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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[絆]お菓子の誘惑

  • 2014/10/31 22:06
  • カテゴリー:FF


「トリック・オア・トリート!」


玄関を開けるなり響いた元気な声と、飛び出して来たカボチャ少年と真っ白なおばけに、レオンは目を丸くした。
が、直ぐに一年前の事を思い出し、くすりと笑みを浮かべ、ズボンのポケットに手を入れる。


「トリック・オア・トリート!」
「ト、トリート!」


ごそごそとポケットを探るレオンを急かすように、カボチャとおばけが急かすように言った。
レオンはポケットの中のものを握って、しかし焦らすように、ポケットを探る仕草を続ける。
その傍ら、カボチャとおばけの姿を改めて眺めてみた。

カボチャは去年も見たものと違い、目尻を下げた困り顔で、口元もへの字になっている。
確か去年は、目尻を上げて、ギザギザ口を笑わせていた筈だ。
おばけの方も以前と違い、眉を吊り上げ、口を大きく開けて舌を出している。
此方も、去年はしょんぼりとした困り顔を浮かべていたように思う。
それぞれ前回と反対の作りになっているのは、きっと妹が役割に合わせて作ったからだろう。

おばけがぴょんぴょんと元気に跳ねているのに対し、カボチャ少年はレオンの服端をきゅっと握っている。
カボチャ少年がレオンに頭を寄せると、大きなカボチャが傾いて、カボチャが後ろに傾いた。
落ちそうになる頭を、首の力だけで戻そうと頑張るカボチャに苦笑して、レオンはさり気無くカボチャの後ろ頭を持ち上げてやった。
その手をおばけが捕まえて、早く早く、とねだる。


「お菓子ちょーだい!じゃないと、イタズラするぞーっ!」
「イ、イタズラするぞっ」
「イタズラか。それは怖いな」
「じゃあお菓子~っ」


おばけがレオンの背中に飛び乗った。
去年よりも大きくなった重さを感じつつ、レオンはようやくポケットから手を抜く。


「ほら、お菓子」
「やった!」
「これをあげるから、イタズラはしないでくれよ?」
「うんっ」


おばけが両手を上げて喜び、カボチャ少年はレオンに貰った飴とチョコレートを握ってこくこくと頷く。
二人とも貌は見えないが、全身で喜びを表現してくれるから、レオンも嬉しくなってくる。

カボチャ少年とおばけは、早速飴の包み紙を解いている。
頭に被り物をした状態で、どうやってお菓子を食べるのだろうと観察していると、カボチャ少年はカボチャ頭の首下から手を入れ、おばけは袖の中に手を引っ込め、布の中でもぞもぞと蠢いている。
あまい、おいしい、と嬉しそうに言い合う二人を眺めながら、レオンは少し悪戯心が沸いた。


「なあ、お前達、俺の家族を知らないか?いつもお帰りって迎えてくれるんだけど」
「ふえ?」
「んぐ?」


レオンの問いに、
カボチャ少年とおばけは、二人揃って同じ方向に首を傾げた。
二人は顔を見合わせると、とてとてと走ってレオンから離れ、リビングのソファ横で一緒に蹲る。
ぽしょぽしょと内緒話をするのが聞こえ、レオンはこみ上げる笑いを噛み殺しつつ、次の反応を待つ。

三十秒ほどで、内緒話は終わり、カボチャ少年とおばけが戻ってくる。


「えっとね、えっと、」
「お前の家族は、オレ達が食べちゃったのだー!」
「えっ、ち、違うよ、おでかけしてるんだよ」


両手を上げて怖さをアピールするおばけの言葉に、カボチャ少年が慌てて別の事を言う。
全く違う事を言う二人に、レオンは思わず噴き出しそうになった。
恐らく、“家族は此処にいない事にしよう”と言う話になったのだろうが、それぞれの設定までは話し合われていないらしい。


「お、おでかけしててね、まだ帰って来てないんだよ」
「えー…それじゃインパクトないよ」
「だって……食べちゃったなんて言ったら、お兄ちゃん怒っちゃうよ…」


小さな声で、お兄ちゃんに怒られたくないよ、と言うカボチャ少年。
それを聞いたおばけも、怒られるのはヤダなぁ…と小さく呟く。
ぼそぼそと話す声が、目の前の青年に聞こえているとは気付いていない。

レオンの目の前で、カボチャ少年とおばけはしばらく内緒話をした後、


「えーっと、家族はおでかけしてるんだ!まだ帰って来ないんだ!」
「そうなのか。いつもならこの時間には家にいる筈なんだが、心配だな…」


設定を考え直したおばけの言葉に、こみ上げる笑いを堪えつつ、レオンは素知らぬ顔で二人の設定に付き合う。

正体に気付かず、この場にいる筈の家族を心配する表情をするレオンに、カボチャ少年とおばけが楽しそうに頭を揺らす。
そんな二人を横目に見ながら、去年もこう言う展開を期待していたんだろうな、とレオンは遅蒔きながら理解した。
今日と言う日を知らなかった為に、去年は直ぐに正体を見抜いてしまったレオンだが、今回は彼等の思う通りにストーリーは進行しているようだ。

こんな時間に出かけるなんて珍しいな、と呟きつつ、レオンは窓辺のテーブルに落ち付く。
カボチャ少年とおばけは、レオンに貰った飴とチョコレートを見せ合っていた。
被り物のお陰で表情は見えないが、嬉しそうな雰囲気が滲んでいるので、彼等はきっと満足してくれた事だろう。
そんな二人から目を逸らして、レオンはもう一度ズボンのポケットに手を入れ、


「スコール達がいないのなら、残りのお菓子は俺が食べてしまおうかな」
「えっ?」
「えっ?」


ポケットから取り出した飴やチョコレートをテーブルに転がして言ったレオンに、カボチャ少年とおばけが声を上げた。

テーブルには、色とりどりの包装紙に包まれた、飴やらチョコレートやら。
他にも、ジャケットのポケットから、アルバイト中に常連客から貰ったビスケットやガム等々が並ぶのを見て、カボチャ少年とおばけがそわそわとし始める。


「マスターやお客さんが色々くれたから、スコール達に食べさせてやろうと思ってたんだが」
「あ、あう、」
「そ、それっ。それっ、オレ達が食べても良いよ!」


持て余すようにお菓子を整列させるレオンの言葉に、カボチャ少年がもじもじとし、おばけが手を挙げて提案する。
予想通りの反応に、うーん、と悩んで見せ、


「捨ててしまうのは勿体ないしな……」
「でしょ?でしょ?」
「でも、お前達にはさっきお菓子をあげただろう?」
「えあっ」
「それに、今日はハロウィーンだ。お前達は次の家に行って、其処でまた新しいお菓子を貰うんだろう?」


機械都市ザナルカンドで伝えられている、ハロウィーンと言う行事は、子供達がおばけや怪物の格好をして、各家々を周ってお菓子を貰うと言うものだ。
おばけや怪物の格好をするのは、この行事の始まりが、死霊や呪いの類から子供達を守る為、逆に怖い格好をさせて驚かせる為だったから───と言われている。
だからこの時期のザナルカンドでは、子供達が仮装し、お菓子を貰う為に近所の家を巡るのだと言う。
そして子供達が来た家は、お菓子を渡さなければ悪戯───悪い事が起きる───され、渡せば幸せが来るようにおまじないをかけて貰えるらしい。
だから、レオンの目の前にいるカボチャ少年とおばけも、そろそろ次の家に行かなければいけない筈。

と言っても、バラムではハロウィーンの習慣がない為、次の家など行きようもないのだが、それは知らない振りをして、レオンは目の前でおろおろとしている二人を急かしてやる。


