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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[クラスコ]放課後は俺のもの

  • 2013/12/10 00:37
  • カテゴリー:FF
着地点を見ないで見切り発車で書いた現代クラスコ。




一日の就学時間を終えて、帰宅しようと校門に向かったスコールは、その五メートル手前で足を止めた。
不意に立ち止まったスコールを、数歩先に進んだティーダとヴァンが振り返る。
どうした、と問うヴァンに、スコールは答えなかった。
進む先、一点のみを凝視して固まったスコールに、ティーダとヴァンは首を傾げ、前へ向き直る。

三対の瞳が捉えたのは、校門横に佇む金色だった。
空から落ちる太陽の光を受けて煌めく金糸は、まるで鶏冠のように逆立っている。
それを見たヴァンが「ヒヨコみたいだ」と言った時、その持ち主は怒鳴りこそしなかったものの、一日不機嫌であった。
ヴァンがそれを知る由はないが、不機嫌に当てられたスコールにとっては、溜まったものではなかった。

金色の持主の名は、クラウドと言う。
スコールとは幼少時から近所付き合いが深く、スコールが中学生になるまでは兄貴分を自称していた。
現在は社会人となり、運送業者で働く傍ら、弟のように思っていたスコールに、いつしか抱いていた恋心を告白し、晴れて恋人となった仲である。


「クラウド、また来てるんスね」
「よく来るなー。暇なのかな。師走なのに」


ティーダとヴァンが呟くと、その横をスコールが早足で通り過ぎた。

つかつかつかつかと近付いて来るスコールに気付いて、クラウドが顔を挙げる。
ジャケットのポケットに突っ込んでいた右手を挙げ、ひら、と手を振る。
柔らかな虹彩を宿した瞳と、小さな口が笑みの形を作っていたが、スコールはそれを見ていなかった。


「遅かったな、スコール。少し心配したぞ」
「あんた、なんでまた此処にいる!?」


労いの言葉をかけるクラウドを無視して、スコールは小声で叫んだ。
それを受けたクラウドは、きょとんとした貌をして、何を言っているんだ、と首を傾げ、


「お前の迎えに来ただけだが」
「止めろって言っただろう!」


さも不思議そうな顔をして返答をしたクラウドに、スコールは顔を顰めて言った。


「もう子供じゃないんだ。あんたの迎えなんかなくても、一人で帰れる」


幼い頃、引っ込み思案で泣き虫だったスコールは、何処に行くにもクラウドがいなければ駄目だった。
一人でお使いなんて出来た事もなく、常にクラウドの傍にいて、「くらうどお兄ちゃん」と呼んで懐いていた。
クラウドもどちらかと言えば人見知りの気があったのだが、スコールの前では兄らしくなろうと振る舞い、少しずつ人見知りも克服した。
だが、スコールの引っ込み思案は長い間続き、小学校の六年間など、クラウドが毎日登下校に付き添わなければならなかった。

しかし、中学生になった頃、スコールは一念発起して自分を変えた。
一人で学校に通えるようになり、泣き虫も形を潜め、新しい友達も出来た。
苦手だった体育の授業でも好成績を残し、高校生になった今では、クラス委員に選出される程の優秀な生徒と言われている。
もう、クラウドがいなければ何も出来なかった小さな子供ではないのだ。

────だと言うのに、クラウドは未だに、暇さえあればスコールの登下校の送り迎えをしに来る。
それがスコールには、自分が子供扱いされているように思えて、酷く腹立たしかった。

睨むスコールの視線と、噛み付くような表情で告げられた言葉を聞いて、クラウドは首を傾げる。
うーん、と考えるように唸って、クラウドは鶏冠頭をがしがしと掻いた。


「別に、子供扱いしているつもりはないぞ?迎えに来るのは、単に俺がお前に逢いたいからだ」
「……っ!」


クラウドの言葉に、スコールの頬に朱色が上る。

言い返す言葉を探すように、はくはくと口を開閉させるスコール。
クラウドは其処から音が出てくるのを待たずに、スコールの手を握って、ティーダとヴァンを見る。


「そう言う訳だから、悪いな」
「了解っス」
「じゃーな、スコール」


何がどういう訳で、何が了解で、何がじゃあななんだ。
スコールの胸中の疑問は、何一つ音にされる事なく、引っ張る手に掻き消された。
また明日なー、と言う友人達の暢気な声が、無性に腹立たしい。

颯爽とした足取りの男の手は、スコールの手をしっかりと握り、どんなに力を込めても振り払えない。
くそ、とスコールが口の中で苦味を潰していた事を、目の前の男は知っているだろうか。
知っていたとしても、きっと彼は繋いだ手を離そうとはするまい。
それが判り切っている事が、またスコールには腹立たしい。

せめて、これ以上同じ轍は踏むまいと心に決めて、スコールは鶏冠頭を睨んで言った。


「あんた、もう学校に来るな。明日から絶対に来るな」
「何故だ?」


念を押して言うスコールに、クラウドは至極不思議そうに問い返した。


「昨日も言った。あんたの所為で、周りで妙な噂が立ってるんだ」
「妙な噂って?」
「……あんた、いつもでかいバイクで迎えに来るだろう。その所為で、俺が暴走族だか何だかと付き合いがあるんじゃないかって話になって、職員会議になったって」


クラウドはいつも、愛用の大型バイクに乗って迎えに来る。
バイク通学禁止の学校にあって、あの大型バイクは目立ち過ぎる。
最近はスコールに注意されて、最寄の駐車場に停めて来るようになったが、それまでは校門の真横に乗り付けていた。
あのバイクを見た学校の教員達は、優等生で知られているスコールが、良からぬ事に巻き込まれているのではないかと戦々恐々としているらしい────と言うのは、職員会議前に呼び出しを食らったティーダが偶々耳にした話だが、強ち嘘ではあるまい。

