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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[絆]ないしょのひ 2

  • 2013/03/15 00:42
  • カテゴリー:FF

一時の険悪なムードを取り払った後は、順調だった。

卵を混ぜ込んだ生地に、バニラエッセンスを振ると、バターの匂い程度しかしなかった生地から、甘くて美味しそうな匂いがする。
涎を垂らすティーダを諌めつつ、レオンは手早くエッセンスを混ぜ込んだ。
小麦粉を少しずつ入れて、三人で交代しながら混ぜていると、カスタードクリームのようにとろとろとしていた生地が、生地らしく塊になって行く。

まとまった生地を冷蔵庫でしばらく寝かせ、その間に少し休憩していると、スコールとティーダは眠ってしまった。
お菓子作りなんて初めてで、幼いなりに頑張ったのだ。
レオンは予定よりも長めに生地を休ませる事にし、自分も30分程度の仮眠を取った。

目を覚ましたら、冷蔵庫から生地を出し、テーブルの上のビニールに打粉をする。


「お兄ちゃん、これ何?」
「小麦粉だ」
「なんでテーブルにまくの?」
「こうして置くと、生地がテーブルにくっつかなくて、伸ばし易いんだよ」


冷たく固くなっていた生地をテーブルに置くと、ティーダが恐る恐る、それに触れた。


「レオン、これ固いよ」
「冷えたからな」
「ここから型抜きするの?」
「伸ばしてからだよ」


ティーダの問いに答えながら、レオンは綿棒と自分の手にも打粉をまぶす。

白くなった手で生地を揉む。
最初は手の中で固い感触があったが、少しずつそれは柔らかくなって行った。
適当に柔らかくなった所で、レオンは綿棒で生地を円形に平たく伸ばしていく。


「ピザみたい」
「ピザはこうじゃないよ。指でこーやって回すの」
「あ、そっか」


塊だった生地は、どんどん大きくなって行く。
綿棒の端から端が届かなくなるまで伸ばした所で、レオンはじっと見守る弟達を見回し、


「さあ、型を抜くぞ」
「わーい!」
「やった!」


待ってましたとばかりに、スコールとティーダが嬉しそうに跳ねる。

テーブルに並べられた型は、ハートや星、ツリー、犬、猫、うさぎ、等々。
元々はイデア・クレイマーが孤児院を経営していた頃に使っていたもので、ガーデン設立時、レオンが妹弟と共にバラムに残った時、家と一緒に譲って貰ったものだ。
可愛らしい型でお菓子を作ると、妹弟達がとても喜ぶので、重宝している。

スコールとティーダは、あれもこれも、こっちも、と楽しそうに型を抜いて行く。
型抜きした生地は、クッキングシートを強いたオーブン用のプレートの上に並べられた。


「お兄ちゃん、型が取れる所、なくなっちゃった」
「もう終わり?」


つまんない、と言う表情で見上げる弟達に、レオンは大丈夫、と言って、細切れになっている生地を集めた。
もう一度塊にして伸ばせば、先程よりは小さいが、また生地が復活する。

型を抜き、切れ端を集めて練り直して伸ばし、また型を抜く。
何度も何度も繰り返していると、プレートの上には沢山の型抜き生地が並べられていた。


「これだけあれば、もう十分かな」
「おしまい?」
「うー…」


もっとやりたい、と言う二人の貌。
しかし、こればっかりは、レオンにも無理だ。
残った生地は、捏ねて指先で潰せる程度しか余っていない。

余った生地を平たく潰してプレートに乗せ、予熱を済ませて置いたオーブンに入れる。
タイマーをセットしてスイッチを入れると、ブゥン、とオーブンが動き始める音がした。


「どれくらいで焼けるの?」
「20分ぐらいだな」
「美味しくできる?」
「ああ、大丈夫だ」


ライトの点いたオーブンの中を、じっと食い入るように見つめる弟達。
レオンは、オーブンの前にぴったりとくっついて離れない様子の二人にくすりと笑みを漏らす。

二人がオーブンに夢中になっている間に、デコレーションの用意をしておく事にする。
ポットの湯でチョコペンを溶かし、色つきの粉糖に水を加えて、アイシングの準備を整えておく。

オーブンの中を見詰めていたスコールとティーダが、わあ、と楽しそうな声を上げるのが聞こえた。


「良い匂いしてきた!」
「お兄ちゃん、良い匂いする!」
「ああ」
「これ美味しい!絶対美味しい!」
「お姉ちゃん、喜んでくれるかな?」
「絶対美味しいもん、絶対喜んでくれるって!」


ぴょんぴょんと跳ねて言うティーダにつられるように、スコールもぴょんぴょんと跳ねている。


「僕ね、お姉ちゃんにね、ありがとうって書くの」
「オレも。オレも書く!」
「ピンク色で書くの」
「オレ、青にする」
「それとね、だいすきって書いて、それから…」
「あと、エル姉ちゃんの顔書いて、あと、えっとー」


指折りしながら、エルオーネへのメッセージを考えているスコールとティーダ。
楽しそうに計画する弟達の声を聞きながら、レオンはリビングの壁時計を見た。
時刻は4時半を回っており、エルオーネが帰って来る夕方には、まだまだ余裕がある。
この分なら、デコレーションを焦る事もなく、のんびりと考える事が出来るだろう。



────エルオーネが帰って来たら、夕飯よりも先に、出来上がったクッキーを見せよう。

弟達が頑張って作ったクッキーを、彼女はどんな顔をして受け取るのだろうか。
いつも自分の後ろをついて来るばかりだったスコールや、無邪気で甘えん坊なティーダが、いつの間にか、誰かの為にと一所懸命に何かを頑張るようになっていたなんて、彼女は知っていただろうか。
毎日見ている筈なのに、知らない所でいつの間にか成長している弟達を見て、彼女は何を思うだろう。

