクトはレオンの項を噛む。
引き締まった尻を、大きな手が包むように鷲掴んで、ふにふにと指が食い込むのが判った。
ぞくぞくとした感覚がレオンの背を奔り、はあっ、と唇から熱の籠った吐息が漏れる。
それを見下ろす赤い瞳に、じわりと獣の気配が滲んだ。

が、ばんっ、と固いものがジェクトの顔を打つ。
レオンが持っていた、クリップボードの裏面だった。


「……ってーな、オイ」
「自業自得だ」
「別に此処でおっぱじめやしねえよ。ただ後で───」
「後もない」


じろりと睨み、もう一発打つかと振り被るレオンに、ジェクトは大人しく引き下がった。
尻を揉んでいた手が離れると、レオンはほうっと息を吐きつつ、ジェクトから距離を取る。
その顔は怒りながらも紅潮しており、体の奥からはじくじくとした欲が沸き上がって来る。
だが、今それに身を任せる訳には行かないのだ。


「……試合が終わるまではナシだ」
「終わった後なら良いのか?」
「…わざと聞いているだろう、あんた」


レオンの言葉に、ジェクトは肯定も否定もしない。
口端を上げてにやにやと笑う男に、レオンは溜息を吐いて、呆れたように頭を振る。
そんな仕草をしながらも、レオンのまた駄目とは言わない辺りに、彼の甘さが現れていた。

恋人を置いて行く歩調で歩き出したレオンに、ジェクトは肩を竦めて、大人しくその後ろをついて行く。
その間に濡れた体を軽く拭いて、通路へのドアを潜ると、レオンは忘れ物がないかをしっかりと確かめてから扉を閉めた。
鍵をかけるその旋毛を見下ろしつつ、ジェクトは訊ねる。


「おい、レオン」
「なんだ」
「試合、勝ったらちょいとご褒美くれよ」
「……ご褒美?」


唐突なジェクトの言葉に、レオンは首を傾げて顔を上げる。
一体何が欲しいんだ、と素直に訪ねようとして、レオンは見下ろす瞳が抱くものに気付いた。
じわ、とレオンの頬に赤みが増したのを見て、ジェクトは満足げに口角を上げる。

バカじゃないか、と呟くレオンに、ジェクトはくつくつと笑いながら、濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でた。





10月8日と言う事でジェクレオ。

ジェクトのサポートをしているレオンと言う関係性にとても滾る。
全幅の信頼をお互いに抱きつつ、恋慕や愛情も一緒くたに向けあっている二人。
ご褒美なんて何が欲しいんだも何も明らかだし、試合を勝つ事をレオンは信じて疑っていなくて、その上で結局駄目とは言わない。

17歳な息子/弟と違ったアダルティな雰囲気も遠慮なく描けるので書いててとても楽しい。
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[ティスコ]水面の夢人

  • 2019/10/08 22:00
  • カテゴリー:FF


水の中の浮遊感が、ティーダは好きだ。
冷たくも暖かな水の中で、ふわふわと漂ったり、泳いだり。
体にかかる水圧で少し重くなった筋肉を、しっかりと動かして透明なカーテンを押し広げると、ふぅわりと前に進める。

そう言う体感が好きと言うのもあるが、多分それよりも前に、水の中から見た空が綺麗だったのが幼心に強く残った。
その世界をいつまでも見ていたくて、水中ゴーグル越しのゆらゆらと揺れる空をずっと見ていたら、存外と長く潜り続けていたようで、父親には溺れたと思われたらしい。
無理やりに水膜の向こうへと引き上げられた瞬間、いつも自分を泣かせてばかりの父親が、青い顔をしていたのが不思議だった。
次いで、空を堪能していた所を邪魔されたので怒ったら、心配してやったってのに、と愚痴が零れたのを覚えている。
今にして思えば、確かに溺れていたと考える方が自然な位に潜り続けていたので、父の焦りは真っ当なものであったと判るが、当時の自分はそんな事は考えもしなかった程、水と言うものの恐ろしさを知らなかったのだ。

そんな始まりで水に親しんだティーダは、小学校に上がる頃には、夏のプール授業が好きで好きで堪らなくなっていた。
どうしてプール授業は夏しかないのか、春だって秋だって冬だってすれば良いのに、と何度も思った。
成長するに連れ、いや他の季節はまだしも冬は駄目だ、凍え死ぬ、と理解するようになったが、他校のプールが屋内プールでいつだって使えると聞いた時には、心底羨ましかったものだ(そう言う所でも、プール授業は夏だけなのだが)。
だから中学校に進む時、屋内プールが整備されている所が良いと父に強請った。
其処なら年中通してプール授業がある────と言う訳ではないのだが、大抵、そう言う所は水泳に関する部活も盛んで、入部すれば水に触れ合う機会は増える。
候補にした私立の学校は、ティーダの成績では少し難度の高いもので、父からも無理だ無理だと散々言われたが、父への反発心と、成績優秀な幼馴染の助力のお陰で、ティーダは無事に志望校へと合格した。
入学したティーダは早速水泳部へと入り、めきめきと頭角を現し、中学三年生になる頃には、スポーツ特待生として推薦が貰える程になっていた。