人目を気にするスコールにとって、自分を中心に立つ噂は、早急に消えて貰いたい。
それなのに、クラウドがこうして迎えに来ていては、噂は尾鰭背鰭と共に広まる一方だ。
ついでに、クラウドの方は、自分達が周りからどう見られようと気にしていないらしく、


「良いじゃないか。言いたい奴には好きに言わせて置け」
「あんたはそれで良くても、俺は困るんだ。変な噂の所為で、教師が変な目で見て来る」
「そうか。じゃあ、尚更、今のままで良いな」
「……あんた、俺の言ってる言葉の意味、判ってるのか?」


何故そんな結論に行き着くんだ、と睨むスコール。
クラウドは、そんなスコールの手をぐっと強く引っ張った。

蹈鞴を踏んだスコールと、立ち止まって振り返ったクラウドの距離が近付く。


「良いから、送り迎え位させてくれ。お前と二人きりで話せる時間は、これ位しかないんだから」


家では、良くも悪くも過保護な父と、弟の恋路を心配して止まない義理の姉。
学校にいる時は、その時間は学友たちと過ごす者で、部外者のクラウドは其処に加わる事は出来ない。
だから、学校でもない、家でもない、登下校の時間だけでも、恋人を独り占めしていたい。

虚を突かれたように頬を赤らめ、蒼灰色の瞳を瞬かせるスコールを見て、クラウドは小さく笑う。
くしゃりと濃茶色の髪を撫でて、クラウドはまた歩き出した。



繋いだ手は、もう振り払おうと暴れる事はなかった。





なんか大人風吹かせたクラウドと、青臭いスコールが浮かんだので。
クラウド、噂に便乗して周りを牽制してます。
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[ヴァンスコ]嘘じゃないぞ

  • 2013/12/08 22:16
  • カテゴリー:FF


真面目な顔をして、真面目な事しか言わないから、性質が悪い。
スコールは、ヴァンと言う人間を、そう認識している。

良くも悪くも、彼は真っ直ぐなのだと思う。
何も考えていないようで、意外と深い部分を突いて来る彼は、よく他人のペースを悪気なく乱す。
あのラグナでさえ調子を外してしまうのだから、その影響力たるや、相当のものではないだろうか。
勿論、本人はそんなつもりは毛頭なく、ただ思った事を思ったままに口に出しているだけなのだが、その“思った事をそのまま口に出す”と言う事が、どれだけ難しいか。
それをあっさりと遣って退けてしまう彼を見て、ラグナやジェクトは「大物かもな」と笑っていた。
その時は自分は、ただデリカシーがないだけだ、と非難染みた事を考えていたと思う。

まさか、その“思った事をそのまま口に出す”矛先が、自分に向くなど予想だにしていなかった。


「────なあ、スコール。スコールってば」


後ろをついて来る少年を徹底的に無視して、スコールは足を動かし続けていた。
競歩の如く早足で歩くスコールを、ヴァンは距離を縮めず拡げず、同じ速度で歩いてついて来る。

それなりに早い速度で進んでいる筈なのに、聞こえて来るヴァンの声は、いつもと何ら変わらない、平静としたもの。
なあってば、と呼び止めて来る癖に、その声にはまるで強引さがない。
ついでに付け加えると、追い駆けては来るものの、彼は本気で追い付こうとは思っていないらしく、足を動かし続けるスコールを無理やり捕まえようともしなかった。


「なー、スコール。聞いてるか?」


スコールは依然、振り返らない。
目的地としているイミテーションの巣窟がある歪に辿り着くまで、黙々と歩き続ける。

途中、目的地ではなかったが、歪を見付けたので飛び込んだ。
ついて来る仲間を撒こうと思っての行動だったが、彼は直ぐについて来て、逃げる暇もない。
おまけに歪の中はイミテーションが巣食っていたので、このまま無視して行く訳にも行かず、止む無くヴァンとの共闘となった。

一見茫洋としているように見えて、ヴァンは器用だ。
剣や槍に限らず、銃器類まで様々な武器を得意とし、近中遠距離に幅広く対応できる。
威力の強い魔法も扱えるので、近接戦闘を主とするスコールにとっては、あらゆる面でカバーしてくれる優れた仲間と言える。
戦闘中はどちらともなくスタンドプレーである事が多いが、背中を気にしなくて良い、と言うのは、非常に有用な事であった。

────だが、しかし。


「スコール」

「なあスコール」

「スコール、聞いてるか?」

「スコールってば」


平時ならいざ知らず、戦闘中まで及ぶマイペースは如何なものか。
無駄話を嫌うスコールにとって、彼ののんびりとした声は、どうにも気が散って仕方がない。

積もりに積もったストレスをぶちまけるように、スコールはイミテーションを打倒して言った。
その様子を見たヴァンが、「なんかイライラしてるみたいだな」と言うものだから、また苛立ちが募る。
スコールはその苛立ちを、最後に残った空賊にぶつけたが、それでも苛立ちは消えなかった。

最後の一撃を放ち、砕けたイミテーションの破片が砂になって消えて行くのを、スコールはじっと見下ろしていた。
特に意味はない、ただ胸の奥がぐらぐらと煮えているのが収まるまで、動く気にならなかっただけだ。
────そんなスコールの下に、事の原因である当人が、槍を両肩に担いでひょこひょことやって来た。


