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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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[オニスコ]僕たちだけの真実と

  • 2020/03/08 22:00
  • カテゴリー:FF


格好良いよね、と囁く同級生たちの声を聞きながら、ひっそりと上がる口端を隠すのに苦労する。
だが、それを誰かに見られたとしても、きっと誰もその表情の真意には気付かない。

ルーネスにとってスコールは、三歳年上の幼馴染だ。
暮らしていたマンションの号室が隣同士で、物心が付く以前から、近所付き合いと言う奴で、よく知る顔だった。
スコールは生まれて間もなく母を亡くした為、父子二人暮らしであったのだが、その父が中々忙しかったそうで、スコールは隣家であるルーネスの両親に預けられている事が多かった。
ルーネスは両親にとって遅くに恵まれた待望の子宝で、その傍ら、一人っ子であったスコールにとって、血は繋がらずとも弟のような存在だった。
共に少々過敏な所がある子供だったのだが、それが返って上手い具合に歯車が噛み合ったようで、二人は仲の良い兄弟のような関係を築いている。

ルーネスもスコールも、幼い頃から、頭の良い子供だった。
周りのことが良く見えており、空気を読む事に長けて、大人の言う事をよく理解する。
しかし、それが良い事ばかりとも言えなかったのも事実で、スコールは必要以上に自分の本心を押し殺して周りに合わせてしまったり、ルーネスは頭の回転が速い分だけ先回りをして周りを置いて行ってしまう。
そう言った所も長所として活かせば良い、と言えれば良いのだが、なまじ物事を注意深く見聞し判別する能力に長けていただけに、大人の経験則から来る理屈めいた言葉に匂う“ウソ”も見抜いてしまっていた。
そうして生じる“違和感”を、流す事も出来ない感性を持っていた二人は、同じ年頃の、良い意味で“鈍い”子供達とは空気が合わず、孤立していく事も多かった。
そんな時に、身近に自分と同じ感性の人間がいたとなれば、その人物に傾倒していくのも無理はないだろう。
当時の彼等にとって、自分の感覚を理解し、共有できる存在と言うのは、酷く得難く貴重なものだったのだから。

────とは言え、それも幼い頃の話だ。
ルーネスが14歳に、スコールが17歳になった現在、二人は幼馴染としての距離は変わりなく続きつつ、それぞれの環境に適応して生活している。
中学校と高校、完全に別々の環境での生活が余儀なくされた事もあり、互いの存在に注がれる時間が減ったのが切っ掛けだった。
それぞれの成長を思えば自然な事で、今までが近過ぎた、と言っても良かった。
お互いの“幼馴染離れ”が始まった、と言っても良いのかも知れない。

だが、ルーネスはスコールから離れるつもりはなかった。



学校で過ごす一日を終えて、ルーネスが下校の準備をしていた時だった。
あの人来てる、と言う声が耳に届いて、窓の外を見る。
グラウンドの向こう、丁度正面に見える校門の門柱に、寄り掛かっている人物を見付けて、ルーネスはこっそりと笑みを零す。
今日は生徒会の集まりもないから、彼を待たせないで済む。

勉強道具を詰め込んだ鞄を手に、ルーネスは足早に教室を後にした。
また明日、と挨拶を交わすクラスメイトの傍らと、黄色い声を零しながら女子生徒が通り過ぎ、ルーネスのクラスの教室に入って行く。
彼がいるんだって!とはしゃぐ少女たちは、まるで芸能人を見付けたようなミーハー振りだ。
本人が聞いたら、きっと鬱陶しそうな顔をして、何をどう誤解しているんだと溜息を吐いた事だろう。

だがルーネスも少女達の浮き立つ気持ちは理解しないでもない。
夕暮れの光を受けて佇む彼の姿は、映画のワンシーンを彷彿とさせる美しさがあって、とてもただの一般人とは思えない印象を与える。
お陰で、実は何処かの芸能事務所に所属しているとか、今売り出し中の俳優の卵で次期の特撮番組に出るらしいとか、第何期だかの某雑誌モデルのコンテストのファイナリストだとか言う噂が実しやかに飛び交っている。
実際の所は、大手の芸能事務所のスカウトでも、全く歯牙にかけない程、目立つのも注目されるのも大嫌いな性格をしているのだけれど。

昇降口で靴を履いていると、同級生が「今日も来てるってさ」と声をかけて来た。
うん、とだけ返事をして、ルーネスは挨拶もそこそこに校舎を出て行く。
学年でも一、二位と噂される瞬足でもって、グラウンドを真っ直ぐに走り抜けた。
程なく見えて来た校門の傍に佇んでいた人物が、近付いて来る少年を見付けて、やっと来た、と言う表情で門柱から背を離す。


「スコール、お待たせ!」
「ああ」


何処か冷たい空気を漂わせる、無二と見ない蒼灰色の瞳。
それがルーネスただ一人を映して、微かに和らぐ瞬間が、ルーネスは好きだった。

二人連れたって、家路を歩き出す。
中学生と高校生と言う、環境だけで言えば随分と広がってしまったような距離でも、お互いの家の距離は相変わらず隣同士だ。
だからこうやって二人で一緒に帰る事も出来る。


「今日は早かったな」
「生徒会、なかったからね。良かったよ、スコールを待たせなくて済んで」


中学生が揃って下校していく道で、一人高校の制服を着ているスコールは目立っていた。
彼の性格を思えば、余りこういった状況も好ましくないのだろう。
しかし、彼はルーネスのたっての希望を叶える為に、週に二回、この環境に身を置いている。
それはルーネスにとって、彼が自分のことを優先してくれると言う喜びも感じられるのだけれど、少なからず望まない事を強いていると言う事実もあって、時々歯痒く思う事もあった。


(……でも────)


ちらり、とルーネスは隣を歩く青年を見る。

高い身長、長い手脚と、整った容姿。
長く伸ばし勝ちな前髪の奥には、綺麗な蒼の瞳と、その狭間に走る傷がある。
彼がこの傷を作ったのは、高校生になってからの事で、なんでも同級生と掴み合いの喧嘩になったからだと言う。
その話を聞いた時、ルーネスは心の底から驚いたものだ。
ルーネスが知っている幼い頃のスコールと言う人物は、誰かと喧嘩なんて夢のまた夢の話だったのだから。

そう言った傷を負っていても、スコールの淡麗な容姿に翳はない。
寧ろ、一つ目立つ傷があることで、それを見ようとした時、傍らに冴える宝石に誘われ釘付けになる。
そうやって沢山の人々が、あの冷たく潤う色の虜にされたのだと言う事を、ルーネスはよく知っていた。

見詰める視線に気付いて、スコールが此方を向く。
なんだ、と首を傾ける仕草は、大人びた見た目に反して、酷く幼い。
“スコール”を知る一体何人の人が、彼のこんな仕草を知っているだろう、と思うと、ルーネスはじんわりと胸の奥が細やかな優越感に満たされるのを感じつつ、


「スコール。ちょっと寄り道して行かない?」
「寄り道?……何処に?」
「本屋。そろそろ新しい本が欲しいなって思ってて。付き合ってくれる?」
「ああ」


ルーネスの提案に、スコールは頷いた。
行き付けの本屋に向かうべく、家へと向かう路の途中を曲がる。

下校する中学生の集団から外れた事で、辺りは仄かに静かになった。
大通りから一本でも道を逸れると、人の気配が少なくなって、背にした道から聞こえる少年少女の笑い声さえ、まるで別世界の事のように遠い。
夕方になって長くなった建物の影が、二人の進む道を覆い隠すように連なっていた。
その連続する短い影の中に紛れて、ルーネスは足を止める。


「……ルー?」


立ち止まったルーネスに気付いて、スコールが振り返って名前を呼ぶ。

幼い頃から続く、年下の幼馴染を呼ぶ声。
なんだか子供扱いのようで嫌だと駄々を捏ねたのは、確かルーネスが小学六年生の時だった。
あの時、スコールは中学三年生で、もう直ぐ高校受験が始まる頃で、ルーネスはランドセルを背負った自分が酷く幼く感じられるのが嫌だったのだ。
ルーネスのその気持ちを察してか、スコールもその頃からルーネスの事を渾名で呼ぶのを控えるようになった。

