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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[?←レオン&スコール]透明な檻

  • 2017/08/08 21:10
  • カテゴリー:FF
レオンとスコールが不特定多数の人間との関係を強要されている描写があります。
二人とも病み気味。救いなし。




始まりは、何処だったのか。
大事なものを守る為だった────ように思うのだが、選んだ事によって、守りたかったものが守れたのかと問われると、レオンに答えられなかった。

初めは、多分、守れていたのだと思う。
希望の混じった、根拠のない結論であるけれど、そう思わなければレオンは足元が崩れて行きそうだった。
その結論が覆されるようになったのは、向かった先に弟の姿を見付けた時だ。
彼の為にこの身を汚す事を受け入れたと言うのに、どうして、と目を見開くレオンに、弟は「あんたを助けたい」と言った。
弟のその心は嬉しかったけれど、同時に、何てことを、と思った。
お前をこんな場所に近付けさせない為に、この選択をしたのに、と頽れて泣くレオンを、弟はどんな気持ちで慰めていたのだろうか。

その日から、何度、代わる代わる汚されただろうか。
慣れない痛みと行為に、彼が歯を食いしばって呻いているのを何度も聞いた。
気を失った彼にそれ以上の負担を強いたくなくて、其処から先の全てを引き受け、目覚めた彼を横目に、汚い行為に耽っていた事もある。
そんな兄を、見ていられないと彼が噛み付くと、それを面白がる者もいた。
弟の前で兄を、兄の前で弟を暴く事を愉しみにすると言う、実に趣味の悪い人間に気に入られた時は、噛み千切ってやろうかと本気で考えたものだ。

そうして、二人で重く苦しい夜を何度数えたか。
癒えない疲労が蓄積されてているのだろう、弟────スコールは、昼になってもベッドから起きて来なかった。
食事を持って様子を見に行くと、ぼんやりとした瞳を向けて来て、レオンの姿を見るとぼろぼろと泣きだした。
とてもではないが食事など採れる状態ではない。
レオンは食事を脇に置いて、涙を流すスコールを抱き締め、彼のベッドで共に蹲った。


(……スコールはもう限界だ)


腕の中で、滔々と涙を流しながら縋る弟を抱き締めながら、レオンは思った。

此処しばらく、スコールは学校に行っていない。
夜の時間を長く感じるようになってから、疲労も重なり、早朝に起きる事が出来なくなった。
目覚めてからもぼんやりと過ごしており、勉強など手に着かず、家を出て学校に向かう気力もない。

スコールは、レオンが傍を離れると、不安になってその姿を探す事も増えた。
レオンの為に夜毎の恐怖を堪えているのに、その最中に意識を飛ばせば、目覚めた時にレオンが責め苦を引き受けている。
それを何度も見ている内に、スコールは、自分の知らない内にレオンが酷い目に遭っているのではないか、と思うようになっていた。
だからレオンの姿が見えないと、慌てふためき、兄の無事な姿を見るまで安心する事が出来ないのだ。

そんなスコールの姿を見て、レオンの心も限界が来ていた。


(……お前だけは、こんな目に遭わせたくなかったのに)


知らぬ間に忍び足で背後まで近付いていた、全てを失う危険性。
それを回避する為に、レオンは己を差し出した。
自分一人が耐えていれば、後は全て解決するのだと信じて。

しかし、レオンがこの選択をしてしまったが故に、スコールもこの世界へ踏み込んでしまった。
それは血を分けた兄を大切に思うが故の行動であったが、今となっては、それによって兄弟は互いに足枷を嵌め合った形になっている。

スコールの選択を、レオンは責めるつもりはない。
だが、どうして、と問い詰めたい気持ちは、いつまでも消えなかった。
スコールが何も知らない世界で、以前と変わらず笑っていてくれたら、レオンはそれで救われたのだ。
それだけ辛い思いをしても、痛みを強いられても、弟が光の世界で前を向いて歩いていてくれたら、全てを堪えて行く事が出来ると。


(……スコールだけでも、なんとか……)


今のスコールを、レオンは見ていられなかった。
どうにか彼だけでも元の生活に戻してやりたいと思う。
なんとか方法を探そうとするレオンだが、彼も昨夜、それ以前から続く疲労を抱えており、思考はどれだけ巡らせても一向にまとまらなかった。

────と、ポーン、と玄関のチャイムの音が鳴る。
レオンは、スコールが少しずつ落ち着きを取り戻しているのを見て、ゆっくりと体を起こした。
甘えるように伸ばされた手を緩く握って、ぼんやりと見詰めるスコールの眦にキスをする。
ほ、と微かに安堵の吐息が漏れたのを見てから、レオンは握っていた手を離した。

ふらつく足を叱咤しながら、玄関に向かい、ロックを開ける。
ドアの向こうに立っていたのは、レオンと恋人関係にある、一人の男だった。


「来るのが久しぶりなってしまってすまないな。大丈夫か?」
「……ああ……いや、うん。俺は大丈夫だ」


上がってくれ、とレオンが促すと、男は頷いて敷居を跨いだ。

この男は、レオンが何をしているのか、どうして疲労しているのか知っている。
突然降りかかった不幸と、大切なものを守る為のレオンの選択を、いの一番に気付いたのが彼だった。
恋人がいるにも拘わらず、体を差し出したレオンの事を、彼は詰る事はせず、止むを得ない選択であった事を受け止めてくれた。
それからは、他人である自分に出来る事は少ないけれど、と言って、時折レオンの様子を見に来ては、恋人の心のケアに勤めていた。

男は、玄関先の下駄箱に、若者向けのスニーカーが入っている事に気付いて、レオンに声をかける。


「レオン。スコールはどうしたんだ?」
「あ……ああ。今日は気分が悪いから休みたいって言ったんだ」
「風邪か?」
「…まあ…そう、だな」
「病院には?行っていないなら、俺が連れて行こうか」
「…いや、其処までのものじゃない。熱も下がっているから、寝ていれば落ち着くと思う」


恋人が弟の事を気遣ってくれるのは有難かったが、レオンは彼の申し出を断った。
彼はスコールの事も大切に想ってくれるが、だからこそ、スコールの現状については言えない。
スコールも知られたくないだろうと、大事はないのだと言葉で誤魔化して、レオンはリビングへ向かう。
男もその後ろについて行こうとしたが、


「レオン、少しスコールの様子を見て良いか?」
「…寝てるかも知れないぞ」
「それなら、直ぐに出るさ。少しだけ邪魔をするぞ」


出来ればそっとして置いてやって欲しい、とレオンは思ったが、言えなかった。
余り強く拒否すると、不自然に見えて、スコールの現状に気付かれるかも知れない。
気付いてくれるなら、助けてくれるかも知れない、と言う淡い期待もあったが、スコール自身がきっと他人には知られたくないだろうと思ったのだ。

レオンが穏便に断る言葉を探している内に、男は弟の部屋へと入ってしまった。
それを見送ってから、そう言えばスコールの飯がまだだった、と彼の部屋に置いたままにしていた料理の事を思い出す。

レオンがスコールの部屋のドアを開けると、男はベッドの横に座っていた。
スコールは男に背を向けて横になっており、男の頭を撫でる手を甘受したまま、ぴくりとも動かない。
眠ったのかも知れない、と思って、レオンは声を出すのを止めた。
冷めきってしまった料理を乗せたトレイを持って、恋人は気が済むまで好きにさせる事にして、リビング兼キッチンへと移動する。


(スコール……眠ってしまったかな)


泣き疲れて眠ってしまったのなら、それも良い。
怖い夢を見ないで、深く眠ってくれたのならば、休息も取れるだろう。

手付かずの料理はラップで閉じて、冷蔵庫へ入れた。
時計を見ると午後を迎えており、レオンは自分が昼飯を食べ損ねている事に気付いた。
けれど、腹が減っているとも思えず、まあ良いか、と自暴自棄に投げる。

携帯電話のメール音が鳴ったのは、その時だった。
ピリリリリ、と無情な音が響いた瞬間、レオンの肩がビクッと跳ねる。


「………」


リビングの食卓テーブルに置いたままの携帯電話を見るレオンの目は、胡乱なものだった。
チカチカと光るパイロットランプに、気付かなかった事にしてしまいたい、と思う。
しかし、そんな事をしたら、きっと今度は部屋で寝ているスコールの携帯電話が鳴るに違いない。

震える手で携帯電話を手に取り、メール機能を開いた。
受信フォルダに入っているメールのアドレスは、電話帳に登録されていない、英数字をランダムに並べただけのものだ。
それが一日に一回、必ず兄弟どちらかの携帯電話に届く。

