[8親子]詰め込む夢は限りなく
- 2018/08/08 20:50
- カテゴリー:FF
一家の愛を一身に受ける末っ子が、幼稚園に通う年になった。
大人しい性格で、家族以外に殆ど懐く事がなく、人見知りの激しいスコールが幼稚園に入ると決まった時には、兄と姉は随分と心配したものだった。
元々が弟に対して多分に甘い所のあるレオンとエルオーネである。
生まれてこの方、家族と一時だって離れ離れになった事のない弟が、家族が誰もついて行けない所に行く事が、彼らには酷く不安になったようだ。
エルオーネはともかく、レオンは妹の時にも同じように心配したのだが、結果としてエルオーネは幼稚園と言う場所を初日から存分に楽しんでいたのを見ているのに、やはり不安の種は尽きないらしい。
最も、これについては、エルオーネとスコールの性格の違いがある為、同じように行くだろうとも思えないので、無理はないが。
だが、それはそれとして、入園の準備と言うものは中々楽しく進んだ。
園から規定された事項を守りつつ、必要なものを整えて行く。
用具は卒園まで使えるものが良い、とレインは考えたのだが、エルオーネは可愛いものを(自分がそれを使う訳ではないのだが)探し、レオンはスコールが気に入りそうなものを優先して探した。
父ラグナはと言うと、「俺が選ぶと変なのになるってエルが言うからさ~」と言って、妻と子供達が必要なものを探している間、スコールの遊び相手をしていた。
買い物はレイン、レオン、エルオーネの三人で品物を探し、それをスコールに見せて、気に入ったものを買うと言う形になった。
お弁当グッズ、ハサミや糊の入った道具箱、ハンカチやティッシュ入れも買った。
クレヨンは家で使っているものがあるから───と思ったが、大分使い古していて箱も草臥れてしまっているし、折角なので新しいものを買う事にした。
靴はマジックテープで開閉できるものにし、上履きはキャラクタープリントが不可だったのでシンプルなものに。
大型ショッピングモールでそれらを探し回っている内に、買った荷物はどんどん増えて行く。
レインは、息子娘と一緒に入った店で細々と買えるものを買った後、店舗の前で待っている夫と末っ子の下へ向かった。
両手に荷物を抱えたレインの隣で、レオンがエルオーネと手を繋ぎ、並ぶ商品に誘われそうになる妹を宥めている。
こう言う時、しっかり者で面倒見の良い長男の存在は、母にとって何よりも助けであった。
道具箱と中身一式の入った袋を持ち直しながら、ふう、とレインは溜息を吐く。
(一日で全部揃えようって言うのは、無茶だったかしら)
両手一杯となっている買い物は、まだ終わりではない。
これらを夫に預けたら、最後に残った通園バッグを探しにいかなければいけないのだ。
(お古が使えたら良かったけど、レオンが使っていたものは人にあげちゃったし。エルオーネのは、男の子用って感じじゃないし。割と気にせず使いそうな気はするけど)
年齢が離れていない兄弟ならば、上の子が使ったものを下の子に回すと言う事が出来るのだが、生憎レオンとスコールの間は八歳の差がある。
スコールが生まれた時点で、レオンが幼稚園の時に使っていたものは家に残っていなかった。
エルオーネが入園した時に買ったものは、物持ち良くまだ家に残っているが、好き嫌いのはっきりしたエルオーネが好んで使えるようにと彼女の趣味を重視して選んだものばかりなので、花柄やお姫様モデルと言った風で、女児の為にデザインされたような物が殆どなのだ。
未だに男女の堺が曖昧な節のあるスコールであるが、やはり男の子であるので、あまりに女の子らしい持ち物は───本人が望むなら別だが───どうだろう、と思う。
……姉の事が大好きなスコールだから、エルオーネが使っていたものだと言えば、喜んで受け継ぎそうな気もするが。
とは言え、入園と言えば幼子にとって一つの門出である。
レオンにしろエルオーネにしろ、必要なものはその都度買い揃えているのだし、末っ子だけお下がりと言うのも、なんだか可哀想な気もするのだ。