「どうした、スコール。どっか痛めたか?」


ケアル、いるか?と訊ねて来るヴァン。

俯いたスコールを見た彼は、傍らにしゃがんで、スコールの貌を覗こうとした。
が、それよりも早く、顔を上げたスコールが、ギッ!とヴァンを睨み付ける。


「あんた、いい加減にしろ」
「ん?」


睨み据えるスコールに対し、ヴァンはきょとんと首を傾げた。
何処までもマイペースを崩さない彼とは正反対に、スコールの苛立ちは尚も募る。


「なんであんたは俺に付き纏うんだ」
「付き纏う?」
「揶揄うのも大概にしろ」
「別に揶揄ってないぞ」
「だったらもう俺に構うな」
「うーん。それは無理だな」


スコールの最後の言葉に、考える素振りだけを見せて、ヴァンはけろりとした顔で言った。
スコールの傷の走る眉間に深い皺が寄る。

何故構う。
何故付き纏う。
何故────何度その言葉を繰り返し問うただろう。
その度、ヴァンは決まって、同じ言葉でスコールの口を塞ぐのだ。


「俺、スコールの事が好きだから」


だから、スコールが何処に行きたいなら一緒に行くし、戦うなら一緒に戦う。
声をかけるのはいつか帰って来る反応が楽しみだからで、その内容は何でも良い。
スコールが一瞬でも自分を振り返ってくれるなら、それだけで十分だ。

真っ直ぐに青灰色を見据えて言ったヴァンは、思った事を思ったままに口にしている。
其処に恥ずかしさや臆面なんてものはないから、彼は全くの素面で、思った事を口にする。
それは余りにもあけっぴろげで、真っ直ぐで、それなのに不意打ちのようにやって来るから、スコールには避けようがない。


「……スコール?」


顔を近付けて、まじまじと観察して来る、真っ直ぐな瞳。
それに背を向けて歪の出口に向かって歩き出せば、また付かず離れずの距離でついてくる気配。


「スコール。なあ、スコールってば」


背中に聞こえる声に、スコールは振り向かない。
絶対に振り向いてなどやるものか、とスコールは心に決めて、歪の出口へ早足で歩く。

歪を出て空気が変わっても、スコールは黙々と歩き続けた。
目的地に着くまでに、背中をついて来る人物をなんとか振り払わなければならない。
戦闘が始まれば、彼の存在は頼もしいが、平時まで彼とこうして延々と歩き続けるのは御免だ。


「なあ、スコール。好きって言うの、嘘じゃないぞ」


無視を決め込んだスコールの背中に、ヴァンは言った。
スコールはやはり振り返らない。
何も言わずに歩き続けるスコールの背中を、ヴァンは相変わらず、呼び続けながらついて行く。



(嘘じゃないって?)

(そんなの知ってる)

(あんたはいつも、本気で思った事しか言わないんだ)

(……それぐらい、知ってる)



だから絶対、振り返らない。






12月8日なのでヴァンスコ!

素面で真っ直ぐに臆面なく言うヴァンと、そんなヴァンが苦手だけど拒めないスコール。
ヴァンの告白は不意打ちに来ると思う。本人的にはそんなつもりはないけど。それでいつもスコールがドキドキして真っ赤になってたらいい。
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[8親子]もふもふ包囲網

  • 2013/12/01 22:19
  • カテゴリー:FF


黒一色に塗り潰されていた世界が、ぱっと明るくなって、色付いた。
遠く近くに映る木々や山々、よく晴れて澄み渡った青空を映していた景色が、くるりと回転する。
濃茶色と蒼灰色が映り込んで、確認するように指先が近付いて、指先が何度か景色を押し隠した。

指が離れて青灰色が映ったかと思うと、またくるりと景色が回転し、微かに皺の浮いた手が映る。


「これで良いよ、父さん」


少年期と青年期の中間の声が聞こえ、三度目、くるりと景色が回る。
そうして、濃茶色の髪と、蒼灰色の瞳、まだ幼さを残す柔らかな輪郭を持った少年の姿が映る。


「おっ、ホントだ。サンキュな、レオン」
「どう致しまして」
「よーし、これでしっかり録って行くからな!後で皆で見ような」


少年────レオンの胸像を映していた視界が、少しずつ下がる。
レオンの全身像が映る距離を探しているのだ。

レオンの全身像が入る距離になると、彼の傍らに小さな子供の姿が映った。
今年で4歳になった、弟のスコールだ。
身長は兄の半分もない小柄な子供なのだが、濃茶色の髪や青色の瞳など、年齢が近ければきっと兄とそっくりだっただろう。

物怖じしない様子で此方を見詰める兄と違い、スコールは恥ずかしそうに兄の足の影に隠れている。


「どした~、スコール。恥ずかしがってないで出ておいで~」
「……」


促す声に、スコールはふるふると首を横に振って、兄の足にしがみ付く。
照れ屋さんだなあ、と笑う声に、スコールは益々恥ずかしがって、兄のズボンを引っ張って顔を隠してしまった。

レオンはそんなスコールの頭を撫でて、左手を差し出す。


「さ、行こう、スコール。お馬さんに乗るんだろう?」
「うん」


兄の言葉にこくんと頷いて、スコールはレオンの手を握った。
歳の離れた兄弟で、手を握り合って歩き出す。
その後ろ姿を、のんびりと追って歩いていると、ふと思い出したように、レオンが振り返って言った。


「父さん、転ばないように気を付けろよ」
「ああ、判ってる判ってる。大丈夫だから、レオンもちゃんと前向いてなさい」
「おうまさんっ、おうまさんっ」
「スコールも転ばないように気を付けなきゃダメだぞぉ~────っとぉっ!?」


兄弟を映していた画面が大きくブレて、空を映した後、地面を垂直に映した。
あいてて、と言う声が零れた後、レオンがスコールの手を引きながら駆け寄ってくる。
足元だけが画面に映されて、「だいじょうぶ?」と言う幼い息子の声があった。