推薦で入った高校でも、ティーダの水への執着は衰えない。
だから直ぐに水泳部に入ろうと思ったし、あちらもティーダの名前は聞き及んでいたから、それを期待していたようだった。
しかし、入部届を出そうとした矢先、プールで水球部が活動しているのを見て、急遽気持ちが変わった。

ティーダの父、ジェクトは水球のプロスポーツ選手だ。
幼い頃からティーダは、意識するしないに関わらず、その背中を見て来た。
試合があれば幼馴染一家と共に応援をしに行く習慣があって、両家共に母が逝去してしまった今でも、それは続いている。
家のリビングのDVDラックには、ジェクトが出た試合の記録が全て残されているし、公式に発売されているベストプレイ集なんて物もある。
試合が多いシーズンになれば家にいないし、シーズン前でも調整やら練習やらで海外にいる事も多く、幼い頃のティーダは余り父と接した記憶がない。
記憶はないが、その背中は確かにいつでもティーダの目の前にあって、壁のように聳え立っていた。

半ば興味本位であったとは言え、水泳から水球に鞍替えする意味を、判っていなかった訳ではない。
父が歩んだ道を、その背中を、真っ直ぐに追い駆ける事になるのだ。
それは、なんとなく其処に壁がある、と思いながらも、その脇道を選んで歩いていた時とは話が違う。
なんとなくと言う意識の中で見ていた背中を、真っ直ぐに見据える度に、その大きさと高さが判るようになってくる。
余りに大き過ぎるその背中は、それを追い駆けなければならない息子にとって、目標になると同時に、自分を踏み潰す重石にもなり得るものだ。
その上、父は世界的に名の知れたプレイヤーであるから、『ならば息子もきっと』と色眼鏡で見て来る輩は絶対にいる。
思春期故の反発心も勿論、父ではなく自分を見て評価して欲しい、と思うティーダにとって、こうした世間の目は非常に息苦しくなるものであった。
それを判っていたから、ジェクトはきっと、息子を水と親しませることはしても、水球と言う自分のフィールドに引っ張り込もうとはしなかったのだろう。
だが、ティーダが自らその道を選ぶと言うのであれば、話は別だ。
若くしてキングの名を欲しいままにした父親は、出ようと必死に藻掻く杭を、ぐいぐいと押さえ付けて来る。
そうする事で、ティーダが益々成長している事を願って。

────当面の所、父親の想いは凡そ反映される形になっている。
そして最近、ティーダにはもう一つ、充実している事がある。



基礎体力がやや低く、スタミナが最後まで持たない事が、ティーダの課題となっていた。
これは水泳をしていた頃からの課題で、瞬発力はあっても、それが長く持たないのと言う評価が常について回っている。
克服するべく毎日のように走り込みをしたり、プールを泳いだりと繰り返しているが、中々思うようにはステータスが伸びない。
このままは良くない、と言う焦りもあったが、さりとて焦っただけではどうにもならないのも事実。
今はとにかく、真面目にコツコツと、体を作り上げていくしかないのだ。

プールを端から端まで泳いで、三往復した所で、ティーダは水から顔を上げた。
はー、はー、と息を切らして、壁に寄り掛かる。
今日の部活の予定になっていた、部員同士の練習試合をした後なので、疲れているのは確かだ。
それでも、もう少し息が切れない位には余裕を作りたい、と思う。

息を整えていると、つんつん、とキャップ越しに頭を突かれる感覚があった。
見上げると、一年生の時に一緒にレギュラーを獲得した友人────ゼルが飛び込み台の上から此方を見下ろしていた。


「ゼル」
「もうそろそろ終わりだってよ。上がって着替えた方が良いぜ」
「判った」
「それから、あっち」


頷いたティーダがプールサイドの梯子に向かおうとすると、ゼルがそれとは反対方向を指差した。
首を巡らせて示された方を見てみると、プールサイドの隅の隅、壁に近い所に所在なさげに立ち尽くしている少年がいる。
ティーダの幼馴染で恋人の、スコールだった。