兄と姉が喜んでスコールの為の買い物に付いて来てくれている訳だから、それを無碍にするのも彼等を悲しませるだろう。
普段は仕事で忙しく、一緒にいる時間が少ない夫も、こうした時間を通じての家族との触れ合いを楽しみにしている。
この為、全員が揃って出かけられる日が今日一日しか確保できず、少々強引な買い物日和となったのだが、こうした家族の協力がなければ、レインが全て一人で整えなければならなくなった訳だから、それを思えば、今日一日の苦労は飲んでも十分お釣りが来ると言うものだ。
大きなスペースを使って学童用品を売っているエリアを出ると、店舗前に設置されたベンチに、ラグナとスコールが座っていた。
ラグナはストロー付きの水筒で、スコールに水を飲ませている。
「ラグナ、スコール」
「おう、お疲れさん。重かっただろ、俺が持つよ」
「ありがとう」
ラグナはスコールに水筒を持つようにと誘導してから、レインが持っていた買い物袋を受け取った。
「レオンやエルの時も思ったけど、結構色々いるよなぁ。後は、えーと……鞄だっけ?」
「そうそう。此処で買っても良かったんだけど、アニメのキャラクター物が多くて。そうじゃない奴は、凄くシンプルだし」
「あのね、あのね。あっちにね、可愛いカバンがあったの!だからあっちで見た方が良いよ」
エルオーネが父の膝に取り付いて、店の方向を指差しながら言う。
きらきらと光る瞳は、もうその店で探す事を決めているのが明らかだった。
行こう行こうと言うエルオーネに、反対する者はいない。
レインは少し休みたい気持ちもあったが、こう言う時は一旦休んでしまうと腰が重くなるものだ。
後は鞄だけなのだし、と自分を奮い立たせつつ、スコールに「次のお店に行くよ」と言って、彼の手から水筒を取る。
ラグナが荷物を全て持ってくれたので、レインはスコールと手を繋いだ。
レオンは、ちょこまかと動き回るエルオーネを宥めつつ、また手を繋いで、彼女が見つけた店に向かう。
エルオーネが見つけた店は、子供用品が集められた店舗だった。
勉強道具らしい品揃えだった学童用品売り場のものよりも、子供が好みそうなデザインの物が並んでいる。
男の子用、女の子用、どちらでも使えそうな物と、サイズも色々あって、選べる幅が広い。
学校から通園バッグの指定については特になかったので、
「ほらほら、あれ。すごく可愛いの!」
「エル、探してるのはスコールの鞄なんだぞ?可愛いより格好良い方が良いんじゃないか」
店の前に陳列されている、きらきらとラメの入った鞄を指差すエルオーネ。
確かに女の子が好きそうなデザインだ、と思いつつ、レオンはやんわりと妹の軌道修正を促した。
「えーっ。可愛いのでも良いよ。スコール、可愛いの似合うもん」
「まあ、確かに似合うけど……」
「あっ、でもあっちのカバンの方が大きい。幼稚園のお道具って一杯あるから、やっぱり大きいカバンの方が良いかな?」
エルオーネがレインを見上げて訊ねる。
自分の視野に夢中になりつつも、決して弟の事を考えていない訳ではないのだ。
自分が通園していた頃の事を思い出し、見た目ばかりではなくて、使い勝手もきちんと考えなければならない事を、エルオーネは判っていた。
レインは娘の質問に、うーんと唸りつつ、
「そうね。あんまり小さいと、入れる物が入りきらなくなっちゃうし」
「じゃああっちで探そう!」
「エル、走っちゃ駄目だぞ」
弟の為の道具選びがすっかり楽しくなったのか、はしゃいだ様子で駆けていくエルオーネ。
直ぐにレオンが追って、うーんうーんと頭を悩ませる妹の隣に立って、自分も弟の為に鞄を探す。
子供達が店に入って行くのを見て、ラグナがレインに言った。
「俺は其処で待ってるよ。荷物も多いし、邪魔になっちまいそうだから」
「ええ、お願いね」
「スコール、お店、ゆっくり見て良いからな」
「んぅ」
小さな頭を父に撫でられ、スコールは気持ち良さそうに目を細めた。