「ほら、早く次の家に行かないと、お菓子が貰えなくなるぞ」
「ん、えっ、と…あ、あの、」
「つ、次の家は、予約してるから、遅れてもいいの!」
「予約か。何時頃にしてるんだ?」
「えーっと、えっと…じゅ、十時?」
「それならとっくに過ぎてるぞ。急がないと。ああ、道順が判らないなら、俺が案内しようか」
「えっ。い、いい、行けるっ。自分で行けるっ」


声も弱った困り顔のカボチャ少年と、強気な顔をしつつも声は戸惑っているおばけ。
大丈夫だから、と繰り返すおばけに、そうか、とレオンはおばけの頭を撫でた後、テーブルに向き直る。


「それじゃあ俺は、お菓子を食べながら、スコール達が帰って来るのを待とうかな」
「えっ。た、食べちゃうの…?」
「か、帰って来るの、待たないの?」
「そうだな。腹も減ってるし。チョコなんかは溶けてしまうし。エルがいないなら、夕飯も何処にあるか判らないし」


普段、レオンの夕飯は、アルバイトが終わってから採っている。
その時はエルオーネが起きていて、彼女が用意してくれるのが常であった。

エルオーネが此処にいないのでは、夕飯は食べられない───本当は、エルオーネがいなくても、何処に何があるのかレオンは把握しているのだが、素直な二人はその事に気付かない───。
アルバイト終わりの空きっ腹は、お菓子で誤魔化してしまおう。
本当は妹弟達に食べさせようと思っていたけれど、いないのなら仕方がない。
そう言って、レオンはチョコレートビスケットを手に取って、


「このビスケットは美味しそうだな」
「あっあっ、」
「あーっ、あーっ!」
「うん?」


待って、と言わんばかりに声を上げるカボチャ少年とおばけ。
レオンが「どうかしたか?」と言いつつ、包装紙のビニールを開けようと指を引っ掛けた時、


「おねえちゃぁーん!」
「エル姉ー!エル姉ちゃーん!」


助けを求めるように高く上がった声は、きっと家の二階まで響いた事だろう。
それだけ大きな声を出せば、リビング横のキッチンにも確り届く。

更に、カボチャ少年とおばけは、ごそごそもぞもぞと蠢いて、「ぷはっ」とそれぞれの被り物を脱いでしまった。


「レオン、レオンっ。オレっ!オレ、此処にいるよ!」
「僕も。お兄ちゃん、僕、おでかけしてないよっ」
「なんだ、お前達だったのか。早く言ってくれれば良かったのに」
「エル姉もいるよ!キッチンにいるよ!」
「お姉ちゃん、早くー!」


一所懸命、自分の存在をアピールするカボチャ少年とおばけ───基、スコールとティーダ。
二人は被り物の所為でぼせぼさになった髪もそのままに、必死になって兄に抱き着いた。
放られたカボチャの被り物が、寂しそうに床に転がっている。

ぎゅうぎゅうと抱き着く弟達を、レオンは声を上げて笑いそうになるのを堪えながら、いつものように頭を撫でてやる。
其処へ、キッチンから眉尻を下げて笑う魔女がやって来た。


「もう。二人とも、自分からバラしちゃったの?」
「だって!」
「お菓子……」


黒の三角帽子を被った姉の登場に、ティーダは拗ねた貌をして、スコールは涙目になっている。
エルオーネは、やれやれ、と言う表情を浮かべつつも、彼女の貌は決して怒ってはいなかった。
きっと彼女は、兄と弟達の遣り取りを、ずっと見ていたに違いない。
その証左のように、エルオーネはレオンを目を合わせ、


「いじわるね、レオン」
「何の事だ?」


呆けて見せる兄に、妹はなんでもない、と言及を止める。
予想していなかった兄の行動に、おろおろと慌てる弟達を見て笑いを堪えていたのは、決してレオン一人の話ではないのだから。

そんな兄姉の傍らで、イタズラされたとも知らない弟達は、沢山のお菓子を手に入れて、嬉しそうに笑っていた。





今年こそはと思ってたら、お兄ちゃんにやり返されましたw
お菓子の誘惑に負けて騙し切れないちびっ子は可愛い。

前回のハロウィーンは此方→[かぼちゃおばけが主役の日]
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[ティスコ]月に潜む

  • 2014/10/08 23:57
  • カテゴリー:FF


視界が悪い事、夜行性の魔物の存在───それらを鑑みて考えると、夜に歩を進めるのは決して得策ではない。
が、帰還を急ぐ場合であったり、長居するには向かない場所であったりすると、休息よりも足を進める事を優先するのは儘ある事だ。

方角だけを確認し、道なき道を進むスコールの同行者は、ティーダ一人。
聖域を出発していた時は、他にジタンとバッツ、フリオニールと言うメンバーがいたのだが、次元の歪みに巻き込まれた際に逸れてしまった。
合流仕様にも、スコールとティーダは遠くに存在する仲間の気配を探る事は得手ではない。
それよりも、テレポストーンを介して秩序の聖域に帰還するのが最も堅実な道であるとして、幸いスコールが近辺の地理を把握していた事も手伝い、二人は最寄のテレポストーンへと向かう事にした。

複雑な地形をしている場所であったが為に、二人の足は意図せずして遅くなる。
勾配の上下が激しい山道に、ティーダはうんざりとしていたが、崖を上り下りする羽目になるよりはマシだろうとスコールに言われ、比例対象の極端さに呆れつつ、まあ確かにそうだと諦めた。
だが、スコールとてこの辺りの地形の面倒臭さについては辟易している。
お陰で、本来なら夕刻過ぎには戻れる筈だった秩序の聖域に、月が上った今でも到着できずにいる。

月が明るいってのが、不幸中の幸いっスかね、とティーダが言うと、スコールも確かにそうだと思った。
元のの世界───記憶の回復は芳しくないが、感覚的な常識として───では、人工的な明るい光があちこちに溢れていて、遥か空の彼方に存在する光を強く意識する事は少なかった。
街から離れて野宿するとか、サバイバル訓練となればその限りではないが、そうでもなければ月明かりの恩恵と言うものに感謝する事もなかったように思う。
だが、この世界に来て改めて知った月明かりと言うものは、人工の光などよりも、ずっと明るくて遠くまで見渡す事が出来る程に優れたものであった。

その月明かりを頼りに、スコールとティーダは歩を進めていたのだが、


「……あれ?」


スコールのやや後ろを歩いていたティーダが、ぽつりと零して、足を止めた。
その気配に気付いて、スコールも立ち止まって振り返る。


「どうした」
「……今日って、満月じゃなかったっけ?」
「その筈だが」


つい先程、方角を確かめる為に、月の位置を確認したのはスコールだ。
その時に見た月は、欠ける所もなく、綺麗な形をしていた。
ティーダもその時、「お月見日和っスね」と暢気な事を言っていた筈だ。

しかし、あれ、と言ってティーダが指差した先を見て、スコールは目を瞠った。
夜道を遥か遠く、空の向こうまで光を散らしていた満月が、不自然な形に欠けている。
三分の一を欠いた状態の月を見て、ティーダが首を捻った。


「…この世界の月って、一晩であんなに形が変わるもんだっけ?違うよな?」
「……ああ」


何もかもが常識の外と言っても過言ではない闘争の世界だが、月の満ち欠けにまでそれは及んでいない。
世界の断片の中には、月が二つ、或いはそれ以上に複数の天体衛星が確認できる事もあるが、それは歪の中で見られる事だ。
歪の外で見る月の変化については、スコールやティーダが常識として認識して言る事柄と変わりなかった。

二人が空を見上げている間に、月は瞬く間に欠けて行く。
ものの三十分としない内に、月が半分になったのを見て、スコールは思い出した。


「ひょっとして、月食か?」
「月食って、月が段々見えなくなって、また見えるようになる奴?」
「……まあ、そう言うものだな」


見えなくなる訳ではなく、月に別の天体の影が落ちる事で、太陽光が反射される事によって見える範囲が狭まるもの────と言う知識の訂正については、スコールは面倒だったので口にしない事にした。