「スコール!」


喜色満面で恋人の名を呼んで、ティーダは思い切り手を振った。
するとスコールは、ティーダを見付けて一瞬口元を綻ばせたが、はっとした顔になると目を逸らしてしまった。
スコールの反応としてはいつもの事だ。

ティーダは気にせず、急いで水を掻き分けて梯子に辿り着き上ると、速足でスコールの下へ向かう。
ぺたぺたと裸足の足音を立てながら、走ってはいないが駆け寄るティーダの尻に、ぶんぶんと振れる尻尾を見たのは、一人二人の話ではあるまい。


「スコール」
「……煩い。聞こえてる」
「嬉しくてつい」
「……」


キャップ帽を取りながら近付いて来るティーダの言葉に、スコールは胡乱な目で睨む。
が、その頬はほんのりと赤く、怒っていると言うよりは、恥ずかしがっているのだと言う事が見て取れた。

スコールが立っている直ぐ傍らには、プラスチック製のプール用ベンチが並んでいる。
其処は部活をしている生徒が、タオルや水筒や、マネージャーの記録用シートを置く場所になっていた。
ティーダのタオルも其処に放ってあり、スコールはティーダの髪からぽたぽたと滴り落ちる水を見て、おもむろにティーダのそれを掴んで差し出す。
ありがと、と受け取って頭に乗せたティーダは、がしがしと髪を拭き終えると、タオルを肩へと引っ掻けた。


「中まで入って来るなんて珍しいな。いつも上にいるのに」
「ゼルが、どうせだからこっちで待てと。……部外者は入れるもんじゃないだろ」
「まあ良いじゃん。初めてじゃないんだし、皆スコールの事は知ってるし」


ティーダの言葉に、だから嫌なんだ、とスコールは口の中で呟いた。
他人に聞こえる事のないそれに、ティーダが気付く筈もなく、どうかしたかと首を傾げる幼馴染に、別に、と返すのみであった。

スコールはこの学校の生徒であるが、水球部でもないし、水泳部でもない。
プールに来る用事と言えば、精々ティーダの部活終わりを待っている時位で、それだってプールサイドではなく、二階の観客席にいるのが常であった。
今日もスコールはそうしていたのだが、クラスメイトのゼルに見付かり、下に降りて待てば良い、その方がティーダも早く終わると思うから、と促された。
泳いでいる時のティーダの集中力は群を抜いており、時には周りの様子も見ずに、時間の経過を忘れて熱中してしまう。
そうなると誰かに指摘をされない限り、部活の時間一杯まで使ってしまう。
秋口になって落日が早くなりつつあるので、出来れば冷たい風が吹かない内に撤収しろ、と言われているのだが、どうしても忘れてしまうのだ。
しかし、恋人が迎えに来ていると気付けば、余り待たせるのも忍びないと適当な所で切り上げる事も考える。
結局、今日のティーダは、プールサイドに降りたスコールの存在に気付かず、ずっと水の中の住人だった訳だが。


「待たせちゃった?ごめんな」
「……別に。いつもの事だ」
「直ぐ着替えるから」
「……ん」


小さく頷くスコールに、ティーダは笑いかけて、踵を返した。

急ぎ足でプールを後にし、体を拭いて、水球部の部室兼ロッカーへと走る。
途中で先にプールを上がっていた仲間達を何人か追い越して、逸るティーダの様子に背景を察したか、急げ急げと囃し立てる声があった。
部室に着くとこれまたティーダは大急ぎで着換えを済ませ、お疲れ様の挨拶もそこそこに出て行く。
普段はもっとゆっくりと着替えたり、部室で仲間達と雑談をしたりもするのだが、今日はそう言う訳には行かない。
何せ大事な大事な恋人を待たせているのだから。

プール棟の外に出ると、入り口の横の柱にスコールが寄りかかって待っていた。
肩に担いだ鞄を揺らしながら駆け寄ると、音に気付いたスコールが顔を上げる。


「お待たせ」
「待った」
「ごめんって」


詫びるティーダを尻目に、良いさ別に、と言って、スコールは柱から背中を離す。
歩き出したスコールの隣にティーダも並んだ。


「…本当に、水の中にいる時だけは、集中力が高いな」
「やっぱり水の中って気持ち良くてさ。つい夢中になっちゃって」
「そんなに良いものか」
「凄く。スコールも、ちょっとだけ、入ってみる?」
「……嫌だ」


ティーダの言葉に、スコールは判り易く顔を顰めた。
けんもほろろのその態度には、幼い頃のトラウマが滲んでいる。

物心がついて間もない頃、スコールは家族旅行に行った海で溺れた事があると言う。
幼児だったので浮き輪は持っていた筈だが、何かの拍子に零れ落ちてしまい、パニックになっている間に沈んで行った。
その時、深く暗くて冷たい水の底から、光を湛えた空が遠くなって行くのを見ていた。
息が出来なくて苦しくなり、遠くなる空が段々と黒く塗り潰される感覚は、幼い心に深い傷となって残っている。