きっとそれは、一ヶ月前の今日、レオンが感じたものとよく似ているものに違いない。
あの日の朝、冷蔵庫を開けた時に入っていたものを見て、レオンがどんなに驚いたか、どんなに嬉しかったか、彼女がそれを知る事はないだろうけれど。


オーブンが焼き上がりの音を鳴らす。
早く早く、と急かす弟達を宥めながら、レオンはオーブンの蓋を開けた。





大好きなお姉ちゃんの為に、ちびっ子たちが頑張りました。

ちびっこがオーブンの前でじーっと中を覗き込んでるのって可愛いと思う。
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[オニスコ]初めての君

  • 2013/03/08 23:58
  • カテゴリー:FF


秩序の聖域に建つ屋敷の中に、小ぢんまりとした書庫がある。
其処には様々な世界の、様々な本が並べられており、ルーネスは暇な時間は専ら其処で過ごしていた。

何処かの世界の伝説を記した本は、ルーネスには酷く現実味のないもので、まるでお伽噺のようだった。
かと思うと、ルーネスにとってごく普通の事を記した本が、ある仲間によってはお伽噺に思えるらしい。
国が変わればなんとやらと言うが、世界が違えば言わずもがなとでも言うのだろうか。
だが、そのお陰で、多種多様の世界の在り方、構造を知る事が出来、思いも寄らぬ発見に繋がる事もある。
その発見に出逢った時の衝撃と興奮をもう一度感じたくて、何より自分自身の知識への欲求に急かされて、ルーネスは今日も書庫で本を選ぶ。

一つの棚の本を全て読み終えたルーネスは、次の棚で本を物色していた。
この棚は、機械技術や電子技術なるものについて記述されている本が多く並べられており、それらはどれもルーネスには馴染みのないものであった。
ルーネスにとって“機械”と言うものは、ごく限られた人間だけが扱える特別なもので、それも世界で数える程度しか存在しない、実に難易度の高い代物だった。
“電子”に関してはさっぱりで、そもそも“電子”が何であるのか判らず、こう言うものに比較的慣れているクラウドに聞いても、「プログラム」とか「電子盤」とか、聞き慣れないものが出て来るばかりで、ルーネスが“電子”なるものを理解する事は出来なかった。

だが、知らないからと言って、ルーネスは“機械”や“電子”を理解するのを諦めたくはなかった。
寧ろ、知らないからこそ、この書庫に収められている知識を全て繙き、理解に至りたいと思う。


(って言っても……どれから読めば良いかなぁ)


ずらりと並んだ本の背表紙を見詰めて、ルーネスは眉根を寄せた。

並べられている本は、多種多様。
背表紙に記されているタイトルも、多種多様。
試しに、辞書のように分厚い本を手に取って、パラパラと捲ってみたが、眩暈しかしなかった。
タイトルに“プログラミング言語”と書かれたそれは、「プログラミング」が何であるのか判らないルーネスには、到底手が付けられない代物だったようだ。

悔しさに駆られつつ、ルーネスは本を棚に戻した。
もっと判り易そうなものを、ときょろきょろと見回してみるが、なんだかどれも同じようなものに思えてくる。
もう一度試しにと、今度は数ミリ程度しか厚さのない本を手に取ってみたが、同じことの繰り返しになった。


(クラウドに聞けば、僕の読めそうなものが判るかな)


と、思ったのだが、クラウドは今、この秩序の屋敷にはいない。
フリオニール、セシル、ティーダと言った面々と、モーグリショップに出掛けている。

帰って来るまで、他の本を読んで待っていようかな、と昨日まで読んでいた本棚へと戻った所で、書庫のドアが開く音がした。

ゴツ、と硬めの足音が鳴って、ルーネスは振り返る。
入って来たのはスコールで、彼はちらりとルーネスを一瞥して、ルーネスの隣に立つ。
手に持っていた分厚い本が棚へ戻されているのを見て、ルーネスはぱちり、と瞬きを一つ。


「……初級…魔法書?」


見えた表題を無意識に声に出して読んでいた。

ぴたり、とスコールの動きが止まる。
青灰色がゆっくりと此方へ向くのを見て、ルーネスは自分の無意識の行動に気付いた。


「あ、…ご、ごめん」


故意ではなかったが、盗み見してしまった事について謝れば、「……別に」と言う言葉が返ってきた。
気にしているとも、いないとも取れる反応だったが、冷たい雰囲気はないので、後者と取って良いのだろう────多分。

スコールの眼がもう一度本棚へ向かうのを見て、ルーネスも視線を戻した。
目につく表題は、どれも繰り返し読み耽ったもので、内容もすっかり頭に入っている。
改めて読みたいと思うようなものが見つからず、そもそも、それだらこそ次の本をと思って別の本棚に移ったのだ。
移った先との相性が少々宜しくなかったが。

適当に手に取った本をパラパラと捲って戻す、と言う作業を、何度か繰り返した後、ルーネスはふと、隣にいる青年が何を読むのかが気になった。
本を探す振りをしながら、ちら、と目線だけを送ってみる。
二度目の盗み見行為に、罪の意識がじりじりと感じられたが、それよりも好奇心が勝った。

スコールの手には、先程とは違う表紙の初級魔法書。


(スコール、魔法書に興味があるのかな?)