現象の正体が判れば、特に驚くような事でもない。
珍しい出来事である事は確かで、天体マニアの中にははしゃぐ人間もいるだろうが、スコールはこの手の出来事には興味がない。
ティーダは、周りが盛り上がっていれば、お祭り気分になって一緒に盛り上がる所であったが、今日の同行者はスコールだ。
珍しいもの見たな、と呟くのみで、また歩き出したスコールの後ろを追う。

空の月は段々と影を大きくして行く。
ティーダはそれを見上げながら、先行するスコールに遅れないよう、且つ足元にも気を配りつつ、凹凸の激しい道を進む。


「月、もう大分見えなくなってるっス」
「……皆既月食かも知れないな」
「全部が隠れる奴だよな。そんなの見れるなんて凄い事なんだろうなー、きっと」


ティーダが言うことは確かだが、スコールにとっては、今のタイミングで皆既月食は厄介だ。
月明かりがなくなれば、当然視界も悪くなり、まだ辛うじて見えている足元の凹凸や勾配も判らなくなってしまう。
せめて暗くなる前にテレポストーンに着いておきたい。

────が、スコールの願いも虚しく、空は刻一刻と暗闇に飲み込まれて行く。
結局、ティーダが月食の現象に気付いてから一時間と経たない内に、月は完全に光を失ってしまった。


「暗いな……」
「そっスね────っとっと!」


モグラが通った後なのか、不自然に膨らんだ地面に、ティーダが躓く。
明るければ遠目にも見えたであろう地面の起伏だが、頼りにしていた月明かりがなくなった所為で、こんなにも近くなっても全く気付かなかった。

蹈鞴を踏んだティーダは、変に負担をかけた足首を解しながら、スコールに訴える。


「こんな状態で歩き回るの、危ないっスよ。何処かで休んで、明るくなるの待った方が良いって」


ティーダの言葉は尤もだ。
視界が利かない所為で、足下の凹凸に気付けない。
更に此処で魔物やイミテーションに襲われたら、視覚が使えないスコールとティーダは忽ち危機に陥るだろう。

進む先に森を見付けた二人は、その手前で休息を取る事にした。
唯でさえ暗いと言うのに、鬱蒼とした森の中など、侵入する気にはなれない。
早く聖域に帰還したいのは山々であったが、何が生息しているか、それが何処から飛び出すか判らない森の中は、脆弱な人間にとって、針の蓆を進むようなものである。
せめて空の月が再び輝きを取り戻すまで待つのが無難な選択だ。

森の入り口で、スコールが適当な木の下に寄り掛かると、その隣にティーダが座った。
ティーダは肌寒さを誤魔化そうと、両手を揉むように擦り合せながら、天上を見上げる。


「……月、赤いっス」


ぽつりと零れたその言葉は、独り言だ。
その独り言に、釣られた訳ではなかったが、スコールも顔を上げる。

暗闇に閉ざされた広い広い世界の中で、ぽつりと浮かぶ、緋色があった。


(─────赤い、月)


輝きを失い、夜の闇に浮かぶ、紅の月。
それを見た瞬間、ぞわ、としたものがスコールの背中を奔った。


(……っなんだ……?)


怖気のようなものが奔った瞬間、赤い月を見上げるスコールの瞳に、強い嫌悪が滲み浮かぶ。
暖を取る為に抱えていた両腕に力が篭り、指先が腕に食い込むのが判る。

ずきずきと痛む頭を堪える為に目を閉じると、瞼の裏で何かが蠢いていた。
有象無象のように不規則に動くそれが、少しずつ近付いて行き、視界がクリアになるように、見えるその正体が明瞭となって行く。
だが、それが明確になって行く毎に、スコールは腹の奥で気持ち悪いものが競り上がってくるような気がした。

じわ、じわ、と膨らんで行く嫌悪感。
瞼の裏で蠢くそれも、同じように、じわりじわりと膨らんで、まるで落ちる寸前の水滴のように大きさを増して行き──────


「スコール?」
「………っ!」


直ぐ近くから聞こえた声に、スコールは目を開けた。
すると今度は、青々とした丸い瞳が、スコールを間近で見詰めている。

ひた、と温かいものがスコールの額に宛てられる。
グローブを外したティーダの手が、傷の走るスコールの額に触れていた。


「大丈夫か?汗びっしょりじゃん。どっか怪我してたとか?」
「……いや。なんでもない」


そう言うと、スコールはやんわりとティーダの手を押し退けた。
ティーダは唇を尖らせるも、目を逸らすスコールを見て、何も言わずに手を引っ込める。

どくどくと早い鼓動を打つ心臓を悟られないように、スコールはゆっくりと、静かに息を吐く。
そうしていると、知らず強張っていた肩から力が抜けて行くのが判った。
気を抜き過ぎてはいけないと思いつつも、今ばかりは、詰めた息を吐き切らなければ、体の不自然な強張りが解けそうにない。

そんなスコールの傍らで、ティーダはまた空を見上げている。
未だ赤い月を見上げるティーダを見て、スコールは呟いた。


「……月は、魔物の棲家だ」


藪から棒に呟いたスコールの言葉に、ティーダは数拍遅れてから、「……へ?」と言って振り返る。
今なんて言ったの、と言いたげに見詰める青に、スコールはもう一度、


「月は、魔物の棲家なんだ」
「……そうなんスか?」
「俺の世界ではそうだった。そう、教わったし、実際にそうだった」


いつ教わって、いつそれをこの目で確かめたのかは、スコールにも判らない。
だが、これは経験則だと、スコールは確信を持っていた。

だから、とスコールは続ける。


「だから、俺の世界では月食と言うのは、月に棲んでいる魔物が、月そのものを食っているから起きるんだ」


スコールの言葉に、ティーダは目を丸くする。

ティーダにとって、このスコールの言葉は、余りにも常識外れであった。
二人の世界は、比較的文明レベルが近い事もあって、日常的な知識や常識にも差異は少ない。
日食や月食と言う出来事についても、フリオニールやバッツ、セシルのような世界なら、ファンタジーに富んだ伝承が出て来ても可笑しくはなかったが、まさかスコールにもそんな突飛な話があったとは、思いもしていなかった。
だが、違う世界であれば、常識が違うのは勿論で、世界の理も違う。
実際に、月が魔物の棲家であると言う点も、ティーダには考えられない事であったが、違う世界であれば全く否定出来る話ではなくなる。

月そのものが食われる事で起きる、“月食”。
ならば“皆既月食”は、月が丸ごと食われていると言うことなのか。
スコールの世界の月には、どんな巨大で恐ろしい魔物が棲んでいるのか────と、ティーダが思った所で、


「………と、言う御伽噺もある」
「御伽噺かよ!」


静かなトーンで繰り出された一言に、ティーダは思わず叫んだ。


「なんスか、それ!一瞬マジかと思ったじゃんか!」
「月が魔物の棲家だと言うのは事実だぞ」
「月食の事は!?」
「御伽噺だって言っただろう。それとも、あんたの所はそう言う現象を指して“月食”って言うのか?」
「違うけど!今言ってるのは、スコールの世界の話だろ!?」


余りにも淡々とした口調でスコールが話すものだから、ティーダは完全に本気の話だと思っていた。
そもそも、スコールってこんな冗談言うような奴じゃなかった、とティーダは苦々しい表情を浮かべる。

そんなティーダを横目に見て、スコールの唇が緩む。


「月を食う魔物の話は、俺の世界ではよく聞く御伽噺だ」
「……ふーん。スコールも、子供の頃に聞いてたんスか?」
「……多分」


スコールの返答は曖昧だった。
思い出したので、聞いた事があるのは確かだが、それがいつの事であるかは判らない。
思い出した瞬間は馬鹿馬鹿しいと思ったが、同時に、その話に遠い恐怖心が思い起こされたのも事実。
御伽噺の事だし、ひょっとしたら、今は思い出せない遠い日に聞いた事があったのかも知れない。

