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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[絆]家族とお菓子といたずらと 2

  • 2016/10/31 21:59
  • カテゴリー:FF


そんなレオンの下に、地図帳を畳んだスコールとティーダが近付いて来る。
何処かうきうきとしたティーダの表情に、ああ、とレオンは直ぐに気付いた。
が、今回は彼等の期待に応えてやる事が出来なくて、眉尻が下がってしまう。


「レオン、レオン。トリックオアトリート!」
「…と、トリックオアトリート…」


元気なティーダと、少し恥ずかしそうに言うスコール。
それぞれ声音は違うものの、やっぱりそう来たか、とレオンは微笑ましく思いつつ、


「すまない。今年はないんだ」
「えー。ないの?」
「準備する暇がなくてな」


判り易く肩を落とすティーダに、レオンはごめんな、と詫びる。

ハロウィーンは、元々ザナルカンドで暮らしていたティーダが教えてくれたものだ。
その習慣のないバラムに移り住んでからも、レオンやエルオーネが恒例行事にしていたので、彼にとっては年中行事の一つだったのかも知れない。
スコールも一緒に仮装をして楽しんでいたし、お菓子も喜んでいたので、楽しみにしていたのは間違いないだろう。

今からでも買いに行けるかな、とレオンが考えていると、ティーダがレオンの顔を覗き込んで言った。


「じゃあ、レオンはトリックって事で決まり!」
「トリック?」


ティーダの言葉に、きょとんとした顔で鸚鵡返しをするレオン。
それから、数拍置いてから、ようやく思い出した。
“トリック・オア・トリート”────“いたずらかお菓子か”の意味を。


「やっとレオンにいたずら出来る!」
「いつもお菓子持ってたもんね」
「スコール!今年はいたずら出来るよ!」
「……う、うん」


嬉しそうなティーダと、楽しそうなエルオーネと、少し不安そうなスコール。
そんな妹弟達を見て、レオンは今年は仕方がない、と大人しく甘受する事を決めた。


「お手柔らかにしてくれよ?特にエル」
「なんで私だけ?!」
「色々やっただろう?」
「昔の事でしょ」
「……?」


兄姉の会話に、弟達は顔を見合わせて首を傾げた。
彼等にとって、姉はしっかり者と言う認識なので、嘗ての彼女のイタズラ話など知りもしないのである。

こほん、とエルオーネが咳払いを一つ。
ちら、とその眼がスコールへと向くと、スコールはもじもじとした様子でレオンを見ていた。
そんなスコールを、ティーダが急かすように肘で突いている。


「あ、あの、お兄ちゃん」
「ん?」


スコールなら、それ程警戒しなくても良いか。
元々イタズラと言うものをしない子供だし、そう言う事をしようとも思わないのだろう。
今回は姉やティーダに色々任されているようだが、スコールにやらせようと言うのだから、彼等も余り無理な事はやらせるまい。

そう思って、少し楽しみな気持ちで待っていると、スコールは背中で後ろ手に隠していたものを取り出した。


「これ、お兄ちゃんに」


そう言ってスコールが差し出したのは、可愛らしいラッピング袋だった。
黒猫のシルエットを散りばめた袋に、大きなリボンで封が閉じてある。

袋を差し出したまま、スコールは固まっている。
どうやら、レオンがこれを受け取るまで、スコールは動く事が出来ないようだ。
ちょっと意地悪をしてみたい気持ちがレオンの頭に過ぎったが、今回イタズラをされるのはレオンの方。
お菓子を用意できなかった罪滅ぼしも兼ねて、レオンは素直にラッピング袋を受け取った。

兄が袋を受け取った事で、スコールがほっと息を吐く。
その横から、ティーダがひょこっと顔を出し、


「いっつもレオンにはお菓子貰ってたからさ。今年はオレ達で用意したんだ!」
「お仕事で忙しいし、準備も出来ないだろうなって思って、じゃあ逆に用意してビックリさせようって話でね」
「そうだったのか。すまないな、ありがとう」


妹弟達の優しい気遣いに、レオンは頬が綻んだ。

開けて良いか、と訊ねると、ティーダがこっくりと頷く。
誕生日ならともかく、こうした行事でレオンが何かを用意して貰ったと言うのは、随分と久しぶりの事だ。
妹達が何を用意してくれたのか、緩む頬をそのままに封を切ってみると、


『ケケケケケ!』
「っ!?」


けたたましい笑い声と共に飛び出したのは、顔付のカボチャ頭。
思わぬものが顔面に向かって迫って来た瞬間、レオンは反射的に身を捻ってそれを避けた。
カボチャ頭はソファの背にぶつかって、ぼとっと落ちて転がる。

カボチャ頭の物体は、その胴体は服こそ着せられているものの、衣服の中身はバネで、とどのつまりはビックリ箱。
自動再生の笑い声が繰り返され、ケケケ、ケケケ、と鳴きながらソファの上で寝そべっている。
レオンはそれを、ぽかんとした表情で見詰めていた。


「これは……」
「やったー!イタズラ成功!」
「あはは、レオンのそんな顔、初めて見た!」
「お、お兄ちゃん、大丈夫?ご、ごめんね、ごめんね」


まさか兄が、こんな古典的な罠に引っ掛かるとは、誰も思っていなかったのだろう。
呆然としているレオンの様子に、ティーダがガッツポーズではしゃぎ、エルオーネは腹を抱えて笑う。
スコールは慌ててレオンに縋りついて、何度も何度も謝った。

レオンはしばらく呆けていたが、エルオーネがカボチャの笑い声のスイッチを切った所で、我に返った。
見上げる弟が泣き出しそうな顔をしている事に気付いて、レオンは口角を上げて、くしゃくしゃとスコールの髪を撫でる。


「お兄ちゃ、」
「大丈夫だ、スコール」
「レオン、どう?びっくりした?」
「ああ。全く、お手柔らかにって言っただろう?」
「えへへへ。いえーい!」
「いえーい」


ティーダは初めてイタズラが成功したのが嬉しくて堪らないらしく、エルオーネとハイタッチをする。
この分だと、イタズラの詳細を計画したのは、間違いなくエルオーネだろう。
スコールにラッピング袋を持たせたのも、きっと彼女の指示。
スコール相手なら特に警戒心が緩むであろうと見越して、仕込んだに違いない。

エルオーネはカボチャのびっくり箱をテーブルに置くと、床に落ちていたラッピング袋を拾う。


「はい、改めて。もう変なのは入ってないよ」
「本当か?」
「ホントホント!後は全部お菓子!」


判り易く疑う顔をして妹を見るレオンに、ティーダが後押しするように言った。
まだ警戒を解き切らずに袋を受け取り、中身を覗くと、確かに後は全て飴やチョコと言ったお菓子類だった。
中には大きな蜘蛛の焼印をしたクッキーが入っており、これはイタズラとどっちかな、とレオンは笑みを零す。

クッキーを取り出して眺めていると、スコールがレオンの隣に座る。
蜘蛛の焼印を見せてやると、スコールは判り易く顔を顰めた。
可愛い弟の反応に、くすくすと笑いながら、レオンはクッキーをラッピング袋へと戻す。


「ありがとう。このお菓子、俺一人では食べ切れそうにないから、後で皆で食べないか?」
「良いの?」


今年は準備する側で、と思いつつも、やはりお菓子の誘惑はまだまだ大きいのだろう。
レオンの言葉に、スコールとティーダの目がきらきらと輝いた。
勿論、エルも一緒に、と言えば、エルオーネは紅茶を用意して来ると言ってキッチンへ向かう。

レオンは、テーブルに鎮座しているカボチャのビックリ箱をつんと突く。
バネを揺らして踊るカボチャは、無事にその大役を果たして、何処か喜んでいるように見えた。





ついにお兄ちゃんにイタズラ成功!
計画:エルオーネ、準備:ティーダ、実行:スコール。

社会人になったレオンは色々疲れたりもするけど、こんな愛しい家族の為に頑張ります。
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[ジェクレオ&ティスコ]触れた指先 1