だが、最近になって、スコールは再びあの頃の呼び名でルーネスを呼ぶ。
それは決まって二人きりになった時、傍に他人の気配がない時に限っての事。


「スコール」
「……なんだ」


名前を呼んだルーネスに、スコールが返事をする。
ルーネスは左手に持っていた鞄を右手に持ち替えて、空になった手を差し出した。


「手、繋ごうよ」
「……」
「本屋まで」


ルーネスの言葉に、スコールの眉間に判り易い皺が刻まれる。
多くの人は、それを見ると、彼の怒りを買ったと思うらしい。
それも強ち間違いではないのだけれど、ルーネスはこと自分に対しては違う意味だと知っていた。

スコールはしばらくの間、差し出されたルーネスの手を見詰めていた。
小さな唇は物言いたげな形をしているものの、じっと見上げるルーネスに根負けしたように、はあ、と溜息を一つ。
仕方ないと言う表情を浮かべつつ、スコールは右手でルーネスの手を握った。

二人並んで、静かな道を歩く。


「明日、数学のテストがあるんだけど」
「ああ」
「先生が意地悪なんだ。問題文が露骨に引っ掛け狙いで」
「ああ」
「まあ、僕は引っ掛かった事ないんだけどさ」
「そうか」


ルーネスが他愛のない話を振れば、スコールは短い相槌を打つ。
スコールは元々多弁ではないから、会話となると聞き手に回る事が多い。

────この光景は、他人にはどんな風に見えるのだろう。
ルーネスはふと、そんな事を考えた。
身長の差も然る事ながら、制服を見れば中学生と高校生なのは明らかで、そんな二人が手を繋いで歩いている。
兄弟と言うには二人は余りにも色が違うから、流石にそれは通じないだろう。
やはり、少し距離の近い後輩と先輩と言うのが自然な見え方で、幼馴染であるかどうかは、見るだけの人間には判るまい。
況してや、二人の間柄が密かに甘やかなものである等、親だって知らない事だ。
実際、ルーネスがクラスの女子生徒に度々スコールについて聞かれ、子供の頃から一緒なんだと返すと、格好良い先輩がずっと一緒なんて羨ましい、なんて言葉をよく貰う。


(それも否定はしないけどね)


女子生徒の言う事は間違いではないし、スコールが格好良いのも事実だ。
中学生になった頃から、彼はどんどん身長が伸びて、頭も良くなって、格好良くなって行った。
幼馴染のルーネスから見ても驚く程、彼は成長したのである。

だが、ルーネスは知っている。
スコールが幼い頃、とても引っ込み思案で、弟分とも言えたルーネスに慰められる事も多かった位に、泣き虫だった事を。
それでもルーネスの前ではお兄ちゃんになろうと、精一杯努力していた事を。

こんな話を聞いても、女子生徒はきっと、やっぱり彼は格好良い、と言うのだろう。
ルーネスはそんなスコールに、幼馴染であると言う贔屓目もあって可愛がられている、それもやっぱり羨ましい、なんて話になるのだ。
しかし、しかし、ルーネスが知っているスコールと言うのは、それだけではない。

進む道の先に、行き付けの本屋が見えた。
其処に近付くに従って、二人の繋ぐ手の力が少しずつ緩み、解く準備を始め、


「……ルー、」
「もうちょっと」


促すスコールの声に、ルーネスは我儘を言った。
ちらりと高い位置にある彼の顔を上目遣いに見上げれば、困った顔で此方を見る蒼とぶつかる。
冷たい表情をしているように見えて、離せ、と強く言えない所が、彼の優しくて甘い所だと、ルーネスはよく知っている。

本当は、こんな短い距離だけじゃなく、もっとずっと長く手を繋いでいたい。
他人がそれを聞いたら、きっとルーネスを甘えん坊だなどと言って揶揄うのだろう。
けれど違うのだと、ルーネスは思う。
年上の彼に甘えたい時も勿論あるけれど、それ以上にルーネスは、スコールの事を守りたいと思っている。
幼い頃、怖がりな自分を一所懸命奮い立たせて、背中にルーネスを庇って吠える野良犬と戦おうとしていたスコール。
そんな彼を守りたいから、ルーネスは彼の手を握る。

見下ろしていた瞳が逸らされて、スコールは明後日の方向を向いた。
そうして向けられた彼の耳が、夕日の色の所為ではない赤色に染まっているのを見て、ルーネスはこっそりと笑みを零す。
手を握る力を緩めると、する、と逃げるようにスコールの手が解けて行く。



解ける指は逃げるようにも見えるけれど、離れる瞬間、名残を惜しむように指先が引っ掛けられるのを、ルーネスは知っている。





3月8日と言う事でオニスコ!

いつもオニ&スコのようなオニ→スコのようなと言う雰囲気のものを書いてますが、一度はがっつりオニ×スコが書いてみたかった。
誰にも言っていないけど、ちゃんと付き合ってる二人。だからスコールはルーネスの学校に迎えに来て一緒に下校するし、別日にはルーネスの方がスコールの学校に行く。
周りからどう見られていても、大事な人に対して男前な年下は好きです。
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[スコリノ]ビター・オア・スウィート

  • 2020/02/14 22:00
  • カテゴリー:FF


不器用なのは、悔しいけれど、自覚はあった。
意地と矜持でそれを面と向かって認める発言をした事はないつもりだが、そう言う評価を貰っても詮無いものと言うのも判っていた。
大雑把と言われると否定できないし、細々とした事に気が利く性格でもない、と思う。
そもそも、そう言う事が好きか嫌いかと言われると、嫌いではないが好きでもない、と言う答えに行き付いてしまい、どうにも向き合うモチベーションは上がらない。
けれど、やると決めればやり切りたいから、その為に一念発起する事は出来た。
遣り遂げた時の達成感や、そうして完成したものを人に見せた時、ほろりと笑みを零してくれた愛しい記憶が、リノアを突き動かす原動力だ。

だから頑張ろうと思ったのだ。
頑張りたいと思って、頑張ったのだ。

それなのに、蓋を開けたオーブンレンジから覗くものは、それはそれは可哀想な色になっている。


「なんでぇ~……?」


レシピの通りにやってるのに、とリノアは頭を抱えてしゃがみ込む。
その隣で、いつも一緒の愛犬が、クンクンと鼻を鳴らしてはくしゃみをしていた。

はあ、と一つ溜息を吐いて、取り敢えず換気をしようと、重い腰を持ち上げる。
コンロ上の換気扇のスイッチを入れ、キッチン台の向こうにある小さな窓も開ける。
キッチン一杯に充満していた苦い匂いが、風に乗って逃げて行った。

空気が入れ替わりつつある内に、リノアは改めてオーブンレンジに向き合った。
厚手の鍋掴みを使い、高温で熱せられた鉄板を取り出すと、奥に籠っていた匂いが一緒に庫外へ運ばれる。
其処には12cmの丸いケーキ型が乗せられ、中から薄らと黒い煙を立ち昇らせていた。

リノアは鍋敷きを置いたキッチン台にそれを運び、ケーキ型の中身をまじまじと睨む。


「なんでこうなっちゃうかなぁ」
「クーン」
「ねー」


不思議だよね、と言う飼い主に、アンジェロはことんと首を傾げる。

リノアはキッチン台の隅に置いていたB5サイズの紙を手に取った。
其処には几帳面な手書きの文字で、『ガトーショコラの作り方』と言うタイトルが書かれている。
これなら簡単なレシピだからと、わざわざキスティスが書き写してくれた物だったのに、その通りに作った筈のケーキは、ものの見事に真っ黒だ。
一体何を間違えたのかと、レシピを上から順に確認した後、