このタイトルが空白のメールが、単なる悪戯メールや、迷惑メールである事を、何度願ったか判らない。
そう願いながらメールを開けば、いつも通り、吐き気のする内容が綴られている。


『午後十一時、Dホテル509号室』


書いてある文章は、たったこれだけ。
これだけの物が、レオンにとっては酷く悍ましいものだった。

簡素なメールが告げているのは命令で、指示した場所に時間通りに向かえと言う事。
時にはこれにレオンのみ、スコールのみと言う指示も入るが、それがないと言う事は二人で行けと言う事だろう。
出来れば今日は───本音を言えば、今日でなくとも、これからもずっと───スコールを休ませてやりたいかったのに、これでは叶いそうにない。
メールに返事が出来れば良いのに、使い捨てなのか、プログラムを弄って成り済まし技術を使っているのか、記載されているアドレスに送っても、いつも『宛先なし』のエラーメッセージが出るだけだった。

溜息を吐くと、今までの疲労が一気に肩に伸し掛かった。
椅子を引いて、崩れ落ちるように其処に座って、レオンはテーブルに突っ伏す。
と、そんなレオンの肩が、ぽんと叩かれた。


「あ……」
「やっぱり随分疲れてるみたいだな」
「……すまない」
「お前が謝る事じゃない。頑張ってるんだろう?」
「…頑張っている、と言っていい事かは判らないが…なんとか、な」


胸を誇って言えるような事をしている訳ではないと、レオンは判っている。
それでもやらなければいけないから、苦い気持ちを押し殺しているに過ぎない。

男はそんなレオンの隣に座ると、この数ヵ月で心なしか痩せた肩を抱いた。


「大丈夫だ。直に終わるよ」
「……だと、助かる」
「大丈夫。大丈夫だ」


言い聞かせるようにそう言って、男はレオンの顎を指先で捉えた。
レオンが顔を上げると、男の僅かに罅割れた唇が、レオンのそれと重なる。
滑り込んだ舌が歯の裏側をなぞった瞬間、ぞくぞくとしたものがレオンの背中を奔った。

毎夜のように繰り返され、否応なく押し付け与えられる内に、レオンの躯はそれらに敏感に反応するようになった。
以前はそんな自分に嫌悪もあった筈なのに、段々と麻痺して来たのか、今ではぼんやりと愉悦のようなものも感じてしまう。
恋人の口付けにそんな意図はないだろうに、酷く浅ましくなってしまった躯を知られはしないかと怯えながらも、求めてくれる彼に縋らずにはいられなかった。

以前は触れ合う事を楽しむような口付けばかりだったのか、いつの間にか貪り合うように深くなっている事にレオンは気付いていなかった。
意識が溶けて、海に溺れ沈んでいくように、形を失くしていく気がする。


だから、レオンは気付かなかった。
口付ける男が、夜毎に見る男達と、同じ顔で笑っている事に。
ベッドで眠る弟が、同じ愉悦を同じ男に強いられ、同じように溺れていた事に。

あと少しだよ、と言った男の言葉は、慰めか、それとも。





『彼氏に援交を強要されてお互いに病み始めているレオスコ』のリクエストを頂きました。
二人はまだ気付いていないけど、どちらも同じ彼氏(二股)で裏で手を引いている感じと言う事で。

可哀想なレオスコ兄弟のネタは大好きです。
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[スコスコ]スツール・エン・ダンス

  • 2017/08/08 21:00
  • カテゴリー:FF
アナザースコール(指揮官衣装)×ノーマルスコールです。





ドッペルゲンガーを見ているようで、酷く気分が悪かった。
単純にそれに等しいものであれば、他のイミテーションと同じように屠れば終わる話だったのだが、そうも行かなかった。
それが想像していた以上に強かったと言う誤算もあるが、それが自分と同じように喋り動くのだから、此方のペースが崩される。
饒舌とまでは言わずとも、自分よりも口が回りそうなのも腹が立つ。
そして、何よりスコールの苛立ちを煽るのは、その井出達だ。
姿形が自分とそっくり、鉱石じみたイミテーションと違って肌から髪から顔パーツまで色を再現している事は勿論だが、その癖、違う衣服を身にまとっているのが癪に触った。

この世界に召喚されてから随分と経つが、スコールはあまり衣服の種類を持っていない。
平時から来ているファー付きのジャケットの他は、何処で着用していたのだったか───自分のものである事に間違いはない筈だが───黒のノースリーブのシャツ位のもの。
休息時に着るラフな服も幾つかあるので、それらをローテーションさせれば、生活に置いて特に困る事はなかった。
だから、元の世界で着れる事を目指していた服がない事も、特に気にしてはいなかった。

バラムガーデンに所属するものだけが獲得できる称号、SeeD。
正式にその名を持つ事を許された者だけが着る事が許される、制服────通称SeeD服。
それを、まさか自分そっくりのイミテーションが着ているだなんて、業腹だ。

スコールにとって不幸中の幸いと言えるのは、このイミテーションが混沌の駒だと言う事だ。
他の戦士に使われているのか、混沌の神に“戦士”として召喚されたのかは知らないが、スコールはそれについては深く気にしていない。
彼の出生等と言うものは、屠ってしまえば意味のないものなのだから。

ジタンとバッツと共に斥候に出たスコールを、混沌の大陸への道筋で迎えたのが、SeeD服を着たイミテーションのスコールだった。
彼との遭遇は非常に厄介であったが、スコールは構わず剣を構える。
傍らに魔女か皇帝でもいれば違うが、彼は単独で現れた時、スコール以外には露とも興味を示さない。
今日も単独現れたイミテーションは、通例の如く構えた剣をスコールへと向けた。
この相手に限っては、スコールも売られた喧嘩を買わない理由はなく、寧ろ一刻でも早く自分のドッペルゲンガーもどきを消したいのが本音であった。
だからこれも通例の如く、スコールはジタンとバッツに斥候任務を続けるように指示して、自身はその場に残って剣を握った。

イミテーションは、実力までそっくりスコールを鏡にしていた。
冷静に打ち合えばいつまでも鍔迫り合いが続き、思考も同じなのか、攻めるタイミングも退くタイミングも重なる。
となれば先手を打ちながら相手の行動の先の先の先を読むのが勝利の鍵となるが、それもお互いに同じ事を考えているのだろう。
裏を掻き、その裏を掻き、そのまた裏を────と繰り返される読み合いは、何度重ねられても、決着まで辿り着かない。

こうなってくると、勝負の差は精神面から縺れて来る。
余裕を見せているのは、癪な事に、イミテーションの方だった。

元々スコールは、このイミテーションと対峙する度に、苛立ちを募らせていた。
自分とそっくりの形、SeeD服を着ている事、加えて常に何処か余裕を滲ませた表情を浮かべている事。
一つ一つの気に入らない事が積み重なり、今では自分と同じガンブレードを持っている事すらも腹立たしくて仕方がない。
武器の形なんてものは、他の鉱石じみたイミテーションも同じ事なのだが、こと目の前のイミテーションに対する苛立ちは、有象無象の比ではなかった。

そうしたスコールの苛立ちは、心の何処かで、焦燥にもなっていたのだろう。
先んじたつもりの一手が、勇み足であった事に気付いた時には、既に遅かった。


「貰った!」
「!!」


喜々すら滲ませたような表情で、イミテーションはスコールの剣を打ち上げた。
強い力で弾かれたガンブレードに響いた振動が、スコールの手を痺れさせる。
緩んだ力から逃げるようにガンブレードが宙に舞い、弧を描き、イミテーションの後方数メートルの場所へと突き刺さった。

しまった、と自分の状況を把握したと同時に、肩からの当て身を食らって後ろに吹き飛ぶ。
受け身も取れずに地面を転がったと思ったら、その体を捕まえられて、地面に背中を押し付けられた。
重石が腹の上に乗った直後、目の前に閃いた銀色に、死ぬ、と確信する。

────しかし、銀色はスコールを貫く事はなく、ガキンッ、と固い岩盤にぶつかった音を立てて、イミテーションのガンブレードは、スコールの顔のすぐ横に突き立てられていた。


「……っ!」


間一髪の所で生き延びた事は理解する。
同時に混乱も襲った。
マウントを取ったこの状態で、この距離で、最後の一撃を外すなど、絶対に有り得ない。
意図的でなければ起きない事だと、スコールは眉根を寄せて、腹に乗る男────SeeD服のドッペルゲンガーを睨んだ。