  • 2016/10/08 23:06
  • カテゴリー:FF
10月8日と言う事で、ティーダ×スコールとジェクト×レオン。
[我儘な大人]と同じ設定です。





賑々しい音楽があちらこちらで鳴り響き、楽しそうな笑い声が反響し、空から悲鳴と歓声が降ってくる。
昼間でも眩しいネオンで彩られた沢山の看板や、アーティスティックな踊りで噴き上がる水飛沫。

遊園地なんて、本当に何年振りだろう。
ジュース入りの紙コップを片手に、ベンチに腰かけて、レオンはそんな事を考えていた。
その隣では、同じように考えているのだろう筋骨逞しい男が座っており、遠く伸びるランドマークの塔を眺めている。
そんな二人の前を、元気な子供達が駆けて行き、それに続くようにして、金髪の少年と茶髪の少年が横切って行く。


「スコール、次あれ!あれ乗ろう!」
「判ったから引っ張るな!走るな!」


右手をティーダにぎゅっと握られ、引っ張られて走るスコール。
さっきはジェットコースターに乗りに行っていた彼等は、今度はウォーターアトラクションへ向かうようだ。

ティーダはこの遊園地に入った時からハイテンションで、アトラクション全制覇を目指すと言っていた。
そんな幼馴染とは対照的に、賑やかな場所も人ゴミも嫌いなスコールは、人気の少ないのんびりとしたクルーズ系が一つでも乗れればそれで、と言った風だった。
しかし、ティーダにあっちへこっちへ引っ張られているスコールは、意外と楽しんでいるように見える。
言えば絶対に否定するのだろうが、手を引くティーダの手を振り払わないので、口では素直でない事を言いつつも、彼なりに数年振りのテーマパークと言うものを満喫しているのだろう。

────と、10代の少年達が思い思いに楽しんでいる傍ら、保護者組のレオンとジェクトはのんびりとしたものだ。
初めこそ、ティーダにせがまれて一緒にアトラクションに乗っていたレオンだったが、人気の高い乗り物を三つほど回った所で、休憩すると言って二人から離れた。
スコールの兄として、またティーダの兄代わりとして、彼等から完全に目を離すつもりはないものの、それでも弟達とて5歳6歳の子供ではないのだ。
アトラクション搭乗のルールはきちんと守れるし、危ない事はしないと約束し、それを信じて、自由にさせる事にした。
ジェクトはと言うと、アトラクションは最初に一つ乗ったきりで、後は子供達の行く所について行くのみ、すっかり付き添いの保護者に徹している。

レオンが紙コップの中身を空にして、腕時計を見ると、時刻は午後3時を回っていた。
昼前に入園し、早目に食事を済ませてからアトラクション巡りを始めてから、もう三時間。
意外と早いな、と呟くと、隣でジェクトが立ち上がって、丸めっぱなしにしていた体を仰け反って伸ばす。


「っか~……じっとしてるだけだってのに、妙に疲れる気がするな」
「慣れない場所に来ているからだろうな」
「やっぱそれかねぇ。スコールは大丈夫なのか?あいつ、こう言う場所はあんまり好きじゃねえだろ」
「それはそうだが……」


レオンが視線を左方へと向けると、ジェクトも倣って首を巡らせた。
二人の視線の先では、ウォーターアトラクションに乗り込むスコールとティーダの姿がある。

一番前が良いと言うティーダに、スコールは渋々顔でついて行き、二人並んでコースターの先頭に座った。
スタッフから大きなビニールシートを渡されて、スコールが恨むようにティーダを睨むと、ティーダがへらっと愛想笑いを見せる。
スコールはしばらくティーダを睨んでいたが、スタッフから安全バーを下ろすように言われると、諦めたように溜息を一つ。

二人の遣り取りを遠目に見ていたレオンが、くすりと頬を緩める。


「思ったよりは大丈夫そうだ。ティーダが一緒だからな」
「だったら良いんだけどよ」


コースターが発進して、大きな山を登って行く。
レールコースの下からそれを見上げているレオン達には、先頭に乗っている弟達の顔は見えない。
それでも、きっと楽しんでいるのだろうな、とレオンは思う。


「とは言っても、そろそろスコールも疲れが出てくるだろうから、何処かで休憩した方が良いかな」
「飯屋にでも入るか?」
「……そうだな」


レオンはジャケットの内ポケットに入れていた長方形のパンフレットを取り出した。
開いて記された飲食店の傾向をチェックしていると、のしっ、と肩に重みが乗る。
丸太のように太い腕が、レオンの肩に乗せられて、ジェクトが寄り掛かってパンフレットを覗きこんでいた。


「今日日の遊園地ってのは、デザートだけでも凝ってるもんだな」
「アトラクションより、これを目当てに来る人もいる位だからな。色々な客層を取り込もうとしてるんだろう」
「よく考え付くもんだぜ。で、何処に行く?」
「軽食なら、この辺りが。少し遠いから、スコール達が面倒そうだったら、こっちのフードコートに……っ!」


パンフレットを眺めながらルートを確信していたレオンだったが、その表情が一瞬強張る。
右肩に乗せられていたジェクトの腕が、いつの間にか体重を移動させて、レオンの左肩まで回されていた。
僅かに抱き寄せるように力が籠められているのを感じ取って、視界の端に映る不精髭に、その距離感の狭さを悟って、レオンの頬が僅かに赤くなる。


「おい、近過ぎる…っ」
「この方が見易いんだよ」
「だからって……」


余りに近い距離に、レオンは自分の体温が上がるのを自覚した。
そんなレオンの前を、遊園地を楽しむ人々が通り過ぎて行く。
傍らの男とは勿論、行き交う人々との距離が近い事を再認識して、レオンは益々顔が熱くなって行く。

ジェクトは存外と初々しい気配の抜けない青年に、くつくつと笑って、濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
幼い頃から、父を支え、弟を守る為に自分自身を律し続けていた青年は、どれだけ甘やかしてやっても、慣れる事が出来ない。
その事を心の隅で寂しく思いながらも、こんな反応を見せてくれるのは自分だけだと思うと、優越感で頬が緩む。

────が、細やかな甘い時間と言うものは、いつまでも続かないものだ。


「思ってたより水凄かったっスね!」
「お陰でズブ濡れだ……」
「良いじゃん、涼しくなったし」
「良くない。気に入ってたんだぞ、これ。それなのに」
「乾いたら元に戻るって」


聞こえた少年達の声に、レオンがはっと我に返る。
慌てて肩に回されたジェクトの腕を振り解こうとするが、ぐいっと強い力で捕まった。
弟達が戻って来るのに、と赤らんだ顔を必死で平静に取り繕っていると、


「ただいまーって、何レオンにくっついてんだよ、親父」
「パンフ見てんだよ」
「そんなにくっつく必要ないだろ。離れろよ、レオンが迷惑してんだろ」
「迷惑なんて言われた事ぁねえぞ。なあ?」
「あ、ああ……」


ジェクトの言葉に、レオンは頷いたものの、その表情はぎこちない。
ティーダはしっかりその事に気付いていたようで、


「レオン、はっきり言って良いんスよ。体臭だってキツいだろ?」
「いや、別にそんな事は……」
「ほら、離れろってば。レオンに迷惑かけんなよ、クソ親父」
「うるせえなあ、だったらお前もそっち離してやれよ」


離れろと繰り返す息子に、ジェクトは判り易くうんざりとした表情で指を差す。
ティーダはそれを見て、「そっち?」と首を傾げて、ジェクトの示す先を視線で負う。

其処には、しっかりと幼馴染の手を握る、自分の手があった。

ティーダが自分の手を見る以前から、その手は繋がっていた。
詳しく言えば、ウォーターアトラクションを終えて、保護者の下へ戻って来る最中、人気のステージへ向かう人ゴミの中を横切る際、逸れないようにと繋いだもの。
良い年をした男同士で、と嫌がるスコールに構わず、ティーダがやや強引に握った。
それから、レオン達の所に行くまでなら、と束の間の繋がりの許しを貰って────その許可時間は、此処に辿り着いた時点で、終了している筈のもの。