「言わない事じゃない」
「はは、悪い悪い」
「お父さん、おけが、ない?」
「うん、だいじょーぶだいじょーぶ。尻餅ついただけだから。さ、お馬さんに乗りに行こうぜ」


垂直だった地面が平衡になり、景色が持ち上がって、もう一度レオンとスコールを映す。
危なっかしいな、と呟くレオンに、もう大丈夫だよ、と言う遣り取りがあった。

後ろを気にしつつ、再びレオンは歩き出す。
スコールは兄と手を繋いだまま、ぴょん、ぴょん、とスキップしていた。
可愛いなあ、と言う声が漏れる。

お馬さんどこかなぁ、ときょろきょろと辺りを見回しながら歩くスコール。
足元の小さな段差や石に気付かないスコールを、レオンが危ないぞ、と注意しながら進む。
その足が、途中でぴたりと止まり、スコールがきらきらと目を輝かせて遠くを指差し、兄を見上げる。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!しつじ!しつじさん!」


あそこ、と言って指差すスコールに、レオンがうん、と頷く。

兄弟を映していた画面が真横に動いて、広い丘を映す。
青々と茂る牧草が一杯に広がる其処には、あちらこちらに丸い毛玉が歩き回っていた。
ぐっと画面をズームアップしてみると、それは放し飼いにされているヒツジの群れで、皆のんびりと草を食んでいる。
冬が間近となったこの季節、ヒツジ達はすっかり綿毛を着込み、もこもこと膨らんでいる。

画面が元の位置に戻り、もう一度スコールとレオンを映す。
テレビでしか見た事がなかったヒツジの群れに、スコールの頬が興奮したように赤らんでいた。
そんなスコールとレオン前から、一頭のヒツジがゆっくりと近付いて来る。


「スコール、ヒツジさんが来たぞ」
「ふわっ、わっ」


レオンが言った時には、ヒツジは二人のすぐ近くに到着していた。
ヒツジの頭は、は今年で4歳になったスコールの頭と同じ高さにあった。
幼いスコールには、思いの外ヒツジは大きく見えて、驚いて思わずレオンの後ろに隠れてしまう。
けれども、怖いと思ってはいないようで、スコールはレオンの影から興味津々と言う様子で、目の前を横切るヒツジを観察していた。

すると、ヒツジはぴたり、とスコールとレオンの隣で足を止めた。
まるで「どうぞ」とでも言うかのように。

スコールはぱち、ぱち、とヒツジの横顔を見詰めた後、そぉっと手を伸ばした。
小さな手が、目の前のヒツジの体に触れて、もふっ、と柔らかく沈む。


「……!」


ぱっとスコールが手を引っ込める。
が、直ぐにもう一度、そおっと伸ばされた手が、ヒツジの体に触れた。

ふかっ、もふっ、と柔らかく返って来る感触に、スコールはきらきらと目を輝かせてレオンを見上げる。


「お兄ちゃん、すごい!しつじさん、ぽわぽわするの!」
「そんなに?」
「うん!ほら、ぽわぽわしてるの。あったかそう!」


興奮しきりのスコールに、レオンが良いなあ、暖かいんだろうな、と微笑む。
スコールは何度もヒツジに手を伸ばして、ふかふかの毛の感触を楽しんでいた。

しばらくヒツジと戯れる兄弟を映していたが、その画面端には、あるものが設置されていた。
それを見付けて、スコールに声をかける。


「スコール、ヒツジさんにご飯を食べさせてあげられるみたいだぞ」
「しつじさんのごはん?」
「────ああ、これか」


設置されていたのは、“ヒツジのおやつ 一袋100ギル”と書かれた手作り看板。
看板の傍には、四方30センチ程のボックス缶が置かれている。


「どうする?スコール。ヒツジさんにご飯あげるか?」
「あげる!」


やる気満々のスコールの元気の良い返事を聞いて、レオンが腰に巻いているウェストポーチから自分の財布を取り出した。
100ギルコインをコイン入れに投入して、ボックス缶の蓋を開ける。
中には、キューブ型の乾燥干し草を入れた袋が並んでおり、レオンは一つ取り出して、スコールに手渡した。

スコールが袋を開けると、その横からヒツジがひょこりと顔を出して来た。
くんくんとスコールの手の匂いを嗅ぐヒツジは、これから自分が餌を貰える事を理解しているようだ。
スコールは手の上に餌を取り出すと、はい、とヒツジの口元に持って行く。
わくわくと期待に満ちたスコールを裏切る事なく、ヒツジは餌の匂いを嗅いだ後、ぱくっと餌に食い付いた。


「ふわぁ……」
「食べてくれたか?」


まるで信じられないものを見るかのように、目を丸くして、自分の手を舐めるヒツジを見詰めるスコール。
レオンがそんな弟の頭を撫でながら訊ねると、スコールはヒツジを見詰めたまま、こくこくと首を縦に振った。

もっとあげる、と言って、スコールは袋から餌を取り出した。
ヒツジは嬉しそうにスコールの手に顔を寄せ、ぱくぱくと餌を食べる。


「俺もやってみようかな。父さんは?」
「そうだな~。俺もちょっとやって見ようかな」
「じゃあ、俺のと半分にしよう」


そう言って、レオンは財布からコインを取り出して、餌箱の下へ。
兄が離れたので、画面にはスコールとヒツジだけが映っていた。

ヒツジは餌をくれるスコールの事をすっかり気に入ったらしく、もっとちょうだい、とスコールの手に顔を寄せる。
スコールはねだられるまま、餌袋から少しずつキューブを取り出して、ヒツジに食べさせていた。
そんなスコールの下へ、もう一頭、ヒツジが現れる。