なんでも、スコールの世界では、“魔法”はとても特別なものらしい。
“本物の魔法”が使えるのは魔女だけで、スコールが戦闘時に使っている魔法は“疑似魔法”だと言う。
“疑似”の言葉の通り、スコールの魔法の威力は他のメンバーに比べて威力が低く、スコール自身も牽制や連続攻撃の足掛かり、或いは繋ぎとして使用しており、主戦力としては使っていない。

其処まで考えて、ルーネスは、スコールの宿敵である“魔女”の事を思い出した。
強力な魔法を得意とする彼女と戦う為にも、魔法書の類は読んでいて損はないかも知れない。

─────と、思っていると、


「……少し良いか、ルーネス」


低く、よく通る声。
それが自分の名を紡いだと言うのに、ルーネスは、自分が彼に───スコールに呼ばれた事に気付くまで、たっぷり五秒の時間を有した。


「ルーネス?」


どうした?ともう一度名を呼ばれ、ルーネスはようやく我に返る。
はっとして顔を上げると、青灰色の双眸が不思議そうに此方を見下ろしていた。


「ご、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
「…そうか。それで、良いのか」
「うん、大丈夫。何か用?」


改めて問うスコールに、ルーネスは頷いて、体ごと彼へと向き直る。
スコールは手に持っていた魔法書を棚に戻しながら、言った。


「何か、魔法の指南本のようなものはないか」
「魔法の…指南?」
「出来るだけ判り易いものが良い。こういうレベルの」


こういう、と言ってスコールが手に取ったのは、先程、スコールが棚に戻した初級の魔法書だった。
それは本当に初心者が手習いを始める際に読むもので、“疑似魔法”とは言え、綺麗な魔力コントロールを行うスコールには、今更不要のものではないかと思える程、易しいものだった。


「そういうので、いいの?スコールなら、もっと難しいものでも大丈夫そうだけど…」
「いや。これ位のものが良い。俺が扱える魔法のレベルは、良く言ってもこの程度だ。…それに、強力な魔法が使いたいって思っている訳でもないからな」


スコールは、現時点で扱える魔法のレベルを向上させたいのだと言う。
元々剣士であるスコールにとって、魔法は補助的な手段と言うスタンスだ。
だが、これを更に上手く扱う事が出来れば、戦術の幅が広がるのは確かだし、使用時の隙も減らす事が出来る。


「俺の魔法は疑似魔法だから、他の世界の魔法書の記述が当て嵌まるかは判らないが、上手くすれば今よりも威力を上げられるかも知れない」


だが、違う世界の理屈が、自分が持つ疑似魔法にも通じるのかは判らない。
だから、先ずは簡単なレベルから慣らしたいのだと、スコールは言った。

成る程、とルーネスは納得する。
それなら────とルーネスは本棚を見渡し、一冊の本を取り出す。


「これはもう読んだ?」
「……いや」
「炎系魔法について専門的に書いてあるんだ。ファイアは初級中の初級だから、参考になるんじゃないかな」


炎系魔法は全ての基礎と言っても過言ではない。だから、
この記述でスコールのファイアの威力の向上が見えれば、他の魔法でも同じ事が出来るだろう。

スコールはルーネスが差し出した本を見詰めた後、


「……試してみよう」
「うん。それから、こっちも良いと思うよ」


スコールが本を受け取り、ルーネスはまた別の本を取り出した。
少し表紙の色が落ちた、年季の入った本で、所々ページが破れかけている所もあるが、スコールは本を乱雑に扱う事もないので、読む分には問題ないだろう。


「…悪いな。お前がいてくれて助かった」


二冊の本を受け取って、スコールは言った。
真っ直ぐに、ルーネスを見下ろして。

────ルーネスがスコールと真っ直ぐに目を合わせたのは、それが初めての事だった。

深い海の底のような蒼色に、ルーネスはこくん、と息を飲んだ。
戦闘時に見ていた冷たく鋭い光は感じられず、柔らかな笑みすらも浮かべているように見えた。
見えた、とルーネスが思うのは、彼自身が目の前の青年の“笑顔”と言うものを見た事がなかった所為だ。


(そんな顔、するんだ)


スコールの笑った顔。
スコールの優しい顔。
いつも凛として、冷たい光を宿して敵を睨む顔しか見ていなかったから、初めて知った。

じゃあ借りて行く、と言って────別にルーネスの本ではないのだから、断りなどいらないのに───、スコールはルーネスに背を向けた。
遠退いて行く背中は、ルーネスがいつも見ていたものだ。
だが、いつも仲間を遠ざけていた筈のその背中が、いつもよりも随分と優しいものに思えて、


「待ってよ、スコール」


駆け寄るルーネスに気付いて、書庫のドアノブに手をかけていたスコールが振り返る。
なんだ、と無言で問う青灰色の瞳を、ルーネスは真っ直ぐに見上げた。


「あのさ。僕も、選んで欲しい本があるんだけど、良いかな」
「……俺が判るものか?」
「きっと判ると思う。機械とか、電子とか、その辺りのものなんだけど────」


何も判らない人でも判るものってあるかな、と言うルーネスに、スコールは少しの間沈黙した後、踵を返して本棚へと戻る。
先程、ルーネスが諦めていた本棚を見詰めるスコールを見て、ルーネスはこっそりと笑みを浮かべる。

本を選んで貰ったら、一緒に読もうと誘ってみよう。
どちらも不慣れなものを読むのだから、傍に教えてくれる人がいれば、きっと心強くなる筈だ。
そうしてもっと話をしたら、もっと色んな顔が見れるかも知れない。



零れかける笑みを隠さなくちゃと思いつつ、ルーネスは緩む口元は緩んでしまい。
選んだ本を持って、「どうした?」と首を傾げるスコールに、慌ててなんでもないよと誤魔化した。





初のオニスコ!こんなでもオニスコ!