月に棲む、沢山の異形の魔物。
それらは、自分達の世界に棲む魔物よりも、遥かに強く凶暴なものばかり。
月の魔物は常に腹を空かせていて、けれど月には豊富な餌もないから、毎日腹を空かせている。
そして餓えに耐え切れなくなった時、魔物達は自らが棲む惑星を食べ始め、やがてそれは大きな穴となり、“月食”と言う現象が起きる。
最後には月は魔物達に食べ尽くされ、それでもまだ腹が満たない魔物達は、新たな餌を求めて此方の世界へやってくる─────それが、スコールの知る“月食”の御伽噺。

その一連をスコールが話し終えても、空の月はまだ赤い。
思えば、この世界の“月食”がいつ終わるのか、それは自分達が想像している範囲の時間で終わるのかすら怪しいのだ。
若しかしたら、月が沈むまでこの“月食”現象が続く可能性もある。


「まだ暗いが……仕方ないな」
「そろそろ行く?」
「ああ」


月がないのは厄介だが、ファイアを灯にすれば、用心しながら進めるだろう。
止むを得ず浪費した時間を、此処から取り戻さなければならない。

スコールの右手に炎が灯され、未だ薄暗がりの森へと踏み出す────直前。
ぎゅっ、と握られる感触を感じて、スコールは視線を落として、自分の左手を見る。
其処には、しっかりとスコールの手を握る、ティーダの手があった。


「……何してるんだ、あんた」
「スコールが怖がらないようにと思って」
「……はあ?」


眉間の皺を深くしたスコールに、ティーダは握る手に力を籠めて言った。


「月食、恐いんだろ?」
「……違う」
「こうしてたら、恐くないし。魔物が月から落ちて来ても、俺がスコールを助けるし」
「だから、さっきの話は御伽噺で────」
「って訳で、このままレッツゴー!」
「おい!」


繋いだ手をそのまま、森に向かって歩き出したティーダに、スコールの手が引っ張られる。

離せと騒ぐ声を背中に聞きながら、スコールの手を握るティーダの手は、決して解かれる事はなかった。





10月8日なのでティスコ!最後しかティスコっぽくないけど。
でもって皆既月食の日だったので!

スコールの世界は月に魔物がいるのが本当だし、授業で教わる位だから、そんな伝承くらいありそうだなと。セントラクレーターとかトラビアクレーターとかあるし。
そんなスコールに、ティーダが「月にはウサギがいるんスよ」って平和な御伽噺をしてあげてたら可愛い。
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[ジタスコ]エピソード・スタート

  • 2014/09/08 21:53
  • カテゴリー:FF
9月8日なので現代パラレルのジタスコ……の筈だったのに、どう見てもジタスコ未満。
オープニング的なものと言う事で。





生徒手帳を落とした事に気付いたのは、一日の就学を終えた放課後の事だった。
いつもなら、学則に生徒手帳の所持が定められている事など気にせず、まあその内発行し直せば良いか───で済むのだが、その日は違った。

自由な校風を売りにしている学校だが、服装検査の類がほぼ全く行われない代わりに、所持品検査は厳しい所がある。
携帯電話の所持は生徒の安全上の問題として認められているものの、音楽プレーヤーや、勉強と関係のない娯楽雑誌等の持ち込みは禁止されていた。
先生に見付からなければ大丈夫、と言うスリル感の中で持ち込む者もいるが、生徒指導の教員にでも見つかれば一発で取り上げられてしまう為、それらが校内で日の目を見る機会は少なかった。
授業中に弄らなければ良い、と言う位の優しさが欲しい、と思う生徒達は少なくなく、ジタンも漫画一冊位の持ち込みは赦して欲しい、とよく思う。
が、今日のジタンが焦っているのは、『所持品検査』に置いてもう一つ重視される事項について、だ。

『所持品』についてもう一つ生徒達が面倒臭がっている事は、授業に必要なものがきちんと揃っているか確認される事だ。
教科書、ノート、筆記用具───此処までは授業に使用するものだから判るとしよう。
だが、生徒手帳の絶対所持と言う項目については、意味が解らない、と言う生徒も多い。
今のジタンが正にその一人であった。


(やばいやばいやばい!見付けないと明日の検査で何言われるか!)


人気の少なくなった教室で、ジタンは自分の席周りを何度も探していた。
机の中を覗き、鞄の中を覗き、机の回りをしゃがんでぐるぐると周り、教室後ろのロッカーも確認した。

生徒手帳の所持は、この学校の生徒達には義務として定められている。
所持品検査で最も厳しく確認されるのも、この生徒手帳だった。
失くした時でも、再発行の手続きは受け付けてくれるので、いつもなら焦りはしないのだが、明日は所持品検査がある。
発行手続きから手元に届くまで、少なくても四日から一週間は必要なので、今回はそれを待っている暇はない。

だというのに、目当ての黒壇色の生徒手帳は、一向に見付からない。


(外で失くしたのか?まさか学校の外で?だったら何処に落としたか判んねーぞ)


生徒手帳は普段、制服のブレザーの胸ポケットに仕舞われている。
他の生徒も同様で、其処ならクリーニングに出す時等を除けば取り出す必要がないので、入れっ放しにされているのだ。
だから体育などで着替える時でなければ、登下校も含め、平日は何処に行くにも、生徒手帳は持ち歩いている事になる。

落とした可能性のある場所を探す為、ジタンは今日一日を振り返った。
その傍ら、落としたのが今日でなければこんなに焦る事はなかったのに、と胸中で愚痴を零す。


(明日が検査じゃなけりゃ、もっと色んな想像して楽しめたのによ~)


落した生徒手帳には、学校名と学籍番号と学年が記されている。
生徒手帳は何に使うものでもない───身分証明と、人によってはメモ帳代わりに使っている者もいるが───が、失くすと困るものだ。
学校名が記されているので、届け先が判るから、拾い主によってはわざわざ届けてくれる事もある。

例えばの話。
その落とした手帳を拾ってくれたのが、一人の可愛らしい少女であるとしよう。
少女は隣の区に住んでいて(何故そんな人物がジタンの生徒手帳を拾ったかについては、ジタンの方が隣地区に遊びに行った際に落としたものだと設定する)、放課後の帰り道で偶然それを見付けた。
少女は隣地区の新学校に通っており、街でも大きな家に住んでいるお嬢様で、楚々として真面目で、品行方正。
髪はロングのストレート、目尻は少し下がっていて、普段は少し儚い雰囲気だけれど、笑うと可愛い。
落し物を見付けた彼女は、早く持主に返さなくてはと思い、わざわざ土地勘のない隣地区までやって来る。
なんとか学校までやって来た少女は、偶然にもこの学校に中学生代の友達がいたと言う事で、ジタンの教室まで案内されるのだ。
友達がいたのなら、その子に預けてしまえば良いじゃないかと言う突っ込みについては、少女がとても真面目で、きちんと本人の手に返したいと願っているから───と言う事にする。
そして少女はジタンと出逢い、ジタンと生徒手帳の顔写真を確認し、ほっと安心して、微かに顔を赤らめつつ、生徒手帳を差す。
ジタンは礼を言ってそれを受け取り、拾ってくれたお礼にと少女の名前を利き出して──────


「おーい、ジタンー?いるー?」


生徒手帳を探す手を止め、夢想にトリップしていたジタンを呼び戻したのは、良く知る友人の声だった。
良いとこだったのに、と思いつつ、遺失物捜索の件を思い出し、ジタンは我に返る。

呼ぶ声は、教室の後ろの入り口からだった。
いたいた、と手を振っているのは、一学年上の先輩であり、友人であるティーダだ。
子犬を思わせる人懐こい顔で呼んでいるティーダに、ジタンは席を立つ。


