[絆]シャッフル・オア・ブギー
- 2015/10/31 21:15
- カテゴリー:FF
授業終了のチャイムと共に、スコールは立ち上がった。
競歩宜しくのスピードで、颯爽と教室を出て行くスコールを見ている者はいない。
最後の授業の担当教師は、授業の三分前にはいつも講義を終わらせ、生徒には板書させる事で知られている。
お陰でスコールは、チャイムが鳴る前に帰宅の準備を済ませる事が出来た。
それを横目で見ていたティーダは、呆れた様な、仕様がないと苦笑するような表情を浮かべており、チャイムと同時に立ち上がった幼馴染に「行ってらっしゃーい」と手を振った。
スコールはそんな幼馴染に振り返る事もなく、真っ直ぐに校門を目指す。
スコールがいなくなった教室で、ティーダはのんびりと腰を上げ、教室後ろのロッカーから部活用の運動着を入れたスポーツバッグを取り出す。
スポーツバッグを肩にかけ、プールへ向かおうとした所で、
「なあ、ティーダ。スコール、どうしたんだ?」
ティーダを呼び止めたのは、ヴァンである。
彼の視線は、いなくなった級友を追うように、教室の出口へと向けられている。
「ああ、あれ。ずーっと楽しみにしてた奴が届くから、大急ぎで帰ったんスよ」
「楽しみにしてた奴?」
首を傾げるヴァンに、ティーダは頷いた。
ガーデン校門から、バラムの街を繋ぐバスから降りた所で、スコールは走り出した。
今日の夕飯の材料は、昨日買い物をした時にまとめて済ませてある。
更に言えば、夕飯の下準備も朝の内に済ませているから、作る時もいつもの半分以下の時間で終わる。
片付けも短時間で済むように、作ったものは大皿一枚に並べて、食器の数も最小限にするつもりだ。
真っ直ぐ家に帰ったスコールは、ポストの中を確認して、何も入っていない事に安堵と落胆を覚えた。
目当てのものがまだ配送されていなかった事は良かったが、反面、不在表が入っていれば、連絡すれば直に再送して貰える。
配送に関して、時間指定が出来なかったので、授業中に届いていたら悔しい思いをする所だった───が、来ていないとなると、いつになったら来るのかとやきもきしなければならない。
どちらを取っても、スコールは、今日一日をもどかしく過ごす事になるのであった。
自宅の二階に上がったスコールは、手早く着替えを済ませて、直ぐに一階に下りた。
今の内に夕飯の支度を一通り済ませてしまおうと考えたのだ。
そうすれば、待ちに待っている物が届いた時、気兼ねなくそれを楽しむ時間が持てる。
と、思った所で、玄関のチャイムが鳴る。
スコールは開けていた冷蔵庫を閉め、短い距離を走って玄関へ向かった。
ドアを開ければ、配送業の制服を着た男が、小さなダンボール箱を持って立っている。
「スコール・レオンハートさんへお届け物です」
「はい」
「代金引換ですので、お支払いをお願いします」
俄かに浮かれる気持ちを表に出さないよう、無表情を努めながら、スコールはリビングのソファに置いていた鞄に向かう。
教材の中に埋もれていた財布を取り出して、玄関に戻り、送料と併せてぴったりの代金を業者に手渡した。
「ありがとうございました」
「……ご苦労様でした」
ぺこりと頭を下げて退散する業者に、スコールも小さく頭を下げた。
バイクが走り去る音を尻目に、玄関の鍵をかけて、リビングのソファに座る。
準備しようとしていた夕飯の事は、すっかり頭から抜けていた。
ガムテープを一気に剥がして、蓋を開けるだけの作業でも、スコールの心は高揚していた。
衝撃を吸収する為に詰め込まれたボール紙を取り出して、丸め捨てると、その下から遂に現れる。
蒼灰色の瞳が子供のように輝き、興奮から震える手で、スコールは奥に押し込められていたものを取り出した。
(来た……!)