その時分にはまだティーダとは家族包みの付き合いまではしていなかったので、ティーダは話でしか聞いていない。
けれど水泳に親しんでいる内に、溺れた事も全くない訳ではなかったから、スコールが感じたのであろう恐怖の断片は想像する事が出来た。
一番最初の水との出会いが、そんなに怖い体験だったら、トラウマになるのも無理はない。
それから十何年と経ち、文武両道で知られるスコールが、水泳だけはどうしても出来なくて、夏のプール授業を全て見学にするのも、仕方のない事だろう。

けれどティーダは、それもまた勿体ないとも思ってしまう。


「綺麗なんだけどなぁ。水の中から見た空って」


幼いティーダを魅了した、澄んだ青空と、ゆらゆらと揺れる水面を見上げたあの光景を思い出しながら呟く。
きらきらと乱反射する光の粒が眩しくて、けれどティーダは目が離せなかった。

でも、ともティーダは理解していた。


「仕方ないよな。俺も溺れた事あるけど、あれってむちゃくちゃ怖いし」
「……」


校門へと歩きながら、スコールが俯く。
長い前髪に目元を隠されつつも、尖った口元が悔しそうに見えて、ティーダは濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でた。

────泳ぐことに恐怖を抱いているスコールだが、水の世界に全く興味がない訳ではなかった。
幼馴染が水の世界で活き活きとしている姿を見ているから、其処にあるのは冷たくて怖い物だけではないと言うのも、多少、判ってはいる。
自分が知らない世界で、恋人がどんな世界を見ているのか、共有してみたいと言う気持ちもあった。
けれど、大きくて広くて深い水の中に入ろうとすると、幼い恐怖が蘇って動けなくなる。
中学生の時、課外授業のボートにだって乗れなかったのだから、スコールの水への恐怖は根深いものだった。

頭を撫でていたティーダの手が離れると、スコールは手櫛で乱れた髪を直しながら言った。


「……別に良いんだ。泳げなくても、生きていけない訳じゃないし」
「ま、そっスね」
「…俺は、あんたが泳いでるのを見れれば、それで良い」


スコールの言葉に、ティーダは喜びと少しの寂しさが同居するのを自覚する。
恋人と一緒の世界を見たいと思うのは、ティーダも同じだった。
けれど水が怖いと言う恋人に、その恐怖を強引に切り開けと言うのも酷な事だ。

話題を変えよう、とティーダは頭を切り替えた。
今日は嬉しいニュースが一つあるのだから、それで後は楽しい話をしよう、と。


「スコール、スコール。俺、次の大会、レギュラーだって」
「良かったじゃないか」
「うん。スコール、応援しに来てくれるよな?」


確かめるティーダに、スコールは直ぐに頷いた。
やった、と抱き着いて来るティーダに、スコールの体がよろよろと傾く。

中学校の水泳部にいた頃から、スコールはティーダが出場する大会には必ず応援に駆け付ける。
区域や地方の予選大会は勿論、都心で行われる事になる全国大会にも、スコールは可能な限り見に来てくれた。
余り声を上げるタイプではないので、ティーダの名を呼んで大々的に応援コールをしてくれる訳ではないのだが、スコールが見に来てくれている、と言う事が大事なのだ。
今年は恋人同士になって初めての大会であるし、ティーダも益々気合が乗っている。
スコールが応援に来てくれるのなら、是非とも勝って報告したい、と言う気持ちもあった。



絶対勝つから、絶対見に来てくれよ、と言うティーダに、スコールは判っていると頷く。
そんな事を言わなくたって、スコールは必ずティーダの応援に行くつもりだ。
水の中にいるティーダは活き活きとしていて、スコールはそれを見るのが好きなのだから。

きらきら輝くマリンブルーが、自分を見付けて手を振る瞬間。
ああ、この水にだけは溺れていたいと、スコールが密かに願っている事を、ティーダは知らない。





10月8日と言う事でティスコ!