この後から、ルーネスがスコールと仲良くなろうと色々奮闘して、それを察したジタンとバッツが乱入して来るんだ、きっとw
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[絆]約束が運んだ未来 1

  • 2013/02/14 21:47
  • カテゴリー:FF


湯煎にかけて、とろとろに溶けたチョコレート。
それに少し温めた生クリームを加えて、香りづけにほんの少しのブランデーを入れ、静かに、けれど素早く混ぜる。
生クリームが全体によく馴染むと、とろとろだったチョコレートが、ゴムベラに少し絡み付いて来るようになった。
温度に気を付けながら、チョコレート全体が滑らかになるまで混ぜ続ける。

チョコレートを混ぜ終わると、エルオーネはそれをクッキングシートを敷いたバットに移した。
表面が平らになるように、トントンとバットの底を調理台で叩いて揺らす。
光沢のある茶色を崩さないように、そっと冷蔵庫の中に入れ、


「……これでよしっ、と」


準備万端、とエルオーネは嬉しそうに呟いた。

ボウルや鍋、計量カップなどで散らかっていたキッチンを急いで片付けて、時計を見る。
時刻は午後12時を過ぎていて、いつもなら幼い弟達と一緒に眠っている時間だった。
兄もアルバイトから帰っており、今頃は自室で明日提出の課題を片付けている頃だろう。
そんな時間になっても、エルオーネがキッチンにいるのは、他でもない、明日と言う日の為であった。

リビングの日捲りカレンダーは、既に一枚捲られていて、明日の日付になっている。
其処には「2月14日」と言う数字が大きく記され、日付の下に『Valentine's Day』と書かれている。
女性から男性へ、チョコレートを贈って愛を告白する日────等と言う風習であるが、エルオーネは今まで、この日に誰かにチョコレートを贈った事はなかった。
エルオーネは専ら貰う側であったのだが、その理由は彼女の環境に由来する。

2月14日がバレンタインだと言う事は知っていた。
この日が近付くと、世界のあちこちでチョコレートや甘い砂糖菓子が売られ、所謂“バレンタイン商戦”と言うものが始まる。
バラムの街も例外ではなく、駅前のケーキ屋や、バス停周辺の喫茶店や市場などでも、バレンタインに因んだ商品やサービスが展開される。
それを見る度、ああそうか、とエルオーネは2月14日が近い事を思い出すのだが、「準備しなくちゃ」と言う気持ちが浮かぶことは、殆どなかった。
数年前まで、孤児院で小さな子供達の世話に追われる日々を送っていたエルオーネには、そう言ったイベントに乗る程の精神的な余裕も、時間的な猶予もなかったのである。
代わりにバレンタインやクリスマスと言った行事に関するものに敏感だったのがレオンで、クリスマスにはプレゼントを、バレンタインには少し豪華なお菓子を、と、育て親であるイデア・クレイマーの手伝いをする傍ら、買い物などの途中で買い揃えて、小さな妹弟達を喜ばせていた。
孤児院が閉鎖し、代わりにガーデンに通うようになってからも、レオンのそのスタンスは変わる事はなく
彼はバレンタインに限らず、何かしら暇を見つけては、妹弟が喜ぶお菓子を作っている。

いつもはそんな兄が作ってくれたお菓子に舌鼓を打つ事を専らとしているエルオーネだが、今年はそうは行かなかった。
今年こそは何かしなくちゃ、と一念発起し、兄と弟達には内緒にして、菓子作りに必要になる材料とレシピの本を買いに行った。
そして、弟達がぐっすりと眠りにつき、アルバイト終わりの兄が勉強の為に部屋に篭っている間に、こっそりとキッチンに降りて、レシピと睨めっこしながら菓子作りに精を出す事、約二時間。
慣れない菓子作りに悪戦苦闘したものの、その甲斐あって、準備は無事に一段落した。


「ふぁ……」


準備が終わった安心感と、こんなにも遅い時間まで起きている事自体が稀で、堪え切れなかった欠伸が漏れる。

本当は、固まったチョコレートにデコレーションをしたりしたいのだが、今夜はもう限界のようだ。
どの道、チョコレートがきちんと固まるまでには時間がかかるし、今晩中の作業は出来まい。
朝、いつもよりも早めに起きて、デコレーションとラッピングを済ませなければ。


「生チョコって作るの大変なんだなぁ…」


呟きながら、キッチンからリビングへ出ると、パチン、と音がして、リビングの電気が煌々と照らされた。
思わぬ事にエルオーネが目を丸くしていると、


「───なんだ、エルか」
「……レオン」


ほっと肩の力を抜いたような、柔らかな面持ちの兄が立っていた。
びっくりした、とエルオーネが呟けば、俺もだよ、とレオンは笑う。


「もう寝てるとばっかり思ってたんだが。小腹でも空いたのか?」
「ティーダじゃないんだから、そんな事しないよ」
「そうか」


くく、と笑うレオンは、エルオーネの言葉を信じていないらしい。
むぅ、とエルオーネが不満げに唇を尖らせていると、


「何か作ってたのか?随分、甘い匂いがするけど」


レオンの言葉に、エルオーネはぎくっと肩を強張らせた。


「う、うん。喉が渇いてね、ちょっとココア飲んでたから」
「成る程」


道理で、と納得した様子のレオンに、エルオーネはホッと胸を撫で下ろした。

レオンの言う甘い匂いは、十中八九、エルオーネが奮闘していたチョコレートだろう。
換気扇を回して置けば良かった、と今更ながら後悔する。


(別に、知られて困るものじゃないけど…)


明日がバレンタインだと言う事は、行事に敏感な兄も気付いているだろう。
アルバイト先の喫茶店でも、バレンタイン用のメニューが出ていたと言っていたし、今頃は雰囲気が変わって大人の洒落たバーとして、それを楽しんでいる客もいる筈だ。
だから、兄に対しては隠しても無駄、と言うか、意味がない、と思う────が、そうした現実とは別に、サプライズしたいと言う気持ちもある。
普段、妹や弟達に対して、当たり前のように自分が“何かをしてあげる側”だとレオンが思っているから、尚の事。