腹に乗る重石は勿論の事、その体重はスコールの両腕も捉えていた。
片足の裏でスコールの右腕を踏み、左腕は逆の足の膝で押さえ付けている。
しっかりと部位を捕えて押さえ付けている為、スコールは体を起こす事も出来ない。


「…何のつもりだ…!」


闘志と敵意を失わない瞳で、スコールはイミテーションを睨みつける。
イミテーションは、蒼灰色の瞳にうっそりと昏い笑みを浮かべていた。


「気分はどうだ?“スコール”」
「……っ!」


自分と同じ顔に、自分の名前を呼ばれる。
酷く奇妙で、気分の悪い話だ。

スコールは体を捩って、伸し掛かる男を払い除けようとするが、ぐり、と腕を踏む足に力が入るだけだった。

SeeD服は式典等でも着用する事もあってか、地味であるか厳めしいかの軍服とは違い、やや加飾がある。
とは言え、そのままの格好で戦闘に突入する事も計算に入れられている為、案外と動きやすい作りで出来ている。
服に合わせて配給されるブーツも同様で、靴底には厚みもあり、甲の部分には鉄も仕込まれていた。
この為、ただの靴に比べれば重みがあり、履く者が意識して力を込めて踏みしめれば、靴裏の溝が歯のように踏むものに食い込んでくる。

長袖のジャケット越しに、スコールは靴裏の感触に顔を顰めていた。
一瞬の油断と、判断ミスが招いた結果に、悔しさと、それ以上にこの状況への屈辱感が募る。
イミテーションはそんなスコールを見つめ、くつくつと嗤った。


「良い格好だな、“スコール”」
「……黙れ」
「一度でいいから、お前をこうしてやりたかった」
「なら満足したな。退け。殺してやる」


吐き捨てるように言うスコールに、そうは行かない、とイミテーションは言う。

スコールの真横に突き立てられていたガンブレードが引き抜かれた。
持ち上げられれば、今度こそ終わりだろうと思ったスコールだったが、イミテーションは剣を握る腕は横に垂れたまま、殺意を見せる事はない。
見下ろす蒼には愉悦が灯り、獲物を前にした猛獣のように、赤い舌が薄い唇を舐る。

チャリ、と小さな音を立てて、ガンブレードが持ち上げられる。
グリップの尻に取り付けられた銀色を見付けて、スコールの眉間の皺が深くなった。


「そう睨むな」
「……」
「俺もお前も、同じなんだから」
「……一緒にするな」


嫌悪を隠さないスコールの表情に、イミテーションのスコールがくつくつと笑う。


「お前は、自分が“本物”だと思っているのか?」
「……?」


イミテーションの言葉に、スコールはその意味を汲み取れずに眉を潜める。
だが、相手がイミテーションであり、混沌の駒である事を思い出し、思考を引き締める。

意識して眼力を失うまいとするスコールに、イミテーションはゆっくりと顔を近付けた。
体を屈める事で、腕を踏む足に重みが加わっている。
スコールは腕の骨が抗議を上げるのを聞きながら、痛みを顔に出すまいと唇を噛む。

スコールの喉元に詰めたい刃が当てられた。
少しでも動けばどうなるのか、それを匂わせながら、スコールの顔を間近で見詰めながら言う。


「この世界にあるものが、本物だと思うか?己が本物でるとするならば、何を持って偽物になると思う?」
「……」
「お前が本物だと思うものは、偽物でもある。違いは、それを本物であると思うか、偽物であると思っているか、それだけだ」
「……意味不明。黙れ」
「お前が本物と言えば、お前にとっては本物だろう。お前が自分を“本物”だと思い、俺を“偽物”だと考えるように。だが、それは逆でも成り立つ話だ。俺が俺を“本物”で、お前を“偽物”だと思えば、そう言う事になる」
「……」
「つまり、この世界にあるのは、そんなものだけだと言う事だ」


それを締め括りのようにして、イミテーションは満足そうに薄昏い笑みを浮かべる。

戯言だ、とスコールは思っていた。
妙に自分にそっくりなものだから、顔を近付けられると鏡を見ているようで酷く気持ちが悪いが、結局目の前の男はイミテーションだ。
それを除いても、この“SeeD服を着たスコール”は、混沌の駒────敵以上の何物でもない。
魔女や皇帝の入れ知恵や、仲間すら利用し合う関係にある混沌の戦士が喋る事など、姦計を含むものでしかない。

敵の下らないお喋りに付き合う暇があったら、この状況を打破する手段を考えるべきだ。
スコールは早々にその結論に行き着いて、伸し掛かる男の隙を伺うが、喉元に突き付けられた銀剣が何よりも邪魔で仕方がない。


(魔法を打てば。だが、この状態では、当てる事も出来ない)


腕を左右に投げ出される形で押さえ付けられている為、自由に動くのは手首位のもの。
魔力を集約させ形にするまでの時間を考えると、剣が喉を貫く方が早いのは明らかだ。

どうすれば、と思考を巡らせていると、相手もそれを察したのだろう。
イミテーションの唇が弧をに歪み、触れそうな程に近付けていた顔が離れる。
すると今度は、空の左手がするりとスコールの鎖骨を擽った。


「……!?」


突然の意図の読めない触れ方に、スコールが目を瞠る。
イミテーションはスコールのその表情に、楽しそうに笑った。


「素直な反応は面白いな」
「……っ!」


馬鹿にされている。
スコールはそう感じて、ぎろりと同じ顔の男を睨んだ。

喉に突き付けられていた剣が引き、矛先を変える。
逆手で持ったガンブレードの切っ先が、スコールのシャツの襟を引っ掛けた。
そのまま手首の捻りだけでゆっくりと剣先が動いて良くと、繊維がぷちぷちと小さく音を立てながら千切れて行き、スコールの胸元が露わになる。


「な……」


何を、とスコールが再度目を瞠ると、イミテーションは自分のSeeD服の襟詰めボタンを外した。
その仕草を見て、ぞわりと悪寒染みたものがスコールの背中を奔る。

イミテーションの手が、ひたり、とスコールの胸に宛がわれた。
ゆるゆると動く手の動きが、まるで愛撫を思わせるものになって、スコールの背中に益々怖気が走る。
嫌なものが近付いて来るのを感じて、スコールは頭を振り、足を暴れさせて、抵抗を試みた────が、未だイミテーションが握る銀刃は、スコールの肌の上数ミリの場所で止まっている。


「あまり暴れると、黙らせるぞ」
「……っ!」


黙らせる、と言う言葉が、単純にその言葉通りのものではない事は直ぐに判った。
この状況から銀刃が少しでも力を籠めれば、胸でも腹でも、簡単に刺し貫く事が出来る。
心臓の位置にピンポイントで突き立てられれば、即死だろう。


「かと言って、全く反応がないと言うのも面白くない」
「…俺はお前の玩具じゃない」
「玩具だ。お前は俺の、俺はお前の、な」
「違う!俺は玩具じゃない!」


そんな物にはならない、と反論するスコールに、イミテーションは益々笑みを深めていく。

含みのある表情を浮かべる、自分とよく似た顔の異物に、スコールは嫌悪感ばかりが募っていた。
何処か人を馬鹿にしたような表情も、それを自分が向けられている事も、腹立たしくて仕方がない。
もう偽物の持ち物でも構わない、胸に宛がわれたガンブレードを奪って、その切っ先を目の前の男の顔面に突き刺してやりたかった。

ぎりぎりと射殺さんばかりの眼光で睨み続けるスコールに、イミテーションがまた顔を近付ける。


「俺にとってはどうでも良いが、お前にとって、俺はお前の偽物だ」
「……」
「その偽物に本物が食われたら、どうなると思う?」


何を示唆して問うているのか、その意味も、問う事の意味も、スコールには判らない。
ただ、目の前の“偽物”がこの状況を面白がっている事だけは確かだろう。



腹立たしい、忌々しい。
全く違う表情をしている筈なのに、まるで鏡を見ているようで。

まるでこの世界にあるもの全て、自分さえも、鏡の中にいるようで、粉々に砕いてしまいたい。
その時、砕けて散る中に、自分の破片があるのかどうか、“スコール”は知らない。





『スコスコで、アケディアのSっ気のあるSeeD服スコールと、いつものスコール』のリクエストを頂きました。
指揮官スコール×ノーマルスコール、見ていてとても美味しい組み合わせ。