違う世界で生きてるティーダがきらきらしてるのを見てるのが好きなスコール。
ティーダは、スコールとも同じ世界を共有したいなあと思っているけど、無理強いはしたくない。いつか一緒に見れたら良いし、その時自分が大好きな世界を案内できたら良いなって思ってる。
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[ジタスコ]止まり木は気難しい

  • 2019/09/08 22:15
  • カテゴリー:FF


ジタンは自分の身長がそれ程低いとは思っていなかった。
特別に背が高い訳ではないが、特筆する程低い訳ではない────そんな認識だ。

ジタンの世界には、様々な人種がまぜこぜになって暮らしている。
だからジタンが持つ尻尾も特別に目立った事はなかったと思う。
全く同じ特徴を持つ者が他にいなかった、と言う事に気付いた事はあるが、それも特に深い意味があるとは考えなかった。
体格は種族の違いは勿論、個々人でも差が大きく、随分と大柄な者もいれば、ジタンより遥かに小柄な者もいる。
だからジタンは、自分が全体的に小柄な方であると思ってはいても、それを強く意識する事はなかったのだ。

だが、どうやら他の世界を基準にした場合、ジタンはかなり背が低い方になるらしい。
異世界で出会った仲間は、皆見上げなければ顔が見えないし、自分より背が低いのは一人二人。
それも一人は目線の高さがほぼ同じだし、もう一人は元の世界ですら小柄な種族であるらしい。
自分自身への認識を引っ繰り返されたのは、ジタン一人───もしかしたら対に召喚された彼もそうかも知れないが───のようだった。

自分の身長が低いからと言って、悲観に囚われる必要はなかったし、そう考える事もなかった。
強いて言うのであれば、足が長い誰かさんが普通に立っている所を見るだけで、そりゃあ格好良く見えるよなと思う事はある。
だが人間の深みと言うのは身長や体格で決まる訳ではないし、ジタンは自分の体格が自分の能力に見合っている事を解っている。
ああなれたら、と細やかな羨望が混じる事はあっても、今の自分の体を捨てたいと思う事はなかった。
何よりジタンは、“足が長い誰かさん”を気に入っている。
見張りと称して立っていたその肩に、上から飛び降りて行く位には、気安い気持ちで。

正に今ジタンはその状態で、“誰かさん”───スコールの肩の上に乗って、周囲をきょろきょろと見回していた。


「西に鳥の巣発見。魔物じゃなさそうだな。異常なーし!」
「……了解」


ジタンの報告に、スコールは短い返事をしながら、自身も首を巡らせて周囲の様子を確認する。
視力はそれなりに良い方であるが、盗賊として鍛えられたジタン程、遠見は効かない。
そもそも此処は森の中なので、木々の遮蔽の所為で見通しも良くないので、スコールの目視確認は近くの茂みの音や、その向こうで微かにちらつく影の正体を探る事に向けられていた。

一通り周囲の確認をし、警戒すべきものが今はない事を確かめると、スコールは一つ息を吐いた。
溜息にも似た音をジタンは聞いていたが、気にせずに手で庇を作って遠くを眺める。
なんか小さな生き物がいるな、リスか、と思いつつその動きを目で追っていると、


「……ジタン」
「んー?」
「……いつまで其処にいる気だ?」


かけられた言葉に、おおやっと言った、とジタンは思った。
かれこれ30分はこの格好で過ごしていたので、随分と悠長な指摘であるが、ジタンはそれが少し嬉しい。

ジタンは背中を丸めて、上からスコールの顔を覗き込んだ。
逆様になって視界に入ってきたジタンに、スコールは眉間の皺を深くして、睨むように見つめ返す。
心なしか尖った唇が、なんだよ、と言っているのをジタンは音もなく聞きつつ、訊ねる。


「オレ、邪魔かい?」
「……重いんだ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。お前なら平気だって」
「現実に重さを感じている」
「耐えられない程でもないだろ?」
「……」


ジタンの言葉に、スコールは口を噤んだ。
肩に乗っているジタン一人の重みに耐えられない、と言うのは、戦士としてのスコールのプライドが許さないし、実際にそれ程苦痛に感じる程に重い訳でもない。
それでも、嘘でも重いと言えばジタンは素直に降りるつもりだったのだが、スコールはそうは言わなかった。
不満を隠さない顔を向けては来るが、強引にでも振り落とさない所に、ジタンは彼の優しさと甘さを感じる。

ジタンの尻尾がゆらゆらと揺れる。
スコールからは見えない位置にあるそれは、上を向いて小刻みに踊っており、ジタンが上機嫌である事を示していた。


「いやー。背が高い奴の視界ってのは良いな。遠くまでよく見える」
「…そう思うなら、確り見張りの仕事をしてくれ」
「判ってるって。うーん、なんだか世界が違って見えるぜ」


ジタンはスコールの頭に腕を乗せ、其処に顎を乗せた。
頭部を覆う重みと体温に、スコールの眉間の皺がまた深くなったが、彼は何も言わなかった。
やれやれと一つ溜息を吐いて、勝手にしてくればかりに体の力を抜く。

