[オニスコ]僕たちだけの真実と
- 2020/03/08 22:00
- カテゴリー:FF
格好良いよね、と囁く同級生たちの声を聞きながら、ひっそりと上がる口端を隠すのに苦労する。
だが、それを誰かに見られたとしても、きっと誰もその表情の真意には気付かない。
ルーネスにとってスコールは、三歳年上の幼馴染だ。
暮らしていたマンションの号室が隣同士で、物心が付く以前から、近所付き合いと言う奴で、よく知る顔だった。
スコールは生まれて間もなく母を亡くした為、父子二人暮らしであったのだが、その父が中々忙しかったそうで、スコールは隣家であるルーネスの両親に預けられている事が多かった。
ルーネスは両親にとって遅くに恵まれた待望の子宝で、その傍ら、一人っ子であったスコールにとって、血は繋がらずとも弟のような存在だった。
共に少々過敏な所がある子供だったのだが、それが返って上手い具合に歯車が噛み合ったようで、二人は仲の良い兄弟のような関係を築いている。
ルーネスもスコールも、幼い頃から、頭の良い子供だった。
周りのことが良く見えており、空気を読む事に長けて、大人の言う事をよく理解する。
しかし、それが良い事ばかりとも言えなかったのも事実で、スコールは必要以上に自分の本心を押し殺して周りに合わせてしまったり、ルーネスは頭の回転が速い分だけ先回りをして周りを置いて行ってしまう。
そう言った所も長所として活かせば良い、と言えれば良いのだが、なまじ物事を注意深く見聞し判別する能力に長けていただけに、大人の経験則から来る理屈めいた言葉に匂う“ウソ”も見抜いてしまっていた。
そうして生じる“違和感”を、流す事も出来ない感性を持っていた二人は、同じ年頃の、良い意味で“鈍い”子供達とは空気が合わず、孤立していく事も多かった。
そんな時に、身近に自分と同じ感性の人間がいたとなれば、その人物に傾倒していくのも無理はないだろう。
当時の彼等にとって、自分の感覚を理解し、共有できる存在と言うのは、酷く得難く貴重なものだったのだから。
────とは言え、それも幼い頃の話だ。
ルーネスが14歳に、スコールが17歳になった現在、二人は幼馴染としての距離は変わりなく続きつつ、それぞれの環境に適応して生活している。
中学校と高校、完全に別々の環境での生活が余儀なくされた事もあり、互いの存在に注がれる時間が減ったのが切っ掛けだった。
それぞれの成長を思えば自然な事で、今までが近過ぎた、と言っても良かった。
お互いの“幼馴染離れ”が始まった、と言っても良いのかも知れない。
だが、ルーネスはスコールから離れるつもりはなかった。
学校で過ごす一日を終えて、ルーネスが下校の準備をしていた時だった。
あの人来てる、と言う声が耳に届いて、窓の外を見る。
グラウンドの向こう、丁度正面に見える校門の門柱に、寄り掛かっている人物を見付けて、ルーネスはこっそりと笑みを零す。
今日は生徒会の集まりもないから、彼を待たせないで済む。
勉強道具を詰め込んだ鞄を手に、ルーネスは足早に教室を後にした。
また明日、と挨拶を交わすクラスメイトの傍らと、黄色い声を零しながら女子生徒が通り過ぎ、ルーネスのクラスの教室に入って行く。
彼がいるんだって!とはしゃぐ少女たちは、まるで芸能人を見付けたようなミーハー振りだ。
本人が聞いたら、きっと鬱陶しそうな顔をして、何をどう誤解しているんだと溜息を吐いた事だろう。
だがルーネスも少女達の浮き立つ気持ちは理解しないでもない。
夕暮れの光を受けて佇む彼の姿は、映画のワンシーンを彷彿とさせる美しさがあって、とてもただの一般人とは思えない印象を与える。
お陰で、実は何処かの芸能事務所に所属しているとか、今売り出し中の俳優の卵で次期の特撮番組に出るらしいとか、第何期だかの某雑誌モデルのコンテストのファイナリストだとか言う噂が実しやかに飛び交っている。
実際の所は、大手の芸能事務所のスカウトでも、全く歯牙にかけない程、目立つのも注目されるのも大嫌いな性格をしているのだけれど。
昇降口で靴を履いていると、同級生が「今日も来てるってさ」と声をかけて来た。
うん、とだけ返事をして、ルーネスは挨拶もそこそこに校舎を出て行く。