「……早く焼こうとしたのがいけなかったのかな」
「ワン」
「……やっぱり?」


アンジェロの判っていますと言わんばかりの鳴き声に、リノアは眉尻を下げる。

レシピに書かれたガトーショコラの焼き時間は、170℃で40分から45分。
一般の家に備えられている電子レンジのオーブン機能で作るのなら、もうちょっと長い方が良いかも知れない、とアドバイスが添えられていた。
それならいっそ、もっと温度を上げて短時間で一気に焼けば良いじゃないか、とリノアは思ったのだが、どうやらそれが良くなかったらしい。
そんな事をしている時点で、リノアの「レシピ通り」はその言葉通りではなくなっているのだが、それを指摘する者は此処にはいない。

リノアはすとんとしゃがみこみ、愛犬の顔を覗き込みながら言った。


「だって、間に合わなかったらどうしようと思ったんだよ」
「ク~ン?」
「ちょっと冷蔵庫で冷やしておいた方が美味しいって聞いたし。それなら、早く焼けた方が良いし。それに、ゆっくり焼いてたら、スコールが帰ってきちゃうよ」
「クゥン」
「びっくりさせたかったんだよぅ」


愛犬の頬を両手で挟み、判るでしょ、と言うリノア。
アンジェロは拗ねた顔をする飼い主をじっと見つめ、その鼻先をぺろん、と舐めた。
しっとりとした唾液で濡れた鼻を、リノアは指でくしくしと拭いつつ、慰めてくれる愛犬の頭をぽんぽんと撫でる。

スコールは現在、任務でバラムガーデンを不在にしていた。
任務の詳細をリノアは知らないが、あまり危険な仕事ではないそうで、予定は特に問題なく済み、今日の夕方の列車でバラムに帰ってくると言う。
それを聞いたリノアは、これは天啓、と思った。
何せ今日は2月14日、バレンタインデーなのだから。

スコールは見た目の雰囲気とは裏腹に、意外と甘い物が好きだ。
仕事で疲れている彼の為、リノアが時々差し入れを持って行くと、それが甘い物だと少し表情が明るくなる。
蒼の瞳が判り易くきらきらと輝くから、リノアは彼が喜ぶスイーツを探すのが日課になって来た。
そんなスコールを知っているから、バレンタインとなればリノアが張り切らない筈もなく、彼が一等喜んでくれるであろう甘いお菓子を探していたのだが、デリングシティのテレビで、手作りスイーツの特集を組んでいるのを見て、心が動いた。
市販品のスイーツは勿論美味しいものだけれど、世界にたった一つだけの手作りスイーツを贈ったら、スコールはどんな顔をしてくれるだろう────と。

お世辞にもリノアは器用な性質ではないし、菓子作りなんてした事もない。
けれども、やりたいと思えば成し遂げたいのがリノアである。
デリングシティの本屋でレシピ本を探し、こう言う事も得意そうなキスティスに連絡して相談したりと、出来る限りのことを頑張った。
当日までにしっかり美味しいものが作れるようにと、普段はつまみ食い以外で殆ど出入りをしないキッチンに入り、四苦八苦したのである。
……が、混ぜすぎだったり、混ぜなさすぎだったり、焼き過ぎたり、生焼けしたりと、どうにも上手くいかない。
そうこうしている内にバレンタイン当日が来てしまい、こうなったらぶっつけ本番だと、バラムガーデンまで出向いて、キスティスやシュウに教わりながら作ろう、と思ったのだが、これも上手く行かなかった。
スコールが任務で不在である為に、補佐官のキスティスとシュウは忙しく、意外と家事全般が得意なサイファーもおらず、頼んだら手伝ってくれそうな他の面々も忙しく。
最後の頼みの綱であったイデアは、魔女であった事による影響を詳しく調べる為、エスタに行っていると言う。
がっくりと肩を落としたリノアであったが、スコールが不在だと言う事が、もう一度彼女の背を押した。
最後のチャンスにもう一度、彼の部屋のキッチンを借りて、美味しいケーキを作ろう。
きっとスコールは疲れて帰ってくるだろうから、そんな彼を大好きな甘い匂いで迎えよう、と。

結果、甘い匂い所か、残念な焦げた匂いが立ち込めているのだけれど。


「う~……もう間に合わないよねぇ」


悲しい結末となった黒いガトーショコラを見詰めて、リノアは呟く。
ちらりと部屋を確認すれば、キスティスから聞いていた、スコールの帰還の時間を5分ほど過ぎている。
問題なく帰っているのであれば、報告書の提出のついでに、不在の間に貯まった仕事の確認をする為に、指揮官室に赴いているのだろう。
となれば、それが終われば帰ってくる筈なので、もう時間切れだ。


(…こんなの渡せないし。しょーがない、ティンバーで買って来たチョコだけ渡そ…)


今日と言う日までに美味しい手作りケーキを用意できなかった。
その焦りと不安もあって、リノアは保険として、既製品のチョコレートも買ってきていた。
きちんとバレンタイン用にラッピングも施された、間違いなくスコールも気に入ってくれる、甘くて美味しいチョコレートだ。
手作りのものをスコールに渡せない事は悔しかったが、けれどもこんな黒焦げのケーキを彼に渡すよりも良いだろう。

祖熱が取れたガトーショコラをケーキ型から外していると、部屋のドアが開く音がした。
やばい、見付かる前に片付けなきゃ───と焦るリノアを尻目に、部屋の主がひょこりとキッチンを覗く。


「リノア」
「はいぃ!!」
「…何してるんだ、あんた」


名前を呼ばれて、思わず引っ繰り返った声が上がる。
スコールはそんなリノアに呆れたように言って、きょろきょろと辺りを見回す。


「あんたがキッチンにいるなんて珍しいな」
「あはは……そうかな?」
「そうだろ。…あと、何か…焦げたような匂いがするんだが」
「えー、あー……そのぅ……」


リノアは背中にケーキを隠して、おどおどと目を泳がせる。
判り易いその態度に、スコールは目を細めて、つかつかと近付いて来た。
あわわ、とリノアが背中に隠したものの行き場を探している内に、スコールは身長差を利用して、リノアの背中を覗き込む。


「……」
「わーっ!見ちゃダメー!」
「ぐっ」


言葉を失ったように固まるスコールの気配に、リノアは堪らずタックル宜しくその胸に飛び付いた。
どすっ、とリノアの頭突きを食らったスコールが、よろりと後ろに蹈鞴を踏む。
2歩ほど下がった所でスコールは踏ん張り、抱き着いているリノアの背に腕を回して、落ち着け、と言葉の代わりにぽんぽんと背中を叩く。
そんな二人の足元で、アンジェロが嬉しそうにうろうろと歩き回っていた。

うぐうぐと唸るリノアを他所に、スコールはもう一度キッチン台の上の物を見る。
其処には匂いの発信元であろう真っ黒に焦げた丸台の他に、使った形跡がそのまま残ったキッチンツールの数々が並んでいる。
泡立て器やらゴムベラやら、この部屋にあっただろうかと言う物もあったが、“家庭科室”と言うマジックインキが記されているのを見付けて納得した。
それから、鉄板の横に置かれている、几帳面なメモ用紙を見付け、黒焦げの丸台の正体も知る。

見ないで見ないで、とリノアはスコールの体を押している。
なんとかしてキッチンから追い出そうと言う彼女の行動を察しつつ、スコールは構わずに黒焦げのガトーショコラに手を伸ばした。
つん、と指先で表面を触ると、固い感触が返って来る。
スコールは少し考えた後、キッチンの引き出しを開けて竹串を取り出し、天井からぷすりと差し込んだ。
底まで届いた串を抜いて、先端を確認した後、


「リノア」
「はひ」
「ちょっと離れろ」
「んぐぐ」
「包丁使うから、危ない」


怪我をさせたくないと言うスコールの言葉に、リノアはむぐぅと唇を噤む。
早く此処から出て欲しいのに、此処にあるものを見ないで欲しいのに。
リノアは切からそう願っていたのだが、スコールは此処から出て行くつもりはないらしい。
居た堪れなさで俯いたまま、リノアはスコールから離れると、キッチンの隅にしゃがみこんで丸くなった。

呆れてるんだろうなあ、と思いながら、床を見詰めて溜息を飲み込むリノアの背中を、つんつんと丸いものが押す。
ちらと肩越しに背中を見遣れば、アンジェロが慰めるようにリノアの肩に頭を押し付ける。
優しいね、と指先で頬を擽ってやると、アンジェロはクゥン、と鼻を鳴らした。

その向こうで、キッチン台に向かっていたスコールが、黒いものを手にしている。
ああ酷い色、とリノアが何処か呆けたように思っていると、スコールはそれを徐に口の中へと運び入れた。


「!スコール!?」
「ん」
「何食べちゃってるの~っ!」


失敗したものなのに、真っ黒に焦げたものなのに。
生地にはチョコレートも入れてあるけれど、スコールが好きな甘い甘いお菓子じゃないのに。


(スコールが食べちゃった!食べてくれた!違う、あれ失敗してるんだから!喜んじゃダメ~!)


