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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「FF」の検索結果は以下のとおりです。

[8親子]なつのひかり

  • 2017/08/08 20:15
  • カテゴリー:FF


子供達が夏休みに入り、母の監督の下、規則正しい生活を心がける日々。
朝はラジオ体操、朝食を終えたら勉強時間で夏休みの課題を進め、昼食を食べたら、午後はしばしの自由時間。
友達と遊びに出かけたり、母の買い物の手伝いをしたり、幼い弟の遊び相手をしたり。
夕方になると父が仕事から帰り、家族五人で夕食を囲んで、末っ子が眠い目を擦り始めた頃には、長男と長女もそろそろお休みモードになる。
寝落ちない内に順番に風呂に入って、長男と長女は一緒の部屋で、末っ子は父母と同じ布団で眠る───これが一家の一日の流れだ。

休みだからと怠ける事無く、健康的に過ごしているお陰で、子供達は毎日元気溌溂だ。
上がる一方の気温は両親が気を付け、子供達にはこまめに水分摂取をする事と、出掛ける時には帽子を忘れないようにと徹底させる。
幼い末っ子はまだまだ自分では気を付けようがないので、家族皆で注意した。

そんな日々の中で、父ラグナの所属する会社が、慰安旅行の企画を立ち上げた。
旅行と言う程遠くへ行く訳ではないのだが、家族同伴で行くことも出来るとあって、何かと忙しくて家族サービスの計画も難しい昨今の家庭には、有難い話でもあった。
今年の旅行先は海とあり、車を持っている者は運転して言っても良いし、そうでない者にはバスも用意されると言うので、参加希望者は少なくなかった。
ラグナも例に漏れず、折角だから皆で行こう、と提案すると、長女エルは万歳で喜び、そろそろ思春期の入り口に入った長男も、日々の暑さへの辟易もあって、海と言う単語には心躍るものがあったのだろう。
幼い弟は、海と言われてもまだピンと来るものがないようだったが、兄と姉がはしゃいでいるのを見ると、なんとなく楽しい雰囲気だけは察したようで、一緒にきゃっきゃと笑っていた。
子供達が揃って行く気になっていれば、母も少々の面倒や不安はありつつも、子供達の思い出作りと思えば、悪い気もしない。

こうした経緯から、一家は久しぶりの───末っ子にとっては人生初めての、海へと繰り出す事になったのである。


「ほら!海に着いたぞぉ!」
「海ー!」


車を降りての父の言葉に、いの一番に元気な声を上げたのは、エルオーネだった。
真っ白なワンピースの裾が翻る事も気にせず、ぴょんぴょんと跳ねて、駐車場の向こうの浜辺、その向こうに広がる海原に、きらきらと栗色の瞳を輝かせている。
そんな妹に笑みを零しつつ、レオンは車のトランクに入れていた荷物を取り出している。
母はと言うと、車の中で寝ていた末っ子スコールを、チャイルドシートのベルトから外し、抱き上げていた所だった。

抱き上げられた振動で、スコールの夢は妨げられたようだ。
むぅう、とむずがる声を零しながら、小さな手が眩しい太陽の光を嫌って、こしこしと目許を擦る。


「おっ、スコール。起きたかあ」
「……んぅ……?」
「おはよう、スコール!」
「……はよぅ……?」


目覚めの挨拶をする姉に、スコールは拙い舌でオウム返しに同じ言葉を返した。

くりくりとした目を眩しそうに細め、んんぅ、とまた唸って、スコールは母に抱き着く。
起きてすぐに浴びた眩しい光を嫌う息子に、レインは小さく苦笑して、ぽんぽんと息子の背中を叩いてやった。

バタン、と音がして、車のトランクが閉められる。


「父さん、荷物全部出したぞ」
「おっ、ありがとうな」


息子が降ろしてくれた荷物は、大きな旅行用バッグが一つと、後は小さなリュックサックが一つ。
大きなバッグには家族全員分の着替えや消耗品が、リュックサックにはお菓子が詰められている。