そんなスコールの肩の上で、ジタンは普段と全く違う視界を楽しんでいた。
自分で地に足を点けている時に比べると、地面が遠く、その所為か少し空が近くにあるような気がする。
木々の枝葉が擦れる音も、発信源が数十センチ分近くにあるからか、心なしか音の形がはっきりと聞き取れるような気がした。
たかが数十センチの違いでそんなに違うものなのか、と思う者もいるだろうが、女性が数センチ高いヒールを履いただけでも、見える視界は普段と変わるのだから、身長の二倍の高さの視界ともなれば、それはもう全く別の世界である。


「うん、良いな、この感じ。スコール、お前の此処、俺の指定席にして良い?」
「却下だ」
「そうつれない事言うなよ。な?」
「……あんたを俺の専用椅子にして良いなら」
「そりゃ勘弁」


中々怖い発言を貰って、ジタンは直ぐに要望を引っ込めた。
それから、そんな言葉を言ってくれる位には気を許してくれているのだと、ジタンの口元に笑みが浮かぶ。


「指定席は諦めるけどさ。偶にこうやって乗っても良いか?」
「……」
「見張りの時とか、遠くまで見えて良いんだよ」
「木に登った方が高いだろ」
「登れる木が必ず近くにあるとは限らないし」
「フリオニールやセシルの方が背が高い」
「鎧が刺さりそうなんだよなー」
「……バッツ」
「お前の方が高いじゃん」
「………」


大した差じゃないだろう、とスコールが胡乱な目をするが、それを言った先に述べたフリオニールやセシルもそうだ。
彼等はスコールよりも背が高いが、十何センチも差がある訳ではなく、それこそ誤差程度である。

跳ね付ける理由が尽きたのか、スコールはまた溜息を吐いた。
腕を組んだ姿勢になって何も言わなくなったので、もう勝手にしろ、と言う空気がひしひしと感じられる。
ジタンはそんなスコールの背を尻尾で撫でながら、スコールの顔を覗き込んだ。
翳る視界が見張り仕事の邪魔になったのだろう、不機嫌な目がジタンを見上げて睨む。

往々にして不機嫌を振りまいている蒼灰色の瞳であるが、ジタンはそれに臆する事はなかった。
機嫌が悪く見えるのは、癖のように寄せられている眉間の皺があるからで、それを隠すとこの瞳は様々な感情を内包している事が判る。
観察眼に長けた者がその事に気付けば、スコールが言葉の代わりに目で喋っている事が判るだろう。
因みに今のスコールの目は、不機嫌ではあるが、それは見張り仕事を妨げられているからであって、ジタンに対して本気で怒っている訳ではない事が感じられる。

まじまじと至近距離で見つめ続けるジタンに、スコールは居心地が悪くなったのだろう、


「……なんだ?」


用事があるならさっさと言え、とスコールは短い言葉で促した。
それに対し、いやあ、とジタンは笑って、


「俺はスコールに愛されてるなあと思って」
「は?」


ジタンの言葉に、スコールはぽかんと目と口を丸くした。
いつも整った顔立ちを殆ど動かさずにいるスコールが、そんな表情をしたのが面白くて、ジタンは「ははっ」と声を出して笑う。

あんたは何を言っているんだ、と言う言葉すら出なくなったスコール。
ジタンはそんなスコールの前髪を撫で上げて、露わになった傷のある額に唇を当てた。
触れただけで直ぐに離れたそれに、スコールが益々混乱した様子で、丸い目がじっと逆様に映るジタンの顔を見詰めている。

ジタンが顔を上げても、スコールは固まったままだった。
俺は今何をされたんだ、ジタンは今何をしたんだ、これの意味は、と考えている気配を感じつつ、そう言うものは考えるのではなくて感じるのだとジタンは思う。
思うがそれを口にはしない。
ジタンはまたスコールの頭に腕を置き、それを枕に顎を置いて、すっかり思考の海に沈んでいるスコールの代わりに、見張り仕事に従事する事にした。



それからしばらくの後、スコールも現実に反って、また見張りを始める。
ジタンの行動に対し、何か答えを見つけたのか、面倒になって考えるのを辞めたのかは判らない。
だが、何れにしろ、肩に乗ったジタンを振り落とそうとはしないので、やっぱりオレは愛されてるなあとジタンは思うのだった。





9月8日でジタスコの日!