日焼けをした手に握られた、色白の自分の手。
ジェクトに指摘された事、ついで兄に見られた事で、それまでで既に赤かったスコールの顔が、一気に沸点を突破した。


「……!」
「あっ。ちょ、スコール!」
「……っ!!」
「スコール、何処行くんだよ!?待てって!」


沸騰したように真っ赤になって、ティーダの手を振り払ったスコールは、ぐるんっと踵を返して歩き出した。
人込みの向こうへ逃げるように、足早で離れて行く幼馴染を、ティーダが慌てて追い駆ける。

雑踏に紛れ込んで行く弟と、それを追う幼馴染の少年を見詰めて、レオンは一つ溜息を吐く。


「ジェクト……此処にいる間は、余計な刺激をするなって言っただろう」
「あー……そうだったっけか」
「……全く……」


弟もその幼馴染の少年も、思春期真っ只中のデリケートな時期。
些細な事が思いも寄らなかった事に発展するのはよくある事で、それが彼等を成長させる事もあれば、逆に傷になってしまう事もある。
また、他人にとっては意味のない一言でも、当人にとってはそうではない、と言うのはよくある話だ。
だからレオンは、まだまだ難しい頃合いの少年達に、悪戯な事はしてくれるなとジェクトに釘を刺しているのだが、日々息子を揶揄うのが日課とも言えるジェクトは、ついつい要らぬ一言が出てしまう。

けれども、ジェクトがつい息子に意地の悪い事を言ってしまう気持ちも、レオンは理解できない訳ではなかった。
自分達の関係を思えば、ジェクトが先のティーダの言に、ちょっと意趣返しをと思うのも無理はないかも知れない。
─────が、やはりそれでも、堪えてやるのは此方の方だろうとレオンは思う。


「ほら、そろそろ離れてくれ。スコール達が戻って来た時、またケンカになるぞ」
「……ちっ」


唇を尖らせて、厳つい貌を子供のように拗ねさせるジェクト。
レオンはそんな男を見て、眉尻を下げて唇を緩め、


「迷惑だなんて、思った事はない。だから、その───……」




次は、誰もいない所で。
誰にも見られない時に。

そう言って赤らんだ顔を背ける青年に、ジェクトは伸ばしかけて、止めた。





≫

ティスコとジェクレオ。
全力の俺得。
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[ジェクレオ&ティスコ]触れた指先 2

  • 2016/10/08 23:05
  • カテゴリー:FF


スコールとティーダが微妙な距離感を持って戻って来た所で、レオンは休憩を兼ねて甘いものでも食べよう、と言った。
二人は何処かぎこちなくも、兄の言葉に頷いて、飲食店エリアへ向かう。

先にレオンが目星を付けていた店は、人気でいつも満席と言う歌い文句があったが、運良く空席があって直ぐに座る事が出来た。
二人ずつで向かい合わせに並ぶ四人テーブルでは、スコールとティーダ、レオンとジェクトで並び、父子を向い合せにしないのがパターン。
足が当たった当たらなかった、腕が当たった当たらなかったで父子が揉めるのを避ける為だ。
手のかかる親子だ、とスコールは愚痴を零すが、そんな彼も、自分の父ラグナとは並びたくない、向かい合わせは嫌だと言う、難しい年頃であったりするのだが。
ちなみに、ラグナは今日は急な仕事が入ってしまい、家族旅行から外れてしまった。
今朝まで「行きたくない」「スコールとレオンと一緒にコーヒーカップに乗りたい」と言っていたのだが、止む無く旧友達に引っ張られて行った。
その際、ラグナはジェクトに「うちの子達を宜しくな~!」と涙ながらに託し、いつもの事と呆れつつも、ジェクトはそれに頷いている。
車に乗るまで未練たらたらに何度も振り向いていた父の姿は、スコールも少し考えるものがあったようで───何せ家族揃って出掛けるなんて事は、もう随分と久しぶりの事だったから、ラグナが仕事を嫌がるのも無理はない───、土産くらいは、と思っているので、彼が父の事を心から嫌っている訳ではない。

話を戻して。

デザートメニューは少々値が張るものの、食材からデコレーションから凝った作りをしていた。
きらきらと光るジュレや、見事な飴細工、チョコレート等、ティーダは勿論、スコールも少し興奮していた様子だった。
そんな少年達を前に、レオンとジェクトはのんびりとコーヒーを飲みながら、パンフレットを眺める。
スコールとティーダがデザートを食べ終え、あれが良かった、あれは疲れたと話をした後、次の行先は決定した。

此処に行こうぜ、とジェクトが指差したのは、飲食店エリアに隣接された、屋内施設を中心としたエリアの一角。
パンフレットのイラスト地図ですら、おどろおどろしく描かれた其処は、ホラーハウス、またの名をお化け屋敷であった。
なんでそんな所に、とティーダが噛み付いたのは言うまでもないが、それに対してジェクトが「怖いのか?」等と煽るものだから、ティーダは反射的に「恐くない!」と叫んだ。
それを受けて、じゃあ決まりだな、と笑う父に、ハメられたと息子も気付いたが、やっぱり嫌だと撤回出来ないのが、反抗期真っ只中の青臭さの面倒な所であった。

しばしの休憩でまったりと過ごした後に、どうしてこんな場所を選ぶのか。
呆れつつも、特に行きたい所がなかったスコールは、父と口ゲンカをするティーダに引き摺られながら、ホラーハウスへと到着した。
ホラーハウスの入り口に設置されたスピーカーから、ぎゃああだのきゃああだのひいいいだのと悲鳴が繰り返されている。
時々、振り切れて何もかも可笑しくなったか、大爆笑する声も聞こえていた。
どうやら、アトラクション内の音声をリアルタイムで拾って流しているらしい。
ティーダが叫んだらスピーカーが割れそうだ、とスコールは思った。

二人ずつ整列して下さい、と言うスタッフのアナウンスに従って、入場待ちの列に並ぶ。
此処でジェクトとティーダが、どちらが先に入るかと揉めたのだが、やはり此処でも「怖いのか?」の一言で煽られたティーダが、付き添う形となるスコールと共に、先に入る事になった。

─────そうして、思いの外早くまわって来た入場順に、蒼い顔をしたままのティーダを先頭で入場したまでは良かったが、


「ぎゃああああああ!首!生首ー!」
「……煩い」


耳元で叫ぶティーダに、スコールは顔を顰めた。
素っ気ない反応のスコールに、だって首が!とティーダは叫ぶ。

進行方向を示す床のライトだけが頼りとなる、暗闇の道。
その向こうで、ふわふわと浮遊している人の頭部。
不規則な揺れを見せながら、くるくると回転しているそれが此方を向くと、爛れた皮膚が頼りない毛髪の隙間から覗いた。


「ゾンビいいぃぃぃぃ!!」


ぎゅうう、と抱き付いて来る幼馴染に、スコールは今日何度目か知れない溜息を吐く。
恐くない、と息巻いていた突入前の空元気は何処に行ったのか。

とは言え、無理もないのはスコールも理解しているつもりだ。
ティーダは、テレビの曜日プレミアムで放送されるホラー映画も、一人で見る事が出来ない。
人気があったり、話題性のあるものは内容が気になるので見てみたいが、おどろおどろしいものは好きではないし、スプラッタも苦手だ。
だから必ずスコールやレオンと一緒に見るようにしているのだが、それで怖さが一切なくなる訳でもない。
映画を見ている間中、震えて怯えて叫んで、と言う具合だ。
ジェクトもそんな息子を知らない訳ではないだろうに、どうしてホラーハウスに行こうなんて言い出したのか。

ふわふわと彷徨っていたゾンビ生首が、道案内をするように突き当りの角を曲がって行く。
スコールがそれを追い、ティーダは彼の腕にしがみついたまま、及び腰でついて歩いた。