レオンはエルオーネの横を通り過ぎると、キッチンへと入って行った。
それに遅れて気付いて、エルオーネは慌ててキッチンへ戻る。
喉が渇いたのか、小腹が空いたのか、何れにしろ、冷蔵庫を開けられたら全て見付かってしまう。


「レオン、どうしたの?何か飲む?」
「ああ。課題が終わったから、ホットミルクでもと」


レオンは、食器棚からマグカップを出していた所だった。
冷蔵庫にはまだ触れていない。

セーフ、と胸中でこっそり思いつつ、エルオーネは冷蔵庫を開けた。
冷やし固めていたチョコレートの、甘い香りが広がって、それが漏れない内に、エルオーネは急いで牛乳パックを取り出して、冷蔵庫の蓋を閉める。


「レオン。私がホットミルク作ってあげる」
「良いのか?」
「うん」
「…悪いな。じゃあ、任せるよ」


鍋を取り出すエルオーネに、レオンは彼女の言葉に甘える事にした。
リビングにいる、と言うレオンの声に、うん、と短い返事。

再び一人になったキッチンで、エルオーネはもう一度、ほっと胸を撫で下ろす。
鍋に牛乳と蜂蜜を入れて、さっき洗ったばかりのゴムベラを拭き、火にかけながらゆっくりと混ぜる。
ふつふつと沸騰を知らせる泡が鍋の周囲に浮かんで来たのを見て、頃合いだとコンロの火を消した所で、リビングから話し声が聞こえてきた。


「────どうした?スコール、ティーダ」
「んぅ……」
「スコールが、エル姉ちゃんいないって…」
「ああ。エルならキッチンにいるぞ」
「お姉ちゃん……」


とてとてと足音がして、キッチンにひょこりと顔を出した弟────スコール。

眠たげに目を擦っていたスコールは、姉の姿を見付けると、ふらふらとした足取りで近付いてきた。
ぎゅ、と抱き着いて来た弟の頭を撫でてやれば、甘えるように頭をぐりぐりと押し付けられる。
ふと目が覚めて、いる筈の姉がいなかった事に驚いたのだろう。
小さく震える弟の背中を撫でてやれば、じわりと雫を浮かべた青灰色が見上げて来た。


「ごめんね。ちょっと喉が渇いてたの」
「……う……?」


詫びるエルオーネの言葉に、返事らしい返事はなく。
スコールはエルオーネに抱き着いたまま、ことん、と首を貸しげた。
不思議そうに見上げて来る弟に、うん?とエルオーネが真似るように首を傾げると、


「…お姉ちゃん、あまいにおいする…」
「うん。ココア作ってたから」
「これもココア?」


コンロの鍋を指差して、スコールが訊ねた。


「ううん。これはホットミルク。レオンが飲むの」
「……」
「スコールも飲む?」


じぃ、と見上げる蒼い瞳に、くすくすと笑みを零しながら訊ねれば、こくん、と大きく首を縦に振る。
じゃあティーダの分も作らなくちゃ、と、エルオーネは小さなマグカップを用意し、鍋に牛乳と蜂蜜を足して、もう一度コンロの火をつけた。

牛乳に蜂蜜が溶け切り、適度に温まった所で、マグカップに移す。
エルオーネは、小さなマグカップを手に取ると、ほこほこと湯気を立てる乳白に息を吹きかけた。


「……はい、スコール。熱いから気を付けてね」
「うん」
「リビングで座って飲もうね」
「うん」


行こう、と促すと、スコールは両手でマグカップを持って、零さないようにゆっくり歩き出す。
エルオーネは両手に大小のマグカップをそれぞれ持って、スコールと一緒にキッチンを出た。

リビングに戻ると、ティーダがソファに座ったレオンの膝の上で、眠そうに目を擦っている。
その隣に、スコールがちょこんと座った。


「はい、レオン」
「ああ、ありがとう」
「ティーダも」
「……?」
「ホットミルクだよ。要らなかった?」
「いるっ」


喉が渇いて降りてきた訳ではないけれど、甘くて温かいホットミルクは、ティーダも大好きだ。
はいどうぞ、とエルオーネが差し出したマグカップを受け取って、ティーダも口をつける。


「これ飲んだら、皆ちゃんと寝るのよ」
「はーい」
「はーい」
「エルももう寝ろよ?」
「うん」


兄の言葉に、エルオーネは素直に頷いた。

今夜するべき事は終わったから、後は朝の内に。
起きれるかなぁ、と滅多にしない夜更かしに、一抹の不安を覚えつつ、頑張ろう、とエルオーネは気力を奮い立たせるのだった。




≫

去年の約束の為に頑張るエル。
弟達はまだその辺の事気にする歳ではないらしい。
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[絆]約束が運んだ未来 2

  • 2013/02/14 21:45
  • カテゴリー:FF


チチチ、と窓の向こうから聞こえる鳥の声。
それを目覚ましに、エルオーネは目を覚ました。

すやすやと眠る弟達を起こさないように、そっとベッドを抜け出して、いそいそと着替える。
常夏の気候のバラムとは言え、冬の時期の朝は流石に冷える。
寒気を嫌ってカーディガンを羽織り、エルオーネはベッドを抜け出した時と同じように、音を立てないように静かにドアを開け、寝室を後にした。

一階のリビングへ続く階段を下りながら、頭の中でシミュレーションする。
此処はこの色でこんな柄を、こっちはああして文字を…と考えていたが、リビングから香る匂いに気付いて、はた、と足を止める。


(この匂い……)