アケディアのスコールは美人で生意気ですが、指揮官フォームともなるとまたSみが増しますね。
そんな訳で、ヒールブーツで部下を踏んづけてそうな指揮官様が降臨しました。
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[クラスコ]小波の世界にて

  • 2017/08/08 20:55
  • カテゴリー:FF


海は危ないものだから、穏やかに見えても、決して油断してはならない。
それは幼い頃から、親や学校の先生の口から、何度も繰り返し言い聞かされて来た事だった。
幼い頃のスコールには、それは一種の脅し文句にも似て、元々の気弱さも手伝い、“海は怖いもの”“海は危ないもの”と言う認識が成り立っていた。
だから幼い時分のスコールは、海に行こうと盛り上がる家族の横で、怖いから行きたくないと泣いたり、海に着いたら着いたで白波の傍にすら近付こうとはしなかった。

スコールの海嫌いが克服されたのは、小学校のプールで泳げるようになってからだ。
海への恐怖心は、水への恐怖心にも共通するものがあったのだが、教師や兄、姉が根気良く練習に付き合ってくれたお陰で、十歳になる頃には浮輪がなくても泳げるようになった。
その頃から、夏になると市営プールへ通うようになり、海辺でも少しずつ遊ぶようになって、“海は怖いもの”と言う先入観は抜けて行った。
とは言え、海難事故と言うのは何年経っても無くならないもので、夏のニュースが騒がれる度、気を付けなければ、と慎重になる事は忘れない。

それでも、何処かで油断があったのだろう。

近所ぐるみの付き合いで、スコールの家とクラウドの家、他にも数家族と一緒に海に行くことになった。
親同士は勿論、子供達もよく知った仲であるから、気兼ねはいらない。
とは言え、それでも集団行動を苦手とし、出来れば一人静かに過ごしたいタイプであるスコールは、海でも少し皆の輪から外れた場所にいた。
初めこそティーダやヴァンに引っ張られるようにして海で泳いだりもしたのだが、テンションの高い友人達と同じペースで遊べる性格ではないのだ。
適当な所で切り上げたスコールは、皆の輪からこっそりと外れて、足のつく深さの場所で水の冷たさに親しんでいた。


(クラウドは……あそこか)


まだ爪先が海底に届く場所で、スコールは浮遊感に半分身を委ねつつ、浜辺を見遣る。
視線の先では、ティーダ、ヴァン、ザックスと共にビーチバレーをしている恋人の姿がある。
親友同士と呼び合うだけあって、チームを組むザックスとの息はぴったりと合っていた。

その様子に、案外と幼いスコールの意識は、じわじわとした嫉妬の感情を滲ませる。
自覚すると、自分のちっぽけさを感じさせる感覚に、スコールは息を吸って思い切り深く潜った。
冷たい水の中で、バカバカしい焼餅も解けて消えてくれるように。

────そうしてしばらく潜り続けて、息苦しさを感じて、そろそろ浮き上がろうかと思った時。


「……っ!!」


右足に急激な強い痛みを感じて、スコールの体全体が緊張に引き攣った。
ごぽっ、と口の中に残っていた微かな空気が逃げて行く。

本能が生存の方法を求めて、手足がもがく。
掻きわけてようやく頭が水上に出ても、スコールはその事に気付いていなかった。
未だ酸素のない暗闇の中で、縋るものを求めるスコールの手が、何も掴むもののない空中を何度も引っ掻く。
酸素を求めて開いた口に、取り込んだ酸素すらも圧し潰すように、求めていない水が出ては入ってを繰り返し、見えない目が暗闇に圧し潰されるかと言う瞬間、


「スコール!」


呼ぶ聲が誰のものなのか、スコールは本能だけで悟っていた。
声の下方へと手を伸ばして、捕まえる力に助けを求め、全身でしがみつく。

─────スコールが辛うじて覚えているのは、其処までだ。



クラウドがスコールが溺れているのを見付けた時は、心臓が止まりそうな程に驚いた。
しかし、驚愕に囚われるよりも先に、愛しい人を助ける為に体が動いたのは幸いであった。

浜と沖合の狭間で溺れていたスコールに気付いたのは、クラウド一人。
監視員すら見逃していた彼の有様に気付いて、クラウドは一目散に走り出した。
そして水と宙をもがいて暴れるスコールを捕まえ、助かりたい一心で全身でしがみついてくるスコールを宥めさせる事、しばし。
落ち着いたと思ったら気を失って、ぴくりとも動かなくなったスコールに一瞬肝が冷えたが、生きている事を確認して安堵した。

だが、クラウドの試練は其処からである。

溺れたスコールを捕まえ、自分自身も溺れまいと奮闘している間に、二人の躯は早い潮の流れで流されてしまった。
スコールが気を失ってから、視界に捕えた浜に向かって泳いだが、其処は元の海水浴場の浜辺ではなく、何処とも知れない無人島であった。

途方に暮れた気持ちで、クラウドは流れ着いた浜辺で、スコールが目覚めるのを待った。
そしてスコールが目覚めた後、元の浜辺に戻る道か、或いは手立てはないかと島を巡ってみたが、結果は芳しくなく。


「……参ったな」


そう呟いたクラウドの表情に、弱りはあっても、焦りがなかった事は、スコールにとって幸いだったと言える。
溺れた時のパニックから続き、見知らに場所で目覚めた時から、スコールは漠然とした不安を抱いていた。
此処でクラウドが焦っていたら、スコールは益々焦り、混乱していたに違いない。

生い茂った森を反対側に抜ければ、ひょっとしたら陸地があるか、端でも伸びているかも知れない───と期待したのだが、駄目だった。
島は半周に一時間もかからない程度の広さしかなく、所々に打ち捨てられた東屋がある以外は、何もない。
恐らく、昔は生活していた人がいたのだろうと言う痕跡があるだけの、今は無人島なのだろう。
その結論が出る頃には、空は夕暮れ色に染まっていた。
島全体の海抜、或いは標高が高ければ、高場に登って周囲を見回す手が使えたのだが、どうやら島全体は平地となっているようだ。
森の木は背は高いが、幹皮は滑り易く、都会育ちのクラウドやスコールでは木登りは難しい。
それでも諦め悪く、元の陸地に戻れる手がかりを求めて森をしばらく歩き回ったクラウドだったが、結果は空振り。
せめてこれ位はと、食べられそうな果実を手に、海岸へと戻って来た。
きょろきょろと辺りを見回すと、此処で待っているようにと指示した恋人は、朽ちたボートの傍で膝を抱えて蹲っている。


「少し冷えて来たな。スコール、大丈夫か?」


クラウドが声をかけると、スコールは動かなかった。
顔を上げないスコールに、何処か気分が悪いのかも知れない、と急ぎ足で近付く。


「スコール」
「……クラウド」


もう一度声をかけると、スコールはゆるゆると顔を上げた。
夕日のオレンジを映した蒼の瞳に、微かに雫が滲んでいるのを見付けて、クラウドは目を丸くする。


「どうした。気分が悪いか?」
「……違う」


そうじゃない、とスコールは小さく首を横に振った。
しかし、平静にも見えない恋人の様子に、クラウドの表情も曇る。

蒼の瞳が海へと向けられた。
じっと水平線を見詰めるスコールの眦に、浮かんだ雫が粒を大きくしていく。
その事に気付いて、ああ、不安なのか、とクラウドは悟った。


「…スコール」
「……」


慰め撫でようと手を伸ばすクラウドだったが、スコールの手がそれを払った。
意地を張っているのか、そうする事で自分の不安と戦っているのか。
払われた手は少し寂しかったが、クラウドはスコールの気持ちを汲み取ったつもりで、落ち着くのを待とうと隣に腰を下ろした。


「食えそうなものを採って来た。一応、毒見は済ませてある。食べて置け」


不安に空腹が重なると、思考は暗い方向へと転がっていくものだ。
クラウドが森の中で取って来た果実を差し出すと、スコールはちらとそれを見て、少しの間の後、受け取った。

スコールは果実の匂いを嗅いでから、薄皮を指で剥いて行く。
果実は小さなもので、直径三センチ程度の楕円形で、匂いは甘い。
口の中に入れると、金柑に似た味がした。


「もう一つ食べるか?」
「……ん」


この島に流れ着いてから、既に数時間が経過している。
携帯電話も腕時計もない為、正確な時間は判らないが、太陽の傾き具合からして、夕食時には届いている筈だ。
腹が減るのも無理はない。