遂に来た、とスコールは思った。
緩む口元を噛んで堪えるが、その端はどんなに耐えようとしても、やはり上がってしまう。
ダンボール箱から取り出したのは、ビニールに真空梱包された、真新しい箱だった。
其処には大きく『Triple Triad』の文字が掲げられ、その傍らには『Blue EX deck』と書かれている。
今日発売されたばかりの、カードゲーム『トリプル・トライアド』の追加新作ブースターである。
二ヶ月前、約二年振りに新作ブースターの発表が成されて以来、スコールは直ぐに通販予約をし、今日まで待ち続けていたのである。
梱包を解いて箱の蓋を開けると、中にはプラスチックボックスに納められたカード束がある。
直ぐにその中身を確認したい衝動を抑えつつ、先ずは新作の注目カードの確認をしようと、同梱されていた取説用紙を取り出した。
今回の追加カードの中で、強い力を持っている物は勿論、入手の難しいレアカードが一覧になって記されている。
それに加え、今回の追加カードの中には、特に珍しいプレミアカードと言うものが存在する。
勿論、プレミアカードは生産数が少ない為、ピンからキリまである他のカードと混同された状態で引き出すには、相当のクジ運が必要であった。
今回は初回版と予約購入のブースターに、レア以上のカードが確約された特典が封入されている為、手に入る確率は上がっているが、レア以上と限定しても相当の数がある為、やはり手に入り難い事に変わりはない。
この世界で、トランプを始め、各地方で色々なカードゲームが流行る中、『Triple Triad』が特に人気を博しているのには、ある理由があった。
『Triple Triad』は現実に存在する魔物や魔獣を始め、時には人物までカード化させている。
基本的に人物を使ったカードはレア扱いされているが、それにもランクがあり、有名人程高ランクとして扱われている。
大量生産が許される場合は、カードランクと共にパラメータは下がるが、代わりに複数のスチルが使用され、コレクターが熱を上げる仕様だ。
今回のプレミアカードにも有名人が起用され、特級クラスのパラメータが宛がわれている。
これは持っているだけで戦局を引っ繰り返す事が出来る―――ゲームの特性上、絶対とは言えないが―――程のもので、これ欲しさにブースターを複数予約購入する者もいる程だ。
ファンの間で行われる売買等では、非常に高値で取引されていた。
つまり、カードゲームをしない者でも、ピンナップの類としての価値があると言う事だ。
説明用紙の一覧の一番上に記載された、一枚のプレミアカードを見て、スコールは唾を飲んだ。
四辺の強さを示す数字は、最上クラスのAが二辺に記載され、残りの2片も8と9の記載。
通常ルールならば間違いなくバランスブレイカーになる力を与えられた人物は、スコールがよく知る青年だった。
(……本当にカードになってる……)
驚きと高揚で、スコールの心臓が煩く音を鳴らしている。
最高ランクの力を与えられたのは、レオン・レオンハート―――スコールの実兄。
その他にも、レオンの仕事の同僚且つ先輩に当たる、“英雄”セフィロスの他、二名のSランクSEEDが動揺にカード化されていた。
特SクラスのカードはSEEDが占領していたが、それ以下にも、各国の首脳や、芸能人等が注目カードとなっている。
「……よし」
一通り一覧表を眺め、気が済んだ所で、スコールは箱を開ける事にした。
先ずは通常のブースターを開封し、一枚一枚を確認して行く。
入っているのは殆どが魔物や魔獣のカードだった。
現実に存在するそれらの危険度を照らし合わせて、強さは千差万別である。
それでも、最低ランクのカードでも、ルールによっては立派な戦士として活躍する。
一先ずスコールは、デッキにするカードとの組み合わせはさて置き、コレクター魂を満たす事を優先した。
ランクごとにカードを分けて並べて行く内、一つ、また一つと、高ランクのカードが増えるのが嬉しい。
(結構レアが入ってたな)
並んだカードを眺めて、スコールは概ね満足していた。
――――と、其処で現実に還すように、玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただいま」
「あ……お帰り」
玄関を開けたのは、帰宅した兄レオンであった。
その貌を見て、スコールははっと時計を見る。
授業が終わって一目散に返ったのが17時前後、それから30分としない内にカードが到着した。
その後はずっとカードに夢中になっていて、時間の経過すら完全に忘れていた。
時計の短針は6の数字をとっくに越えており、予定していた筈の夕飯の準備すら出来ていない事を、今更になって思い出す。
しまった、と慌てて席を立つスコールを、レオンがくすくすと笑って見ている。
「お楽しみの所を邪魔してしまったみたいだな」
「い、いや。別に……」
「それを出しっぱなしで言うか」
「あ」
テーブルに並んだカード群を指差すレオンに、スコールの顔が赤くなる。
恥ずかしさから視線を彷徨わせる弟の姿に、兄は楽しそうに笑いながら、荷物を壁際に置く。
スコールは赤らんだ顔を隠そうと、キッチンへ逃げる事にした。
どの道、夕飯の準備もしなければならないのだ。
テーブルに出しっぱなしのカード群は、夕飯の準備が終わってから片付ければ良い、此処にはカードを奪うような不届き者はいないのだから。
――――と、一歩踏み出したスコールを、レオンが呼び止めた。
「スコール、ちょっと」
「…?」
出来れば早くキッチンに行きたかったが、兄の声にスコールは素直に振り返った。