赤くなって青くなって赤くなるリノアの心中は、それはそれは複雑であった。
リノアが不慣れな菓子作りを頑張ったのは、スコールに食べて貰う為だ。
だからスコールが、何の気まぐれなのか、それを食べてくれた事は嬉しい。
嬉しいけれど、リノアがスコールに食べさせたかったのは、彼が好きな甘くてきれいな形のお菓子であって、あんな真っ黒に焦げた物ではない。
失敗作を食べさせてしまった罪悪感と、でも食べてくれた、と言う喜びがごちゃ混ぜになって、リノアの頭はぐるぐると忙しない。

そんなリノアを尻目に、スコールは眉間に皺を寄せている。
その顔を見て、ああやっぱり酷いんだ、とリノアは思ったのだが、スコールは切り分けたケーキの欠片をまた一口、口に入れる。


「スコール!」
「ん」
「無理して食べなくて良いよ。美味しくないんでしょ」
「……」


駆け寄って訴えるリノアを、スコールはむぐむぐと顎を動かしながら見下ろす。
スコールは口の中にあるものを、しっかり噛んで飲み込んでから、言った。


「別に、不味くはない」
「ウソ!」
「…焦げてる所は苦いけど」
「ほらぁ!」
「中の方は、ちゃんと焼けてるし」
「だから酷いって……へっ?」
「甘くて、……美味い」
「……へ……?」


ぽかんと口を開けて見上げるリノア。
スコールはその視線を横顔に受けながら、また一口、ケーキの欠片を口へ。

リノアはじっとスコールの顔を見ていた。
もぐもぐと顎を動かすスコールは、時折苦いものに当たると微かに眉根を寄せるが、それでもしっかり味わってから飲み込む。
口の中のものがなくなると、スコールは包丁で残りのケーキを切り分けながら、訊いた。


「あんたが作ったのか、これ」
「う…うん」
「一人で?」
「うん。皆忙しそうだったし。……あ、あの、ごめんね、勝手にキッチン使って」
「別に、良い。普段大して使ってないし」


切り分けられたケーキが傾けられ、包丁の刃が入る。
スコールはケーキの焦げた表面を、綺麗に切り落として行った。

真っ黒だった表面が殆どなくなると、ほんのりと熱を持って柔らかいチョコレート色の生地が現れる。
スコールはその端をカットすると、指で摘まんだそれをリノアの口元に持って行く。
え、とリノアが目を丸くしていると、スコールはじっと見下ろしていて、リノアが口を開けるのを待っているようだった。
恐々とリノアが口を開けると、ぽとっと舌の上に柔らかいスポンジが落ちて、


「……甘い」
「言っただろ」
「失敗じゃない?」
「まあ……そうだな」


真っ黒になっていたのは表面だけで、中はきちんと焼けている。
リノアは信じられないものを見る顔になって、甘いくちどけを確かめていた。

リノアが口の中のケーキを食べ切って顔を上げると、またスコールが新しい一欠けを口に入れる所だった。
キッチンで立ったまま、まな板で切り分けている最中のケーキを食べるなんて、行儀の悪い事だ。
けれどもケーキを食べているスコールは、そんな事など露とも気にせず、蒼い瞳をきらきらと輝かせている。
その横顔をじっと見ていると、視線に気付いたスコールが此方を見て、


「……なんだよ」


顔を赤らめるスコールの、ぶっきらぼうな言葉は、完全に照れ隠しだった。
見詰め返すリノアの視線から、逃げるように蒼灰色がついと背けられて、代わりに真っ赤な耳がリノアの前に差し出される。

リノアの膝に、すり、と柔らかくふわふわとした毛並みが摺り寄せられる。
視線を落とせば、アンジェロが嬉しそうな顔で此方を見上げていた。
頑張って良かったねと、そう言われているような気がして、リノアは喜び一杯になって愛しい恋人に抱き着いた。





スコリノのバレンタイン。
拙宅のリノアは結構な不器用で、料理も正直さっぱりな所があるのですが、頑張る努力で報われると良いな。

他人が見てのツッコミ所:リノアが自分の寮部屋にいる事に特に疑問を持っていないスコールと、スコールがいなくても部屋に入れてるリノア。合鍵を渡し済みと思われる。
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[フリスコ]その瞳の虜

  • 2020/02/08 22:00
  • カテゴリー:FF


秩序のメンバーの内、半分程が料理が出来るが、甘味類までその知識が及ぶのはほんの僅かであった。

単純に“甘い食べ物が作れる”と言う意味で言えば、フリオニールもドライフルーツの類が作れるが、それの殆どは保存食としての目的を持って作っている為、直ぐに消費される事を前提とした、砂糖や生乳をふんだんに使った料理となると全く判らない。
と言うのも、フリオニールの世界では、砂糖は先ず貴重なものであり、生乳も保存が利かない為に煮たりチーズにしたりと言う事が多かったからだ。
ティーダやクラウド、スコールの世界にあるような、生クリーム一杯のケーキや、舌の上で転がしているだけで溶けて行くチョコレートと言うものは、フリオニールの世界では、貴族王族ですら滅多にお目にかかれないものだった。
だからこの世界に来て、モーグリショップで砂糖や乳製品が比較的安価と言える値段で販売されているのを見た時には、驚いたものだ。
こうした意識は大半の仲間達とも共有しており、先述の三名を除くと、ジタンが知っている位のものだった。
それもジタンの場合、余り煌びやかなデコレーションは少なく、砂糖も決して潤沢ではない為、それよりも蜂蜜を使ったり、乳製品から作られるクリーム類は、スプレッドとして使われている事が多かったそうだ。

こうした各自の世界事情もあって、甘い甘い菓子を知っている者は少ない。
しかし、レシピがあって、それを共有する事が出来れば、本物を知らなくても作る事は出来る。
屋敷の書庫に、何処かの世界のスイーツレシピの本があったのを見付けて来たのは、ティーダだった。
闘争の世界に召喚されてから、甘いものと言えば砂糖漬けの果実が殆どで、それも各自の腕の特色が出る楽しみを見付けてはいたが、クラウド曰く「現代っ子」なティーダにとって、やはり高カロリー高タンパクなスイーツは、偶にで良いから食べたい、と切に思うものであった。

ティーダが強請りに強請った為、正解を知っていて、一通りの料理が出来るスコールが根負けし、初めてケーキを作って以来、秩序の戦士達はすっかりそれの虜になった。
ティナはその柔らかい口溶けと、可愛らしくデコレーションされたその見た目がすっかり気に入ったし、ルーネスも初めて食べたらしいそれに魅了された。
フリオニールにしてみると、食べ応えとしては胃袋に物足りないのだが、食べると不思議と頬が緩む気がして、また食べたい、と思うようになった。
セシルやバッツ、ウォーリアも気に入ったようで、疲れた時に食べたくなるな、とも言っていた。
クラウドは元々甘い物が得意ではないのだが、コーヒーと一緒に食べるのは嫌いではないらしい。