「ううう~……やっぱ苦手…ぎゃあっ!」
「……ただの酸素ガスだろ」
「判ってるけどビックリするんだって!」


曲がり角を曲がった途端、ブシュッと噴き出した白いガスに驚くティーダ。
何かあるだろうと踏んでいたスコールは、特に驚きはしなかった。

また暗がりの道を進んで行くと、何処かから生温い風が吹いた。
ビクッとティーダが硬くなり、スコールの腕にしがみつく力が強くなる。


「……ティーダ、離せ」
「置いてかないで!」
「置いて行かない。……痛いんだ」
「あっ、ごめん」


スコールの一言に、ティーダは掴んでいた腕を慌てて離した。
ジャケットの長袖に皺が寄っているのを見て、ごめん、とティーダが改めて詫びる。

腕は離しはしたものの、やはり縋るものは欲しいのだろう。
ティーダはあちこちを見回しながら警戒しながら、スコールの傍に密着する程に身を寄せて来る。
スコールは眉根を寄せたが、縋る子犬のような貌で見上げる幼馴染に、好きにさせる事にした。
足も重いであろうティーダに合わせ、歩調を落として先へ進む。


「そんなに怖いなら、正直に怖いから嫌だって言えば良かったんだ」
「ンなの言える訳ないだろ……あのクソ親父……うわあああっ!」


壁の向こうから突如現れたゾンビに、ティーダが悲鳴を上げる。
ゾンビはビタンッ!と透明ガラスに憑りついて、うごうごと動きながら此方を恨めしそうに見ていた。
スコールは、蒼い貌でふらふらとしているティーダの手を引っ張り、ゾンビから離れて行く。


「ビックリ系だけでもヤなのにさ~、なんでゾンビ…すげーリアルだし…」
「それが売りなんだろ」
「あーもー早く外に出たいっス……」
「……まだ半分も過ぎていないようだが」
「ええええ」
「一応、リタイアゾーンはあるらしいぞ」
「リタイアはしない!」
「………」


面倒な、とスコールが胡乱な目でティーダを睨む。
スコールの胸中が伝わったのだろう、ティーダがだって、と弱った顔になった。
リタイアなんてしたら、ジェクトは間違いなく息子を揶揄いに来るだろう。
それもそれで面倒だ、とスコールは思った。


「…じゃあ、もう少し早く歩け。そうすれば早く出られる」
「が、頑張るっス……」


────と、なんとか返事をしたティーダだが、早く出たいのは山々、しかし足は重い。
進む先に何があるかと思うと、どうにも体が緊張で固くなってしまう。
此処はお化け屋敷、進めば進む程に何かが待ち受けている、と言う残酷な運命が、ティーダを益々緊張させていた。

……スコールとて、ティーダの気持ちが判らない訳ではない。
子供の頃はスコールもホラーが大嫌いだったし、スプラッタなんて以ての外、うっかり映画を見たら、夜は怖くて眠れない。
幼い頃、ラグナも含めて小さな遊園地に来て入った、もっとチープなお化け屋敷も、スコールは駄目だった。
あの時は薄暗い通路だけで怖くて怖くて、兄に宥められ、父に抱き上げられて運ばれ、それでも我慢できずに途中でリタイアしてしまった程だ。
ちなみにティーダも同じ時にジェクトに連れられてお化け屋敷に入っており、此方は父の手を痛いほどに握りながら、「怖くない!!」を繰り返してなんとか踏破していた。
あの時もティーダは、揶揄う父への対抗心で意地を張って、なんとか先へ進んでいたのだろう。

あれから月日が経ち、スコールは暗闇やホラーへの耐性がついた。
と言うか、ティーダと一緒に見ている内、自分が怖がる前にティーダが全力で怖がるので、泣き叫んだりする暇がなくなり(一時はティーダの叫び声の方が怖かった程だ)、昔ほど恐れる事はなく。
不意打ちのトラップ系には驚くものの、お化け屋敷は基本的に作り物、或いは人間が演じているものと冷静に分析するようになると、緊張する事もなくなって行った。

しかし、ティーダは相変わらず、ホラーもスプラッタも大の苦手だ。
進む程に、まるで足元を引き摺られているかのように重くなるティーダの歩みに、スコールは何度目かの溜息を吐いて、


「……ティーダ」
「な、何?」
「……ん」
「ん?」


右手を差し出したスコールに、ティーダがきょとんと首を傾げる。
スコールは僅かに熱くなる頬を無視して、努めていつもと同じ貌をしていた。


「引っ張って行ってやる。だから掴まれ」


スコールの言葉に、ティーダはぱちりと瞬きを一つ。
マリンブルーの瞳が、幼馴染の顔を見て、差し出された手を見て、また顔を見る。
それから、ついさっきまで幼馴染にしがみ付いていた自分の手を見て、またスコールの手を見る。

少しの間逡巡するように沈黙してから、ティーダは恐る恐る手を伸ばす。
二人の手が重なると、一瞬スコールの指に緊張が走ったが、ティーダがぎゅっと掌を握ると、スコールもそれを握り返した。


「……行くぞ」
「う、ん……でも、良いのか?このまんまで」
「じゃないとあんた、進まないだろう」
「そ、そうだけど。後ろにさ、ほら……」


ちら、と後ろに目を遣るティーダ。

二人の後ろには、数メートルの距離を開けて、レオンとジェクトが歩いている。
どちらもホラーを怖がるタイプではないので、ギミックを眺め観察しながら、のんびりと進んでいるようだ。
通路が暗くて数メートル先も碌に見えない上、叫び声がないので、ひょっとして置いて行ってしまったのでは、と俄かに不安が過ぎったが、時々聞き慣れた会話がぼそぼそと聞こえて来るので、ついて来ているのは確からしい。

ティーダの脳裏には、休憩する前、手を繋いでいた事をジェクトに揶揄われた時の事が浮かんでいた。
スコールも同じ記憶が浮かんで、恥ずかしさの余り、ティーダの手を振り払った事を思い出し、


「……嫌なら、離す」
「それはやだ」


握った手を解こうとスコールが指の力を緩めると、逆にティーダが確りと握った。


「やだ。離したくない」
「………」
「このままが良い」


人目を気にし、また人との触れ合いを苦手としているスコールは、滅多に自分から他人に触れない。
家族や幼馴染に対してはまだ平気だが、父ラグナのようなスキンシップは出来ないし、人からそれを求められるのも苦手だ。

ティーダと手を繋ぐのは、決して嫌ではないものの、人目が気になって出来ない。
けれど、スコールとティーダの関係は、秘密のものだ。
いつかは兄、父、そしてジェクトにも伝えなければと思うけれど、否定されたらと思うと、恐くて出来ない。
否定された所為で、ティーダが自分から離れてしまったらと考えれば、尚更怖くて堪らなかった。
だから迂闊に触れ合って、それを皆に見られて、秘密の関係がバレてしまったらと思うと、どうしても一定の距離を保たなければと思ってしまう。

けれど、此処はお化け屋敷。
恐がりな連れ合いを外まで引っ張って行くと言うのは、不自然な話ではないだろう。


「このまま行こう。……引っ張って貰うの、俺の方だから、格好つかないけど」
「……全くだ」


恥ずかしそうにはにかみながら言うティーダに、スコールも呆れた表情。
しかし、ダウンライトの昏く頼りない光が映すその貌は、仄かに緩んでいるようにも見える。

行くぞ、と言って、宣言通り、スコールはティーダの手を引っ張って歩き出した。




前を歩く少年達と、僅かに距離を置くように進むようになったのは、入場してから間もなくの事。
離れた所で、ティーダのよく通る叫び声が聞こえるので、二人が順調に進んでいる事は判る。
出来るだけそれに追い付かないように、距離感とスピードを図りながら、レオンとジェクトは歩いていた。