学年でも一、二位と噂される瞬足でもって、グラウンドを真っ直ぐに走り抜けた。
程なく見えて来た校門の傍に佇んでいた人物が、近付いて来る少年を見付けて、やっと来た、と言う表情で門柱から背を離す。
「スコール、お待たせ!」
「ああ」
何処か冷たい空気を漂わせる、無二と見ない蒼灰色の瞳。
それがルーネスただ一人を映して、微かに和らぐ瞬間が、ルーネスは好きだった。
二人連れたって、家路を歩き出す。
中学生と高校生と言う、環境だけで言えば随分と広がってしまったような距離でも、お互いの家の距離は相変わらず隣同士だ。
だからこうやって二人で一緒に帰る事も出来る。
「今日は早かったな」
「生徒会、なかったからね。良かったよ、スコールを待たせなくて済んで」
中学生が揃って下校していく道で、一人高校の制服を着ているスコールは目立っていた。
彼の性格を思えば、余りこういった状況も好ましくないのだろう。
しかし、彼はルーネスのたっての希望を叶える為に、週に二回、この環境に身を置いている。
それはルーネスにとって、彼が自分のことを優先してくれると言う喜びも感じられるのだけれど、少なからず望まない事を強いていると言う事実もあって、時々歯痒く思う事もあった。
(……でも────)
ちらり、とルーネスは隣を歩く青年を見る。
高い身長、長い手脚と、整った容姿。
長く伸ばし勝ちな前髪の奥には、綺麗な蒼の瞳と、その狭間に走る傷がある。
彼がこの傷を作ったのは、高校生になってからの事で、なんでも同級生と掴み合いの喧嘩になったからだと言う。
その話を聞いた時、ルーネスは心の底から驚いたものだ。
ルーネスが知っている幼い頃のスコールと言う人物は、誰かと喧嘩なんて夢のまた夢の話だったのだから。
そう言った傷を負っていても、スコールの淡麗な容姿に翳はない。
寧ろ、一つ目立つ傷があることで、それを見ようとした時、傍らに冴える宝石に誘われ釘付けになる。
そうやって沢山の人々が、あの冷たく潤う色の虜にされたのだと言う事を、ルーネスはよく知っていた。
見詰める視線に気付いて、スコールが此方を向く。
なんだ、と首を傾ける仕草は、大人びた見た目に反して、酷く幼い。
“スコール”を知る一体何人の人が、彼のこんな仕草を知っているだろう、と思うと、ルーネスはじんわりと胸の奥が細やかな優越感に満たされるのを感じつつ、
「スコール。ちょっと寄り道して行かない?」
「寄り道?……何処に?」
「本屋。そろそろ新しい本が欲しいなって思ってて。付き合ってくれる?」
「ああ」
ルーネスの提案に、スコールは頷いた。
行き付けの本屋に向かうべく、家へと向かう路の途中を曲がる。
下校する中学生の集団から外れた事で、辺りは仄かに静かになった。
大通りから一本でも道を逸れると、人の気配が少なくなって、背にした道から聞こえる少年少女の笑い声さえ、まるで別世界の事のように遠い。
夕方になって長くなった建物の影が、二人の進む道を覆い隠すように連なっていた。
その連続する短い影の中に紛れて、ルーネスは足を止める。
「……ルー?」
立ち止まったルーネスに気付いて、スコールが振り返って名前を呼ぶ。
幼い頃から続く、年下の幼馴染を呼ぶ声。
なんだか子供扱いのようで嫌だと駄々を捏ねたのは、確かルーネスが小学六年生の時だった。
あの時、スコールは中学三年生で、もう直ぐ高校受験が始まる頃で、ルーネスはランドセルを背負った自分が酷く幼く感じられるのが嫌だったのだ。
ルーネスのその気持ちを察してか、スコールもその頃からルーネスの事を渾名で呼ぶのを控えるようになった。
だが、最近になって、スコールは再びあの頃の呼び名でルーネスを呼ぶ。
それは決まって二人きりになった時、傍に他人の気配がない時に限っての事。
「スコール」
「……なんだ」
名前を呼んだルーネスに、スコールが返事をする。
ルーネスは左手に持っていた鞄を右手に持ち替えて、空になった手を差し出した。
「手、繋ごうよ」
「……」
「本屋まで」
ルーネスの言葉に、スコールの眉間に判り易い皺が刻まれる。
多くの人は、それを見ると、彼の怒りを買ったと思うらしい。
それも強ち間違いではないのだけれど、ルーネスはこと自分に対しては違う意味だと知っていた。