ふにゃ、と笑う息子が可愛くて、ラグナはすっかりでれでれだ。
また後でな、と言うラグナに、スコールはきょとんと首を傾げていた。
そんなスコールの手を引いて、レインは店の奥へと入り、棚に並ぶ鞄を見せてやる。
が、まだ幼いスコールには、目の前に並んでいるものが何であるのかはよく判っていないようで、玩具箱の中に迷い込んだような顔で、きょろきょろと辺りを見回している。
(どうしようかな。スコールは結構小さい方だから、紐の長さが調整できるものがあると良いんだけど)
スコールは兄や姉の幼い頃に比べても、かなり小柄な方だった。
身長の伸びもゆっくりとしたもので、同じ時期に生まれた他家の子供よりも小さい。
レオンが最近ぐんぐん背が伸び始めている事を思うと、スコールもまた伸びしろはありそうだが、子供の成長と言うのは読めないものだ。
何より、成長した後に丁度良くなるかも知れなくとも、先ずは今の状態で問題なく使えるものを選ばねばならない。
レインはキルト生地のトートバッグを取り、スコールに声をかけた。
「スコール、これ持ってみて」
「うん」
差し出されたトートバッグの持ち手を、スコールが握る。
そのまま腕が下ろされると、鞄の底が床についてしまった。
レインは鞄を持ってスコールの腕に通させ、肩に紐を引っ掻ける。
荷物が多くなるからと袋が大きなトートバッグにしてみたが、スコールの体に対して、袋が随分と大きく見える。
スコールが中に入れちゃいそう、と思いつつ、この大きさでは息子が動き回るのには邪魔になりそうだった。
レインはスコールの肩から鞄を外しながら、一回り小さなトートバッグを取る。
「次、これね。手を出して。片方だけ」
母に言われた通り、スコールは右手を前に出した。
其処から持ち手の輪を通して、鞄を肩にかけてやる。
今度は袋の大きさは気持ち大きめな程度で、これ位なら、と思えたが、紐が長くてスコールの肩から直ぐにずり落ちてしまう。
同じサイズで紐の長さが調整できるものはないか、と棚を見ていると、
「スコール、スコール!これ、見て見て!」
急ぎ足で棚の間を駆けてきたのは、エルオーネだ。
その後ろからレオンも付いて来ており、二人の手にはそれぞれ見繕ったのであろう、趣の違う鞄がある。
エルオーネが持ってきたのは、淡い水色のリュックサックだった。
猫の足跡が下部にぺたぺたと描かれており、上部に此方を見ている猫がいる。
ついつい自分の好みを優先してしまうエルオーネにしては大人しいチョイスになったのは、傍らにいる兄のお陰だろう。
レオンが上手く誘導した中で、弟に似合いそうなものを選んだのだ。
「あのね、このカバンだと重くないの。走る時にも、ジャマにならないんだよ」
「ぼく、はしらないもん」
「急ぐ時は走るでしょ?」
「んぅー……」
プレゼンするエルオーネの言葉に反論するスコールだが、直ぐに言い返されて、ぷぅと剥れる。
しかし姉の言う通り、運動が苦手でも、日常生活の中で全く走らない訳ではないのだ。
父や母に駆け寄ったり、トイレに急ぐ時など、スコールなりに一所懸命に走る事はあるのだから。
走る時に邪魔にならない、と言う娘の言葉に、それもありか、とレインは思った。
リュックサックは両肩と背中で持つから、重心の傾きも少ないだろう。
歩いている時、何もなくとも躓いて転ぶ事があるスコールには、バランスを取りつつ、両手が空くと言うのは大きい。
さて兄は何を選んで来たのだろう、と見上げてみると、察したレオンが持っていた鞄をスコールに見せる。
「ライオンの鞄を見付けたんだ。やっぱりスコールが気に入って使えるものが良いかなって」
「らいおんさん!」
レオンが持ってきたのは、ショルダータイプでラミネート加工が施されている鞄だ。
鞄のサイズはエルオーネが持ってきたリュックよりは小さいが、底マチも厚めなので、容量としては十分確保されている。
表の面には、有名なアニメの主人公となったライオンが描かれており、スコールが好きなものを選んだと言うのが判る。
その甲斐あって、案の定、スコールの食い付きは一番だった。