ぐねぐねと幾つもの曲がり道で距離を稼いだ後、真っ直ぐの道に出た。
通路の向こうで叫び声がして、見れば暗闇の中に薄らと弟達のシルエットが浮かんでいる。
二人はぴったりと寄り添うように密着して、ルートを進んでいるようだった。
その後ろ姿を見て、レオンの隣でジェクトが溜息を吐く。


「ったく、情けねえ。またピーピー泣いてやがる」
「苦手なんだから仕方がないだろう。判っている癖に、こんな所に連れて来た方が悪いと思うぞ」
「だからこそ、男を見せるチャンスだってもんだろ?」


息子がホラーもスプラッタも苦手な事は、ジェクトもきちんと判っている。
それなのにティーダを煽ってホラーハウスに入らせたのは、先刻、ティーダを揶揄ってスコールの臍を曲げさせた事への詫びの目的もあった。

まだ息子達が幼かった頃、スコールがお化け屋敷を途中リタイアした事を、ジェクトは覚えていた。
そんなスコールに対し、息子が父の手を握り締め、わんわん泣きながらもお化け屋敷を踏破した事も。
ジェクトにしてみれば、子供達のホラーへの耐性の印象は、その頃のままであったから、少し情けなくても男らしくスコールを引っ張って行く事が出来るのでは、と言う思惑があった。
暗くて人目も殆どないお化け屋敷なら、彼等がもう一度手を繋ぐのも、そう難しい話しではないだろう、と。

結果として、二人がもう一度手を繋ぐ事は出来たのだが、その形が少々あべこべになっている。


「スコールの奴、ホラーは平気なのか?」
「割と慣れたかな。不意打ち系には驚くけど、恐がらなくなった。作り物や人間の演技だって達観するようになったから」
「その辺はお前と同じだな。ガキの頃にラグナに連れられてた時も、作り物だから恐くない、大丈夫ってスコールを宥めてたしよ」
「はは……そう言う事も言ったかな」


曖昧に笑うレオンに、言ってたぜ、とジェクトは釘を刺す。


「あいつもそれ位冷静になれりゃ良いのによ」
「良いじゃないか。ティーダはあれ位元気な方が良い。スコールもその方が楽しいだろう」
「楽しい、ねえ。それはそれで良いんだけどよ。あれは流石に情けないだろ」


幼馴染に手を引かれ、縋るように密着して歩いているティーダ。
入場直後は息巻くように先頭を歩いていたのに、今や先行しているのはスコールの方だ。
出来れば想い人の手を引く息子が見たかった父としては、複雑な光景であろう。

レオンはどう思うかと言うと、弟達の初々しさと純粋さが、ただただ愛らしいばかり。
お互いに取り繕う必要もなく、素のままの自分を曝け出せているのが伝わってくるので、十分満足している。
そんな二人を邪魔しない為にも、もう少し歩みを遅くした方が良いだろうか、と後続がまだ追い付いて来ない事を確信しようと振り返った時、


「……ジェク、」
「黙ってろよ」


指先に触れたものに、思わず隣の男の名を呼びかけて、赤い瞳に制される。
僅かに強張った指先が、太い指と絡み合って、柔らかく強い力で握られた。


「誰にも見られない時なら、良いんだろ?」


そう言って悪戯っぽく笑う男に、ずるい、とレオンは思う。
そんな顔で、そんな風に嬉しそうに言われたら、振り払えなくなるではないか。




前方から聞こえる叫び声に、頼むから逃げ戻ってきたりはしないでくれ、と切に願うのだった。






青春真っ只中のティスコ+大人の秘め事ジェクレオ。
対比が楽しくて堪りません。
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[ジタスコ]きみにうたう

  • 2016/09/08 23:00
  • カテゴリー:FF


酒宴の席と言う者は、往々にして何処かしら破綻してゆくものだ。
終始厳かと言うのも無い訳では無いが、うっかり飲み過ぎて許容量をオーバーする者がいれば、其処から綻び始める。
自分の酒量を弁えている者であっても、周りの盛り上がりに流されたり、自分自身の体調が良くなかったりすると、少ない量でも回って来る事もある。

ジタンは自分が飲める酒量を理解していた。
16歳なのに、と言ったのはティーダだっただろうか。
彼の世界では、20歳以下の飲酒は法で禁じられており、他にもスコールやクラウドも同様の制限があるらしい。
ジタンの世界でも、そうした制限がない訳ではなかったが、ティーダ達よりもずっと緩かった。
何より、ジタンが身を置いていた環境からして、一般的な法からは若干外れた位置にある。
職業柄、そしてボスの性格から、酒宴の席は比較的頻繁に行われており、お陰でジタンが酒の味を覚えるのも、そこそこ早かった。
無茶な飲み比べなんてものも少なくはないので、そんな生活の中で酒への耐性を鍛えられると同時に、自分の許容量と言うのも否応なく把握した。

だからこの異世界でも、ジタンは余り酒に因る失敗と言うものをした事がない。
そもそも、飲み潰れるまで酔わない事の方が多かった。
酒が手に入るタイミングと言うのも限られているので、飲む機会も少ないし、手に入っても量は知れている。
秩序の戦士達の内、約半分が飲酒が出来る訳だが、このメンバーが全員揃って飲むとなると、一本のビンはあっと言う間に消費されてしまう。

そんな闘争の世界にあって、ごく稀に、大量の酒が手に入る事がある。
秩序の聖域から最寄のモーグリショップで、安値で売られている時が主にそれだ。
タダ及び安値に弱いフリオニールや、大荷物が苦ではないクラウド、楽しむ時は目一杯楽しみたいバッツ等がこれを見付けると、大量に買い込んでくる。
今回もそれで、さらに三人が揃っている時に酒のセールを見付けたものだから、6樽分(一人一つずつ両脇に抱えて帰って来た。荷台車があればもっと買っていたかも知れない)の酒が屋敷に運び込まれてきた。
三人は後でセシルから「買い過ぎだよ」とお叱りを受けていたが、セシルも量は飲めないものの、酒自体は嫌いではないようだ。

いつもなら少ない酒を勿体ぶって飲む所だが、これだけあれば大盤振る舞いが出来る。
其処で秩序の戦士達は、飲みたい者は集まって飲み放題、と言う酒宴を開いた。
父親の影響で酒嫌いのティーダは、きっぱりと不参加を表明していたので、見張は彼等に託した。
ルーネスは最初は行く気はなかったようだが、ティナが飲んでみたいと言ったので、一緒に参加する事になり、ウォーリア・オブ・ライトは日課の夜の見回りを終えてから参加する事になった。
スコールは、バッツが誘ったものの、見張をティーダ一人にやらせる訳にはいかないだろう、と言って不参加になった。

──────筈だったのだが。




安酒だからか、久しぶりの酒で読み違えたか、ジタンはいつの間にか寝潰れていた。
起きた時には身体のあちこちが悲鳴を上げて、特に固い床に押し付け、下敷きにしていた左肩が痛い。


「あいててて……」


ぎしぎしと軋む身体をどうにか起こして、ジタンは辺りを見回した。

煌々とした電灯に、部屋の中は明々と照らされている。
其処に広がっていた光景を見て、うわあ、とジタンは顔を引き攣らせた。

安酒ながら甘味のある飲み易い酒だったので、皆ついつい杯が進んだ。
クラウドはもっと辛い酒の方が好みだと言っていたが、飲み易さは気に入ったらしく、結構なハイペースで飲んでいたように思う。
フリオニールは摘まみを作り終えてから、酒の席に参加したのだが、その頃にはバッツがすっかり出来上がっていた。
彼の手でどんどん注がれる酒を、フリオニールは促されるままに飲んで行き、フリオニールも段々と酔いが回って行った。
ティナも果実酒に似た味が気に入り、ルーネスと一緒に少しずつ飲んでいたか。
その頃に見回りを終えたウォーリアが参加した筈だが、ジタンの記憶はその頃から飛んでいる。
心地良い酔いの中で、一人舞台を演じたり、バッツと踊ったり(ティナを誘おうとしたらルーネスに睨まれた気がする)したと思うが、他にも色々やったような気がする────思い出せないが。