「スコール、そっちのヒツジさんもご飯が欲しいってさ」
「うん。はい、あげる。よくかまなくちゃダメだよ」


新しいヒツジに餌を与えると、ヒツジはあっと言う間にそれを食べ尽くした。
ヒツジの舌がぺろぺろとスコールの手を舐める。


「お腹空いてるの?はい、おかわり」
「また新しい子が来たぞ~。スコール、モテモテだな」
「もてもてってなーに?」


画面を見上げて問い返すスコールに、好き好き~って言われる事だよ、と返すが、スコールはことんと首を傾げている。

ととっ、と駆け寄ってくる気配に、画面が動く。
餌袋を手にしたレオンと、ぞの後ろに順番待ちのように並ぶヒツジ達が映った。


「父さん、餌、買ってきた」
「おお、ありがとな────レオン、後ろにヒツジが並んでるぞ」
「そうなんだ。きっと餌を貰えるって理解してるんだろうな」


餌袋を持っている人間に近付けば、食べ物が貰える。
ヒツジ達はそれを学習し、覚えていて、早く食べ物を貰おうと思ってついて来るのだろう。

画面を移動させると、二頭のヒツジに交互にエサをやっているスコールが映る。
楽しそうに餌やりを続けるスコールの背中を、とんっ、と誰かが軽く押した。
誰かにぶつかったのかな、と思ってスコールが振り返ると、其処にはヒツジがいた。
─────其処でスコールは、はっと周りを見渡し、


「……ふえっ?えっ?えっ?」


其処は、もふもふの綿毛で溢れ返っていた。
右を見てももふもふ、左を見てももふもふ、前も後ろももふもふ。

あれ?あれ?ときょろきょろと辺りを見回してみると、スコールはもふもふによって完全包囲されていた。


「ありゃ。スコール、すっかり懐かれたみたいだな~」
「懐くと言うより、囲まれているように見えるけど…」


ヒツジに囲まれたスコールを見詰めながら、レオンが大丈夫かな、と少し心配そうに呟く。

こつん、とスコールの頭が押されて、振り返ると、ヒツジの鼻先が。
驚いて後ずさりしたスコールに、同じ高さにあるヒツジの頭が迫ってくる。
それも一つではなく、もふもふの数だけ、次から次へと近付いて来るのだ。
ご飯を頂戴、もっと頂戴────真っ直ぐにスコールを見詰め、催促しながら、ぞろぞろと。
最早、スコールの見える世界は、ヒツジの群れのみになっていた。


「えっ、えっ……ふぇっ……」


じりじりと後ずさりするスコールの蒼い瞳に、大粒の雫が浮かんで、直ぐ。


「ふえっえっ、ふえぇえええぇえん…!おにいちゃぁぁぁああああああん!」


スコールは大きな声を上げて泣き出した。
しかし、ヒツジ達は全くお構いなしで、ご飯を頂戴、とスコールの頭をこつんと小突く。


「やああああ!おにいちゃあああああん…!」
「スコール!」


スコールを囲む綿毛の群れを掻き分けて、レオンがスコールに駆け寄った。
助けを求めて小さな手を伸ばしてきたスコールを、レオンは抱え上げてやる。

ヒツジの顔しか見えない世界から、ようやく兄に助け出されて、スコールは泣きながらレオンの首にしがみついた。
わんわんと大きな声で泣きじゃくるスコールの手から、餌袋が逆さまになって地面に落ちる。
ヒツジ達は、頭上で聞こえる子供の泣き声を気にする事なく、ばらばらと散らばったキューブ型の餌をマイペースに食べていた。


「えっ、ふぇっ、わぁああああん…!」
「よしよし、ちょっと怖かったな。大丈夫、大丈夫」


ぐすぐすと泣きじゃくるスコールの背中をぽんぽんと叩いてあやす。

レオンは自分の手に持っていた餌袋の中身を取り出すと、ぱらぱらと足下に蒔いて、直ぐにその場を離れる。
ヒツジ達がこぞって餌にありついている間に、レオンは急ぎ足で群れの中心から脱出した。


「父さん、そろそろ行こう。スコールがすっかり怯えてる」
「だな。スコールにはあれ位のヒツジでも大きく見えるだろうから、余計怖かったかもな~」
「ひっく、ひっく…えっ、ふえっ…えうぅ……」
「もう大丈夫だからな、スコール。ほら、お馬さんに逢いに行こう」
「えっ、ん……おうまさん……」
「その前に顔拭こうか。ほーら、スコール、こっち向いてご覧」


スコールが顔を上げて、ティッシュを持った手が画面に映る。
目許と頬、口元を綺麗に拭き終わった頃には、スコールも少しずつ落ち着きを取り戻していた。

すん、すん、と鼻を啜るスコールを腕に抱いたまま、レオンが歩き出す。


「そう言えば父さん、ヒツジの餌は?」
「あー……落っことしちまって。ぜーんぶ一気に食われちまった」


あはは、と笑う声に、レオンは眉尻を下げて「父さんらしいよ」と言って苦笑する。

ヒツジの放牧地帯を過ぎて間もなく、馬舎が見えてきた。
乗馬体験用に表に出ている馬を見て、お馬さんだぞ、とレオンが教えると、スコールが顔を上げる。



─────間近で見た馬の大きさに驚いて、怖がったスコールが泣き出してしまうのは、また別の話。





家族旅行で牧場に行ってきまして、其処で見た光景をそのまま書いてみた。
4匹のヒツジにずいずいと来られた子供が泣き出した光景を、子スコに変換。
大人には腰くらいの高さのヒツジでも、小さい子には大きく見えるだろうなぁ。

この出来事は全てラグナのデジカメに記録され、映像アルバムとして残ります。
たまに父兄が見返してて、高校生になったスコールに見つかって「消せ!」って言うに違いない。
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[プリスコ]アイム・ベリー・ハングリー!