甘くて柔らかい、そんな匂い。
昨晩、エルオーネが一所懸命に奮闘していた相手の匂い。

止めていた足を動かしてリビングを過ぎ、エルオーネはそっとキッチンを覗き込んだ。


「───ああ、エル。おはよう」
「お、おはよう……」


キッチンの前に立っていたのは、レオンだった。
思わずエルオーネが時計を確認すると、いつも朝食を用意するよりもずっと早い時間を指している。
自分がうっかり寝坊してしまった訳ではない事を確かめて、エルオーネはどうしよう、とその場に佇んでしまった。

キッチンの前には兄。
調理台の上には二つのボウルやまな板が置かれ、二つ並んだコンロには両方とも鍋が置かれている。
とてもではないが、昨晩作ったチョコレートのデコレーションやラッピングが出来るスペースはない。
────と、思っていると、


「ああ、悪い。直ぐ片付けるよ」
「えっ」


戸惑うエルオーネを余所に、レオンはボウルの一つとまな板をシンクへ移す。
お陰でキッチンには、エルオーネの為の作業スペースが確保されたが、


「…私、レオンの邪魔にならない?」


レオンが何をしているのか、エルオーネは察していた。
今日と言う日の為、妹弟達を喜ばせる事が出来るものを作っているのだ。
その手付きは慣れたもので、腕に抱えたボウルの中にあるもの掻き混ぜる泡だて器も小気味の良い音を立てている。

大事な作業の最中だったらどうしよう。
そんな気持ちで、恐る恐る訊ねたエルオーネに、レオンは小さく笑みを浮かべ、


「問題ない。後はこれを混ぜておくだけだからな。ああ、俺の方が邪魔か」
「そんな事ない。でも、ちょっと…恥ずかしい、かな…」
「恥ずかしい?」


何がだ?と首を傾げるレオンの後ろで、エルオーネは冷蔵庫を開けた。
其処に入っていたものをツン、と突いて、きちんと固まっている事を確かめてから取り出す。


「だって、びっくりさせたかったんだもん」


そう言ってエルオーネが取り出したのは、昨晩溶かしバットに入れておいた生チョコだ。
それと一緒に、チョコペンも取り出して、マグカップに入れた湯の中に浸しておく。

見た目は普通のチョコレートと同じだが、生クリームのお陰でカチカチに固まる事はない。
クッキー用の型抜きを押しこむと、少しの弾力の抵抗の後、型抜きはチョコレートの其処まで沈む。
ハートや星、猫や犬と言った可愛らしい形になったチョコレートに、エルオーネは楽しそうに笑みを零す。
それを横目に見た兄もまた、くすり、と口元に笑みを浮かべた。

可愛らしい形になったチョコレートは冷蔵庫に入れて置いて、型抜きの跡のチョコレートは、包丁で小分けにして、ラップに包んで捏ねて一つにまとめる。
継ぎ目のなくなったチョコレートをテーブルに軽く押し付ければ、柔らかなチョコレートが伸びて行く。
掌で覆える程度の小山が出来ると、包丁で切り分け、一つ一つラップの中で丸めて行った。


「びっくり、か」
「そうだよ。…えっと、ココアは…」
「ほら」
「ありがとう」


レオンが差し出してくれたココアパウダーを受け取って、ストレーナーを使ってまぶして行く。
それだけでは見た目が寂しくて、うーん、とエルオーネが考えていると、


「これ。使っていいぞ」


そう言ってレオンが取り出したのは、粉糖だった。

反射的にそれを受け取ったエルオーネだったが、用途が判らずに首を傾げる。
きょとんとしている妹の横で、レオンはケーキ型にボウルの中身を流し込みながら言った。


「デコレーションに白い粉末がかかっているお菓子って見た事があるだろう?あれは粉糖を使ってるんだ。これはデコレーション用だから、溶けてしまう事もない。使っていいぞ」
「あ、ありがとう」


ココアパウダーを落とし切ったストレーナーに、粉糖を入れる。
トントン、と軽い振動を与えると、白い粉が雪のようにチョコレートに降りかかる。

よし、と此方の出来にはこれで満足した。
エルオーネはパウダーのかかったチョコレートを冷蔵庫に入れて、型抜きのチョコレートを取り出す。
湯に浸していたチョコペンの先端を鋏で切り、猫や犬の顔を描いて行く。
じっと真剣な顔付でデコレーションして行く妹に、レオンはやっぱり女の子だな、と小さく笑みを零した。

────とてとて、と階段を下りる軽い足音が二つ聞こえて来る。


「レオンー、エル姉ー、おはよー。ごはんまだー?」
「おはよ……」
「ああ、おはよう。ご飯はもうちょっと待ってろ、すぐ出来るから」
「おはよう。二人とも、ちゃんと顔洗っておいで」
「はーい。行こ、スコール」


元気の良い声に、朝の挨拶に合わせて、半ばお決まりになった言葉。
素直なティーダの返事が聞こえ、二人の足音は洗面所へと向かった。

レオンはケーキ型を温めておいたオーブンに入れて、スイッチを押す。
朝食を終えて、洗濯物を干して、ガーデンに行く準備をしている間に焼き上がるだろう。
粗熱が取れたら冷蔵庫に入れて、ガーデンから帰る頃には、良い塩梅に冷えて食べごろになっている筈だ。

手が空いた所で、朝食の仕上げをしなくては。
と、レオンが気を取り直した所へ、


「レオン、レオン」
「どうした、エ─────?」


妹の呼ぶ声に振り返って、くいっ、と口の中に押し込められた何か。
なんだ?と驚きで目を丸くしていると、舌の上でとろりと溶けた甘い味────チョコレート。


「いつも貰ってばっかりだから、特別。スコール達には内緒ね」


悪戯っぽく笑って、口元に人差し指を立てて言った妹に、レオンはぱちりと瞬き一つ。

型抜きされたチョコレートは、ハートや星、犬や猫がそれぞれ三つずつ。
冷蔵庫に入れたパウダーをまぶしたチョコレートは、全部で六個。
幼い弟達がケンカをしたり、自分だけコレがない、と落ち込む事がないように、きちんと人数分を作ったチョコレート。
その、余った、一欠けら。