そうして集まったメンバーが、死屍累々と床に転がっている。
男達が全員床に転がる中、ティナだけはソファでブランケットに包まって眠っていた。
酒乱の気がある者は今の所確認されていないので、流血沙汰や物が壊れた痕跡がないのは幸いか。

問題は、その死屍累々の中に、本来いない筈のメンバーが二人加わっていると言う事だ。


「……おーい。スコール?ティーダ?」


猫のように横向きで丸くなって寝ているスコールと、大の字になって寝ているティーダ。
ジタンは二人に近付いて呼びかけてみたが、二人からの反応はゼロだった。

酒嫌いのティーダと、見張交代の為に不参加だった筈のスコール。
二人の顔が赤らんでいるので、彼等も飲んだと言うのは判るが、経緯が謎だ。
飲まない、行かない、と言っていた筈の二人が、どうして此処で転がっているのだろう。
ジタンは記憶を辿って思い出そうとするが、全く欠片も思い出す事は出来なかった。

ジタンはしばらく唸って考えていたが、直に諦めた。
気を取り直して、もう一度ぐるりと辺りを見回して、溜息を吐く。


(……酷い有様だなぁ、これ)


自分も含め、9人の男が床にゴロゴロと転がっている。
食事の皿やグラスは、全てローテーブルの上にあり、皿の上も空になっていたが、食べた残骸はそのままだ。
大量に作ったので洗い物も多いし、皿にこびり付いた脂分を洗い落すのは大変だろう。

こう言うものは、見付けた者が貧乏クジを引くものだ。
ジタンは重い体を起こして、食器をまとめてキッチンへと運んだ。
其処でまた見付けたものに、もう一度溜息を漏らす。


「…ま、そりゃそうか……」


シンクにはフライパンやら鍋やら、摘まみを作るのに使ったのであろう調理器具が、そのまま残されていた。
一応、水に浸してはあるものの、焦げ跡や煮込み物のカスが鍋の周りに付着している。
運んできた食器を洗うには、先ずこれらを片付けて、シンクの場所を空けなければいけない。

ジタンは少し考えた後、鍋とフライパンを洗い始めた。
水に浸されていたお陰で、汚れは比較的簡単に洗い落とせたものの、此処から次に食器を洗う気にはなれなかった。
空いたシンクに食器をまとめて置き、新しい水に浸して、一晩置いておく事にする。
此処から先の片付けは、次の貧乏クジを引いた人に押し付けさせて貰うとしよう。

リビングに戻ると、篭った酒の匂いがした。
その場で寝落ちていたので気付かなかったが、かなりの匂いになっている。
ジタンは対極線の位置にある窓を二つ開けて、風通しを確保してから、皆の下へと向かった。

先ずジタンが向かったのは、ソファで眠るティナだ。


「ティナちゃん。ティナちゃん」


何度か名前を呼んで、肩をぽんぽんと叩いてみたが、ティナの反応はない。
すやすやと眠る彼女は、何か良い夢を見ているらしく、ほんのりと唇が緩んでいる。
これは起こす方が野暮か。

ジタンはティナの身体をブランケットで綺麗に包み、彼女を姫抱きにした。
リビングのドアを尻尾と背中で押し開け、屋敷の三階へ向かう。
一番端にあるティナの部屋には鍵がかかっていなかったので、「ごめんよ」と眠るティナに一言断ってから、入室した。


「よっ、と。それじゃあレディ、良い夢を」


振動で起こさないように、ゆっくりとティナをベッドに下ろし、布団をかけながら囁く。
ベッドの端にティナのお気に入りのモーグリのぬいぐるみがあったので、枕元に寄り添わせると、ティナの細い腕がぎゅっとそれを抱き締めた。
羨ましい、と思いつつ、レディの部屋に長居は無粋と、急ぎ足で部屋を出る。

リビングに戻ると、また死屍累々の光景────と思ったが、少し違った。
転がる男達の中で、濃茶色の髪の少年が起き上がっている。


「スコール、目が覚めたのか」
「………?」


近付きながら声をかけると、スコールはゆっくりと振り向いた。
緩慢な動きに、まだ寝惚けているようだ、と知る。


「大丈夫か?頭痛いとか、気持ち悪いとかないか?」
「………ジタン……?」


声をかける人物を認識するまで、スコールは随分と間が空いた。
頭がふらふらと据わらない赤ん坊のように揺れていて、瞳も潤んで頼りない。
眉間の皺もないので、今の所、頭痛や体の軋みは感じていないようだが、


「……ねむい………」
「ああ、こらこら、ダメだって。寝るなら部屋に帰ろうぜ」
「…………ん」


ジタンの言葉に、スコールが片膝に腕を置いて、立ち上がろうとする。
いつもの俊敏さが欠片もない、緩慢な動作ながらも、一応、此処は寝る場所ではないと言う認識は生きているようだ。


「一人で戻れるか?」
「……もどれる……」
「ほんとかぁ?」
「………なんでも、できる……ひとりで……」


ぼんやりとした表情で、スコールは独り言のように呟いた。
信じらんねえなあ、とジタンは言ったが、それはスコールには聞こえなかったようで、彼はふらふらと歩き出した。
しかし、その足取りは覚束ないもので、寝ているバッツの腕に足を引っ掛けて転んでしまう。
無様に倒れ込む事はなかったものの、蹈鞴を踏んでへたり込んでしまったスコールに、ジタンはやれやれ、と歎息し、


「ほら、支えてやるから」
「いい………」
「いーからいーから。はい、手ぇ持って」
「…………ん………」


ジタンが差し出した手を、スコールは意外と素直に握った。

スコールの頼りない足取りは、あっちへふらふら、こっちへふらふらと危なっかしい。
平衡感覚も鈍っているのだろう、自分の体が何処へ向かおうとしているのかも判っていないようだ。
階段は登らせても大丈夫だろうか、と思っていると、玄関前でスコールの足が止まった。


「どした?」
「…………みはり………」
「いや、そんな状態で見張って……ちょ、待て待て。無理だって」
「みはり……しないと………」


止めるジタンの声を余所に、スコールの足は玄関へ向かう。
ジタンは力で止めようとするが、スコールの意志は固く、どうあっても玄関前で見張をしようと言う気持ちでいるようだ。

────スコールが酒宴の席に参加する羽目になったのは、ティーダと見張を交代しようとした時だった。
自室での仮眠を終えて、酒の匂いを嫌って玄関前で見張をしているティーダの下へ行こうとして、リビング前ですっかり酔いが回ったバッツに捕まった。
それだけなら適当に逃げられたのだが、折悪く、眠気に負けたティーダが交代を打診しようと思って、屋敷に入って来たのを見付けた。
その隙にこれもまた酔っ払ったクラウドに羽交い絞めにされ、リビングに引き摺り込まれ、慌てて助けようとしたティーダも巻き込まれたのである。
この時、ジタンは酔いと歌や踊りで疲れて眠っていた為、彼等の一連の流れは知らない。

ジタンの説得に耳を貸さず、スコールは遂に玄関の扉を開けた。
こうなってしまっては、ジタンも諦めるしかない。
屋敷の玄関前の階段に座り、ぼんやりとした表情で夜闇の向こうを見詰めるスコールの様子に、しょうがない、と隣に腰を下ろした。


「真面目だなあ、お前」
「…………」
「眠くなったら、無理しなくていいんだからな」
「…………ん……」


小さく頷くスコールに、素直だな、とジタンは思う。
スコールがこんなにも素直だなんて、やはり酒のお陰なのだろう。

それはそれとして────さて、いつまで持つだろう、とジタンは考えていた。
スコールの目は相変わらず茫洋としていて、瞼も半分落ちており、見るからに眠たげだ。
実際、間を置かずに、スコールは舟を漕ぎ始めた。
視線も前を向いているようで、若干俯き気味になりつつある。

