[バツスコ]君の世界の中心で
- 2020/08/08 21:35
- カテゴリー:FF
去年から、バッツはスコールと同棲を始めた。
幼馴染から恋人同士に関係が変化してから、間もなくの事である。
同棲に至る切っ掛けは、スコールが高校生になると同時に、実家を出て一人暮らしをしたい、と言い始めた事だ。
目指したのは“独り暮らし”の筈なのに、どうしてバッツと“同棲”する事になったのかは、彼の父の過保護が理由の一つにある。
幼い頃、スコールは病気勝ちで、保育園を度々休み、小学校に上がってからも、学校行事の時に折り悪く体調を崩してしまう事が多かった。
元々気が弱い性格であった事や、母を早くに亡くしてしまった事も手伝い、年々内向的になって行っていたと言っても良い。
この為、唯一の肉親である父に対しての依存も大きくならざるを得ず、父もまた息子に対して何かと過剰な程に心配するのが常になっていた。
中学生になると、少しずつ体付きも丈夫さも周囲に追い付いて来るようになったスコールだが、父ラグナにとっては、幼年期に何度も熱を出しては譫言に父を呼んだ息子の姿が、今も忘れられないのだろう。
今でも時折、疲れを溜め込むと熱を出し、二日三日と寝込んでしまう事もあるスコールだ。
息子を愛するが故に、スコールを一人送り出す事に、父はどうしても同意できなかった。
それがスコールの成長の一つであり、いつまでも自分が傍にいられる訳ではないと言う、現実があるのだとしても。
だから、幼馴染であり、昔から何かとスコールの面倒を見ていたバッツに白羽の矢が立った。
スコールが合格した高校は、バッツが一人暮らしをしているアパートから程近い場所にある。
幼い頃から世話になっている病院も、電車で二駅、タクシーで行っても直ぐの距離。
何より、スコールが一人になる事に不安を拭えないラグナにとって、互いによく知る人物が傍にいると言う事が大きかった。
バッツならスコールの事情を理解しているし、スコールが寝込んでも看病できるし、いざとなればラグナに連絡する事も可能だ。
彼と同居するなら実家を出ても良い、と精一杯の譲歩で、成長した息子の意思を汲もうとする父に、折れない過保護ぶりにスコールは拗ねた顔をしていたが、それでも一つ自分の枠を飛び越える事には変わりない。
何より、一緒にいるのがバッツなら、と言う想いもあった。
こうしてスコールはバッツと一つ屋根の下で暮らす事になった。
案の定、初めのうちは、一人暮らしと高校生活と言う環境の変化で体調を崩し勝ちで、ラグナの心配が当たったなと苦笑いするバッツに、スコールは返す言葉がない。
しかし、一年も経てば生活環境には慣れて行くもので、スコールが頻繁に寝込む事もなくなった。
高校の友達を家に連れて来る事も増え、バッツの交友関係の中にも紹介され、スコールの世界はどんどん広がって行く。
だが、そんな生活をしていても、スコールの世界の中心にいる人物は変わらない。
その事にバッツはこっそりと喜びを感じていた。
土曜日の工事現場のアルバイトを終えて帰って来ると、スコールが夕飯を作っていた。
父子二人暮らしで、何かとおっちょこちょいな父親に代わって、早い内から家事を引き受けていた事もあり、スコールは中々料理が上手い。
本人はレシピに則っただけだとか、そんなに手の込んだものはしていない、あんたの方が上手いだろうと言うけれど、バッツはスコールの料理以上に美味い食べ物を知らない。
恋人の愛情たっぷりの手作り料理なんて、この世で一番美味いに決まっているのだから。
帰宅の挨拶もそこそこに、じゃれたがるバッツに席に着くように言って、スコールはフライパンで炒めていた肉野菜炒めを皿に盛る。
土方の仕事はスタミナを消費するから、胃袋は空っぽで鳴りっぱなしだ。
頂きます、と挨拶を終えると、バッツはすぐさま肉野菜炒めに齧り付き、リスのように頬袋を膨らませて舌鼓を打った。
「美味い!やっぱりスコールの作ってくれたご飯は良いなあ」
「大袈裟だろ……」
褒めちぎるバッツに呆れながら、スコールも自分の分に手を付ける。
皿に盛られた諸々の料理は、バッツに装ったものに比べると、どれも半分程度しかなかった。
バッツが大食漢なのか、スコールが小食なのか、友人が見れば両方だろうと言っただろう。
それだけ量に差があっても、食べ終わる時にはいつも同時だ。
スコールは食べるのがのんびりだなあ、とバッツが言うと、あんたが早過ぎるんだと返って来る。
これについては、どっちかと言えばスコールが正しい、と言ったのは共通の友人であるジタンだったか。