「おかあさん、これ。ぼく、これがいい」
「えーっ。こっちの方が良いよ、スコール」
「こっちがいい」
デザインだの大きさだの、使い勝手と言うのは、まだスコールには判らない。
スコールは鞄にプリントされているライオンに夢中なのだ。
そんな弟の反応に、見付けて来たレオンは嬉しそうに顔を緩めている。
姉の声には構わず、これがいい、と最早心は決まった風のスコールであるが、レインはちょっと待ってねと息子を宥める。
先ずは持たせてみないと、とスコールの肩に紐をかけてみると、紐が長い為に鞄の底がスコールの足元に近くなっている。
紐の長さが調整できたので、体格に合わせて短くして行く。
母の「気を付けして」の言葉で、スコールが両手両足を体に真っ直ぐ揃えて立つと、落ちるかと思った肩紐は幸いきちんと肩の上に乗って止まっている。
(リュックだと両手が空くけど、背負う時にまだ少し難しいかしら。ショルダーなら、物の出し入れも直ぐ出来るし────)
「おかあさん」
(何より、本人がコレだものね)
レインが色々と考えている間にも、スコールは肩にかけた鞄をぎゅっと抱えて離さない。
これがいい、と全身で主張する息子に、これは駄目だと言ったら、泣き出すのが目に見えている。
通園バッグはレオンが選んだものにするとして、エルオーネが持ってきたリュックサックも一緒に購入する事にした。
春には幼稚園の行事で親子遠足があるし、夏になれば家族揃って旅行も計画されている。
普段使いにする物とは別に、予備の鞄としても備えて置いて損はないだろう。
出費としては少し予定外のタイミングだが、いずれ買いに行く事を思えば、今の内に済ませても良い事だ。
レジカウンターで支払いを済ませると、レインはライオンプリントの鞄の入った袋をスコールに見せた。
「スコール。ライオンさんの鞄は、この袋の中ね」
「ライオンさん、ここ?」
「そう。これは、幼稚園に行く日まで、大事に持っておこうね」
「うん」
「それで、こっちの袋は、猫さんの鞄」
「ネコさん」
「私が見つけたやつ!」
「お姉ちゃんのネコさん」
「これは遠くにお出かけする時に使おうね」
「はぁい」
母の言葉に、スコールは聞き分け良く返事をする。
今すぐ使いたい、と言うかと思ったが、その心配はいらなかったようだ。
最後の買い物を終えて、ふう、とレインは一息吐く。
スコールがエルオーネと手を繋ぎたがったので、姉に末っ子の面倒を任せ、レインとレオンがそれぞれ鞄を持って店を出た。
荷物番をしていた父と再会すると、ラグナはにこにこと上機嫌な子供たちを見て、
「格好良い鞄は見付かったか?」
「うん。あのね、ライオンさんとね、ネコさんにしたよ」
「ネコさん、私が選んだの!」
「おお~っ、良いなあ、ライオンさんとネコさんか!良かったなぁ、スコール」
わしわしとラグナが両手でスコールの頭を撫でる。
小さな頭を揺らしながら、スコールは「んふ、ふふ」と嬉しそうに笑っていた。
さあて帰ろう、とラグナが置いていた荷物を両手に提げる。
余る程の量を見たレオンが、直ぐに自分も持つよと言った。
気の利く長男に感謝しつつ、ラグナとレオンで荷物を分け合って、一家は駐車場へと向かう。
車に乗り込むと、レオンはライオンのショルダーバッグの入った袋を、スコールに手渡した。
家へと帰る道すがら、スコールは何度も袋の中身を覗き込んでは、にこにこと楽しそうに笑う。
姉が選んでくれたリュックサックの方も気になるようで、姉の膝にあるそれの中を覗き込んで、エルオーネと目を合わせてにこにことしている。
鞄は幼稚園が始まるまで使われる事はないが、スコールは今からその日が楽しみで仕方がないのだろう。
ぱたぱたと無邪気に弾む足が、幼い末っ子の胸中を表すのを見て、兄と姉も選んで良かったと満足していた。
レオン11歳、エルオーネ7歳、スコール3歳。
末っ子の為に皆でお出かけ、お買い物。
夕飯を食べて家に帰る頃には、皆車の中で寝ちゃってるんだと思います。