眠らないように、眠らないようにと、スコールは努めているのだろう。
だが、耐えれば耐える分だけ、睡魔は強くなって行き、スコールを絡め取ろうとしている。
今の彼を支えているのは、“見張”と言う“任務”への義務感だけだ。
それも酒の力で蕩かされつつあるので、もう一押しすれば、きっと直ぐに眠ってしまう事だろう。

スコール自身も、少なからずその自覚はあったようで、


「…………ジタン……」
「ん?」
「……なにか、喋れ………」
「え?」
「………ねそう、だから………」


寝りゃあ良いのに、とジタンは思ったが言わなかった。
眉尻を下げて苦笑して、ハイハイ、と言って少し考え、


「一人喋りってちょっと辛いからさ。歌でも良いか?」
「………うた?」


ジタンの申し出に、スコールは少し沈黙した後、なんでもいい、と言った。
とにかく静寂がなくなれば、睡魔は飛んでくれるだろうと思ったようだ。

だが、ジタンが紡ぎ始めたのは、目の覚めるような賑やかな歌ではなかった。
ゆっくりとしたメロディと、静かで耳に心地の良い音。
ハミングから始まった歌は、言葉が連なる所に来ても、やはりその心地良さは失われる事はない。

そんな歌じゃ余計に眠くなる、とスコールは言わなかった。
彼は静かな歌の中で、しばらく夜闇をぼんやりと見つめた後、力を失うように目を閉じた。
ふっと傾いた体が、ジタンの体に寄り掛かって来ると、ジタンは肩でそれを受け止める。
金色の尻尾がスコールの片腕をくるんと捕まえると、其処から伝わる熱い体温に、アルコールで冷えた体が少しずつ温められて行く。
その温もりが酷く心地良くて、それに身を任せている間に、蒼灰色は瞼の裏側に隠れてしまった。



すぅ、すぅ、と聞こえる寝息。
それを守り慈しむように、当分の間、優しい歌声は止まなかった。





相変わらず、こんなでもジタ×スコだと言い張るよ。
ジタンの包容力に包み込まれるスコールとか好きだなあ。

ジタンが歌ったのはMelodies Of Life(英語)とか。普通の子守唄かも。
後でバッツが起きて来て、スコールをおぶって部屋まで運んで、三人で一緒に寝ると良い。
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[クラレオ]いつもと違う日

  • 2016/08/11 23:01
  • カテゴリー:FF


闇の力のお陰で、様々な世界に渡る事が出来る。
幼馴染の青年は、それを止めはしないものの、この力に深入りする事には顔を顰める。
だが、危険性も何もかも、自分で理解した上で、それでも必要だから使っているのだ。
出来るだけ早く、件の人物を見つけ出す為にも、クラウドは闇の力に頼る事は止められない。

“外の世界”には様々なものがある。
故郷が失われてから十数年の間住んでいた街は、朝や昼と言うものはなく、常夜の空に覆われていた。
他の世界には、決して夜が訪れない場所もあれば、常に太陽が昇ったままの世界もあるらしい。
万年雪に覆われた世界や、もっと深い夜と寄り添う街、更には朝と昼と夜が一ヵ所でくるくると変わる所もあったようだ。
この辺りは、闇の力とはもっと別の───言ってしまえば、あれが本来の方法になるのだろう───やり方で世界を渡り歩く少年から聞いた事だ。

そう言う世界を渡り歩く生活を送っているクラウドは、必然的に、日付感覚と言うものが曖昧になっている。
この世界に来て何日、と言う計算は出来ても、では故郷を経って何日経ったと問われると、答えられない。
世界事に一分が何秒と言う設定が変わる程ではないと思うが、夕焼けの街を発った後、辿り着いたのが朝空の街だったりと言うのは、よくある事だ。
計算をするだけ面倒になるので、考える事を止めたのは、随分前の事である。

それでも、そろそろ帰った方が良いかも知れない、と言う気持ちは湧く。
以前はそれも振り切って方々を歩き回っていたが、故郷が取り戻された今は、折々に顔を見せに行った方が良い、と言う意識は持つようになった。
その都度、復興の人手に狩り出されるのは閉口するが、代わりに美味い食事に在り付けるのだから、文句ばかりが出る事もない。
ついでに、恋人関係となった青年の所に転がり込めば、甘い(と言うには些か砂糖が足りない感は否めないが、お互いに良い年なのだから気にはしない)時間を過ごす事も出来る。
人恋しさに肌を求めるような性格ではなかったが、それらを思えば、定期的に故郷に帰るのも悪くないと思えた。

そんな調子で久しぶりに戻って来た故郷は、夜の時間を迎えていた。
しばらく見ない内に復興が進んだ街並みを、高い場所から見下ろして、凡その時間を図る。
最近は人が増えて来て、住居も整いつつあったが、明かりを灯している家は殆どなかった。
曇り空で月が見えない為、詳しい時間は判らないものの、人々が就寝している時間である事だけは把握する。


(レオンは────まだ起きてるな)


人々が寄り添うように密集している住宅地から、少し離れた場所に、ぽつりと浮かぶ明かり窓。
クラウドは高台から飛び降りて、屋根を飛び伝いに渡り、その家へと近付いた。

狭い通りを挟んだ反対側の家の上から、窓の向こうを覗いてみる。
簡素なアパートに一人暮らしをしている男は、ベッドに座って新聞を手に飲み物を傾けていた。
あのカップの中身がなくなれば、そのまま就寝するのだろう、彼の服装はラフなものになっている。
入るのなら今の内だな、とクラウドは屋根を蹴って飛んだ。

窓を覆う転落防止の小さな柵に足を乗せて着地すると、物音に気付いて、部屋の主────レオンが振り返る。
一枚ガラスの向こうで柵の上にしゃがんでいる金糸の男を見付けると、レオンは判り易く溜息を吐いて、窓の鍵に手を伸ばした。

カチャン、と鍵が外れて、クラウドが窓を開ける。


「ただいま」
「どうしてお前は其処から入って来るんだ」
「表に回るより手っ取り早いからな」


窓の下に置かれたベッドをジャンプで飛び越えて、クラウドはレオンの部屋へと上がり込んだ。
やれやれ、と溜息を吐きながら、レオンは新聞をベッドに置いて腰を上げる。


「もう少し早く帰って来ると思っていたんだが、当てが外れたな。帰らないのかと思った」


レオンはそう言いながら、カップのコーヒーを空にして、キッチンへ向かう。
クラウドは勝手知ったるリビングのソファに座って、「そうなのか?」と首を傾げた。


「俺が帰って来るのを待ってたのか」
「……まあな」
「珍しい。俺に逢いたかったのか」
「逢いたがってるのは俺じゃなくて、ユフィ達だな」


恋人の相変わらずドライな返答に、だろうな、とクラウドは肩を竦めた。

キッチンでカップを洗う音がする傍ら、レオンが訊ねる。


「クラウド。お前、夕飯は食べたのか」
「いいや。夕飯どころか、昼も食った覚えがない」
「ちゃんと食うものは食わないと、身長が伸びないぞ」
「……今更伸びるか」
「20過ぎても伸びる奴は伸びるそうだから、望みはあるんじゃないか?」
「おい。笑ってるだろう、あんた」


慰めのような台詞を言うレオンだったが、声が完全に笑っている。
揶揄っているのが明らかな年上の男に、人のコンプレックスを知ってる癖に、クラウドは顔を顰める。


「冗談だ。だが、食事は大事なエネルギーだぞ。ちゃんと食え」
「食いたいのは山々だが、忙しいからな」
「じゃあ、此処にいる間は好き嫌いせずに食えよ」


そう言って、レオンはキッチンからトレイに乗せた食事を持って来た。
テーブルに置かれた夕食の品は、基本的にバランスを重視しているレオンにしては珍しく、クラウドが好きな肉料理ばかりだ。
どれも確りと仕込みが必要な凝ったものばかりで、作り置きでもなければ、直ぐに出せるようなものでもない。