「なんだ?オレ、忙しいんだけど」
「まーまー、直ぐ済むから。ほら、こいつがジタン」


明日に控える所持品検査への焦りから、やや素っ気ない態度になったジタンを、ティーダは気にしなかった。
こいつ、と言ってジタンを指差したティーダの視線は、彼の後ろへと向けられている。

ティーダが退いて、隣地区の新学校の制服が見えた。
え、と目を丸くしたジタンに、ティーダが制服の持主を紹介する。


「こいつ、スコール。俺の幼馴染で、隣の地区に住んでるんだ。なんかジタンの生徒手帳拾ったから、届けに来たって」


ティーダの蜜色の髪とは正反対の、ビターチョコレートを思わせる濃茶色の髪。
瞳は青とも藍とも違う、生まれたばかりの猫に似た、透明感のあるキトゥン・ブルー。
長い手足、やや細身だが均整の取れた体系、制服も着崩す事なくネクタイまできちんと締めている。
高い鼻、小さな唇、シャープな輪郭、切れ長の目────そして、額に走る一閃の傷痕。

美丈夫、クールビューティ系、と言えば良いだろうか。
額の傷を見て尚、醜いとは全く思われる事のない、神が丹念に厳選を重ねたかのような秀麗な面だ。
きっと同性からはさぞかし羨ましがられ、異性は虜にされて已まないだろう。
ジタンもこれだけの美人が相手ならば、自ら進んで愛の奴隷となるに吝かではなかった。


(…………って、男かよちくしょおおおおおおお!)


がっくりと膝を折るジタンに、ティーダが「おーい?」と声をかける。
美丈夫は、きょとんとした表情で地に這ったジタンを見下ろしていた。

つい先程まで妄想していた内容と現実との剥離に、思わずショックを受けたジタンであったが、直ぐに我を取り戻した。
この際、届けてくれた人物の性別など、二の次三の次だ。
先ずは生徒手帳を拾ってくれた事と、わざわざ届けに来てくれた事に感謝を述べるべきだろう。
そう思い直して、ジタンはすっくと立ち上がった。


「ジタン、大丈夫っスか?」
「おう、悪いな、なんでもないから気にするな。で、あんたがわざわざ届けに来てくれたんだよな」
「……ああ」


ジタンの確認に、美丈夫───スコールは静かな声で頷いた。
低く主張の少ない声に、ティーダの幼馴染と言う割には随分と大人しい印象だな、とジタンは思う。

スコールは手に持っていた鞄から、黒壇の生徒手帳を取り出した。
無言で差し出されたそれを受け取り、顔写真のページを確認する。
写真、学籍番号、名前と、間違いなくジタンのものが記入されていた。


「…あんたので間違いないか」
「ああ。サンキュ、本当に助かった。これがないと大変な事になるとこだったんだ」


ジタンの言葉に、スコールが不思議そうに首を傾げる。
生徒手帳一つで何を大袈裟な、と言う表情を浮かべるスコールに、ティーダが言った。


「明日、所持品検査があるんスよ。このガッコ、生徒手帳は絶対持ってなきゃいけないんだ」
「……面倒だな」
「だよなー。スコールのとこは、そう言うのないっスか?」


ティーダの質問に、スコールは判らない、と言って首を横に振った。
きちんと整えられた制服姿を見て、あったとしても引っ掛からなそうだな、とジタンは思う。

しばらく、幼馴染だと言う二人の会話をぼんやりと眺めていたジタンだったが、話が放課後の寄り道の算段になったのを見て、ああそうだ、と思い出す。


「えーと、スコール…先輩?」


ティーダと幼馴染なら、年齢は一つ上になる筈だ。
探りながら名を呼んだジタンに、スコールが振り返る。


「……なんだ」
「あんた、隣の地区に住んでるんだよな。手帳拾ったのも、そっちで?」
「ああ」


頷くスコールを見て、一体いつ落としたのだろう、とジタンは記憶を巻き戻す。
制服のままで隣地区に遊びに行ったのは、今から一週間も前の事だ。
それから明日までに所持品検査が重ならなくて良かった、とほっと胸を撫で下ろす。


「って事は、あんたはわざわざ隣の地区から、此処まで来てくれたんだな」
「…知らない学校なら警察に届けようと思ったが、ティーダがいたからな」
「俺のお陰っスね、ジタン!」
「確かにな。お前がいなかったら、大目玉喰らうとこだった」


隣地区で拾ったものだから、届けられる警察署も、やはり隣地区のものだろう。
こういう場所に届けられたものは、落とした持主が管轄に連絡しなければ、戻ってくる事はない。
ジタンはまさか隣地区で落としているとは思わなかったから、スコールが届けてくれなければ、明日の所持品検査には絶対に間に合わなかっただろう。


「んじゃ、わざわざ御足労して頂いた訳だし。ティーダのお陰ってのもあるし。お礼になんか美味いものでもどう?」
「マジっスか!」
「は?」


目を輝かせて食い付いたティーダに対し、スコールの反応は鈍かった。
判り易く眉根に皺を寄せて顔を顰めるスコールに、失敗したかな、とジタンは眉尻を下げる。
進学校に通っているし、放課後の寄り道、飲食は禁止、と言う委員長タイプかな、とジタンが考えていると、


「いいじゃないっスか、スコール。ジタン、結構美味いもの知ってるから、期待して良いっスよ」
「俺は別にそう言うのは……大体、落し物届けた程度で、そんな事」
「言っただろ?明日、所持品検査なんスよ。生徒手帳がないと、生徒指導に目付けられる位厳しいんだ。俺も一回落とした時に検査で引っ掛かったんだけど、わざとじゃないのに、校則守れないのかってネチネチ苛められるのなんて、溜まったもんじゃないっス」
「そんなに厳しいのか?」


信じられない様子で問うスコールに、ジタンとティーダは揃って頷いた。


「まあ、そう言う訳でさ。良いタイミングで届けてくれた救世主様に、感謝の気持ちを伝えたい訳」
「……大袈裟な……」
「良いから良いから!スコールもたまには放課後の楽しみってものを知ると良いっス!」


だから行こう、とティーダはスコールの背を押して歩き出した。
スコールは戸惑う表情は消えないが、押しに弱いのか、されるがままだ。

ジタンは教室に置いたままにしていた鞄を回収し、昇降口へ向かう二人を追った。
階段を下りる所で二人に追い付くと、ジタンはティーダを真ん中にして並ぶ。


「お礼に行くとこだけど、何処が良い?」
「スコールが決めろよ。拾ったのはスコールなんだし」
「俺は別に……」


土地勘がない事も然る事ながら、放課後の寄り道自体に経験が少ない所為か、スコールからの希望はこれと言って挙げられない。
じゃあ仕方ない、と代わりにティーダが希望を挙げた。


「いつものゲーセンの向こうにさ、トンカツ屋あるじゃん。あれとかどうっスか?」
「ああ、あそこ美味いよな」
「スコールも良いよな?其処なら、鳥とか軽い奴もあるからさ」


スコールからの返事はなかったが、ティーダはそれを是と受け取ったらしい。
よし行こう!と拳を振り上げるティーダに、やはりスコールは反対を口にしなかった。

昇降口の下駄箱は学年毎に並べられている為、一年生のジタンと二年生のティーダの下駄箱は全く違う所にある。
そして来客用の下駄箱は、昇降口の一番端に設置されており、それと向かい合ってジタンのクラスの下駄箱があった。
靴を履きかえる為、自分のクラスの下駄箱に向かうティーダと一端別れると、ジタンはスコールと二人きりになった所で、彼の幼馴染に聞こえないボリュームで訊ねた。