同時に、この時間になっても帰っていないと言う事は、友人達にも知られているだろうとクラウドは考える。
スコールが溺れているのを見て、反射的に、彼らには何も言わずにクラウド達だが、気の良い友人達は、皆察しが良かった。
姿が見えないなら二人きりでいるのだろうと、そっとして置いてくれる彼等の事、逆に二人がいつまでも帰って来ないと言う違和感にも気付いてくれるだろう。
此処まで考えてやはり悔しいのは、二人とも携帯電話をホテルに置いて来たと言う事だ。
流石に電波が届かない程、元の陸地が離れているとは思えない───希望的な考えだが───ので、連絡をつける事が出来れば、無事である事、見知らぬ島にいる事位は伝えられただろうに。

夏とは言え、夕暮れはやはり落ちていくのが早い。
二人で身を分けって少しずつ食べている間に、太陽は水平線の向こうへと隠れてしまった。
打ち捨てられた無人島には、当然電気も通っておらず、その恩恵を受ける施設もない為、鬱蒼とした森の向こうは何も見えなくなっている。
幸い、天気は良く、月と満点の星が海岸を照らしており、以外と視界は明るかった。

とは言え、問題は海風である。


「……少し冷えて来たな。スコール、向こうに行こう」
「……」


海辺は見通しが良く、星空の景色も情緒としては悪くないが、潮風が直接当たる。
夜になって冷えた風に当たり続けるのは、体に負担をかけるものだ。
森の端で適当な木を風除けにしてやり過ごすのが良いだろう。

しかし、スコールはクラウドの言葉に反応せず、じっと其処に蹲っていた。


「スコール。こっちに来い。冷えると良くない」
「……ん…」


ようやく、と言った風に、スコールがのろのろと抱えていた膝を伸ばす。
俯き加減で砂浜の足元を見つめ、クラウドの方へと歩く出す少年は、細身のシルエットも相俟って、酷く頼りない。

森の入り口にある木の傍にクラウドが腰を下ろすと、スコールもその隣に座った。
浜辺にいた時と同じ、膝を抱える格好で蹲るスコールに、クラウドは寄り添うように身を寄せた。
と、腕が触れ合うと、緩くスコールの体が傾いて、ことんとクラウドの肩に頭を乗せる。

いつにないスコールの様子に、クラウドはその肩を引き寄せて、くしゃくしゃと濃茶色の髪を撫でる。


「不安か?」
「……別に」
「そうか」
「……ただ……」
「ん?」


ぽつりと零れる声に、クラウドは反応だけを返して、後はスコール自身の言葉を待つ。
ひゅう、と風が一つ吹いた後、スコールは消え入りそうなか細い声で呟く。


「……俺の所為で、あんたまで……」
「………」
「……悪い……」


溺れてしまった自分を助けたが故に、自分だけでなく、クラウドまで遭難させた事が、スコールには心苦しくてならない。
しかしクラウドは、スコールを責める気など毛頭なかった。
が、それを口にしてもスコールの滲む影は消えないから、クラウドはそれ以上は何も言わず、もう一度スコールの頭を撫でてやる。

ふとクラウドは、若しもこのまま、助けが来なかったら、と考える。
真面目に考えれば、食糧の問題や、水の確保、病気になった時の対策等、とても穏やかではいられないのだが、そうした現実的な考えを、敢えて排除した場合。
本人の性格に反して、妙に賑やかな友人達に囲まれているスコールは、中々クラウドと二人きりの時間を作るのが難しい。
クラウドも今年は夏季合宿の為にアルバイトを休みにして来たが、普段は平日から休日まで、びっしりとアルバイトで埋まっている。
けれど、この小さな世界にいれば、二人の間を引き裂くものは何もない。


(……なんてな)


そんな事を考えた所で、捨てきれないものはお互いに多いのだ。
スコールには過保護な父や兄、姉がいるし、クラウドも女手一つで育ててくれた母がいる。
それらを放り出すような形で、二人きりの世界に閉じこもっても、其処は楽園には成り得ないだろう。

────それでも、寄り掛かり、縋るように服の端を握る恋人の姿を見ると、それも悪くないような気がしてくるから、自分は大概現金だ。

クラウドは一つ息を吐いて、スコールの顎を指先で捉えた。
逆らわずに持ち上げられたスコールの顔を見詰めれば、蒼の眦が微かに濡れている事に気付く。
其処に触れるだけのキスをして、クラウドは努めて柔らかく微笑んだ。


「大丈夫だ、スコール」
「……ん」


少ないクラウドの言葉であったが、今のスコールにはそれが何より救いになる。

頬を撫でる手に甘えるように、スコールは目を閉じた。
柔らかな唇が重なり合い、スコールはクラウドの首に腕を回す。
ゆっくりと重なる影を見てるのは、星明りだけだった。



────引き潮によって、海の中に道が出来、元の陸地へ戻れると知った時、スコールが酷く顔を赤くしていた事には気付かないふりを決めた。





『クラスコで、海に来て二人きりで無人島に来てしまい、帰れないのではないかと不安になるスコールと慰めるクラウド』のリクエストを頂きました。
ツイッターにで萌えた話を書かせてくれてありがとう。

クラウドは、仲間達が気付いてくれるだろうと思って、取り敢えずは楽観。焦ってもスコールが不安になるので、気持ち余裕を持つように意識。
スコールも最初は平気だろうとかティーダ達が気付いてくれるだろうと思ってたけど、時間が経つにつれて段々不安になって来た。自分の所為でクラウドも巻き込んでしまったので、益々落ち込む。
結局は問題なく帰れる訳ですが、そうとは知らずに不安になって泣きそうになってたりして、クラウドに慰められたのが凄く恥ずかしいスコールでした。
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[クラレオ]久遠の贖

  • 2017/08/08 20:50
  • カテゴリー:FF


見た目の頼り甲斐と違って、決して強くはない人間だと言う事を、クラウドは知っている。

帰っているのなら手伝えと、見付かるなり首根っこを引き摺られて、ハートレス退治に駆り出された。
特に用事があった訳でなければ、探している男の手がかりについても、何も進展はない。
だから時間を持て余していたのは確かで、幼馴染達が常に人手を求めている事も理解しており、たまにしかそれに協力する機会を作っていない事も自覚があったので、暇潰しも兼ねて仕事を引き受ける事にした。

しかし、パトロールの最中に振り出した雨については、辟易する。
事前にシドやトロンから、データから算出された天気図により、午後から雨が降ると聞いてはいたが、こんなにも土砂降りに見舞われるとは思わなかった。
振り初めこそポツポツとした小雨程度であったのだが、それからものの五分としない内に、バケツをひっくり返したような雨に変わった。
幸い、門が近かったので、其処まで走って軒下に滑り込んだが、その時には二人ともすっかり濡れ鼠だ。


「散々だ」
「…そうだな……」


濡れて垂れ落ちて来る前髪を掻き揚げながらクラウドが呟けば、レオンも同じように、傷の走る額に張り付く前髪を払って頷いた。

レオンは水を吸って重くなったジャケットを脱いで、積み上げられた瓦礫の上に放った。
アンダーに来ていた白いシャツも、雨の所為で薄生地が透けてしまっている。
男とは言え、流石に此処で裸になる訳にはいかないと思うのか、レオンはそれ以上脱ぎはしなかったが、ベタつく服が鬱陶しいのだろう、襟を摘んで肌から距離を空けようとしている。
クラウドもトップスの前を広げて、服の中に籠った湿気を逃がすが、煙る雨の所為で大気も湿気ばかりとあっては、爽快さとは程遠い。

コツ、と固い靴音を鳴らしながら、レオンが近付いたのは、元々窓であったろうと思われる位置。
今はガラスも何もない、ぽっかりと穴だけが開いている其処に立って、レオンは雨に濡れる街並みを見ていた。


「……これだけ激しい雨なら、ハートレス被害も減るか」
「多分な。休憩だ、休憩」


雨が降ると人々の外出が減り、ハートレスに襲われる人も減る。
そう言う意味では、パトロールが必要とされないので、雨の日の再建委員会は休息時間でもあった。

しかし、レオンにとっては複雑な所だろう。
小雨程度のものならともかく、雨宿りが必要な程の激しい雨となると、復興作業は中断せざるを得ない。
一日でも早く、嘗ての故郷の姿を取り戻したいレオンにとっては、もどかしいものであった。
かと言って、雨が齎す恩恵や、生活に必要な貯水の事を思うと、降るなと言う訳にもいかない。