これは、とクラウドが目を丸くしている間に、レオンはまたキッチンへと引っ込んだ。
好物ばかりの夕飯の上に、まだ何か出てくるとは、いつになく豪華だ。
何か良い事でもあったのか、と思ったクラウドだったが、自分が家に入って来た時のレオンの反応はいつもと変わらないものであったし、特別機嫌が良いと言う訳でもなさそうだった。

珍しい事もあるものだ、と思っていると、電子レンジのタイマーの音が聞こえた。
今度は何だ、と待つクラウドの前に、温め直したグラタンが運ばれる。


「今日は随分豪勢な夕飯だったんだな。ソラでも来たか」


レオン一人では、先ず間違いなく、有り得ない料理のバリエーション。
誰かが遊びに来たとかなら納得が行く、と最初に浮かんだのは、この街を闇の力の手から取り戻してくれた少年だった。
元気で無邪気、きっと食べ盛りであろう彼がいたのなら、彼に甘いレオンが腕を振るうのも判る。

が、レオンは首を横に振り、


「ソラは来たが、直ぐに出て行ったからな。夕飯は一緒じゃなかった」
「…なら、なんでこんなに食い物が多いんだ?あんた一人じゃ食い切れないだろ」


他によく食べる者と言ったら、ユフィが筆頭であるが、彼女も此処までの量は食べ切れまい。
エアリスはそれ程量は食べないし、濃い肉料理よりも、野菜の方が好きだ。
シドは味の濃い炒め物等は好きだが、年になって来たのか、そればかり食べる事も出来ないようだ。
レオン自身はと言うと、成人男性としては少し小食な位で、六皿、七皿と増えて行く食事を、一人で食べられる訳もない。

他にレオンの家に来るような人間はいるだろうか。
首を傾げて考えていると、


「そんな事より、食べなくて良いのか。冷めるぞ」
「……食う」


折角のレオンの手料理だ。
温かい内に食べるのが一番良い、とクラウドは疑問を放って、フォークを手に取った。

真っ先にローストした肉に被り付いたクラウドに、レオンは「野菜も食えよ」とサラダの皿を寄せる。
今日は昼を完全に抜いて過ごしていた所為か、胃袋はすっかり空っぽだ。
空の胃に重いものを入れるのは感心されない事だろうが、クラウドは構わずに料理を平らげて行く。
味までクラウドの好みに合わせてあるので、益々不思議な気分になったが、美味いものはやはり美味いので、有難く頂く事にする。

パンをちぎって、グラタンのチーズを乗せて、口に運ぶ。
チーズの塩気がよく効いていて、これもクラウドの好みだ。
隅から隅まできっちりチーズを取って、パンも欠片も残さずに食べ切った。


「残す位に作ったつもりだったが、足りなかったか」
「いや、十分だ」


積み上げられた空の皿を片付けながら言うレオンに、クラウドは首を横に振る。
確かに、いつもの夕飯よりも遥かに多い量だったので、残る可能性もあっただろう。
が、今日のクラウドは昼食を食べていなかったお陰で、胃袋には収まるスペースしかなかったのだ。

食べ切った後になって、残しておけば明日も食えたのか、と少し勿体ない気分にもなったが、今更である。
美味いものを鱈腹食べられた事を感謝しながら、クラウドは膨らんだ腹を撫でた。


「クラウド。まだ残っているんだが、もう入らないか?」
「まだあるのか?」
「俺が作った訳じゃないが……ユフィとエアリスからな」
「……?」


あまり料理をしない女子二人が、一体何を、と首を傾げるクラウドの前に運ばれて来たのは、直径5センチ程の小さなケーキだった。
可愛らしい皿に乗せられたケーキは、オレンジのムースをベースにしており、デコレーションに輪切りのスライスオレンジが飾られている。
更にホワイトチョコのプレートが乗せられ、『Happy Birthday, Cloud!』の文字。

それを見てようやく、クラウドは今日と言う日を思い出した。


「……俺の誕生日か」
「なんだ、忘れていたのか?」
「忘れてたと言うか、日付感覚がなかった」


クラウドの言葉に、レオンは呆れた、と言う表情を浮かべながら、テーブルにケーキとデザートフォークを置く。


「あんた、俺の誕生日だから、あんなに俺の好物ばかり作ったのか」
「まあ、そんな所だ。ユフィ達にもねだられたし。折角の誕生日なんだから、って。お陰で、お前が帰って来なかったら、俺があれを食べなきゃならなかった」


帰って来てくれて良かった、と心の底から安堵したように、レオンが呟く。
とにかく料理の行方が心配になる所だった、とでも言いたげなレオンだったが、その貌が僅かに赤い事に、彼は気付いているだろうか。
年下の少女達にねだられたからとは言え、あんなにも気合を入れて作ってくれたのだと思うと、クラウドはなんとも面映ゆい気分になる。

が、それを表に出して喜べるほど、クラウドも無邪気ではない。
遅くなって悪かったな、とだけ返して、フォークをケーキに差す。


「そっちのケーキは、ユフィとエアリスから。二人で選んで買って来たんだそうだ。明日、ちゃんと礼を言えよ」
「そうする。……でも、なんで料理もケーキも、あんたの家にあるんだ。料理は判るが、ケーキは……」


ユフィとエアリスが買ったまでは良い。
その後、どうしてレオンの家の冷蔵庫に、このケーキが収められていいたのか────とクラウドが訊ねると、レオンはまた溜息を吐いて、


「お前がいつも真っ先に俺の家に来るからだろう。俺に渡しておけば、今日じゃなくとも、帰って来た時に渡せると」
「……そうか」
「そう言う事だ」


レオンの言葉に、クラウドは納得した。

確かに、寝床を求める意味もあり、恋人との睦言を期待する意味もあり、クラウドはこの世界に帰って来ると、大抵真っ先にレオンを探す。
朝や夜ならレオンの家、昼なら彼が常駐している事が多い城の地下、と言う具合だ。
ユフィ達もそれを判っているから、再建委員会の会議所となっているマーリンの家に置くより、レオンに渡して置くのが確実だと思ったのだろう。

オレンジのムースは、甘さの中にほんのりと酸味が効いていて、クラウドも気に入った。
エアリス達も復興作業で忙しいだろうに、戻って来るかも判らない自分の為に、わざわざ探してくれたのだろう。
レオンの言う通り、明日になったら、きちんと彼女達に礼を言いに行かなければ。
そう考えながらケーキを食べていると、レオンがまたキッチンに行き、程無く戻って来る。


「で、こっちはシドからだ。一応、上等のワインらしいな」
「ワインってのがまたシドらしくないな」
「確かにな。ビールよりは雰囲気があると思ったんだろう」


そう言って、レオンはワインボトルとグラスを置く。
グラスは二本並べられ、レオンの手にはオープナーが握られていた。


「あんたも飲むのか」
「なんだ。駄目か?」
「そう言う訳じゃないが、あんた、酒弱いだろう。明日大丈夫か?」
「明日は休ませて貰う事にした。お前が帰って来たら、どうせ起きれないだろうと思ったしな」


レオンの最後の一言が、酒の耐性とは関係ないものを指している事を、クラウドは直ぐに理解した。
ケーキフォークを噛んだまま、目を丸くしてまじまじと見る碧眼に、レオンはワインを開ける手を止めて口角を上げる。


「プレゼントが夕飯だけじゃ、足りないだろう?」


好物だけで埋め尽くされた、手の込んだ夕飯。
あれを見て、足りない、などと言った日には、ユフィから贅沢者と罵られるに違いない。
それでも、貰えると言うのなら、遠慮なく全部貰うべきだろう。

ワインを開ける恋人の、微かに赤い横顔を見ながら、帰って来て良かった、と思った。





クラウド誕生日おめでとう!と言う事でクラレオ。
うちのレオンは何かとクラウドに塩対応なので、偶には至れり尽くせりを。

次の日、起きれないレオンの代わりに、ちゃんと働きます。
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