「スコール先輩って、ひょっとして脂っこいもんとか苦手?」


背中を向け合って訊ねたが、背後でスコールが僅かに動きを止めたのは判った。
スコールは少しの間を置いてから、


「……なんで判った?」
「いや、なんとなく」


ティーダがトンカツ屋と言った時、スコールが僅かに眉を潜めたのが見えた。
鶏肉もあるから、とティーダが言った時、スコールは何も言わなかったが、横顔が少しだけ安堵したように見えた。
後は、見た目からして、余り味の濃いものや、揚げ物の類を好みそうに見えない────と言う事を説明するのが面倒で、ジタンは便利な言葉でひっくるめた。

はあ、とスコールが溜息を漏らす。
靴を履きかえている背中を見ながら、ジタンは苦笑する。


「言ってくれりゃ良かったのに」
「…別に良いと言ったのは、俺だ。一応、鶏肉もあると言っていたし」


自分で先に選択権を譲ったから、反対し難かったのか。
それとも、部活終わりで腹を減らしている幼馴染を気遣ったのか。
どっちもかな、と勝手に解釈しつつ、ジタンはこっそりと眉尻を下げる。
一番にお礼をするべきなのは、手帳を拾い、届けてくれた彼なのに、これでは意味がない。

ジタンは自分の靴を履きかえると、昇降口の出入口で幼馴染を待つスコールの下に駆け寄った。


「なあ、先輩。また今度、改めてお礼させてくれよ」
「……何度も要らない」
「そう言わないで頼むって。借りの作りっ放しは性に合わないんだ」
「借りならこれから返すだろ」
「でも脂っこいもんは好きじゃないんだろ。それじゃ礼にならないよ」
「………」


沈黙するスコールを見上げれば、彼は眉間に深い皺を寄せていた。
口を真一文字に引き結んでいる所を見ると、機嫌を損ねたように見えたが、蒼の瞳はそうではない。
どちらかと言えば困惑を示しているように彷徨う瞳に、あと一押し、とジタンは見抜く。

ジタンはポケットに入れていた携帯電話を取り出して、操作しながら訊ねる。


「先輩、携帯持ってる?校則で持ち込み禁止?」
「いや、持ってる」
「んじゃ、交換」


自分のアドレスページを開いて見せたジタンに、スコールがぱちりと瞬きを一つ。
切れ長の目が大きく見開かれると、今までと違って随分と幼い印象に見えた。
随分と雰囲気が変わるな、と思いつつ、笑ったらどんな風になるんだろう、と言う細やかな興味が沸く。

形の良い唇が薄く開いて、何かを口にしようとして、結局音にならずに紡がれる。
引き結んだ唇をそのままに、スコールはブレザーのポケットから携帯電話を取り出す。
ジタンは赤外線送信の準備をして、スコールの携帯電話に自分のそれを近付けた。
液晶画面で通信が始まったのを確認していると、ぽつり、と。


「……名前、」
「ん?」


零れた声に、ジタンが顔を上げる。
見上げ見下ろさなければ、互いの顔が見えない身長差に、密かに悔しさを感じていると、


「先輩って呼ばれるのは、変な気分だ。だから、名前で呼んで良い」




そう言って逆光の狭間に照らされた彼の顔が、微かに微笑んでいたように見えて、ジタンは胸の奥が強く弾んだ音を聞いた気がした。






ジタスコ書こうとしたのに、矢印にすらならなかった。でもきっと此処から始まるよ。
スコールの方も、お礼とか先輩って呼ぶとか義理堅い感じがして、良い印象になってると思われる。
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[クラレオスコ]ハッピー・スイーツ・パラダイス 1

  • 2014/09/02 23:52
  • カテゴリー:FF
超甘党なレオンとスコールと、そんな二人に付き合うクラウドで現代パラレル。





見た目の印象化、雰囲気か、レオンとスコールは甘いものが苦手だと思われている。
が、実際には全くの逆で、彼等は大の甘党であり、昨今で言う所謂“スイーツ男子”にカテゴリされるタイプであった。

しかし、スコールの場合は思春期特有の見栄で、レオンは周囲が思う自分のイメージを気にして───要するに、二人とも人目が気になるのだ───、自分が甘党であると言う事を隠している。
知っているのは家族か、付き合いが長く、且つ深い人間だけだ。
何も隠さなくても良いんじゃないか、と彼等の恋人を自負するクラウドは思うのだが、彼等がそう言う性格なのだから仕方がない。
序に、家族以外で彼等の甘党振りを最も良く知っているのが自分だけだと考えると、ちょっとした優越感に浸れるので、まあこのままでも良いか、とも思っている。

そんな甘党兄弟が憧れて已まないのが、時間制限一杯に甘いものが食べられる、ケーキバイキング、スイーツパラダイスだ。
洋菓子店で売られているケーキは、見た目も凝っており、店毎の特色が出ていて、それも良いのだが、幾つも食べるとなるとコストがかかる。
冷蔵庫の容量にも限度があるし、生クリームは日持ちがしないし、かと言って買った当日中に全て食べ切るのも難しい(二人は痩せの大食いなので、可不可の話で言えば、可能かも知れないが)。
出来れば一度に沢山の種類のケーキを味わう事が出来たら、こんなに贅沢な事はない。
そんな彼等の希望を叶えるには、やはり様々ケーキ・フルーツが一堂に会するケーキバイキングはとても魅力的に見えるのだろう。
しかし、圧倒的に女性客が多いであろうそんな場所に、人目を気にする彼等が行くと言うのは、非常にハードルが高い行為であった。
仕事場や学校近くで行われているケーキバイキングもあるのだが、そんな所に行ったら、同僚や同級生と鉢合わせする可能性も高い。
益々、彼等の希望は遠退いた。

そんな恋人達の為にと、クラウドは一念発起して、車で行ける範囲にあるバイキングレストランを探し、月に二回の頻度で、全メニューデザート系と言う催しを行っている所を見付けた。
有名所と言う訳ではないが、種類が豊富で、彼等が好きな生クリームやチョコレートクリームを使っているケーキが多い。
勿論、フルーツ系のケーキやタルト、ヨーグルト等も揃っている。
其処はレオンの職場からも、スコールの学校からも遠い為、同僚・同級生に見付かる可能性も低い。
席はテーブル毎にパーテーションで区切られているから、皿にケーキを山盛りにして食べていても、周りを気にする必要はない。

そう言う場所を見付けたから、一緒に行かないか、とクラウドが誘った時、兄弟は判り易く目を輝かせた。
一も二もなく「行く」と言う返事が得られた訳ではなかったが、「偶には良いな」「偶にはな」等と言う遣り取りをする彼等が、内心わくわくと子供の用に喜んでいた事は、クラウドにはバレバレであった。

ケーキバイキングは月に二回しか行われない為、レオンとクラウドはしっかり有給を取った。
平日であった為、学生であるスコールは、仮病をして学校を休んでいる。
其処までして行きたかったのか、と、普段は真面目に学業に従事しているスコールを見て些か呆れたクラウドであったが、この機会を逃せば二度と行けないかも知れない、と真剣に考えている年下の恋人を見て、深く追求する事は止めた。
第一、レオンにしろスコールにしろ、生真面目な性格をしているのだ。
偶に羽目を外す位なら、許されても良いだろう。

待ちに待った当日は、レオンの車をクラウドが運転し、店まで向かった。
ケーキバイキングの幟を掲げた店は、ロッジを模したもので、スイーツパラダイスにありがちな可愛らしさや華々しさはない。
レオンやスコールのように、人目を気にする男性客にとっては、有難い。

受け付けを済ませ、案内された席に荷物を置いた後、クラウドは二人にケーキを取って来るように促した。
入店前からそわそわとしていた二人は、直ぐに席を立って揃ってケーキテーブルへ向かう。
そして戻って来た時には、皿から溢れんばかりのケーキを盛っていた。
ケーキは12カット程度の細いサイズに切り分けられているのだが、それがひしめき合う程に集められているとなると、彼等はかなりの数のケーキをよそって来た事になる。