レシピ本を元にスコールが作ったデザートを、ティナが痛く気に入った訳だから、ジタンが黙っていられる筈もなく。
ジタンは直ぐにスコールから本を借り、暇のある時にデザート作りにチャレンジした。
器用な性質であるから、失敗もなくジタンが作ったデザートは、これもまたティナを幸せにした。
それを見るとまたうずうずとするのがルーネスで、彼は彼で書庫から新しいレシピの本を見付け、それを見ながらデザートを作った。
こうして連鎖が起きているのを見ると、おれも!と参加するのがバッツである。
バッツは最初こそ本を見ながら作っていたが、段々と要領を心得て来たのか、慣れて来ると創作レシピのようなものを作り始めた。
時々とんでもない頓珍漢なものを精製するのだが、これがどうして食べ物としての機能まで失われた訳ではない、と言う非常に難解な代物を生み出す事がある。
そして、仲間達のこんな盛り上がりを見ている内に、フリオニールも、俺もやってみようかな、と思い至ったのであった。

初めこそレシピを頼りにしつつ、聞き慣れない食材の単語に首を捻る事もあったフリオニールだが、今では慣れたものだ。
今日もフリオニールは、直に帰ってくるであろう仲間達の為に、マフィンを作っていた。
レシピ通りに分量を量り、混ぜ合わせた所へチョコチップを加え、型に入れてオーブンに入れる。
熱が入った生地が良い香りを漂わせ、オーブンの中で膨らんで行くそれを見守っているだけで、フリオニールはなんだか無性に楽しくなる。


(結構膨らんできた。そろそろ出せるかな)


カップの縁から覗く生地は、ほんのりと狐色を帯びつつある。
もうちょっと焼き色がついた方が美味そうに見えるかな、でも、と考えていた時だった。


「……フリオ」
「───あ。スコール、起きたのか」
「……ん」


呼ぶ声にフリオニールが振り返ると、自室で寝ていた筈のスコールがいた。
寝癖のついた濃茶色の髪に、起きて直ぐにこっちに来たんだな、とフリオニールはくすりと笑う。

スコールはジタン、バッツと言ういつものメンバーと共に、一昨日から斥候に出ていた。
戻って来たのは今朝の事で、どうやら聖域への帰還の途中、飢えた魔物の群れに遭遇した所にイミテーションが割り込んできて大変だったらしい。
幸運にも手傷は殆ど追わずに済んだのだが、夜通し駆け回る羽目になった所為で、随分と疲れたと言っていた。
それから三人は手短にシャワーを浴びると、直ぐに部屋へと引っ込み、ようやくの休息に在りついたのだった。

スコールは眠い目を擦りながら、のろのろとした足取りでシンクへと向かう。
食器棚から適当にグラスコップを取り出し、水道水を注いで、口に運んだ。


「……はあ……」
「お疲れ。今朝は怪我はないって言ってたけど、体の方は大丈夫か?」
「…問題ない」


返事が少し遅かったが、それはスコールの意識がまだ覚醒し切っていないからだろう。
野宿の時は、目覚めと同時にスイッチが入るスコールだが、警戒しなくて良い環境にいる時、彼は結構なスロースターターだ。
いつも凛と冴えた蒼の瞳は、半分瞼の裏に隠れ、スコールは頻繁にその目元を手で擦る。
体も少しふらふらとしていて、表情は何処かぼんやりとしており、普段よりも酷く幼い印象を見せていた。

シンクに寄り掛かって水を飲んでいるスコール。
なんとなくその横顔を眺めていたフリオニールだったが、はっと我に返って、オーブンの蓋を開ける。
鍋掴みを嵌めて、中にあるプレートを取り出すと、チョコチップ入りのマフィンが焼き上がっていた。


(危ない危ない。焦がす所だった)


ちょっと見ていない内に、思いの外火が通っていた。
しかし幸いにも、真っ黒になってしまう程ではなく、少し茶色が濃い程度だ。
これ位なら、食べるのには問題ないだろう。

カップ入りのマフィンをプレートから皿へと移動させ、祖熱が取れるのを待っていると、ぐう、と言う音が傍から聞こえた。


「…スコール?」
「………」


今の音の正体は、と音のした方を見ると、スコールの背けられた顔があった。
寝癖のついた髪から覗く耳が、ほんのりと赤い。
そんなに恥ずかしがらなくても、とフリオニールはくすりと頬を緩め、


「そう言えば、朝も昼も食べてないよな」
「……」
「今朝の残り物があったと思う。持って行くから、向こうで待っててくれ」
「……ん」


フリオニールの言葉に、スコールは顔を背けたまま、小さく頷いた。
のろのろとキッチンを出て行く少年を見送り、フリオニールは冷蔵庫を開ける。

夜通し魔物とイミテーションと追い駆けっこをして、その足で聖域まで帰還し、今の今まで寝ていたのだ。
スコールが腹が減っているのも当然で、其処に焼きたての菓子の香ばしい匂いがするとなれば、嫌でも胃袋は刺激されるだろう。
ちょっと重いものでも平気かな、と昨晩の残り物と合わせて、フリオニールはスコールの食事を用意した。

トレイを持ってキッチンを出ると、食卓テーブルに座り、テーブルに俯せになっているスコールがいる。
腹は減っているし、目は覚めたけれど、まだ眠気が消えないのだろう。


「スコール。食事だぞ」
「……ああ」


トレイをテーブルに置くと、スコールは重そうに頭を持ち上げる。
大きめの肉団子が乗ったスープは、普段のスコールなら「こんなに要らない」と言う所なのだが、今日は何も言わずに食べ始めた。
ふあ、と欠伸を漏らしつつも、スコールの手は進み、順調に皿の上は空になって行く。
スコールがこの調子で食べるのなら、ジタンとバッツが目覚めた時には、もっと必要になるかも知れない。

スコールをリビングに残し、フリオニールはキッチンへと戻った。
焼き上がってからクーラーに置いていたマフィンを確認すると、手で持てる程度に熱が取れていた。
デザート用のプレートに並べたその数を確認した後、フリオニールは一つ手に取り、紙製のカップを手で破き、


(人数分より多く作れたし。味見、良いよな)


ぱくり、と一口齧る。
表面はカリッとしつつ、中はまだほんのりと熱を持って、ふわふわとしている。
チョコチップは半熔けのような固さで、舌の上で軽く転がしている内に、溶けて行った。
ふわふわとしたこの食感は、焼きたてでなければ味わえないものだ。

美味い、とフリオニールはもう一口齧る。
少し摘まみ食いをしているような気分で、ちょっとした背徳感もまたスパイスなっているのかも知れない。

今だけしか味わえない食感を堪能していたフリオニールだが、そうだ、と思い立って、皿を一枚取り出す。
良い焼き色の一つを選んで皿に乗せ、リビングへ。

スコールは丁度食事を終えて、ピッチャーの水をグラスに入れている所だった。
共に帰還したジタンとバッツの姿はまだ見当たらず、今のうちにとフリオニールはスコールの下へ向かった。
こく、こく、と喉を潤している彼の前に、フリオニールはマフィンの乗った皿を置く。
視界の端にそれを捉えたスコールが、これは、と言う目でフリオニールを見上げた。


「良ければ、味見して貰えないかと思って。腹が一杯なら、無理はしなくて良いんだけど」
「……問題ない。貰う」


数分前よりは目が覚めた顔で、スコールはマフィンに手を伸ばした。
カップの端を破り、まだ熱の残っているそれを口に運ぶ。

小さな口で齧ったマフィンを、頬袋に入れて、スコールはむぐむぐと顎を動かす。
こくん、と飲み込んで直ぐに、スコールは二口目を齧った。
それ程大きくはないマフィンだが、スコールは味わうように少しずつ食べ進めていく。

フリオニールはスコールの前の席にある椅子を引いて、腰を下ろした。
もくもくと食べるスコールの顔を眺めながら、胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じる。
スコールはそんな視線を気にする事もなく、口の中のふわふわと柔らかい甘味の虜になっていた。