夕飯を終えて、バッツが膨らんだ腹を撫でていると、スコールがコーヒーを淹れ始める。
父親の影響でコーヒー党になったらしいスコールは、実家にいる頃から、夕飯後にはコーヒーを飲む習慣が出来ていた。
元々は母が食後に父の為に淹れていたのが始まりで、受け継ぐようにスコールが父にコーヒーを淹れるようになった。
中学生の頃からスコールもコーヒーを嗜むようになり、自分の分も淹れるようになって、今に至る。
二杯分のコーヒーがソーサーに注がれ、砂糖とミルクを一杯ずつ入れた方がバッツの前に置かれた。
「ありがと」
「……ん」
短い返事をして、スコールは自分のコーヒーを持って席へ戻る。
バッツはふーふーと息をかけて少し冷ましてから、コーヒーに口を付けた。
香ばしい香りと少しの酸味が舌を滑り、苦味はミルクのお陰でまろやかな口当たり。
「はー……」
零れた吐息は、安堵と安らぎ。
今日も一日しっかり働き、家に帰れば愛しい人が待っていて、その人が淹れてくれたコーヒーをのんびりと傾ける事が出来る幸せを、バッツはしっかりと噛み締める。
カリ、と小さな砕く音がして、スコールを見てみると、食卓テーブルの端に置いていたクッキーを齧っていた。
陶器のシュガーポットをお菓子入れにして常備されているそれは、食後の一服のアテだ。
バッツも一個貰おうと手を伸ばすと、スコールが取り易いようにとシュガーポットを寄せてくれる。
しばらくのんびりと過ごしていると、スコールの携帯電話が着信音を鳴らす。
腕を伸ばして携帯電話を取り、液晶画面を確認して、
「……ティーダ」
「お。明日遊ぼうって?」
「…そんな所だ」
「ティーダはスコール大好きだな~」
発信主はスコールの同級生。
余り交友関係と言うものに積極的ではないスコールに、あちら側からよく接触してくれるクラスメイト。
バッツも何度か会った事があり、明るくノリが良くて良い奴、と覚えている。
そんなティーダは毎日のようにアクティブなタイプで、休日はよく外出に繰り出していた。
しかし一人で遊ぶのは寂しいからと、友達に連絡を取って、一緒に行こう、と誘ってくる。
スコールもそんなティーダを悪く思う事はなく、特に決まった予定がなければ、行ってやっても良い、と言う返事をするのが常だった。
が、今日のスコールは直ぐに返事を打つことはせず、じっと黙って液晶画面を見ている。
返事を迷っている時の表情だと、バッツは直ぐに気付いた。
「どした?行かないのか?」
「………」
バッツが訊ねてみると、蒼灰色の瞳がちらりと此方を見遣る。
じい、と見つめる瞳が何か物言いたげに見えて、バッツは「ん?」と首を傾げて促してみた。
スコールはやはり迷うように視線を彷徨わせた後で、
「…あんた、明日、休みなんだろ」
「ああ、うん。バイトは入れてないな」
「……だから……」
どうしようかと思って───と言うスコール。
「……」
「良いよ、ティーダと遊んできても。折角の日曜日だろ?」
「………」
悩むスコールの背を押すつもりでバッツが言うと、む、と眉間に深い皺が刻まれる。
唇を尖らせ、判り易く拗ねた顔がバッツを睨み、
「あんたが日曜日に家にいるなんて、久しぶりだろ……」
心持ち小さな声で、スコールはそう言った。
普段のバッツのスケジュールは、学業と睡眠時間以外はアルバイトで埋まっている事が多い。
学費に家賃に生活費にと、自分の手で賄わなくてはならないからだ。
家賃については、スコールとの同居を始めるに辺り、父親が半分出してくれるようになったので少し楽になったが、学費と生活費の負担は変わらない。
ラグナは必要なら構わないと言ってはくれたが、これは他人に甘えるものじゃないと、バッツが決めて線引きしたものだ。
そう言う訳で、どうしてもバッツの生活というものは、アルバイトを中心として回る事になるのである。
複数のアルバイトを掛け持ちしている為、バッツの完全な休日と言うのは非常に稀である。
明日はシフトの都合で偶々空いた休日で、バッツが意図して空けたものではなかった。
月に一度はそう言う休みが出て来るものだが、それが日曜日、スコールも学校に行く必要がない休日と合致したと言うのが、更に希少価値を高めていた。
だからスコールは、友達からの誘いに、なんと答えたものかと迷っているのだ。
ティーダと遊ぶのも決して嫌いではないけれど、バッツと一日のんびり過ごせる日は、次はいつあるかと言う話だから。
「……明日は、昼にあんたの好きなものでも作ろうかと」
「そうなのか?」
「……あんたがいらないなら、別に、遊びに行くけど…」
食い付いて身を乗り出したバッツに、スコールが拗ねた顔でそんな事を言ってくれるから、バッツは「待って待って!」と引き留める。