  • 2013/11/08 23:08
  • カテゴリー:FF


元来、スコールは自分が決して気が長くない事を自覚していた。
数時間の待機命令であれ、数日間の根競べ勝負であれ、任務と言われればこなして見せるが、平時は違う。
表立って苛立ちを露骨に見せる事こそしないものの、スコールは短気な性質である。
ついでに、一人静かに過ごしたい時、他人のその時間を壊されるのも、非常に嫌いな性質であった。

仲間達の多くは、そんなスコールの性格を知ってか知らずか、スコールとは適度な距離を開けている。
だが、それを無視して、容易く垣根を乗り越えて、私有地に侵入してくる輩は、いつでも何処にでもいるものだ。
例えばジタンやバッツのように、何の目的があるのか、殊更にスコールに構い付けたがったり、鬱陶しいと追い払っても逃げたと思ったら戻って来て飛びついて来たり。
この二人に関しては、既に言っても無駄だと言う事を理解したので、好きにさせる事にした────要するに、根負けしたと言う事だ。

ジタンやバッツを除けば、他のメンバーはつかず離れずの距離で、スコールにとっては快適だ……と、思っていたのだが、もう一人、例外がいる。
これもやはり、ジタンやバッツのように、他人の心情などお構いなしで、自分のペースを崩さない人物───プリッシュであった。

何の因果か、彼女と秩序の屋敷で二人きりで待機となってしまったスコールは、プリッシュから常に「腹減った」「何か食えるものないか?」と常に問われ続けていた。
ちなみにプリッシュは、朝食・昼食共に、ティファが用意して行ってくれたものを、綺麗に平らげている。
他の仲間達がいつ帰るか判らないからと、鍋一杯に沢山作られていた筈の料理が、小柄なプリッシュの胃袋にどうやって全て治まるのか、スコールには皆目見当がつかない。
それでいてプリッシュは、もっと食べるものはないか、とスコールにしつこく強請るのだ。


「なあ。なあってば。腹減ったよ」
「………」
「何か食えるモンないか?」


食べられるものなら、あんたが全て食べたじゃないか。
スコールは書庫から持って来た文庫本に視線を落としたまま、苛々と眉間の皺を深くして思う。

どうして今日の待機組を、この組み合わせにしたのだろう……と言う疑問は、愚問だ。
スコールは先日のアルティミシアとの戦闘で負傷、プリッシュははしゃぎ回った末に頃んで足を捻った。
無手の格闘術で戦うプリッシュにとって、軸となる足は大切なものであり、きちんと直すまでは冒険禁止(つまり待機)、となった。
スコールの傷は既に治療魔法で治してあるが、念の為に、一日大事を取る事にしたのだ。

…それにしても、せめてもう一人誰か残して行ってくれても良いではないか。
何故よりにもよって、このペアだけで待機させる事を良しとしたのだろう。

黙したまま本を見詰めるスコールの手は、随分と前から、ページを捲る事を止めていた。
プリッシュはそれも気にしない(気付いていないのかも知れない)まま、なあなあ、とスコールの肩を揺さぶる。


(大体こいつは、なんで当たり前のように俺の隣に座っているんだ?)


昼食の時、プリッシュは食卓用のテーブルに座っていた。
スコールは午前中からずっと、今も座っているソファに落ち付いている。
そのままの距離感がスコールにとってはベストだったのだが、プリッシュは昼食を終えた後、犬か猫が懐くように、ちょこんとスコールの隣に座ってしまった。

嫌なら自分の部屋にでも引っ込めば良いだろう、と言われるかも知れないが、そうも行かない理由がある。
以前、プリッシュが一人で秩序の屋敷に待機する事になった時、彼女は空腹を満たそうとして、冷蔵庫の中のもので料理をしようとした。
その結果は燦々たるもので、しばらくは屋敷のキッチンが使用不可能になった程だ。
無邪気な彼女に、また同じ事を繰り返されては堪らないので、プリッシュはキッチンの出入り禁止の上、お目付け役が必要と言う結論に至った。
スコールがプリッシュを放置する事が出来ないのは、そのお目付け役と言う任務の所為だ。

プリッシュの監視をするだけでも気が進まなかったスコールだが、彼女が自分と一定の距離を保っていてくれれば、構わなかった。
彼女がキッチンにさえ入らなければ、スコールは最低限、彼女の様子を確認しているだけで済む。
コミュニケーションの必要はない────と、思っていたのだが、まさかこんな事になるとは思っていなかった。


「なあなあ。スコール、腹減らないか?」
(減ってない)
「何か食いたくないか?」
(食べたくない)


胸中でのみ、スコールは答えを返す。
口にしないのは、喋れば相手をしなければならない羽目になるからだ。

そんなスコールをじっと見詰め、プリッシュが頬を膨らませる。


「スコールー。スコールってばー。腹減ったよ、何か食わせろよ」


耳元で声を大にするプリッシュに、もう監視任務も放棄して良いだろうか、とスコールは本気で考え始めていた、その時。
かぷ、と耳朶を噛まれて、スコールは思わず飛び退いた。


「………!?」
「あ。ワリ」


驚愕の余りに声も出ないスコールに、プリッシュが頭を掻きながら詫びた。


「スコールの耳、柔らかそうだなーと思って。パイだっけ?餃子だっけ?耳たぶと同じ位の柔らかさって言う奴。そしたら、段々旨そうに見えて来て」
(意味が判らない!大体俺は食べ物じゃない!)
「悪い悪い。凄く腹減ってたからさあ」
(だからって人間を食おうとするか!?)


きゃらきゃらと笑う彼女には、決して悪意はないのだろう。
それだけに、スコールの驚愕と恐怖は一入である。

このままだと、本当に食われるかも知れない─────そう思ったスコールは、意を決してソファを離れた。
「スコール?」と呼ぶ声を無視して、キッチンに入ると、卵、牛乳、小麦粉等々、記憶を頼りに必要なものを取り出して、分量を量って全てボウルに放り込む。
本当は色々と手順がある筈だが、其処まで明確には覚えていなかったし、何より、気が急いていた。
出入り禁止を律儀に守ってか、キッチンの入り口に佇む少女の視線が、今のスコールには無性に恐ろしい。

ボウルの中身が粉っぽさをなくした所で、出来た生地を五つのココット皿に小分けにして、オーブンに入れる。
10分、20分と時間が経つ内に、オーブンから漂い始めた香ばしい匂いに気付いて、じっとスコールを眺めていたプリッシュの瞳が爛々と輝き出す。