ふう、と溜息を吐いて、レオンは石の窓に寄り掛かった。
長く伸ばした濃茶色の髪から、ぽつ、ぽつ、と水滴が落ちて、瓦礫の表面に滲んでいく。


「……しばらく止みそうにないな」


レオンが見上げた空は、どんよりと濃い雲に覆われている。
雨ばかりが強く、風はほとんど感じないので、天候が停滞しているようにも見えた。
雨雲がどれ程の大きさかは判らないが、しばらくは此処で立ち往生しているしかなさそうだ。

クラウドが窓の向こうを見ると、深い谷の道があり、其処でうろうろと動き回っている影があった。
動きは鈍く、岩場の影に入ると動かないのを見ると、あれらにも雨を嫌う習性があるようだ。
濡れた所で大した意味も嫌う理由もなさそうだが、何かの心から分離して現れた生物───と言って正しいかは知らないが───だから、多くの生き物が雨に濡れる事を避けるように、その意識が根底に残っているのかも知れない。

────等と言う学者のような考察をした所で、クラウドには全くどうでも良い事だ。
ハートレスが大人しいのなら、汗水垂らして歩き回る時間は減るし、休息時間が多く取れるのな歓迎である。
そして雨が上がってハートレスの活動が活発化すれば、その時は退治していくのみ。
それ以上の情報は、クラウドには不必要なものであった。

しかし、レオンにとっては少々違う。


「……不思議だな。濡れる事を嫌がる訳でもないのに、雨は避ける」
「そうなのか」
「ああ。この修正が利用できるなら、新しいセキュリティに組み込む事も考えられるが、確信がないな…」


再建委員会として、復興作業の大まかな指示や、資材の確保に駆け回る傍ら、ハートレス対策としてパトロールをしているレオンである。
人を襲うだけでなく、作業に使う大型機械を壊したり、何かと作業を邪魔しに来るハートレスは、出来るだけその動きを鈍らせたい。
シドがトロンと共に完成させたセキュリティシステムのお陰で、幾らか作業はやり易くなったが、それでも被害報告は絶えなかった。
中型ハートレスになって来ると、知能を持つのか、セキュリティシステムが届かない場所から攻撃してくる事もある。
それを思うと、幾ら対策を講じてもいたちごっこにしかならないのだが、かと言って、対策を怠る訳にもいかない。
レオンを中心とした復興委員会のメンバーは、ハートレス退治に使える対策方法を、殆ど毎日のように考えていた。

じっと雨の中を見詰めていたレオンであったが、しばらくすると、ふう、と溜息を吐いて目を伏せた。
これと言って使える案が思い付かなかったのだろう。
その様子を眺めながら、クラウドもひっそりと溜息を零す。


(少しは休憩できないのか、お前は)


雨の所為で、どうせ動く事は出来ないのだから、休憩しようと言ったのはクラウドだ。
それは単純に体の休息だけではなく、頭の休息も指している。

再建委員会と言うものを立ち上げ、自身が其処に所属していると言う責任感か、レオンは常に街の事を考えている。
その甲斐あってか、ぽつりぽつりと故郷に戻って来た人々は、こぞって再建を頼りにし、その中でもレオンはよく声をかけられていた。
土木作業が多い事、ハートレスと戦う必要もある所為か、女性よりはレオンの方が頼りにされているように見える。
再建委員会の中では、若者たちを育てたシドの方が年長ではあるのだが、良くも悪くも彼は大雑把である。
そんなシドよりも、細々とした気配りが出来るレオンの方が、皆も頼り易いのかも知れない。

────其処まで考えて、クラウドは歪む口元を隠した。
唇の形は歪な笑みを浮かべているが、決してそれは、レオンや街の人々を嘲笑する訳ではない。
ただ、街の人々が見る“レオン”の人間像が、実物との剥離が大きい事が、無性に可笑しさを誘う。


(お前は、そんなに大層な人間じゃない。お前自身もそう思っているんだろう?)


音のない声で問うクラウドに、答える者はいない。
けれど、応じるようなタイミングで、レオンが拳を握るのが見えた。

雨の向こうに見える故郷の景色は、クラウドが幼い頃に見たものとは程遠い。
街の規模だけは大きいばかりで、中身はまだ半分も埋まっておらず、戻って来た人々も、安全が確立された場所に寄り添うように固まっている。
レオンは、そんな街を“元通りの”“それ以上の”街にしたいと言っている。
これはユフィやエアリスも同じ気持ちであったが、その根底にある感情は、レオンと彼女達とで随分と差があった。

立ち尽くすレオンの胸に去来するものが何かと聞かれれば、クラウドは間違いなく、怒りであると答える。
それは故郷を奪った者への怒りでもあったが、それ以上に、彼自身を灼く怒りでもあった。


(そんな事を気にしているのは、お前だけなのに)


レオンが“レオン”と名乗る理由を、幼馴染の面々は知っている。
シドも本人から聞いたようで、好きにしろ、と言ったそうだ。

故郷を失ったあの日、最も深い傷を負ったのは、若しかしたらレオンなのかも知れない、とクラウドは思う。
その傷の呪縛に、レオンは長い間苛まれ続け、今もその苦しみは続いている。
平静とした表情の内側で、記憶とは未だ程遠い故郷の景色を見ては、彼は歯痒い思いを抱いていた。

だが、あの日、あの時、幼かった自分達に出来た事など、幾許もないのだ。
シドに抱えられるようにして逃げ延びる以上に、幼かったクラウド達が行動できる事はなかった。
その後、故郷に戻るべく奮闘し、鍵の勇者に行く道を示しただけでも、レオンは過去の贖罪を十分に果たしたのではないだろうか。
街に戻ってからは再建委員会を立ち上げ、日々奔走しているのだから、もうレオンを責める者はいない───いや、最初からそんな者は一人としていなかったに違いない。
……今も彼を責める、彼自身を除いては。

────ふう、とクラウドが一つ大きな溜息を吐き出すと、その声が聞こえたのだろう、レオンの体が驚いたように跳ねたのが見えた。
思考の海に沈んでいたのだろう、レオンは我に返って、ふるふると頭を振っている。
クラウドはそんなレオンに近付いて、隣で窓の石枠に寄り掛かった。


「雨が降ればハートレス被害が減るなら、当分降っていて欲しいもんだな」
「……そう言う訳にはいかないだろう。作業の方が進まない」


クラウドの台詞に、レオンが馬鹿な事を言うなと眉根を寄せる。
そう言う反応になるよな、と予想に違わぬレオンの言葉に、クラウドは肩を竦める。


「だが、作業をしている連中だって、毎日休みも無しに働ける訳じゃないだろう」
「…それはそうだが。別に、休みなしで毎日出て貰っている訳でもないぞ。シドはセキュリティの監視に出て貰っているから、余り休ませてやれていないが…」
「どうせシドは外には出ないんだから、それ位はやらせていれば良い」
「お前な……案外大変なんだぞ。データの収集からエラーの修復から、全部任せてしまっているんだから」


レオンはそう言って、負担を減らす方法を考えないと、と言うが、クラウドは放って置いても大丈夫なのではないか、と思っている。
無論、シドとて若くないのだから、負担を軽減させるのは良い事だが、精神的な面ではシドはかなり頑丈だ。
適当に息を抜く事も、手を抜く事も覚えているし、そう言う点では年若い面々よりも上手く回せている。

それを思うと、やはり最も負担が大きいのは、レオンだろう。
変に真面目な性格でもあるので、引き受けた事は完璧にやり遂げないと気が済まないし、一つの事を考えている内に、其処から派生する問題まで頭が巡り始めるので、本当に休む暇がない。

今もまた、レオンは思考を巡らせているらしい。
雨の降る街を睨み、ぶつぶつと独り言を零しているレオンに、クラウドは零れかけた溜息を飲み込む。
再び思考の海に沈んでいるレオンに無言で近付くと、徐にその腕を掴んで引っ張った。
完全に油断していたレオンの躯は簡単に傾いて、クラウドはその肩を捕まえて、僅かに高い位置にある頭を自分の方へと引き寄せる。


「……っ!」


重なり合った唇に、レオンが目を瞠る。

一瞬だけ口を離せば、何を、と形が紡がれたが、クラウドは構わずにもう一度キスをした。
逃げる舌を絡め取り、撫でてやれば、鼻にかかった声がレオンの喉奥から零れる。


「……っは…、おい!」


レオンが腕を突っ張って、クラウドの躯を離そうとする。
しかし、肩を掴むクラウドの腕には確りと力が入っており、見上げる碧眼には欲の色が映っていた。

こんな場所で、とレオンは呆れるが、それもクラウドは気にしない。
逃げを打つ体が壁へと押し付けられ、クラウドの手がシャツの上からレオンの胸を撫でる。


「クラウド!」
「良いだろう、止むまでは休んでいれば。ハートレスも大人しいし、あんた一人が働く気でも、仕事がないんだから」
「……考える事は幾らでもあるんだ」
「考えても動きようがない」