「……そんなに一気に持って来なくても良かったんじゃないか?」


皿の上で所狭しとしているケーキ群を見て、クラウドは言った。
恋人の一言に、レオンは眉尻を下げて苦笑し、


「そうは思ったんだが、選び切れなくて」
「……一つしかない奴もあった」


スコールの一言に、後からまた出て来るだろう、とクラウドは思ったが、それは飲み込む。
目の前に在るのを見て、我慢できなかったのは明らかだ。

先ずは基本のショートケーキ、とレオンが真っ白な生クリームに覆われたケーキを口に入れる。
フォークを食んだ彼の口元が、誰が見ても判る程に緩んでいた。
その隣では、スコールが大好きなチョコレートケーキを食べている。
トレードマークの如く眉間に刻まれている皺が、今はすっかり解け、顔立ちの幼さが助長された。


「うん、良いな。生クリームもベタッとしてないし」
「チョコケーキ、ナッツが入ってた。触感が変わって面白い」
「これはラズベリーだったな。いや、先に桃のタルトを…」
「あ。レオン、このアップルパイ、まだ少し温かい」
「本当か?じゃあそっちを先に食べるか」
「あと、コーヒーケーキは結構苦い……」
「どれどれ……うん、確かに。半分ずつにしよう、それなら食べられるだろう?」
「……なんとか」


コーヒーケーキの苦味に負けたスコールに、レオンがくすくすと笑う。
渋面が取れない弟に、レオンはラズベリーケーキを一口掬って差し出す。
スコールはぱくっ、と抵抗なくそれに齧り付いた。
苦味の残る舌に、ラズベリーの甘酸っぱさがより深く感じられたのか、瞬く間にスコールの眉間から皺が消える。
気を取り直してトロピカルケーキを食べ始めた弟を満足げに眺めて、レオンは残りのラズベリーケーキを食べ始めた。

二人の皿の上のケーキが、瞬く間になくなって行く。
クラウドは、終始嬉しそうにケーキを食べる二人をのんびりと見詰めていたのだが、


「クラウド。お前も行って良いぞ。荷物は俺達が見ているから」


テーブルについて以来、一度も席を立っていないクラウドに、レオンが言った。
クラウドは逡巡したが、「そうだな、行って来る」と言って、ようやく席を立つ。

だが、クラウドはケーキテーブルには向かわなかった。
足はドリンクバーコーナーに向かい、ブラックコーヒーを淹れると、周りに人がいない事を確認して、その場で一口飲んだ。
行儀が悪い事は判っていたが、そろそろ耐えられなくなっていたのだ。


(見てるだけで胸やけしそうだ……)


クラウドは甘い物が食べられない訳ではなく、甘味に関してはカットケーキは半分食べれば満足するタイプだ。
食べる時には必ずコーヒーをアテにしており、レオンやスコールのように、甘味だけを食べる気にはならない。
そんなクラウドにとって、山と積まれたケーキは、中々胃に堪えるものがある。

しかし、悲しいかな、恋人達はそんなクラウドの甘味事情に気付いていない。
それ所か、自分達と同じように、人目を気にしているだけで、実は甘い物が好きだと思っている。
彼等がそう勘違いするように仕向けたのは、他でもないクラウド自身で、だからこそ彼等が自分の本音(スイーツ好き)を打ち明けてくれたのだが、こんな時には少しばかり後悔する。
……因みに、ファミレス等でクラウドが注文したカットケーキを半分食べて残りを譲っている事については、人目を気にして自ら甘味を注文できない自分達の代わりをし、スイーツ仲間としての配慮だと思っているようだ。
クラウドは人目を気にする性質ではないので、代わりに注文しているのは確かだが、半分で食べるのを止めるのが彼の甘味許容値の限界であるからとは、彼等は全く気付いていない。

喉奥が少し落ち着いた所で、クラウドは2本のグラスにオレンジジュースを注いだ。
コーヒーカップとオレンジジュースをトレイに乗せ、一度席に戻る。


「飲み物、持って来た」
「ああ、すまない」
「……ん」


テーブルにトレイを置くと、レオンとスコールからは短い反応。
直ぐにケーキに意識を戻す二人に、クラウドは些か寂しさを覚えつつも、嬉しそうにケーキを食べる二人の横顔に笑みを零す。

クラウドはもう一度席を離れると、今度はケーキテーブルへと向かった。
折角来たのだから、少し位は何か食べて行かないと、損をした気分だ。
レオンとスコールには不評気味だったコーヒーケーキなら、抵抗なく食べられるかも知れない。

ショートケーキ、チョコレートケーキ、フルーツタルト、生クリームやチョコレートや抹茶クリームなど各種のロールケーキ。
バニラムースと苺ムースの2層ケーキ、ティラミス、スフレチーズケーキとレアチーズケーキ……エトセトラ。
シュークリームやマドレーヌ、小さく切り分けた生チョコレートもある。
眩暈がしそうな程に所狭しと並べられたスイーツ群に、見ているだけで胃が凭れそうになったクラウドだが、甘さ控えめと広告のついたティラミスとコーヒーケーキを選ぶ事にする。
ケーキ類の他に、パスタやピザが並べられていたので、それぞれ少しずつ皿に取って、クラウドは席に戻った。
その途中で、空になった皿を持った恋人達と擦れ違う。


「もう全部食べたのか?」


目を丸くするクラウドに、ああ、とレオンが頷く。
その後ろで、スコールが微かに顔を赤らめていた。


「どれも中々美味くて、止められなかったんだ」
「……そうか。まあ、楽しそうで何よりだ」
「お前のお陰だ。行こう、スコール。奥にチョコレートフォンデュがあったぞ」
「…!」


兄の一言に、スコールの蒼眼が輝く。
足早になる弟の背にくすりと笑って、レオンがその後を追う。

席に戻ってコーヒーを飲み、クラウドはほっと息を吐いた。
甘味の前に胃を慣らしておこうと、パスタをフォークに巻き付ける。


(あれだけ甘いものを見るのは少し辛いな。でも……)


つい先程聞いたばかりの恋人の一言を聞いて、クラウドの口元が緩む。

付き合いが長い事、恋人と言う身内同然のポジションにいるお陰か、レオンはクラウドに対して遠慮しない。
仕事で上手く彼をサポートした時を除けば、レオンは余りクラウドに感謝の言葉を口にする事はなかった。
誰に対しても配慮を忘れないレオンが、クラウドに対してだけは容赦のない物言いをするのは、彼からの信頼の証と言って良い。
が、たまには褒めて欲しいな、と思う事もある訳で────と言う所に、先の「お前のお陰だ」と言う一言だ。
レオンにとっては何気ない一言だったのだろうが、恋人にそう言って貰えると、クラウドとて喜ばない訳がない。

そんな彼の傍らで、兄以上に無口なスコールも、今日は常よりもずっと楽しそうにしている。
表情だけはいつもと同じように装っているつもりでも、蒼灰色が爛々と子供のように輝いているのが判った。
時折、浮かれている自分に気付いて我に返るのか、真っ赤になっている事があるが、甘味の誘惑には逆らえないようで、結局、また眉間の皺が緩む。
チョコレートフォンデュがあると知って、いそいそと向かった後ろ姿も、いつもの大人びた雰囲気とギャップがあって可愛らしい。

そんな恋人達を見ていると、連れて来て良かった、とクラウドは思った。




≫2
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[クラレオスコ]ハッピー・スイーツ・パラダイス 2

  • 2014/09/02 23:48
  • カテゴリー:FF
スイーツ男子なレオスコと付き合うクラウド続き。





クラウドがパスタとピザを食べている間に、レオンとスコールは戻って来た。
1回目と同じく、皿に特盛にされたスイーツ群に、クラウドはこっそりと自分の胸元を摩って宥める。
二人はそんな恋人に気付く事なく、お互いが選んだケーキの何が美味しい、これがお薦めと話に花を咲かせている。