大きなバッグをラグナが抱え、小さなリュックはエルオーネが背負う。
レオンはエルオーネと手を繋ぎ、レインはまだ眠そうな目をしているスコールを抱いて、社員の集合場所へと向かうラグナの後を追った。

父が上司からの挨拶を聞いている間に、家族は少し離れた場所で、それぞれのスペース作りに勤しむ。
レオンは早く海に行きたがるエルオーネを宥め、スコールの面倒を任せて、母と一緒にビクニックシートを広げた。
荷物やサンダルを重石替わりにして、水筒やタオルなどを出しておく。


「こんなものかな」
「そうね。エル、いらっしゃい。水着に着替えて、日焼けしないようにお薬塗らなくちゃ」
「はーい。スコール、行こう」


浜辺の砂で遊んでいた子供達を呼ぶと、エルオーネはスコールの手を引いて戻って来た。
エルオーネをレインが、スコールをレオンが担当して、水着へと着替えさせていく。
着替え終わると早速!と海へ向かおうとした娘を、母はもう少しと捕まえて、まだ柔らかいぷにぷにとした肌に、日焼け止めオイルを塗った。
さらさらとした冷たい水の感触に、きゃっきゃと子供達は楽しそうに笑う。

上司の挨拶を終えて、ようやくラグナが合流した時には、子供達の準備は整っていた。
レオンは足ふみポンプを使って、スコールが使う子供用の足入れ浮輪を膨らませている。


「ふい~、終わった終わった」
「お疲れ、父さん」
「皆準備できたよー」
「早いなあ。俺もすぐ着替えるぞぉ」
「じゃあ、その間に、皆準備体操しときなさいね」


着替え始めたラグナを横目に、母の指示を聞いて、はーい、と子供達の声が揃う。

学校で何度か水泳授業で体操見本をやった事があると、順番を覚えているレオンが手本になって、子供達は準備体操を始めた。
レオンの真似をして手足を伸ばすエルオーネを、スコールは少しの間きょとんとした顔で見ていたが、「スコールもやるんだよ」と言われると、小さな手足をぴょこぴょこと動かし始めた。
レオンが鏡向きになって、いちに、いちに、と声を揃えてカウントしながら体操する子供達。
微笑ましい光景に、レインとラグナは顔を見合わせ、唇を緩めた。


「よし、お終い」
「わーい!」
「こら、エル!一人で行ったら危ないぞ」


待ってましたと海に向かって駆け出す妹を、兄が慌てて追いかける。
スコールは、兄と姉が揃って駆け出したので、真似るようにその背中を追った。

全速力のエルオーネに、レオンは直ぐに追いつくが、スコールはすっかり置いてけぼりだ。
それでも一所懸命に追いかけようとするスコールを、ふわっと浮遊感が襲う。


「あう?」
「よしよし。スコールはパパと一緒に行こうな」


スコール用の浮輪を片手に、抱き上げる父の首に抱き着いて、スコールは後ろを見た。
ピクニックシートに残って日傘を差している母と目が合う。
此処にいるからね、と手を振る母に、スコールも手を振った。

白波が寄せる波打ち際で、エルオーネとレオンが遊んでいる。


「つめたいー!」
「滑らないように気を付けろよ」
「はーい。えいっ!」
「うわっ」


エルオーネが掬って撒いた水が、レオンの体を濡らす。
悪戯が成功した顔で逃げ出す妹を、レオンは水を蹴りながら追い駆けた。

ラグナは波打ち際で一度立ち止まって、不思議そうな顔で海を見つめているスコールを見る。


「スコールは海初めてだなあ。冷たくて気持ち良いんだぞ」
「……?」
「ちょっと下りてみっか」


膝を曲げて、ラグナはスコールを地面に下ろした。
その足元に、ざあっと音を鳴らして白波が寄せると、スコールはビクッと体を硬直させて、父にしがみついた。


「あはは、大丈夫大丈夫。怖くないって」
「…やああ!」


引いては寄せる波が、幼いスコールにはまるで生き物のように見えるのか。
形のはっきりとしない生き物が、何度も何度も手を伸ばすのを見て、スコールは泣き出す顔で父を見上げた。
助けて、と言わんばかりのお息子の様子に、ラグナは苦笑しつつ、曲げた膝の上に乗せてやる。