クラウドの言葉は的を射ている。
幾らレオンが頭を巡らせた所で、この雨の中では、何も動きはしないのだ。
それでも今の内に決めたい事が、とレオンは思ったが、喉元に喰いつくように歯を当てられて、ようやく諦めた。


「……もう構わないが…これは、俺は休める事になるのか?」
「なるだろ」
「疲れるだけだと思うんだが」
「あんたは体を休めるのは勿論だが、頭も休ませた方が良い」


レオンは、いつも考え事で頭が一杯だ。
それは必要な事ではあるのだが、クラウドは時折、考え過ぎで頭の中がショートする事があるのではないかと思う。
……寧ろ、一度や二度はショートしてしまった方が、楽に眠れる日があるのではないか、とも。

だが、レオンが自分で思考を放棄する事はないだろう。
だからクラウドは、レオンの思考を無理やり停止させる方法を取る。



まだ濡れているシャツの中に手を入れると、じっとりと湿った肌に触れた。
蒼の瞳は諦めた色で、降り頻る雨の向こうを見ている。

クラウドがもう一度、白い首に噛み付くと、レオンが体の力を抜いたのが判った。





『クラレオで切ない感じのお話』のリクエストを頂きました。

過去に縛られ続けるレオンと、どうにかしたいけど、どうにもならないとも感じているクラウド。
色々諦めてしまえば楽になるだろうに、それをしない、出来ないのも判っているから、深くは踏み込めない。
時々シャットアウトさせるのが今は自分の役目。
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[?←レオスコ]砕けた破片、零れた音

  • 2017/08/08 20:45
  • カテゴリー:FF
スコール→?×レオンの三角関係が示唆されています。




物心がついた時から、人付き合いと言うものが苦手だった。
沢山の人の輪の中に入って行く勇気などないし、頑張って踏み込んでも、其処に自分の居場所があると思えない。
あるのは自分の発言によって何が起こるのか、それが良い事か悪い事か、それによって自分の初めからない居場所が更に失われるかどうかと言う事。
傍にいて安心する事が出来るのは、家族と言う極限られた人のみで、後は全て他人。
保育園の先生も、同じ年頃の男の子も女の子も、全て“他の人”で、スコールにとって心を預ける人間には成り得ない。
どうしてそう感じるのかと言われても、理由が判るものであるなら、スコールの方が教えて欲しい位だ。
ただ、本能的に、スコールはそう考えるように出来ていて、そう言う風に感じる人間なのだとしか言いようがなかった。

だから幼い頃から、家族以外の人と向き合うのが苦手で堪らなかった。
周りにいる者がいつ自分を攻撃してくるか、そんな妄想に囚われていた事も否めない。
それは誰に責任がある訳でもなく、勿論、スコール自身が悪い訳でもない。
そう言う風に感じ、考え、掴み処のない不安に捕まってしまう、強迫観念が頭の芯に根付いていただけだ。

スコールにとって幸いだったのは、家族がそんなスコールを受け入れ、理解してくれていた事だろう。
幼い時分から続く酷い人見知りを、確りしなさいと叱られた事は一度もない。
無理しなくて良いよ、と手を繋ぎ、毎日のように保育園や小学校の送り迎えをしてくれた兄や、怖い思いをすると直ぐに駆け付けてくれる父のお陰で、スコールは必要以上に委縮した成長をせずに済んだ。
社会生活に置いて、否応なく迎えなければならない独りの時間と言うものも、兄と父が時間をかけて慣らしてくれた。
だからスコールは、中学生になる頃には、一人で学校生活を送れるようになり、会話は相変わらず少ない性質であるが、友人と呼べる者を持つ事も出来た。

それでも、相変わらずスコールの世界は狭い。
幾らか克服したとは言え、幼年の頃から続く、外の世界への恐怖意識は、簡単に拭い去れるものではなかったから、無理もないだろう。
だが、スコールはそれで自分の生活に不自由を感じた事はなかった。
生まれてこの方、その場所から動く事なく成長して死んでいく人間などごまんといるのだから、スコールだけが自分の世界に閉じこもってはいけない理由はない。
父も兄も、若しもスコールが自分の意志で何処かへ行きたいと思うなら、その時は遠慮しなくて良いと言う。
だからその日が来るまでは、スコールが過ごしやすい場所で、楽な気持ちでいられる場所にいれば良い、とも。

だから、なんとなく、このままの世界が続いて行くのだろうと、スコールは思っていた。
少なくとも、自分が真っ当な独り立ちが出来るようになるまでは。

けれども、色が変わる瞬間と言うものは、前触れもなく訪れる。

“彼”が兄と特別な間柄である事は知っていた。
いつ頃からか、詳しい事をスコールは知らないが、ある一時から、兄が家族の前では見せない顔を、彼と一緒にいる時だけ見せていた。
それを初めて見た時は、少なからずショックを受けたように思う。
自分の世界で一番頼りにしていた兄が、知らない何処かで、知らない何かに変わっていくような気がしたからだ。
だから初めは、“彼”を酷く警戒したし、ひょっとしたら嫌ってすらいたのかも知れない。
誰よりも頼りにしていた兄を作り替えていく異物として、彼と言う存在を排そうとしていた────そんな気がする。

けれど、“彼”がとても優しい人だと知った。
兄の変化を喜ぶ父の傍ら、その変化を受け入れられない自分が、苛立ちを募らせていた時の事だ。
大事な兄貴なんだろう、すまないな、と弱り切った顔で詫びを告げられて、酷く戸惑ったのを覚えている。
何も言わずに兄を浚って行くような人なら、自分の世界を壊した犯罪者として、一方的に憎んでいられたのに、“彼”はそうしなかった。
スコールの世界の形を変えた事を理解しており、それを齎したのが自分である事も判っていて、それを恨むスコールを咎めようとはしない。
悪いな、と言って頭を撫でる“彼”に、スコールは自分の矮小さを思い知った。
同時に、こんなに優しい人なら、兄が心を預けるようになるのも無理はないのだと知って、そんな人に逢えた兄が、羨ましくなった。

スコールに、唯一無二と呼べる人はいない。
敢えて言うなら、父や兄がそうだったのだろう。
けれど、父にとっては母が、兄にとっては“彼”が唯一無二だ。
それを言えば、彼等は口を揃えてスコールの事も唯一無二の家族だと言うのだろうけれど、違うんだ、とスコールは思う。
“家族”ではなく、“スコール”として、一個人として、自分を唯一無二に見てくれる人が欲しい。
スコールは、そう渇望するようになっていた。

その渇望の矛先は、いつの間にか“彼”へと向けられた。
“彼”は、恋人である兄に対しては勿論、その弟であるスコールにも、優しい。
露骨な子供扱いには辟易する所もあったが、柔らかな眼差しで見詰められると、心の奥底まで除かれてしまいそうで、怖いと思う反面、全てに気付いて欲しいと思った。



一日の就学時間を終え、夕飯の買い物を済ませて家に帰ったスコールを出迎えたのは、一足の靴。
スコールの靴よりも一回り大きなそれが誰のものであるのか、スコールは直ぐに悟った。

“彼”がいる。
それを知ったスコールは、逸りそうになる足を抑え、いつもの歩調を意識して短い廊下を進む。
そして突き当りにあるリビングへのドアを、一呼吸して心臓の鼓動を宥めてから、押し開けた。


「……ただいま」


いつもよりも少しだけ、声が大きくなった。
明らかに浮ついている自分に呆れつつ、目当ての人を探してリビングを見回す。

“彼”はソファに座っていた。
後姿を見付けて、心臓が跳ねている間に、“彼”がゆっくりと振り返る。
二対の瞳が交じり合うと、“彼”は静かに笑って、口元に人差し指を立てた。
静かに、と促す“彼”に、スコールは首を傾げて、ソファまで近付いてみる。

ソファの前に回り込んで、スコールは“彼”が静寂を誘った理由に気付いた。
ソファに座る“彼”の傍らに、兄───レオンが横になっている。
決して小さくはない体を丸め、世界から隠れるように縮こまり、“彼”の膝に頭を乗せて、眠っているのだ。