「どうだ?」
「……美味い」


スコールの感想はとてもシンプルだったが、フリオニールにはそれで十分だった。
言葉は勿論の事、それ以上に、蒼灰色の瞳が柔らかく輝いているのが判る。

────スコールが甘い物が好きなのだと気付いた時、フリオニールは少し驚いた。
ティーダがコーヒーに必ず砂糖とミルクを欲しがるのに対し、スコールはいつもブラックで飲んでいる。
だから、甘いものが嫌いとは言わずとも、特に好んではいないのだと思っていたものだから、たったそれだけの事でも、酷く意外な事を知ったように思えた。
知ったと言っても、フリオニールがスコールにそうと確認を取った訳ではない。
けれど、その可能性に気付いてから、菓子を作る度にスコールが食べる様子を確認すると、最初の一口で蒼の瞳がふわりと輝くのが判った。
そして、噛み締めるように、ゆっくりと食べているのが判る。
まるで食べ切ってしまうのが勿体ないと思っているかのように、大事に大事に、一口一口食べるのだ。

スコールのそんな様子を、もっともっと見てみたい。


「スコール」
「……ん」
「それ、結構数が作れたんだ」
「……ん」
「まだ食べるか?」
「……ん」


相槌だけだったスコールの反応に、最後はこっくりと頷きも伴った。

フリオニールが席を立つと同時に、スコールは手元のマフィンの最後の一口を口に入れた。
指についたチョコチップの欠片を、ぺろりと赤い舌が舐める。
その口元が心なしか緩んでいるのを見て、作って良かった、とフリオニールは思った。





2月8日と言う事でほのぼのフリスコ。
フリオニールの作ったお菓子をもくもく食べてるスコールの図が浮かんだので。
あと甘い物好きなスコールって可愛いなと思って。

なんか餌付けみたいだなと思ったけど、胃袋掴まれてそうなので間違ってはいない。
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[ウォルスコ]これから先へ

  • 2020/01/08 21:30
  • カテゴリー:FF


ウォーリアとスコールは、家具の大型量販店に来ていた。
直にウォーリアが暮らすマンションへと引っ越してくるスコールの為のあれこれを揃える為だ。

ウォーリアは25歳の社会人で、親はおらず、高校を卒業するまでは養護施設で育てられた。
大学入学を期として施設を出て、一人暮らしを始め、そろそろ7年が経つ。
其処に、17歳の幼馴染兼年下の恋人となったスコールが、引っ越してくるのである。
独り暮らしが二人暮らしになるとなれば、新たに色々と揃えなければならないのは必然のこと。
そうでなくともウォーリアの家と言うのは物が少なく、根本的に生活に際し足りない物と言うのが多量にあった為、同居生活が始まる前に急ぎ揃えなければならない物も少なくなかった。

広い店内には、食器や調理器具、収納用品、掃除用具と言った細々なものが、ずらりと並んだ棚に陳列されている。
それらも必要なものなのだが、先ずは大型家具だとスコールは言った。
スコールが引っ越してくるに当たり、彼の領域となる、勉強机や寝具を揃えなければならない。

量販店とは言え、大型家具はそれなりに値のするものであるから、ベッドはなくてもソファでも良い、机もなくてもなんとかする、とスコールは言ったのだが、ウォーリアが辞さなかった。
ソファではゆっくり休めない、勉強に集中するなら何かと併用したり代用したりするのではなく、その為の物があった方が良い、とウォーリアは言ったのだ。
それでもスコールはしばらく遠慮していたのだが、リビングのソファで寝ていればウォーリアが其処で休息できないし、ダイニングのテーブルは食事に使うし────と思うと、反って気を遣う事が多くなりそうだと気付く。
新たな家具を用意するスペースがないのであれば致し方ないが、独り暮らしには広いと言えるマンションに住んでいるウォーリア宅では、使っていない部屋が複数も余ってしまっている訳だから、ベッドも勉強机も本棚だって、揃えて置ける場所があるのだ。
加えて、スコールは来年には受験生になるのだから、高校二年生の今からきちんと環境は整え準備して行くべきだろう、と言うウォーリアの言葉は最もだった。
こうしてスコールの遠慮の壁も掃われ、二人は店へとやって来たのである。

フロアは一階が日用品、二階が大型家具となっていた。
一番気になるのが勉強の環境だったので、先ずはデスクを探してみる。
子供向けに売り込まれているのであろう学習机は、機能的にも作られているので、上手く使えば大人でも十分使っていけるのだろうが、見た目が子供らしい物が多く、スコールはスルーした。
多機能デスクが並べられたスペースに来て、スコールは眉間に皺を寄せながら、商品を睨む。


「収納ラックは欲しい……でも別売りなのか。セット売りのは、他には…」


ブツブツと呟きながら、スコールは展示品を吟味していく。
ウォーリアはその様子をじっと眺め、急かさず、スコールが満足いく物を見付けられるのを待った。

家具を買うに当たり、金額について、スコールは相当遠慮していた。
某有名企業の社長の一人息子であるスコールだが、生活はどちらかと言えば質素堅実な方だ。
と言うのも、父が社長になったのは、スコールが小学校を卒業した頃の話で、それまではごく普通の会社員であった。
父の出世は思いも寄らぬ大抜擢からの事であり、以前はそんな事は露とも考えた事のない、父子の清貧な暮らしをしていたので、金銭感覚は今でもその頃と変わっていない。
元々豪遊するような生活をしていないので、一挙に使える金額と言うのも限られており、況してや人の金で物を買うとなると、尚更スコールは躊躇してしまう。
今回の家具を揃えるに際しても、スコールは父に出して貰うか、ウォーリアに出して貰うかの二択で、かなり悩んでいた。
学生と言う身分で、父の心配と学校の方針でアルバイトも出来ない為、父か恋人に強請るしかない事が、スコールは随分と申し訳なく思っていたようだ。
スコールが自分用の家具を新たに揃える事について、余り積極的ではなかったのは、こうした理由もある。

父と暮らしていた実家にも、スコールの為の家具はある。
ベッドだったり、勉強机だったり、それこそ、これから揃える物と全く同じ物が整えられていた。
それを丸ごと持ってくると言う手段もあったのだが、父がそれを嫌がったのだ。
息子が幼い頃から、一つ一つ揃えて来たものが、一人立ちの準備をする時期とは言え、一気に消えてしまうのは寂しい。
勉強机や本棚の中身など、それらがなくなってしまうのを見るのも寂しくない訳ではないし、部屋が丸ごと空っぽになるのはもうちょっと待って欲しい、と父は言った。
また、ちょっと家に帰ってきた時、今までと同じように、楽に過ごせる場所があった方が良いだろう、とも。
母の死後、父が可能な限り息子を優先し、目一杯の愛情を注いできた事は、スコールも判っているつもりだ。
少々過保護な所為で、ウォーリアと同居と言う形でなければ、息子が家を出る事も簡単には受け入れられなかったであろう父。
そんな父が、スコールが実家を出ると言う選択を受け入れてくれたのだから、今度はスコールが譲歩する番だった。

───こうして父とウォーリアの財布を充てにする形で、スコールは新生活の準備をスタートする事になる。

金銭的な面について、スコールの父は勿論、ウォーリアも、糸目は付けないつもりだ。
スコールが使うものなのだから、彼自身が気に入り、長く使い続けられる物が良いと思っている。
しかし、下手に高い物なんて渡されても気を遣うから使い難い、とスコールは言った。
長持ちさせると言う点では、やはりそれなりの金額がする物が良いのも確かだが、家具なんて日常使いで擦り減って行くものだし、傷もつくし色落ちだってするのだから、少しの傷がついた位で落ち込んでしまいそうな金額のものは使えない、と。
だから金額の差も儘ありつつ、機能を優先して選べる幅の多い量販店に来たのだ。

スコールはデスクと椅子をたっぷり悩んでから決めた。
次に選んだのは本や趣味の物が置ける収納棚で、此方はそれ程時間を必要とせず決まった。


「後は───クローゼットは……」
「備え付けられているものはあるが、足りないのならば購入しよう」
「…いや、良い。そんなに沢山は持ってないから、大丈夫だ。多分」
「遠慮は要らない」
「そうじゃなくて、別にどうしても必要なものじゃないから良いんだ。……足りなくなったら、またその時に言う」
「そうか」