「大丈夫だぞ、スコール。怖くない。ほら、お兄ちゃんとお姉ちゃんは楽しそうだぞ」
「……んぅ……」


ラグナのシャツをしっかりと握るスコール。
そんな息子の背中をぽんぽんと撫でて宥めつつ、ラグナは早速泳ぎ出している兄姉の姿を見せてやった。

エルオーネとレオンは、浅い場所で身を屈めて、海水の冷たさを楽しんでいる。
浮輪がいるかな、と言うレオンに、エルオーネは平気、と首を横に振った。
学校のプール授業で泳ぎも覚えたし、今はまだエルオーネの足が届く場所だから、エルオーネは自信を持っているようだ。
とは言え、突然の深みと言うのも海にはよくあるもので、レオンはエルオーネから目を離さないように気を付ける。


「見てみて、レオン。おっきな貝があるの」
「何処だ?」
「ほら!きれいな形してるの」
「本当だ。他にもあるかな」


浅瀬で水を掻きながら、エルオーネは近い水底を見詰めている。
これは、とレオンが拾った貝殻を見せると、それもきれい!とエルオーネは目を輝かせた。

ラグナはスコールを抱き上げて、兄と姉の下へと連れて行く。
下ばかりを見ていた二人だったが、水音を聞いて顔を上げた。


「父さん」
「スコール!見てみて、貝がら、キレイだよ!」


綺麗な巻貝を弟に見せるエルオーネ。
スコールはきょとんとした瞳で姉の握るものを見詰めた後、小さな手を伸ばす。
ラグナに抱かれたままのスコールは、弟程ではなくとも、まだ背が低いエルオーネまで届かない。
レオンが代わりに受け取って、スコールの目線の高さまで持ち上げた。


「食べちゃダメだぞ、スコール」
「う」
「おお~、キレイな形してるな。エルが見付けたのか」
「うん」


凄いなあ、とラグナがエルオーネの頭を撫でる。
エルオーネは照れ臭そうに顔を赤らめ、うふふ、と笑った。

スコールは小さな手に貝がらを握り、くるくると上に下にと回転させながら眺めている。
底の穴を不思議そうに見つめていると、もぞもぞと何かが動いていた。
それを見てことんと首を傾げたスコールの目の前で、ひょこり、とハサミを持った生き物が顔を出す。


「!」
「おっ、ヤドカリ」
「えっ、見せて見せて!」
「ふえ、」


ラグナが楽しそうにその生き物の正体を当て、エルオーネが興味津々に跳ねる傍ら、大きな瞳にじわあ、と雫が浮かぶ。


「ふええええええ」
「おわっ。どしたどした」
「びっくりしたのかな。エル、ヤドカリさん、海に帰すぞ」
「待って、見せて。見たい見たい」


父にしがみついて泣き出したスコールに、ラグナとレオンは苦笑する。

レオンはエルオーネに掌を出すように言って、その手にヤドカリ入りの貝を乗せた。
小さなヤドカリはうろうろとエルオーネの手の中を行ったり来たりしている。
可愛い、と笑う妹の横で、泣きじゃくる弟の対比が無性に可愛らしくて、レオンの頬が緩んだ。

一頻り眺めて満足してから、エルオーネはヤドカリを海へと帰した。
ヤドカリは波の流れに攫われつつ、いそいそと遠くへ泳いでいく。


「貝がら、キレイな形してたから、持って帰りたかったのに」
「ヤドカリさんのおうちだから、あれは駄目だな。他にもキレイな貝があるだろうから、探してみよう」
「うん。ね、スコールも探そう!」
「……んぅ……?」