楽しそうにラッピングを始める妹と。
朝ご飯の催促をする弟達の声と。
口の中で溶けて行くチョコレートと。

一つ一つ噛み締めながら、レオンは良い日だな、と小さく笑みを浮かべた。





折角だから可愛くて特別なチョコを贈りたいエルオーネ。
レオンは見た目綺麗には作るけど、デコレーションはあまり凝らない。
でもしょっちゅう作ってるお陰で、妹よりお菓子作りに詳しいお兄ちゃんでした。

今年は弟達も、お兄ちゃんと一緒に何かお返し考えなきゃね。
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[フリスコ]特別なのは僕だけなんだと思いたくて

  • 2013/02/08 22:48
  • カテゴリー:FF
2月8日でフリスコの日!!




1人で荒山を登るスコールを見付けたのは、ティーダだった。

今朝はバッツとジタンと共に聖域を出発した筈の彼が、何故1人で。
早速駆け寄ったティーダが、その疑問について訊ねると、闇の神殿での戦闘中、空間の歪みと転移に巻き込まれ、バラバラにされてしまったのだと言う。
ジタンやバッツの事だから安否については問題ないだろうと信じ、一先ず聖域に戻ろうと言う所で、ティーダ・フリオニール・クラウド・セシルの4人の探索ルートに重なったようだ。

スコールの衣服は、あちこち煤けて、土埃に塗れていた。
転移した先で、上級種のイミテーションを何度か相手にしたらしい。
運悪く魔法攻撃を得意とする死神や魔女と出くわした為、少々手こずった、と彼は言った。
だが、大きな怪我は負っていなかったようで、ポーションや回復魔法が必要になる事もなかったのは幸いと言えるだろう。

それから、「じゃあ俺は戻るから」と言って、一行と別れようとしたスコールだったが、


「折角だから一緒に行くっスよ!」


と言って、ティーダが強引にパーティメンバーに引き入れた。

ティーダ達は素材集めの為に荒野に出ていたのだが、トレードに必要になりそうなものは既に集め終っていた。
スコールを見付けたのは、帰路になる道を歩きながら、もう少し収集するか、切り上げるかと相談していた所だったのだ。
メンバーが増える事を吝かに思うメンバーは、此処にはいない。
スコールは判り易く渋面を作っていたが、ティーダはそんな事はお構いなしで、スコールの背を押して進み出した。
そんなティーダに、スコールは溜息を一つ吐いて、大人しくパーティの輪に加わる事となった。

その一部始終を、フリオニールは少し遠巻きになって眺めていた。
視線の先で、ティーダが賑やかにスコールに話しかけ、スコールは時折相槌を打っているようで、その度、ティーダが嬉しそうに笑っている。


「仲が良いね」


聞こえた声にフリオニールが振り返れば、笑みを浮かべたセシルがいた。


「そうだな」
「妬ける?」
「え?」


淡白になってしまった反応の後、投げかけられた言葉に、フリオニールは思わずもう一度振り返った。
セシルは口元に意味深な笑みを梳いていて、小さく首を傾げてフリオニールを見詰めている。

さっきのは一体どういう意味、と問いかけようとしたフリオニールだったが、


「判るぞ、フリオニール。判っていても、あそこまで仲が良いとつい妬けてしまうものだ」
「え?……え?」
「ティーダも、折角だから譲れば良いのにね。嬉しいのは判るけど」
「少し前までなら、絶対に断っただろうからな。だが、あれは少し一人占めし過ぎだろう」
「え……え?え?」


ちょっと言って来よう、と言って、クラウドは足早にティーダとスコールの下へ急いだ。

クラウドはティーダに声をかけると、二言三言。
ティーダはクラウドの陰からフリオニールを振り返り、スコールに何か伝えると、クラウドと並んで歩き出した。
スコールが足を止め、置いてけぼりになっている。

どうしたのだろう、とフリオニールが首を傾げていると、ぽん、とセシルに軽く背中を叩かれた。
なんだろう、と思って隣を見た時には、其処には既にセシルはおらず、立ち止まったスコールを追い抜いて、ティーダとクラウドに合流している。
フリオニールは立ち止まっているスコールに追い付くと、自身も足を止め、スコールに声をかけた。


「スコール、どうかしたか?」
「……」


自分よりも僅かに低い位置にあるスコールの顔を覗き込むと、青灰色がじっと静かに見詰め返して来た。
色の薄い唇が微かに開いて、しかし直ぐに閉じる。


「スコール?」
「………」


俯いたスコールの頬が、微かに赤い。
その事に気付いて、フリオニールは慌てた。


「どうしたんだ?気分が悪い、とか?」
「……いや……」
「セシルに言ってエスナをかけて貰った方が」
「いい」
「でも」
「いい」


要らない、と言うスコールに、でも、ともう一度言いかけて、フリオニールは口を噤んだ。
スコールはプライドが高いし、あれこれと干渉されるのは嫌かも知れない。
心配する気持ちは消えないものの、ただ顔が赤いだけだから、今はそっとしておくべきか。
若しも、先のイミテーションとの戦闘で負傷した事を隠しているのなら、もう少しだけ様子を見て、無理をしているようなら、今度こそセシルに伝えよう、と思っていると、