オーブンがチーン、と焼き上がりの音を鳴らしたので、蓋を開ける。
熱くなった鉄板の上で、こんがりと狐色の焼き色をつけたマフィンが現れた。
竹串を差して中まで火が通っている事を確かめ、粗熱が取れるまでの少々の時間を割いた後、トレイに乗せたマフィンをキッチンから運び出した。
目の前を横切るスコールを───マフィンを───、プリッシュがきらきらとした瞳で見詰める。

食卓用のテーブルにマフィンを置いて、スコールは直ぐにその場を離れた。
ソファへと戻るスコールを、プリッシュの声が追う。


「これ、オレが食べて良いのか?ホントに良いのか?」


スコールは答えなかった。
勝手にして良いから、もう付き纏わないでくれ、と思いつつ、ソファに放っていた本を開く。

出来たてのマフィンは、外はカリッと香ばしく、中はふわふわ。
一つ一つの大きさは決して小さくない為、一つでも食べればそれなりに腹が膨れそうだが(少なくともスコールは一つで十分だ)、プリッシュにはそんな事は関係ないらしい。
両手に一つずつマフィンを持って、プリッシュは嬉しそうに齧りついている。

取り敢えず、これでしばらくは静かになるだろう。
ようやく胸を撫で下ろして、しばらくぶりに本の世界に没頭しようとして、


「美味いな、これ!ありがとな、スコール!」


飛んできた無邪気な声に、妙に胸の奥がくすぐったくなった気がした。



後日、プリッシュから話を聞いたジタンとバッツが、オレ達にも食べさせろ、とねだって来る事については、また別の話。




11月8日なので、プリッシュ×スコール。
何処に需要があると言うのか。しかし楽しかった。

スコールの心の声は、きっと全部バレてる。
これを切っ掛けに、今後ずっとプリッシュがスコールに懐き回るんだと思う。
なんでマフィンかと言うと、今日私が作ったからです。お手軽。
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[レオスコ]誰も知らないスピンオフ

  • 2013/10/31 21:54
  • カテゴリー:FF
俳優レオンと、高校生スコールの兄弟で、ハロウィンレオスコ。






舞台演劇で用意された衣装は、配役主が持ち返り────買取する事が可能な場合がある。
有名デザイナーが舞台の為に特別に誂たものや、コーディネートされたものも多く、劇の内容によっては日常生活で着られる衣装もある。
いやらしい話もするなら、誰々が使用した衣装、と言う謳い文句と共に、ファンやマニアに向けて人知れずオークションに提出される事もあった。

レオンも時折、舞台やドラマで使用した衣装を買い取って帰って来る。
それは大抵、日常生活で普通に着る事が出来るものなのだが、偶に奇抜なものを持って帰って来る事があった。

今日、学校を終え、家に帰ったスコールが見付けたのが、正にそれ。


「……なんだ、これ」


リビングのソファに綺麗に畳まれていたものを見付けて、スコールは眉根を寄せた。

手触りの良い黒い服が綺麗に畳まれており、それだけなら特に可笑しい所はないのだが、襟の作りや、裏地が目が覚める程に真っ赤である事が、スコールの目を引いた。
立て襟なんて今時流行らない形の服だが、衿には板紙でも縫い込んであるのか、立たせる事が前提となっているようだ。
合わせられた襟元には、金色の金属プレートが嵌められているのだが、どうにもプレートの光り方が安物っぽい。
その原因は、光の反射を抑えるようにコーティングされているからなのだが、素人のスコールにはそんな事は判らなかった。

今朝までは家になかった奇抜な服が、何故此処に在るのか。
スコールが思案するように立ち尽くしていると、リビングと寝室を繋ぐ扉が開く。


「お帰り、スコール」
「……ただいま。これ、レオンのか?」


帰宅の挨拶をそれぞれ交わした後、スコールはソファに置かれた布を指差して訊ねた。
レオンは示された物をちらりと見遣ると、ああ、と頷く。


「今日までやっていた舞台の衣装だ」
「…どんな衣装なんだ?」


レオンの今回の舞台公演を、スコールは一度も見に行く事が出来なかった。
平日の公演は学校があるから当然行けないし、加えて期末試験が近かったので、外に遊びに行く時間も取れなかった。
今回はいつものようにスコールがレオンの大本読みに付き合う時間も作れなかった為、スコールはレオンの舞台内容すらも知らない。

百聞は一見にしかずとでも言うのか、レオンは徐に黒布を手に取ると、広げて見せた。
表は黒一色、裏は赤一色で、縦衿と言う特徴的な形のそれは、どうやら羽織りマントとして着用するものらしい。
その色合いと形、マントと言う点から見て、スコールはひょっとして、とマントを見詰め、


「……ドラキュラ?」
「ああ。今回の舞台は、吸血鬼を主役にしたものだったんだ」
「…で、その衣装を、なんでわざわざ買取なんかして来たんだ?」


レオンの説明には納得したが、マントなんてものは、買い取っても早々着る機会には恵まれまい。
せめて、マントの下に着ていたのだろう、ブラックスーツなら────と思ったスコールだったが、広げたそれが燕尾服であり、ブラウスにもフリルがふんだんにあしらわれているのを見て、これもないな、と思う。
西欧諸国ならばともかく、少なくともこの国では、日常で着用される服ではないだろう。

洋服ダンスには空きがあるので、収納云々の問題は気にしていないが、タンスの肥やしになるのは先ず間違いない。
レオンもそれが判らない訳ではないだろうに、と胡乱な目を向けるスコールだったが、レオンはそれを気にする事なく、衣装を一つ一つ広げている。