誘う姉に、スコールはすんっと鼻を啜って、首を傾げた。


「そうだなあ。皆で一緒に、キレイな貝探そうか」
「スコール、海に入って大丈夫なのか?」
「それもチャレンジしてみなくちゃな。エル、スコールの浮輪、持っててくれるか?」
「はーい」


ラグナが片手に持っていた、足入れ浮輪をエルオーネの前に浮かせる。
エルオーネは浮輪が波に流されないよう、両手で持って固定する。
その背中を、転ばないようにとレオンが支えた。

ラグナはスコールを抱え直して、車の形を模した足入れ浮輪の中へと入れてやる。
スコールの右足が足入れ浮輪の布に乗って、ラグナは何度かスコールの位置を調整させた。
小さな足が上手く穴に嵌ると、スコールの体は布の支えに乗って、ぷかぷかと海に浮かぶ。


「……?…?」
「どーだぁ、スコール。冷たくて気持ちいいだろ」
「??」


ラグナが笑い掛けてみるが、スコールは状況が判っていないのだろう、不思議そうな顔できょろきょろとあたりを見回している。
そんな弟の前で、レオンがぱしゃぱしゃと水面を叩いて見せた。
きらきらと光って跳ねる水飛沫に、丸い蒼の瞳が釘付けになる。

小さな手が目一杯伸ばされて、浮輪の外側へ。
傾く体重で浮輪がひっくり返らない様に、ラグナが反対側を手で押さえつつ、スコールが浮輪から零れ落ちないように注意する。
ぱちゃん、と小さな手が水面を叩いて、跳ねた水がエルオーネの顔にかかった。


「やー、冷たい!」
「やー!」


嫌がりながらも楽しそうな姉に、スコールも楽しくなってきたようだ。
二人でぱちゃぱちゃと水面を叩いて遊び出す。

きゃっきゃとはしゃぐ妹弟の傍ら、レオンも二人が飛ばした水にかかって、笑いながら濡れた顔を拭く。
と、その視線がふと浜へと向いて、波打ち際に立っている人に気付いた。


「母さん」
「おっ、レイン!」
「あっ!」
「ふあう。あうー」


波間に立っている母を見て、エルオーネがぱちゃぱちゃと水を掻き分けていく。
スコールは離れて行くエルオーネを目で追って、一足遅れて、母が来ている事に気付いた。
大好きな母の姿にスコールは目を輝かせ、抱っこをねだって両手を伸ばす。

気持ち良いよ、一緒に遊ぼう、と娘が母の手を引く。
水着を着ていないレインは、困った顔をしながら、ワンピースの裾を少しだけ持ち上げて、白波へと足を進める。
幼い息子が、母の下へ行こうと、水の中で足を動かしていた。
ラグナはそんなスコールを抱き上げ、レオンが浮輪を持って、レインとエルオーネの下へ向かう。

抱っこを求める息子を抱いて、レインはスコールの濡れた前髪を掬い上げた。
すっきりとした視界に母を映して、スコールは嬉しそうに笑う。



いつもと違う景色の中で、いつもと変わらず笑う家族の姿に、レインは眦に熱いものがこみ上げる。


「……おかーしゃ?」


拙い舌で呼ぶ息子に、なんでもないのよと笑い掛けて、抱き締める。
触れ合う肌から、潮の匂いと、いつもと変わらない高い体温を感じた。





ラグナ、レイン、レオン、エル、スコール。
皆で海へ。

末っ子の初めての海、家族揃っての小さな旅行。
終わって子供達が眠る家路まで、全てが幸せの形。
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[ラグレオ]重ねる時間と手のひらに