「……レオン」
「仕事で少しトラブルが起きてな。対応に追われたから、疲れているんだ」


眠るレオンを見遣れば、疲労した事の証のように、眉間に深い皺が刻まれている。
寝かせてやってくれ、と言う“彼”に、スコールは小さく頷いた。

スコールは買い物袋をキッチンへ運び、夕飯に使うものを残して、それ以外を冷蔵庫へと詰める。
料理の準備を進めながら、スコールはちらりとリビングを見た。

仕事でレオンに何が起こったのか、スコールが知る由はない。
だが、スーパーマンとは言わずとも、何事も効率よく捌く事が出来る兄があんなにも疲れているのだから、相当な事があったのだろう。
“彼”はレオンの同僚でもあるから、何があったのかもよく判っている筈。
だからこそ、“彼”はレオンと共にこの家へと帰宅して、疲れているレオンを休ませているのだろう。


(……あんなレオン、初めて見た)


これまでの生活の中でも、レオンが疲労して帰って来る事は少なくなかった筈。
それでもレオンがリビングのソファで寝落ちる事は愚か、弱った所すら彼は見せる事はなかった。
父はそんな長男を心配していたが、それも判った上で、レオンは「大丈夫」と笑っている事が多かったように思う。

そんなレオンが、“彼”の前でだけは、違う顔を見せる。

鍋に入れた水を沸騰させていると、微かに話声が聞こえて来た。
潜めるような小さな声は、ソファの方から聞こえて来る。
確かめるまでもない、レオンと“彼”のものだ。


「……悪い、寝ていた…」
「構わない。寝ろと言ったのは俺だ」
「………」
「まだ痛むか?」
「……少し」
「なら、まだ寝ていろ」
「………」
「会社からの連絡もない。滞りなく回っていると言う事だろう」
「……だと、良いが……」


不安か、と問う“彼”に、レオンの返事はなかった。
否とも応とも言った様子はなかったが、肯定なのだろう。
“彼”もそう受け取ったようで、“彼”は身を屈めて、何かをレオンに囁いた。

スコールがちらりとソファを見ると、ソファの膝枕をされているレオンの頭を、“彼”が撫でているのが見えた。
それを見た瞬間、ずきりとスコールの胸が軋む。

“彼”の手は、節が長く綺麗な形をしていて、頭を撫でる時は少しぎこちなく動く。
よくスコールの頭を撫でていたレオンや父ラグナと違い、人との触れ合いには慣れていないのだろう。
それでも、触れ合う相手を安心させるようにと、思い遣っている事は確かだった。
……スコールも、あの手に何度も頭を撫でられた事があるから、よく判る。


(………)


じわじわと滲んでくる感情の正体を、スコールは気付いている。
しかし、それを認めてしまったら、大事な物を壊してしまう事も判っていた。

時折交わされる声を、意識の外へ追い出して、スコールは夕飯の準備を始めた。
リズム良く野菜を刻む包丁の音は、ソファに座っている二人にも聞こえているだろう。
弟が帰って来ている事を、レオンも気付いている筈だ。

時計を見ながらいつも通りの手順を進めて行けば、毎日と変わりなく、食事の用意が整って行く。
作り終えた料理を食卓へと揃えるべく、スコールは食器棚の戸を開けた。
目線の高さよりも一つ上の位置にある皿を取り出そうと、腕を伸ばす。
家族分の三枚の皿を取り出した所で、もう一枚いるだろうか、と予定になかった“彼”を見遣り、


「─────っ」


見付けてしまった光景に、躯が震えた。

重なり合う為に近付いた、“彼”とレオンの影。
“彼”の前髪で隠された、二人のその瞬間を見て、スコールの胸の奥が締め付けられた。
それは以前にも感じた、兄を取られたと思った瞬間の恨めしさでもあったし、“彼”に心と共に触れられる事が出来る兄への妬みでもあった。

劈くように尖った音が連続で響いて、“彼”が思わずと言ったように顔を上げる。
レオンも意識が現実に戻ったようで、体を起こそうとするが、


「待て、俺が行く。お前はもう少し休んでいろ」
「…しかし、」
「頭が痛むんだろう。無理をするな」


弟を心配する兄を宥めて、“彼”は一人ソファを立った。

スコールは、破片の散らばった食器棚の前で、立ち尽くしていた。
皿を落とした事すら気付いていないかのように呆然としているスコールに、“彼”が声をかける。


「スコール、大丈夫か?」
「……あ、……」
「待て、動くな。箒か何かあるか」
「ベランダ用のなら、あっちに」
「取って来る」


急ぎ足でベランダへと向かう“彼”を見送って、スコールはようやく足元を見た。
数枚の皿を一挙に落としてしまった為、大小の破片が無数に飛び散っている。
それを見ていると、スコールは自分の心の有様を見たようで、無性に息苦しくなった。

その場に膝を折って、スコールは一番近くにあった陶器の破片に手を伸ばす。
ちゃり、と金属の音が鳴って、欠片に入っていた罅が震え、ぱきりと割れた。
破片の爪が柔らかなスコールの指先を切り、つ、と赤い糸が零れる。

フローリングを歩く音がして、スコールが顔を上げれば、自分と同じ蒼灰色の瞳とぶつかる。
頭が痛むと“彼”が言ったように、体調が思わしくないのだろう、レオンは少し顔色が悪かった。


「スコール、大丈夫か…?」
「………」


それでも弟を心配せずにはいられなかったのだろう。
痛む頭を手で押さえて宥めながら、レオンは立ち尽くすスコールに声をかけた。
それをベランダから戻った“彼”が見付け、


「レオン、お前は休んでいろ」
「だが、スコールが、」
「無理をするな。スコール、ベランダのものだがスリッパを持ってきたから、これでこっちに」


“彼”の声を、スコールは最後まで聞いていなかった。
その場にうずくまったまま、抱えた膝に顔を押し付ける。
スコール、と呼ぶ聲から隠れて、スコールはその場から消えてしまいたくなった。

動かないスコールに焦れたのだろう、じゃり、と破片を踏む音が聞こえた。
スコールの視界の隅で、ベランダ用のスリッパを履いた足元が見える。


「スコール、何処か怪我をしたか?」


降って聞こえた声は“彼”のものだ。
動かずにいると、スコールの体がふわりと持ち上げられて、惨状の外へと運び出される。

“彼”はスコールを抱えたまま、ソファへと向かった。
レオンもその後を追い、ソファに下ろされたスコールの隣へと座る。


「掃除は俺がしておくから、二人とも其処にいろよ。良いな」
「…ああ。すまない、面倒をかけて」
「構わない」


詫びるレオンを宥めるように、“彼”の手がレオンの頬を撫でた。
その手はスコールの頭へと移動して、濃茶色の髪をくしゃりと撫でる。

大丈夫か、と問う兄の声に、スコールは答えない。
口を開いてしまったら、何を言い出すか、何が飛び出して来るのか、自分でも判らなかった。
何もかもをぶちまけてしまいたい気持ちと、幼い頃から続く平穏と、どうにも出来ない自分の感情とが混ざり合って、目尻に熱いものが滲む。

弟の泣き顔に、レオンは昔から弱かった。
幼い頃からいつも弟を撫でて来た手が、労わるようにスコールの目尻を拭う。
スコールが沸きあがる感情を堪えてソファの端を握り締めていると、レオンはそんな弟の肩を抱き寄せた。
小さな子供を宥めるように、ぽん、ぽん、と背中を叩く手は、昔と変わらず温かい。


(それなのに)
(なんで)


恨めしくて、妬ましくて、苦しい。
それでも愛しいと思う気持ちも、何一つ捨てられない。
何処かで一つでも捨てる事が出来たなら、きっと楽になれるのに。



何処かで何かが、音を立てずに壊れて行く。
それが誰かの心である事を、聞く者はいない。





『同じ男に依存するように恋をして、泥沼気味なレオスコ兄弟』のリクエストを頂きました。
火スぺにありそうな感じとあったのですが、火スぺとなるとサスペンス=事件としか浮かばない貧困な発想から迷走した感がひしひしと…

レオンはスコールの事はやっぱり一番に大事。
ただ自分が弱った所を見せられる相手が出来たと言うのは、気持ちとして大きい。
自分がレオンの一番だった筈なのに、そんなレオンをとられたようで悔しいスコール。
でも初めて自分を個人としてちゃんと見てくれたのがレオンの恋人で、もっと見て欲しいと思うようになった。
今の所一番泥沼にいるのはスコールですが、スコールの気持ちに気付いたらレオンも泥沼化する。

“彼”は好きな相手でどうぞ。
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