スコールはしばらくの間、差し出されたルーネスの手を見詰めていた。
小さな唇は物言いたげな形をしているものの、じっと見上げるルーネスに根負けしたように、はあ、と溜息を一つ。
仕方ないと言う表情を浮かべつつ、スコールは右手でルーネスの手を握った。
二人並んで、静かな道を歩く。
「明日、数学のテストがあるんだけど」
「ああ」
「先生が意地悪なんだ。問題文が露骨に引っ掛け狙いで」
「ああ」
「まあ、僕は引っ掛かった事ないんだけどさ」
「そうか」
ルーネスが他愛のない話を振れば、スコールは短い相槌を打つ。
スコールは元々多弁ではないから、会話となると聞き手に回る事が多い。
────この光景は、他人にはどんな風に見えるのだろう。
ルーネスはふと、そんな事を考えた。
身長の差も然る事ながら、制服を見れば中学生と高校生なのは明らかで、そんな二人が手を繋いで歩いている。
兄弟と言うには二人は余りにも色が違うから、流石にそれは通じないだろう。
やはり、少し距離の近い後輩と先輩と言うのが自然な見え方で、幼馴染であるかどうかは、見るだけの人間には判るまい。
況してや、二人の間柄が密かに甘やかなものである等、親だって知らない事だ。
実際、ルーネスがクラスの女子生徒に度々スコールについて聞かれ、子供の頃から一緒なんだと返すと、格好良い先輩がずっと一緒なんて羨ましい、なんて言葉をよく貰う。
(それも否定はしないけどね)
女子生徒の言う事は間違いではないし、スコールが格好良いのも事実だ。
中学生になった頃から、彼はどんどん身長が伸びて、頭も良くなって、格好良くなって行った。
幼馴染のルーネスから見ても驚く程、彼は成長したのである。
だが、ルーネスは知っている。
スコールが幼い頃、とても引っ込み思案で、弟分とも言えたルーネスに慰められる事も多かった位に、泣き虫だった事を。
それでもルーネスの前ではお兄ちゃんになろうと、精一杯努力していた事を。
こんな話を聞いても、女子生徒はきっと、やっぱり彼は格好良い、と言うのだろう。
ルーネスはそんなスコールに、幼馴染であると言う贔屓目もあって可愛がられている、それもやっぱり羨ましい、なんて話になるのだ。
しかし、しかし、ルーネスが知っているスコールと言うのは、それだけではない。
進む道の先に、行き付けの本屋が見えた。
其処に近付くに従って、二人の繋ぐ手の力が少しずつ緩み、解く準備を始め、
「……ルー、」
「もうちょっと」
促すスコールの声に、ルーネスは我儘を言った。
ちらりと高い位置にある彼の顔を上目遣いに見上げれば、困った顔で此方を見る蒼とぶつかる。
冷たい表情をしているように見えて、離せ、と強く言えない所が、彼の優しくて甘い所だと、ルーネスはよく知っている。
本当は、こんな短い距離だけじゃなく、もっとずっと長く手を繋いでいたい。
他人がそれを聞いたら、きっとルーネスを甘えん坊だなどと言って揶揄うのだろう。
けれど違うのだと、ルーネスは思う。
年上の彼に甘えたい時も勿論あるけれど、それ以上にルーネスは、スコールの事を守りたいと思っている。
幼い頃、怖がりな自分を一所懸命奮い立たせて、背中にルーネスを庇って吠える野良犬と戦おうとしていたスコール。
そんな彼を守りたいから、ルーネスは彼の手を握る。
見下ろしていた瞳が逸らされて、スコールは明後日の方向を向いた。
そうして向けられた彼の耳が、夕日の色の所為ではない赤色に染まっているのを見て、ルーネスはこっそりと笑みを零す。
手を握る力を緩めると、する、と逃げるようにスコールの手が解けて行く。
解ける指は逃げるようにも見えるけれど、離れる瞬間、名残を惜しむように指先が引っ掛けられるのを、ルーネスは知っている。
3月8日と言う事でオニスコ!
いつもオニ&スコのようなオニ→スコのようなと言う雰囲気のものを書いてますが、一度はがっつりオニ×スコが書いてみたかった。
誰にも言っていないけど、ちゃんと付き合ってる二人。だからスコールはルーネスの学校に迎えに来て一緒に下校するし、別日にはルーネスの方がスコールの学校に行く。
周りからどう見られていても、大事な人に対して男前な年下は好きです。