すると、一枚の小さな厚紙を差し出している兄と目が合う。
「お前にやる。こういうのは、お前の方がちゃんと価値を判ってるだろう」
「……?」
「俺が持っているのも、なんだか変な気分だしな」
レオンの言葉に、スコールはぱちりと瞬き一つをして、彼の手へと視線を落とした。
其処に在るものを認めると、スコールの蒼の瞳が大きく見開かれる。
特別仕様と判る、きらきらと光る一枚のカード。
説明用紙のカード一覧のトップを飾っていた、レオン・レオンハートのカードであった。
「え…あ…え……!?」
カードとその持ち主の顔を交互に見比べるスコールに、レオンは眉尻を下げ、困ったように笑う。
「これからもお前の相手をするんだから、新しいカードへの対策は必要だと思って、出先でブースターを買ってみたんだが……初回特典のカードでこれが入っていたんだ」
「………………ずるい………」
「俺の欲しいカードは、もう手に入ったし―――…ん?何か言ったか?」
「……………別に………」
スコールの呟きは、耳が良い筈の兄の鼓膜を揺らす事はなかったらしい。
きょとんとした表情で首を傾げるレオンに、スコールは幸いと口を噤んだ。
レオンは少しの間不思議そうな顔をしていたが、気を取り直すと、改めてカードを差し出した。
無欲の勝利が掴んだ幸運を、レオンはあっさりと手放そうとしている。
その事がスコールは悔しかったが、カードマニアな彼にとっては、願ってもない展開であった。
「ほ、本当に…いいのか?プレミアカードだぞ、これ」
「そうらしいな」
「らしいって……」
「自分で自分のカードを持っているって言うのも妙な気分なんだ。貰ってくれると助かる」
レオンの言葉は、全くの本音だろう。
確かに、自分で自分のカードを持ち、デッキに入れて使用するのは、少々恥ずかしい事かも知れない。
弟が自分のカードを持っていると言うのも、やはり恥ずかしいような気もしたが、嬉しくも思える気がした。
そうした気持ちもあって、レオンはスコールにカードを譲ろうと思ったのだ。
手に入れるのが非常に難しい代物となれば、カード集めが趣味の彼も、少しは喜んでくれるだろうと。
実際、スコールの心は、嘗てないほどに浮き足立っていた。
ブースターの到着を待ち侘びていた時の比ではない程に。
確かに、欲しいと思っていた。
カードとしての特性は勿論の事、唯一の趣味とも言っても良いカードゲームに、兄が起用されたのだ。
兄弟の欲目もあって、どうにか手に入れる方法はないかと考えたものである。
色々と裏ルート―――例えばオークション転売のような―――はあるので、それらを利用すると言う手もなくはないが、スコールは余りそう言う行為は好きではないし、どの道、プレミアカード且つ今売出し中のSランクSEEDのカードとなれば、目玉が飛び出るほどの高額取引になるのは想像に難くない。
其処へ来て、兄のこの無欲の贈与は、スコールでなくとも飛び付きたくなるものであった。
「う………」
「ん?」
伸ばしかけた手を止めたスコールに、レオンはまた首を傾げた。
どうした、と問う兄の声を素通りし、スコールは唇を噛んで顔を上げる。
キッと尖った蒼色に、一瞬怯んだレオンに向かって、スコールは宣言した。
「勝負だ、レオン!」
「……は?」
真っ直ぐに射抜く眼光を前に、レオンはぱちりと瞬きを一つ。
弟の言葉の意味を直ぐに理解出来なかった兄に構わず、スコールは続ける。
「そのカードを賭けて、勝負するんだ」
「……いや、何もそんな事をしなくても―――」
「トレードは勝負に使ったデッキからしか出来ないんだから、ちゃんとそれをデッキに入れろよ」
「おい、スコール」
「ルールはウォールセイム、プラス、エレメンタル。今回追加されたカードも使って良い」
「おい」
「デッキ持って来る」
レオンの呼ぶ声など全く聞こえていない様子で、スコールは足早に二階へと上がってしまった。
取り残されたレオンは、ぽかんとした表情で弟を見送った後、手元に残ったままのカードを見詰め、
「……まあ、仕方ないか」
レオンが偶然手に入れてしまったカードを見て、喜ぶ所か、カードプレイヤーとして火が点いたらしいスコール。
まさかこんな展開になるとは、とレオンは思いつつ、普段は努めて冷静でいようとする弟が、カードとなると周りが見えなくなる事は、よくよく判っていた事だ。
彼にしてみれば、誰もが欲しくて堪らない筈のカードを、棚から牡丹餅的な形で手に入れる事に抵抗があったのだろう。
階段から慌ただしい足音が聞こえ、スコールがリビングに戻って来る。
カードの入ったケースを手に、ちょっと待っててくれ、とテーブルに並べていたカード群を睨んだ。
邪魔をするのは良くないな、とレオンは踵を返し、今日の夕飯を作る為にキッチンへと入ったのだった。
FFポータルアプリでトリプル・トライアド実装記念!……で書いたのですが、上げるのを忘れて今の今まで放置していました。どさくさでアップします。
レオンをカード化させてみた。レオンのカードとか凄く欲しい。スコールのカードと一緒に使いたい。
因みに、レオンの目当てのカードは、ラグナのカードです。エスタの大統領なのでそこそこレベルの高いレアと思われる。
ゲット出来たようで本人は満足ですが、スコールからすると「運までチートか」と言いたい所w
現在全力でプレイ中です。誰が誰のカードを使用してるのかチェックするのも楽しいですね。
今後の配信で新作カードや限定カードが現れるとしたら、いつか出たりするのだろうか。バランスブレイカーカード。プラスやリバースルールがあるので、一概に強いと言い切れないのが面白い。