「苺のロールケーキが美味いぞ。中にカットされた苺が入ってる」
「トロピカルケーキのパイナップル、美味かった」
「マンゴームースはどうだった?」
「俺は気に入った。ババロア、何処にあったんだ?」
「トルテの横だったかな。スコール、フォンデュしたマシュマロ、食べるか?」
「食べる」


爪楊枝を挿した、チョコレートにコーティングされたマシュマロを差し出すレオン。
スコールが雛鳥のように口を開けて、ぱくっと食い付いた。
もこもこと頬袋を作ってマシュマロを食べる弟に、レオンが楽しそうに笑う。


「レオン、苺、食べる?」
「良いか?」


今度はスコールが、爪楊枝を挿したチョコレートコーティングされた苺を差し出す。
レオンが口を開けると、スコールが其処に苺を運ぶ。
甘いチョコレートと、苺の甘酸っぱさが口の中に広がって、レオンの口元が緩む。
それをスコールは羨ましそうに見詰め、もう一つ皿に取っていた苺を口に入れた。


「あま」
「うん」
「……ん」


2文字以下の会話だが、兄弟はそれで十分であった。
口は舌の中の甘味を堪能するのに夢中で、それ以上の役目を放棄している。

そんな二人の前で、クラウドは悶絶していた。


(可愛過ぎるだろう……!)


我知らずにやける口元を、クラウドは必死に引き結ぶ。

お互いに食べさせ合うなんて、いつもならば、人目を気にして絶対に取らない行動だ。
特にスコールは恥ずかしがるので、レオンが促しても断るだろうに、今日は小さな子供のように素直だった。
そんな弟の姿が、レオンは嬉しくて堪らないのだろう、もう一つ、と言ってホワイトチョコレートのかかった苺を差し出している。

やっぱり連れて来て良かった、と思いつつ、クラウドはコーヒーを口に運ぶ。
其処へ、二対の蒼灰色が向けられて、


「クラウド。お前、もう食べないのか?」


レオンに言われて、クラウドはああ、と眉尻を下げた。


「俺はもう十分だ」
「……あんまり食べてないだろ」


確かに、普段のクラウドの食事量と比べれば、今日は半分以下で止まっている。
と言うのも、目の前でこれでもかと言う程消費される甘味を見て、既に胃もたれが始まっているのだから仕方がない。

────が、甘党な兄弟は、そんな恋人の本音には気付いておらず、


「取って来ようか。チーズケーキとか美味かったぞ」
「い、いや。大丈夫だ。俺はお前達が食べてるのを見てるだけで満足だから」


席を立とうとするレオンを、クラウドは慌てて止めた。
彼等と同じペースでケーキを持って来られても、クラウドには半分も消費できない。

レオンは納得しない顔をしつつも、椅子に座り直した。
レオンはしばしクラウドを見詰めた後、手元の皿のショートケーキをフォークに挿し、


「ほら」


徐に差し出されたそれを見て、クラウドは目を丸くした。
固まるクラウドに、レオンは常と変わらない表情で言う。


「美味いぞ」
「……あ、ああ」
「ほら、口開けろ」


促されるままに口を開けながら、まさか、マジかと胸中で叫ぶ。
その叫びは、歓喜でもあり、拒絶でもあり、しかしやはりクラウドは歓喜していた。

舌の上にフォークの背が当たって、クラウドは口を閉じる。
口の中が甘いもので一杯になり、クラウドは引き攣りそうになる顔を必死で正常に保たせていた。


(甘い!やばい!甘い!!)


柔らかい食感の生クリームが、舌の上で蕩けて行く。
噛む程の抵抗もないそれは、瞬く間にクラウドの咥内を満たし、甘い感覚が鼻まで抜けた。

そんなクラウドを、レオンが笑みを浮かべて見ている。


「どうだ?クラウド」
「………あ、まい」
「美味いよな」


聞き間違えたのか、甘い=美味いと言う極甘党の思考なのか、レオンは疑いもせずに、クラウドの一言に嬉しそうに笑った。
その笑顔が眩しくて、クラウドは咥内の甘味地獄に悶えつつ、テーブルの下で耐えた自分にガッツポーズする。

正直な気持ちを吐露すると、この生クリームはクラウドには甘過ぎる。
コーヒーをアテにしても余り食べられるものではないだろうと予想していたが、現実はそれ以上だった。
そんな予測をしていながら生クリームを食べたのは、レオンが滅多にしない「あーん」をしてくれたからだ。
普段はどんなに強請っても、恋人らしい甘い行為など許してくれないレオンが、自ら「あーん」させてくれた事に、クラウドは完全に舞い上がっていた。

更に、レオンがクラウドに差し出したフォークをそのまま使っているのを見て、また顔がにやける。


(間接キス!!)


中学生でもあるまいにと思いつつ、やはり喜んでしまう自分をクラウドは誤魔化せない。

そんなクラウドをじっと見詰めるのは、年下の恋人───スコールだ。
スコールはレオンとクラウドを交互に見詰めた後、徐に皿の上のチョコレートケーキをフォークに取り、


「クラウド」
「ん?」
「………ん」


差し出されたチョコレートクリームに、クラウドは再度目を丸くした。

まさか、スコールが、あの恥ずかしがり屋のスコールが。
驚きと感動に打ち震えるクラウドに、スコールは気付かないまま、微かに赤らんだ顔でチョコレートクリームを差し出している。
早く食べてくれ、と縋るように上目遣いになる彼が、クラウドは可愛くて堪らない。

しかし、口の中にはまだ生クリームの甘味が残っている。
だが、いつまでも躊躇っていては、羞恥に耐え兼ねたスコールが手を引っ込めてしまう。

あ、と口を開ければ、スコールは其処にチョコクリームを運んだ。
クラウドはテーブルの下で拳を握り締めながら、甘味の塊を食む。
するっとフォークが抜けて、スコールを見ると、彼は心なしか嬉しそうに唇を緩ませていた。


(可愛い。でも甘い。でも可愛い…!)


口の中はすっかり甘味地獄だが、クラウドは満足していた。
レオンだけでなく、スコールからも念願の「あーん」をして貰えた。
それだけで、二人を此処に連れて来て、尚且つ一緒に付き合って良かったと心の底から思う。

蕩けたチョコレートクリームの後味を、コーヒーを飲んで誤魔化した。
ふう、と一息吐いたクラウドだったが、そんな彼の目の前に、今度は薄くピンクに色付いたクリームが差し出される。


「苺とラズベリーのケーキ、美味かったぞ」
「…柚子入りのレアチーズケーキも」
「あ、生チョコ食べるか?」
「バナナのチョコタルトとか、あと、アップルパイと」
「ほら、口開けろ」
「……これも…」


次から次へと差し出されるデザートに、クラウドは固まった。
しかし、大好きな甘味に囲まれて舞い上がっている恋人達は、そんなクラウドに相変わらず気付かない。
何より、彼等にとってこの行動は、純粋な好意であり、憧れだったスイーツパラダイスに連れて来てくれたクラウドへの礼なのだろう。

ほら、と。
眩しい程の笑顔と、恥ずかしそうに頬を赤らめて差し出される、甘い甘いケーキ。
それらを見詰め、あらゆる意味で此処は確かに天国だと────そして同時に地獄だと、クラウドは思いつつ、口を開けた。





前々から妄想していたスイーツ男子な獅子兄弟と、彼らに喜んで貰おうと頑張るクラウド。
頑張れば頑張る程クラウドが不憫な気がするが、本人は結構幸せです。翌日胃もたれで寝込むとしても。

甘い物食べたいよーぉぉぉおおおお!
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