相手からの好意にも、自分の相手への気の許し方の自覚にも鈍いスコールが好きです。
それを感じ取りつつ、スコールがそれ位に自分に甘かったり、距離が近い事を許している事を嬉しく思ってるジタンでした。
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[クラレオ]災い転じ幸を呼ぶ

  • 2019/08/11 22:00
  • カテゴリー:FF


青天の霹靂か、鬼の霍乱か。
そんな言葉が頭に浮かんで、少々笑みが零れそうになったレオンだが、相手がクラウドとは言え不謹慎ではあるとなんとか抑えた。

平時は独り暮らしであるレオンの住むアパートで、今日は家主ではない者がベッドを占拠している。
其処でうーうーと唸り声を上げているのは、今朝何処からか帰ってきたばかりのクラウドだ。
帰って来るなり、どうにも調子が悪い、と言って倒れ込んできた彼の体は、異常な程の熱を帯びていて、彼が内包している事情を知っているレオンは、それによる影響が遂に悪い形で現れたのかと蒼くなった。
……が、よくよく確かめてみると、それは単なる風邪であると診断された。
人騒がせな、と呆れたレオンであったが、多少の無茶は闇の力で誤魔化す事も厭わないクラウドが、それも儘ならずにレオンを頼ってきた訳だから、やはりそれなりに重い状態ではあったのだ。
何処かで行き倒れにならず、故郷まで戻って来ただけでも、十分頑張ったと褒めてやって良いだろう。

そんな状態の重病人を一人残して行く訳にもいかず、レオンはシドに連絡をして、今日の予定に組んでいたものはご破算にして貰った。
幸い、急ぐ予定はなく、詰まっている事と言ったらコンピューターのプログラム周りの事ばかりで、それはシドの仕事である。
普段はレオンも出来る限りの手伝いをしているのだが、プログラム本体に関わる事となると、レオンは其処まで造詣は深くない。
精々シドが欲しいと言った資料を探して運んでくるしかないのである。
パトロールはユフィがしてくれると言うし、エアリスや、いつの間にかすっかり街に馴染んだ小さな妖精たちも協力してくれるそうだ。
だから今日のレオンの仕事は、クラウドを看病する事のみとなった。

看病とは言っても、特別にあれこれとしなければならない、と言う事はない。
いつものように二人分の食事を作り、常と違う事と言えば、起き上がる気力もなさそうなクラウドに食事の手助けをする程度だ。
クラウドは、熱は高いものの、食欲は旺盛だった。
これなら数日休めばすっかり回復するだろう、と思う位には、よく食べている。
それ位にエネルギーがある方が、レオンも余計に気を回す必要を感じなくて楽だった。

クラウドが昼食を終えた後、レオンも手早く自分の食事を済ませて、片付けをした。
一通りの家事を済ませて寝室に入ると、赤い顔をした男がベッドの中で唸っている。
哀れな幼馴染の様子に苦笑しつつ、レオンはベッド横に立ってその顔を覗き込んだ。


「気分はどうだ、クラウド。吐き気は?」
「ない……が、熱い……鬱陶しい……」
「風邪なんだから仕方がないな。薬も飲んだんだし、直に効いて来るだろうから、それまでの辛抱だ」


ぽんぽん、とレオンはクラウドの金色の頭を撫でであやす。
ガキじゃないんだぞ、と言う目が此方を睨んだが、レオンは気にしなかった。


「しかし、誕生日に風邪とは、お前も運がないな」
「……そう言えばそんな日もあったか……」
「忘れていたか。まあ、俺もユフィが言わなければ忘れてたんだが」


レオンがクラウドの誕生日の事を思い出したのは、三日前の事だ。
そろそろだよね、と言ったユフィは、クラウドの誕生日プレゼントやパーティを考えていたらしく、レオンにクラウドの予定を聞いてはいないかと尋ねてきた。
生憎レオンが知る由もなく、ユフィはパーティの準備をするかしないかを悩み続けて、今日を迎えている。
結局、帰ってきたクラウドが真面に動ける状態ではないので、パーティなど開ける訳もなく、クラウドが治ってから改めて彼を捕まえて計画するつもりのようだ。

レオンはベッド横に椅子を寄せて座り、頬杖を突いて、赤い顔をしているクラウドを見下ろしていた。
じっと眺める蒼眼に、なんだ、と碧眼が眉根を寄せて見返す。


「…何か用か。今日は何も出来ないぞ」
「判っている。病人に仕事をしろとは言わないさ」
「……じゃあ何だ?」


単に見ているだけ、と言う訳ではないだろう、とクラウドは言った。
レオンとしては、それでも別に構わないのだが、


「いや、何。ユフィからお前の誕生日プレゼントを考えておけと言われていたんだが、特に何も浮かばないし。お前が帰ってきたら訊こうかとも思ってたんだが、その有様じゃあなと。一応聞いてみるが、今何か欲しい物はあるか?」
「……水」
「じゃあプレゼントしてやる」
「ちょっと待てまさかそれカウントしないだろうな。おい、こら」