スコールはファッションに特別敏感な訳ではないが、お気に入りのブランドと言うのは幾つかある。
季節が変われば新作はチェックしたいし、気に入れば購入したい。
しかし、衣装持ちと言われる程に持っている訳でもないし、毎月のように買い足す程でもなかった。
増えれば嵩張って行くものなので、いつかは足りなくなるかも知れないが、今から急ぎ買い足すほどではないだろう。


「じゃあ、次。ベッドか。あの辺にあるのから見てみる」
「ああ」


丁度進む先にあったベッドの展示品へ、スコールは向かう。
ウォーリアもそれについて行く形で続いた。

並ぶベッドを流し見た後、幾つかのベッドに座り、寝転んでみる。
嫌なことがあるとベッドで丸くなる癖があるスコールにとって、ベッド選びは大事だ。
沈み具合に合わせて体勢を変えるスコールを眺めながら、ウォーリアはお気に入りの寝床を探す猫のようだと思っていた。

一通り試し、最後の一つに寝転んだ後、スコールは胡乱な顔で起き上がる。


「……もうちょっと固い方が良い気がする」
「良い物は見付からなかったか」
「そんな所だ。でも、買っておかないと、引っ越しに間に合わないかも」


二人は、スコールが冬休みの間に、彼の引っ越しを済ませる予定だった。
ウォーリアの仕事の都合と、スコールの新学期が始まる事を考慮すると、二人が一緒に買い物に来られるのは、今日しかなかった。
後はまた二人が一緒に出掛けられるタイミングを作るか、スコールがウォーリアから財布を借りて、一人で買いに来るしかない。
恋人とは言え、人の財布を借りる事に多大な抵抗があるスコールにとっては、ウォーリアと一緒に来られる方が気持ちは楽だ。
が、ウォーリアも忙しい身であるから、可惜に手間と迷惑をかけたくない、とも思っている。
だから買い揃えるのなら今日の内に、妥協してでも、とスコールは考えていたのだが、


「では、ベッドはまたの機会にしよう。少し窮屈かも知れないが、それまで君は私のベッドを使うと良い」
「そんなの出来ない。あんたが困るだろ」
「私はソファを使うから構わない」
「それなら俺がそっちで寝る。……あんた、俺がソファで寝るって言ったら駄目って言った癖に、なんで自分は良いんだよ」


ベッドに座ったまま、唇を尖らせるスコールの抗議に、ウォーリアも自身の言葉の矛盾に気付いたようで、ふむ、と首を傾げる。
その間にスコールは、やっぱり妥協して買ってしまうか、と思案していた。
決まってしまえば後は買ったものを使って行くだけなので、悩むのは今限りなのだ。
でもどうせなら落ち着くもので使いたい、とも思う自分に、我儘な、と苦い表情を浮かべていると、


「では、共にベッドを使うしかないな」
「は?」
「いや、それならば、二人で眠れるベッドを探した方が良さそうだ」
「あんたは自分の寝床が今もあるんだから、それで良いだろう。問題なのは俺だけで───」
「私のベッドも少し傷んでいる。買い替えるタイミングとしては丁度良い」
「だからって……二人で使えるベッドなんて、そんなの買ったら」


───其処まで言って、はた、とスコールの口が止まる。

二人で使えるベッドなんて買ったら、寝床は二人で共有になる。
ウォーリアの部屋に置くのか、新しく整えるスコールの部屋に置くのか、将又新たに寝室を作るのか。
どれであるにせよ、部屋は余っている状態なので、問題はないだろうが、それより、『ウォーリアと同じベッドで眠る』とはどういうことなのか。

ウォーリアとスコールは恋人同士だ。
まだスコールが未成年である事を、ウォーリアは強く意識し、それによる自戒を持っているようだが、スコールの方は色々と多感な時期である。
恋人同士になったのだから、あれやこれやと言うものも考えなくもない訳で、細やかな触れ合いであればした事もある。
最後までした事はないが、それは「スコールが成人するまでは」とウォーリアが頑なに譲らないだけで、スコールの方はいつでも“そう”なって良いと思っている。

其処に来て、二人の寝所を一緒にすると言う事は。
一つのベッドを、二人で使うと言う事は。


「────スコール?」
「……!」


名を呼ぶ声に、はっとスコールが顔を上げる。
見下ろすウォーリアのアイスブルーの瞳とぶつかって、瞬間、自分が何を考えていたのかを思い出す。
思い出せば体の熱が一気に吹き上がって、スコールの白い頬が判り易く紅潮した。


「……っ!」
「どうした?顔が赤い。熱でも」
「なんでもない!」


心配するウォーリアの言葉に、半ば叫ぶように返して、スコールは腰かけていたベッドから立った。


「ベ、ベッドはまた後で考える。下に降りて、食器とか、その辺のを見たい。あんたの家、食器とかも少なすぎるから、色々買うぞ」
「ああ」
「ベッドは後でまた見に来るからな。ベッドは買う。ちゃんと」
「大丈夫だ、スコール。焦らなくても良い。近い内にまた時間を取る、だからそれまでは私のベッドを使えば良い」


宥めるように言うウォーリアだったが、それが嫌なんだ、とスコールは思った。
けれど、それを口にして拒否する程に嫌なのかと言えば、そうではない。
そもそも、嫌だと言葉では出るけれど、其処にあるのは嫌悪ではない。

若しかしたら、ウォーリアもそのつもりで言っているのではないか、と言う密かな期待がスコールを支配する。
けれども、見上げた先にあるいつもの顔を見て、この朴念仁、と憎まれ口も零れるのは、彼の胸中を思えば無理からん話なのであった。





1月8日なのでウォルスコの日。
これから始まる同棲生活、な二人。

一人悶々と考えてるスコールは、この後、二人で使う食器を選びながらまた悶々します。
ペアグラスとか買っちゃって、帰って並べて置いたりしてなんか無性に恥ずかしくなったりする。
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[ヴァンスコ]絡む糸を手繰る

  • 2019/12/23 21:07
  • カテゴリー:FF


人と触れ合う事は嫌いではない。

ラバナスタの地下水路に張り巡らされたダウンタウンで育ったヴァンにとって、他者の熱と言うものは、自分が一人ではないと知る縁であり、時に自分を寒さから守ってくれる鎧だった。
ダウンタウンは其処に住まう者達の力で、人が住める環境としてそれなりに整ってはいたが、地上の居住区に比べれば、決して優れた環境とは言えない。
ダウンタウンの中にも区域によって治安にも差があり、酷い所は本当に酷い有様で、ダウンタウン暮らしの者達の間でも、あの道の向こうは言ってはいけないと囁かれている場所もあった。
そうした地区で暮らす者達が、治安の悪さに辟易し、区域を変えて少しでも穏やかな場所を探す者もいれば、逆に他の地区で暮らすならず者は、吹き溜まりへと吸い寄せられるように其方へ移って行く事もある。

だがどんな地区であっても、夜の冷え込みと言うのは等しく訪れた。
広大な砂漠の只中に存在する国である為、昼の乾燥した暑さに比べると、夜は驚くほどに冷え込む事がある。
そうなると暖を求めて焚火をする事もあるのだが、石造りの地下水路と言う性質もあり、煙の出る火が焚ける場所と言うのは限られていた。
人の良い者同士が寄り合っている所なら、ヴァンのような孤児でも少しは火に当たらせて貰えるし、運が良ければパンが貰える。
それらを確保できない時、住まいを持たない者や、庇護のない子供などは、只管一所に固まって寄り添い合って熱を求めたものであった。
ヴァンもそうやって亡き兄や幼馴染と身を寄せ合い、冷え切った水路の夜、砂漠の冬を越えて行った。
大きくはない毛布一枚を、兄と幼馴染と分け合って、くっつきあって眠る日は、どんなに外が寒くても暖かかったし、二人の体温と鼓動が感じられて安心できた。

だからヴァンは、人と触れ合う事は嫌いではない。
寧ろ、好き、と言っても良いと思う。
けれど、誰も彼もがそう言う風に、他者の体温を好きではないと言う事も、ヴァンは知っていた。




(────でも、案外嫌だって言わなんだよな)