もうテーブル一枚の距離がもどかしくて、バッツは席を立った。
がちゃんと空になったソーサーが音を立てるのも構わずテーブルを周って、座っているスコールに抱き着く。
「やだ、行かないでくれよ、スコール」
「行っても良いんだろ。さっきそう言った」
「それなし!おれもスコールと一緒に過ごしたい。スコールが作ってくれるもの食べたい」
追い縋るように甘えて寄り掛かるバッツに、スコールは重みに眉根を寄せる。
が、振り払う事はせず、どうしてやろうか、と言いたげな目が向けられるばかり。
バッツはそれを真っ直ぐ見返しながら、お願い、と言ってやった。
スコールはしばらくバッツの顔を見詰めた後で、やれやれと溜息を吐いて携帯電話に向き直る。
打ち込む文章をバッツが覗き込もうとした時には、スコールは送信ボタンを押し、液晶をスリープモードにしてしまう。
「え、え。どっち?スコール。行っちゃうのか?」
「……行かない。行ったらあんた、後で煩そうだし」
「煩くなんてしないよ。でも嬉しい。ありがとうな!」
ぎゅう、と思い切り抱き締められて、スコールの眉間の皺が深くなる。
しかしこれも振り払う事はなく、少々遣り辛そうに、コーヒーを口へと運んだ。
その頬がほんのりと赤らんでいるのを見て、バッツは想いのままに、柔らかな頬に唇を押し付ける。
「───バッ……!」
「へへ。可愛いなあ、スコールは」
「バカな事言ってないで離れろ!暑い!」
「もうちょっと良いだろ~?」
椅子に座っているスコールの肩に、バッツは覆い被さるように体重を乗せた。
暑い、重い、と抗議の声が聞こえるが、押し離そうとはしないスコールに、バッツは彼からの愛情を感じていた。
そう思うと益々腕の中の恋人が愛しく思えて、今度は額にキスをする。
ちゅ、ちゅ、と何度も触れては離れてキスの雨を降らせると、スコールは何とも言えない面持ちで、ぎゅうと目を瞑ってバッツの愛を受け止める。
どうにもむず痒そうなその眉間にはくっきりと縦皺が浮かんでいたが、
「バッツ、ちょっ……」
「んー?」
「あんた、しつこい……!」
「だってスコールと一日一緒にいられるのって久しぶりだからさ。嬉しくて」
「…行けば良いって言った癖に」
「言ったけどさぁ。だっておれ、結構好きにさせて貰ってるから、スコールも気にせず好きにして良いんだぞ~って気持ちで」
元々一人暮らしだったバッツだが、スコールと同棲生活が始まってからも、その生活サイクルに大きな変化は起きていない。
それはスコールが、自分が転がり込ませて貰った身であるからと、生活リズムを専らバッツの方に合わせてくれているからだ。
寝起きは弱い性質なのに、早朝のアルバイトがあるバッツの為に、それより早く起きて食事の支度をする。
夕方から夜のアルバイトがある日には、バッツが帰宅する時間に合わせて、夕食を作って揃えておく。
幾ら元々はバッツの家だったからとは言え、其処までしなくても良いのに、とバッツは思うのだが、スコールはスコールでそうしている方が気を遣い過ぎなくて楽らしい。
とは言え、スコールは学生だ。
勉強やテストがあるように、学校でのクラスメイトとの付き合いも大事である。
ティーダや他の友人たちから、遊ぼうと言う誘いのメールが届くのは、どうでも良い事のように見えて、案外大事な事なのだ。
バッツもそれをよく知っているし、自分は(主にアルバイトの時間の事だが)やりたいようにやらせて貰っているから、スコールにもそう言う時間を大事にして欲しいと思う。
バッツがそう言うと、スコールはまた少し拗ねた顔をして、
「……自分の好きなようには、してる。だから、誘いは断った」
友人の誘いは、決して無碍にするものではないし、するつもりもない。
ただそれよりも、バッツと一緒にいたいのだと、恥ずかしそうに揺れる蒼の瞳がそう言ったのを、バッツは確かにその目で聞いた。
ああもう、とバッツの胸が充足感で膨らんで、破裂しそうな気分だった。
ぱんぱんの風船のように大きくなったその心から、愛しさが一気に噴き出してしまいそうだ。
「スコールー!」
「うるさ、んむっ!?」
感極まって大きな声で名を呼ぶバッツに、近所迷惑だと叱ろうとしたスコールの唇が塞がれる。
喜色満面の笑顔を間近に見て、だから大袈裟なんだとスコールは呆れるのだった。
『長年一緒にいて「ああ、やっぱ好きだなあ」と思う瞬間のバツスコ』のリクエストを頂きました。
スコールの優先順位の一番は、今も昔もずっとバッツ。
それを実感する度に嬉しくて好きで好きで堪らないバッツでした。