すっくと椅子から立ってキッチンに向かうレオンに、クラウドがベッドの中から手を伸ばす。

おい、と呼ぶ声を背中に聞きつつ、レオンはくすくすと笑いながら、グラスに水を注ぐ。
大きめのピッチャーも食器棚から出して、水と氷を入れた。

ベッドに戻れば、クラウドが赤い顔で起き上がっていた。
レオンが差し出したグラスを受け取り、ごくごくと一気に飲み干して行く。


「美味かったか」
「それなりに。だが、これで本当に誕生祝が終わりとか言うなよ」
「欲が深い奴だな。大して物欲もない癖に」
「それは否定しないが、別の欲ならある」


空になったグラスをサイドテーブルに置きながら言うクラウド。
何の話かとレオンが首を傾げれば、ちょいちょいとクラウドが指を振ってこっちに来いと促す。
それを見てなんとなく意図を掴みつつ、レオンが顔を近付けてやれば、ぐっと胸倉が捕まれて、ぶつけるようにキスをされた。

咥内でねっとりと唾液を塗した舌が蠢いて、レオンのそれを絡め取る。
ちゅく、ちゅぷ、とわざとらしく立てられた音が耳の奥で鳴っていた。
されるがままになっているのも癪のような気がして、レオンの方からも相手の絡め取って吸ってやる。
ひくっと舌の根が震えたかと思うと、今度はレオンの舌がまた絡め取られて、じゅるじゅると音を立てながら啜られた。

中腰の格好だったレオンの肩が震えて、バランスが前傾に傾く。
かかる重みを支える気など最初からなかったのだろう、クラウドは掴んでいたレオンの胸倉を引き倒す形で、ベッドへと転がした。
上に覆い被さって来る男の手は熱く、どっちの熱なんだか、とレオンは呆れた。


「────っは……、はあ…」


ようやく解放されて、レオンは籠った空気を吐き出して、新鮮な酸素を吸い込む。
その間に、クラウドの唇が喉元に寄せられて、ちゅう、と吸い付く感触があった。


「おい……」
「誕生日プレゼントなら、俺はあんたが欲しい」
「……お前、病人だろう」
「ああ。だから優しくしろ」
「俺に伝染ったらどうしてくれるんだ」
「その時は俺があんたを手厚く看病してやる」
「碌な事にならないから止せ」


家事一般がまるで出来ない男に看病されるなんて、想像するだけで恐ろしい。
レオンの脳裏には、いつであったか見た、彼がキッチンを大惨事にした光景が蘇っていた。
あれを片付けたのはレオンなので、あんな悲劇を二度も起こす位なら、風邪でも熱でも自分が動けるなら自分で動いた方が良い、とレオンは思う。

熱を持った手がレオンのシャツを捲り、肌の上を彷徨う。
下肢に押し付けられる固い感触の正体を察して、元気な事だ、とレオンは溜息を吐きつつ、体の力を抜いた。
その意図をクラウドも察し、またレオンの首筋にキスが落ちる。


「レオン」
「今日だけだぞ。悪化しても俺は責任は取らない」
「ああ。大丈夫だ、こう言うのは汗をかけば治ると言うだろ」
「悪化もし易いがな」
「で、治ったら後で改めてプレゼントを楽しませて貰おう」
「おい、さり気無くこれをノーカンにしようとするな」
「だがあんたはプレゼントだろう?じゃあ貰った俺のものだ。だから治ってから好きなだけ堪能したって良いだろう」
「……屁理屈にもならんな。お前、熱で頭が回ってないんじゃないか。やっぱり今日は止めた方が良いな」


レオンはクラウドの体を圧し退かせ、もう一度逃げようとするが、肩を抑える力は強い。
病人の癖に、と舌打ちしていると、背中に腕が回されて、二人の肌が密着する。
熱い、と健康的な意味ではないクラウドの体温を感じつつ、言っても無駄だと早い内に抵抗を止めた。

折角の誕生日に風邪なんてものに捕まったのだから、哀れと言えば哀れだ。
そう思うと、まあ甘やかす理由としては十分か、とレオンも思う。
それならば、とレオンの手がするりと伸びて、クラウドの下肢を撫でる。


「……レオン?」
「プレゼントだし、お前は病人だしな。俺がしてやる」
「マジか」
「ああ。お前の好きなように、俺がしてやる。こんなのは今日だけだぞ」


特別だと囁いてやれば、触れる場所が硬く張り詰める。
全く元気な事だと呆れつつ、レオンはクラウドの熱を更に煽るべく起き上がった。





クラウド誕生日おめでとう!!
風邪ひいちゃって災難かと思いきや、思わぬラッキーが転がり込んだクラウドでした。
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