二人きりのテントの下、まだほんの少し熱の余韻を残す体を、寒さを嫌って身を寄せ合って守りながら、ヴァンはいつもよりもずっと近い距離にあるスコールの顔を眺めながら思う。

今日はヴァンはルーネスと、スコールはジタンとバッツと言ういつものメンバーで、それぞれ散策に向かう予定だった。
しかしルーネスとジタンが前日の戦闘で負った傷の治りが聊か遅く、大事を取って休む事になり、それに付き添う形でバッツも拠点に残った。
この時点でヴァンもスコールも自身の予定が空いた事になり、暇を持て余す一日になるかと思ったのだが、カインから少々不穏な気配のある歪の話を聞き、スコールが一人斥候に向かおうとした所へ、ヴァンも同行(スコールにしてみれば勝手について来ただけと言う所だろう)した。
歪は少し遠い場所にあり、カインのように地形を無視した進軍が出来ない二人は、往復延べ二日を余儀なくされる。
往路は特に問題なく進めた為、陽が沈む頃には目的の歪を確認し、赤く光っていたその紋章を青く染める事に成功した。
そうして仕事を終えて歪を脱出した時には既に空は暗く、深い森の中で一晩を明かし、明日の朝に帰路へ向かうのが無難だろうとスコールが言った。
ヴァンもそれを否定する気はなく、じゃあ、と野営準備を済ませ、食料を調達して腹も満たして、寝る準備に入る。
最初は一人ずつ見張りをする話をしていたのだが、夜になって冷え込んだ空気をどちらも嫌い、流れ流れて褥を共にした。
ヴァンとスコールがそう言う事をする関係になってから、両手では余るが片手では足りない程度の行為を数えている。
それは大抵、二人きりの寒い日の事で、なんとなく誰にも気付かれない方が良いのだろうと、ヴァンは考えていた。
そして冷え込みを感じ始める時間帯から熱を共有し初めて、終わった後は疲労感でうとうとしつつ、直にもっと冷え込むだろうからと一枚布と肉布団で熱の発散を閉じ込めながら、朝を待つ。

くああ、とヴァンは何度目か知れない欠伸を漏らした。
する事をしているので、体は眠りたがっているのだが、スコールが落ちているので、見張りの為に自分はもうしばらく起きていなければならない。
見張り自体は先にスコールが行い、その間にヴァンは寝ていたから、順当なものではある。
とは言っても眠いものは眠いので、ヴァンの意識は見張りとは遠くかけ離れ、半分瞼を下ろして、毛布を共有する仲間にだけ向けられていた。


(睫毛長いな)


眠るスコールの顔を眺めながら、そんな事を考える。
平時であれば絶対にこの距離になる事は有り得ないので、スコールの顔をじっくりと観察するには又とないチャンスだ。
勿論、だからと言ってこの行為に何か意味がある訳でもないのだが。
それでも、珍しい物をしげしげと見ていられると言うのは、非常に細やかな楽しみにも思えるので、ヴァンは偶に訪れるこの機会と言うものを気に入っていた。

じっと眺めていると、スコールがもぞもぞと身動ぎして、ヴァンの方へと身を寄せる。
毛布の中で晒されている肌が、ヴァンのそれと密着した。
触れた瞬間、体温差の所為か、一瞬だけ冷たいような気がしたが、次第にヴァンの体温と混じって行き、程無く違いは判らなくなった。

スコールはしばらく動いた後、収まりの良いポジションを見付けると、静かになった。
すぅ、すぅ、と改めて深い眠りに移行しつつあるスコールが落ち着くと、ヴァンも少しだけ体の傾きを変えて、痺れかけていた腕を開放し、スコールの腰に腕を回す。
ヴァンがスコールを抱き寄せる形になると、スコールの眉間に皺が寄って、「んん……」と折角落ち着いたのにと言う抗議があった気がしたが、結局スコールは目を覚まさなかった。


「スコール、起きない?」
「……」
「じゃあこれで良いか」


声をかけてもスコールが反応しない事を確認して、ヴァンはよしよしと遠慮なくスコールの肩口に顔を寄せる。
口元を押し付けるようにスコールの肩に当てると、顔の下半分が温かい。
あまり肉のついていない腰を抱き締める腕も、密着した胸や腹も、とろとろとした熱が伝わり合って、テントの外の寒さを忘れる。

二人の体の間で、丸く縮こまるように挟まれていたスコールの腕が、そろりと動いた。
身を寄せているヴァンの背中に腕が回され、二人は抱き合う格好になる。
二人きりで過ごした後、眠っている時に限って、スコールはこうして甘えて来る。
その事にヴァンが驚いていたのは、こんな関係になってから始めの頃位で、今ではすっかり馴染んでしまった。


(だから多分スコールも、嫌いな訳じゃないと思うんだよな、こういうの)


普段、スコールは他者に触れられる事を嫌う。
挨拶にぽんと肩を突いただけで睨まれるし、手を握って先導したりされたりも嫌がるし、とかく“触れる事”そのものを避けている。
だからヴァンは、この世界で目覚め、スコールと出逢ったばかりの時は、スコールは他者と触れ合う事、近付く事が嫌いなのだろうと思っていた。
その認識も、全く間違っている、と言う訳ではないのだろう。

しかしあの頃よりは確実に距離が近くなった今、スコールは存外と他者の体温を許容する事が多いと言う事も判っている。
ジタンやバッツが飛び付いて行っても避けないし(彼等が避ける暇を与えないのだが)、ユウナが手を握っても振り払わない(治療の為である事が多いのと、彼女の人柄に因る所もあるか)。
そして、ヴァンと二人きりの夜、余程疲れていたり不機嫌でもない限りは、肌を重ねる事を断らない。
なし崩しになっているだけじゃないか、と言われるとヴァンには強く否定は出来ないのだが、無理強いをした事はなかった。
振り払おうと思えば振り払えるし、スコールならその気になれば斬り捨てる事だって出来るだろうに、彼はそれをした事はない。
ほんの少し気怠そうな顔をしながら、ヴァンの好きにさせるのだ。
終わればこうして身を寄せ合い、目覚めるまでは離れようとしないから、スコールも決して他者の体温を毛嫌いしている訳ではないと言う事が判る。

すぅ、すぅ、と眠るスコールの呼吸が、ヴァンの胸をくすぐっていた。
柔らかなダークブラウンの髪も当たるので、なんだか猫に似ていると思う。


「……ふああぁ」


なんだか気持ち良さそうに見えるスコールを眺めていたら、ヴァンも眠くなって来た。
元々が見張りの体の為に起きていただけなので、睡魔を自覚するともう我慢が効かない。
テントの周りに不穏な気配がない事だけを確かめて、ヴァンは毛布を手繰り寄せて、スコール毎その中に包まった。

もそもそと動くヴァンの気配を感じてか、スコールが小さく唸る。


「んん…う……」
「あ」
「……?」


毛布の暗がりの中で、スコールの眉間に皺が寄った。
起きるかな、と思った矢先に、長い睫毛がふるりと震えて持ち上げられる。
夜目に慣れたヴァンの瞳に、潤みを帯びた蒼灰色がぼんやりと浮かび上がって、ヴァンを捉える。


「……」
「まだ夜だぞ」
「……」
「寝るか?」
「……」


ヴァンの声に、スコールは反応らしい反応を返さなかった。
代わりにもぞもぞと体勢を替え、先と同じように収まりの良い場所を見付けると、また目を閉じる。
暖を求める猫のように丸くなってヴァンに密着し、直ぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。

スコールと触れ合っている場所が温かくて、気持ちが良い。
その温もりに誘われるように、程無くヴァンも眠りに就いたのだった。





大幅に遅刻しましたが12月8日がヴァンスコの日だったので!

ヴァンスコはいつの間にかそう言う事するようになって、付き合ってるとか付き合ってないとか、好きとかそう言う事を考える事もなく、流れのまま関係が続いて行くのも良い。
何か外部からの切っ掛けがあれば良し悪し含めてはっきりするけど、そうでなければなんとなくそのままの距離感。
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