「……行こう。フリオニール」
「え?────あ、そう、だな」


歩き出したスコールに促され、進行方向へ向き直れば、いつの間にかティーダ達とかなりの距離が開いていた。

仲間達に追い付くべく、心なしか早足で歩いていたフリオニールだが、ふと、隣を歩くスコールの足下に違和感を感じて、視線を落とした。
スコールは微かに赤らんだ顔をしているものの、表情そのものはいつもと変わらない。
気の所為か、と思ってまた前を向いたフリオニールだったが、


「っ……」
「スコール?」


何かを耐えるようにスコールが息を殺した事に気付いて、フリオニールは先程の違和感が気の所為ではない事を確信した。
フリオニールはスコールの手を掴んで、足を止めた。


「スコール、お前、怪我してるんじゃないか」
「……挫いただけだ。問題ない」
「駄目だろう。セシルに言って回復を」
「こんな事で魔力を無駄遣いさせるな」


スコールの言っている事は最もだ。
挫いたり捻ったりと言う程度なら、魔法に頼らずとも、処置だけで十分だ。
些細な事で一々魔法に頼っていては、魔力が幾らあっても足りない。


「…本当に大丈夫なのか?この山、結構険しいし…」
「問題ない」


フリオニールが顔を上げると、まだ山の頂上には程遠く、勾配の高い坂が延々と続いている。
この近辺では、此処が一番高い山なので、此処さえ越してしまえば後は楽なのだが、足下の痛みはこの坂道には大きなネックだろう。
無理に歩き続けていたら、余計に悪くなってしまうかも知れない。

だが、スコールは平静な顔をしたまま、歩く足を再開させる。
その足取りは先程と変わりなく、常の歩き方と何も変わらりなく────つまり、挫いた足を庇う事なく無理に動かしていると言う事で。
きっとスコールは、聖域に帰るまで、こうやって無理を押し通すのだろう。
前を歩く仲間達に、余計な心配をさせないように。

少しの間、先を行くスコールの背中を見ていたフリオニールは、意を決したように拳を握り、スコールの下へ駆け寄って、


「スコール」
「!」


重力に従って垂れていた彼の右腕を掴んで、引いた。
半歩前に出たフリオニールを見て、スコールは目を丸くしてフリオニールを見上げる。


「頂上まで、俺がスコールを引っ張るよ」
「な……」
「掴まるものがあれば、登るのも楽だろう。上まで行ったら離して良いから、それまで」
「……」


零れんばかりに見開かれていた瞳が、細くなってフリオニールを睨む。
それを受けて、やっぱり余計な世話だったかな、と思ったフリオニールだったが、


「……助かる」


小さく呟いて、スコールは、緩くフリオニールの手を握り返した。
僅かに視線を逸らしたスコールの頬は、先程と同じように、ほんのりと赤らんでいる。
一瞬、虚を突かれた気分だったフリオニールだったが、ああ、と笑顔で頷き返した。

フリオニールは前を向いて、先を行く3人を負って山を登る。
後ろついて来るスコールの為にも、殊更に急がないように、彼の負担にならないように気を付けながら。
繋いだ手は、自重を支える手に頼るように、時折、強い力で握られる。

────そう言えば、とふとフリオニールは後ろを振り返り、


「スコール。さっき、ティーダ達と何の話をしていたんだ?」
「…何を、って?」
「ほら、さっき、立ち止まってただろう。あの前に、ティーダとクラウドと話をしていたようだけど」
「……気になるのか?」


手を引かれ、俯いたままのスコールの言葉に、フリオニールはきょとんと瞬きを一つ。


「え…と…まあ、気になる、と言えば、気になる…かな……?」


曖昧な返答を返すのが、フリオニールには精一杯だった。
何せ、あの会話の直後、スコールが立ち止まって顔を赤くしていたのだ。
スコールがそうして判り易く表情を崩すのは珍しいもので、一体どうやって彼にそんな顔をさせたのか、フリオニールは不思議でならない。
仲間達よりも、多分、自分はスコールに近い場所にいる事を赦して貰えている筈だけれど、あんな風に赤い顔をしているのは見た事がなかった────と思う。

けれども、話の内容を詮索するなんて、図々しかったかな、とフリオニールが考えていると、くすり、と背後で笑う気配。
まさかと思って振り返ると、口元に微かな笑みを浮かべたスコールがいて、


「悪いが、教えない」


そう言ったスコールが、珍しく、酷く楽しそうに見えて、フリオニールはぽかんとして「…そ、そうか」と返すのが精一杯だった。

仲間達は、もう随分と前の方に行ってしまったらしい。
早く追い付かないと、と思いつつ、フリオニールは歩く速度を上げられなかった。
繋いだ場所から伝わる温もりを、もう少しだけ長く感じていたかったから。




『スコール、ティーダ。仲が良いのは良いが、フリオニールが妬いてるぞ』
『……は?』
『フリオが?…あー、そっかそっか。ごめん、スコール』
『俺達は先に行くから、お前達は後でゆっくり来ると良い』
『っスね。もう邪魔しないからさ。あれ、セシルは?』
『すぐ来るさ。じゃあな、スコール』
『……おい……』
『スコール。足、痛いんだろう?フリオニールとゆっくりおいで。この辺りは敵もいないようだから』


好き勝手に言って、先に行ってしまった仲間達の言葉を、半分信じていなかった。
何処までも真っ直ぐな彼が、自分なんかの事で“嫉妬”なんて、考えられなくて。
妬いてるなんて嘘だろう、としか思えなくて。

でも、本当にそう思ってくれたなら、ほんの少しだけ、嬉しいと思ってしまう自分がいた。






ティーダと喋ってる事には妬いてなかったけど、珍しい反応してる事には妬いたらしい。

フリスコ難しい…!こんなでもフリスコだと言い張る。
鈍感×鈍感って初めてです。
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