「特に理由はないんだがな。強いて言うなら────ほら、今日はハロウィンだろう?」
「……ああ」


ソファに座ったスコールの前で、徐に着替えを始めながら言ったレオンに、そう言えばそんな日もあったか、とスコールは気もそぞろに頷いた。

ハロウィンと言えば、真っ先に浮かぶモチーフは南瓜だ。
しかし、ハロウィン用の飾り付けには、南瓜の周りを飛び交う幽霊や、蝙蝠の姿も見られる。


「ハロウィン…だから、吸血鬼の衣装を持って帰ったのか?」
「そんな所だな」


弟の言葉に頷いて、レオンはシャツを脱いでブラウスに袖を通した。
その上に黒のマントを羽織れば、フィクションによくよく見られる、如何にも“吸血鬼”と言った様相が出来上がる。


「どうだ?」
「…うん」
「うん?」
「……吸血鬼、っぽい」
「そうか」


ハロウィンなんてものではしゃぐような性格でもないだろうに。
レオンが脱いだシャツを拾い、畳みながら、スコールは呆れたように小さく吐息を漏らす。
公演が無事に終わって、傍目には判り難いが、以外とテンションが上がっているのかも知れない。
なんだか妙に楽しそうに見える兄に、今日ばかりは水を差す事もあるまいと、スコールはこれ以上気にする事は止めた────が。

衣擦れの音がして、スコールの顎を形の良い指が捉えた。
くん、と顎が上向いて、蒼と濃茶色がスコールの視界を埋める。


「スコール、─────Trick or Treat?」
「………え?」


囁くように聞こえた声に、スコールはぱちり、と瞬きを一つ。
常の感情を殺した大人びた表情は何処へやら、きょとんとした顔で見上げて来る弟に、レオンの唇が緩く弧を描く。

柔らかなものが、スコールの頬に触れた。
一瞬だけのそれが離れると、今度は温かな手が同じ場所を撫でて、横髪を透いて耳元を指先が辿る。
レオンの唇が、スコールの耳に近付いた。


「悪戯か、お菓子か。どっちだ?スコール」
「……っ!」


吐息がかかる程の距離で、よく通る低い声が囁く。
途端、ぞくん、としたもの背中を奔るのを感じて、スコールは咄嗟に目の前の男を押し退けようとした。

が、押した身体はびくともせず、逆にスコールを腕の中へと閉じ込める。


「レオっ……!」
「どっちだ?」


繰り返し囁きながら、レオンの唇がスコールの耳に触れる。
かふ、と柔らかく耳朶を噛まれて、スコールは息を飲んだ。

身を固くしたままのスコールの耳を、ゆっくりと、生暖かいものがなぞる。
レオンの舌だ。
ぴちゃ、と小さな音が耳元で鳴って、スコールの躯がふるりと震えた。


「れ、おん……やっ……!」
「お菓子は────持ってない、か」


レオンの手がスコールの首筋を撫で、背筋を下りて、腰を抱く。
更に手は下りて行き、スラックスの尻ポケットを探るように臀部を彷徨った。

カッターシャツの裾が持ち上げられて、レオンの手が滑り込み、スコールの柔肌をくすぐる。
唇を噛んで肩を震わせるスコールを眺めながら、レオンは耳朶を食んでいた歯を離し、スコールの輪郭を辿って、首筋へ。
薄く開いたスコールの視界に、濃茶色の髪と、赤い裏地の襟が見えて、────一瞬だけ、レオンの耳が尖ったような錯覚を抱く。

スコールの首に、柔らかく、優しく、歯が立てられる。


「あっ…あぁっ……」


ちゅ、ちゅぅ、と吸い付かれて、スコールの肩がビクビクと跳ねる。
微かに皮膚に食い込むように喉を噛まれて、スコールは喉を反らして唇を震わせた。

つ……と濡れた舌先がスコールの喉仏を這って、離れる。
震えていたスコールの躯から力が抜けて、レオンの腕に抱き寄せられた。
スコールがぼんやりと瞼を持ち上げると、間近で真っ直ぐに見下ろしてくる、青灰色の瞳がある。


「レ、オ、ン……」


至近距離で見詰める蒼灰色の瞳の中で、蕩けた表情をしている自分がいる。
歯を立てられた喉が、耳が、異常な程の熱を持って、じくじくとした感覚を生み出している。
心なしか尖ったように見える瞳孔に見つめられていると、まるで誘惑か幻惑の魔法でも施されたかのように、思考が麻痺して行く。

レオンの手がスコールの後頭部を撫でて、指先で柔らかな髪の毛先を弄ぶ。
くすくす、くすくす、と笑う男の気配に、スコールも何処か楽しい気分になって来て、逆らう意志も融解して行く。

吸血鬼に噛まれた者は、どうなるのだったか。
不老不死になるとか、同じように吸血鬼になるとか、隷属するとか、フィクションでは色々と設定があった気がするが、目の前の吸血鬼の場合はどうだろう。
男の指が肌を滑る度、彼の唇が掠めるように触れる度、ぞくぞくとしたものが背中を奔るのは、これも彼に噛まれた所為なのか。
だとしたら、酷く性質の悪い吸血鬼だ────と思いながらも、ふわふわとした心地の良さは拒めない。

スコール、と呼ぶ声がして、蒼の瞳が交じり合う。


「お菓子がないなら、悪戯するぞ?」


良いな、と問い掛けと言うよりは、決定事項のように告げられて、スコールの唇が震える。
レオンのマントを掴んでいた手が、知らず知らずの内に震えていた。

唇が重ねられて、呼吸が出来なくなる。
咥内をゆっくりとまさぐられる感覚に、スコールの肩が小さく跳ねて、マントを握り締めていた手から力が抜けた。
傾いた躯をソファが受け止めて、カッターシャツの前が開かれる。




もう一度、首に歯が当てられる。

同じ場所からじん…としたものが沸き上がるのを感じて、スコールは目を閉じた。





正統派で演技派な売れっ子俳優レオンのハロウィンでした。
スコールはレオンの演技と雰囲気とオーラにすっかり飲み込まれてしまえば良い。
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