  • 2017/08/08 20:10
  • カテゴリー:FF


少しは洒落た格好をして行ったらどうだ、と言われて、ガラじゃねえよ、とラグナは言った。
が、やはり少しは努力してみるべきだったかも知れない、と今になって思う。

年下の青年と恋人同士と呼ばれる関係になってから、数ヵ月が経つ。
人事異動でラグナの新たな部下となった彼は、真面目で良く気配りの出来る人物で、とても優秀だった。
その優秀さの影には、彼自身の多大な努力と、周囲に対する過剰な程の気遣いがあり、ラグナはそんな彼に少しでも気を楽に過ごしてくれたらと言う気持ちから、交流を深めていた。
それが恋心にまで発展していた事には驚いたが、他の者には一切弱った所を見せない彼が、ラグナにだけは少しずつ甘える様子を見せるようになってから、ラグナの彼への庇護欲は一層増した。
不器用な彼を大事にしたい、甘やかしてやりたいと思ってから、然したる時間は置かず、ラグナは彼と深い関係となった。

が、元々職場が同じである事や、男同士である事、同僚や他の上司に気付かれて妙な噂を立てられる事を嫌って、二人の関係は秘密にされている。
ラグナは周りに何を言われても気にしなかったが、青年の方が酷く気にしていた。
それも、自分に対する噂話云々ではなく、噂によってラグナが誹謗中傷されるのではないか、と言う事を危惧している。
この為、二人は恋人同士となってからも、人前で親密な言葉を交わす事はなく、恋人らしい逢瀬の時間と言うものは、殆ど存在しなかった。

そんな青年を、なんとか宥め説き伏せて、ラグナは彼と一緒に出掛ける日を作った。
所謂、デートと言う奴だ。
浮ついた言葉に夢中になるような年齢ではないが、やはり恋人同士と出掛けると言うのであれば、そう呼ぶのが良いだろう。
青年は友人知人に見付かる事を心配していたものの、ラグナと一緒に出掛けられると決まった時には、仄かに眦を緩めて嬉しそうに笑っていたから、嫌と思ってはいないのだろう。
それさえ判れば十分だ。

そしてデートの当日、ラグナはいつもより早く起きて、しっかりと出掛ける支度を整えた。
いつもなら、ギリギリの時間に起きて、ばたばたと慌ただしく準備をし、パンを齧りながら家を出るラグナが、今日は予定の十分前には身支度を済ませていたのだから、気合の入り様も判ると言うものだろう。
その反面、流行だのお洒落だのと言うものには興味がないから、服装はいつもと大して変わらない。
流石に休日のお決まりになっているチノパンやサンダルは避けたが、シルエットは似たようなものだ。
不格好ではないようにしたから、これで良いよな、とラグナは思ったのだが────待ち合わせ場所を前にして、ラグナはそんな自分に頭を痛めていた。

人の多い所はちょっと、と彼は言ったが、やはり駅前が何処に行くにも便利だろうと、待ち合わせ場所に指定した。
案の定其処は人の波で溢れており、人との待ち合わせに立っている者も沢山いる。
その人込みの中で、埋もれない存在感を持っている人物が一人。
濃茶色の髪、蒼灰色の瞳を持った青年────ラグナの恋人、レオンである。

レオンは、200mlのペットボトルを片手に、太陽の下でぼんやりと立っていた。
ただ立ち尽くしているだけなのに、その姿はとても絵になる。
黒のTシャツに、白のカーディガンと、ボトムはすっきりとしたシルエットのデニムパンツと、服装だけで言えば、何処にでもいる若者と変わらない。
しかし、整った容姿、無駄な肉のない体つき、バランスの取れた長い手足等、まるでモデルのようだ。

それを見て、ラグナは今更ながら、自分の格好を後悔していた。


(あー、もうちょっと頑張るべきだったかなあ…)


余りにもラフな格好は避けたが、彼と並んで歩くには、少々心許ない気がする。
しかし、今から帰って新たに服を選んでいる時間はないし、クローゼットの中にある私服なんて、どれも似たような物しかない。
何より、この夏の炎天の下、日陰にも入らず、律儀に指定した待ち合わせ場所でじっと立っているレオンを、これ以上待たせる訳にはいかない。

周囲の人々が、その容姿に惹かれて、ちらちらとレオンを見ているのが判る。
そんな中で腹を括って、ラグナは恋人の下へと駆け寄った。


「レオン!」
「ラグナさん」


名前を呼べば、振り返った蒼が嬉しそうに窄められて、名を呼び返される。


「悪い悪い、遅れちまったかな」
「いえ、時間ぴったりですよ。俺も今来た所ですから」


レオンの言う通り、時計を見れば、待ち合わせの時間丁度。
しかし、レオンの「今来た」と言うのは嘘だろう。
その証拠に、レオンの顔は強い陽に当てられた所為で、熱を持って赤らんでいる。
ラグナは、遅刻しないなんて話ではなく、もっと早く来るべきだった、と思った。

ラグナはさりげなくレオンを日陰へと誘導した。
木陰へと入ると、やはり暑いのを我慢していたのだろう、レオンが微かにほっとした表情を浮かべる。


「えーと、んじゃ、取り敢えず……昼飯かな」
「そうですね」
「此処ら辺は、店は多いけど、何処も一杯かなあ」
「丁度昼のピークですから、埋まってそうですよね」


交差点の向こうには、ファーストフード店がずらりと並んでいるが、此処から見えるだけでも、何処も人で溢れている。
レオンは人込みはあまり好きではないし、ラグナも食べるのならゆっくりと食べたい。
少し探してみようか、とラグナが言うと、レオンは頷いた。

都心の真ん中にあって、若者たちが集う服飾店が近くにある多いお陰か、食べる場所を探すだけなら事欠かない。
大通りに面した道は勿論、路地を一つ二つ曲がっても、美味しそうな看板を掲げた店は幾らでもあった。
しかし、駅に近い場所は、何処も彼処も満席だ。
食事を終えても、当分はお喋りに費やす者も多く、直ぐに席は空いてくれそうにない。


「悪いなあ、目星つけておけば良かった」
「いえ、そんな。俺の方こそ、何も決めてなくて。食事の後の事も、まるで何も……」


すみません、と申し訳なさそうに詫びるレオンに、ラグナは首を横に振った。
どちらも何も決めずに今日と言う日を迎えたのだから、お互い様だ、と。

しばらく歩き回った末に、ラグナが見付けたのは、小さな雑貨カフェだった。
看板は小さなもので目立つものではなかったが、ランチメニューが書いてあったので、其処に入った。
女性客がターゲットなのか、メニュー表は軽食よりもデザート類が多かったが、肉料理も掲載されている。
ラグナはチキンのプレートを、レオンはサンドイッチプレートを頼み、食後のコーヒーもオーダーした。


「食べ終わったら、何処に行こうか。行きたい所とかある?」
「……ええと……」


食事の傍ら、尋ねるラグナに、レオンは口籠った。
それ見て、何も決めてないって言ったっけ、とラグナは記憶を掘る。

ラグナは味のしみ込んだチキンを齧りながら、この後の予定について考える。


(デートってなると、やっぱり映画館とか?面白そうな奴、やってるかな。でも映画館に入っちまうと、レオンと話が出来ないなあ)


じっと黙って映画を見ると言うのが、ラグナは余り得意ではない。
隣に親しい人がいるなら、ついつい口を回してしまうのがラグナであった。
しかし、映画館で喧しくするのは良くないし、レオンが映画に集中するようなら、邪魔をする訳にも行かない。

他には、と考えて浮かぶのは、デートの定番である水族館だ。
此処は都会の真ん中だが、ビルの屋上に水族館施設があるのは知っている。


「じゃあ、水族館とかどうだ?涼しいし」
「水族館……じゃあ、海の方ですか?」
「いや、近くにあるんだよ」


どうやらレオンは、この都心に水族館がある事を知らなかったようだ。
驚いた顔を浮かべるレオンに、よし、とラグナは決意する。


「水族館に行こう。俺も一回、行ってみたかったし。良いかな?」
「はい。水族館なんて、初めてだから、楽しみです」


嬉しそうに目を細めるレオンの言葉に、ラグナはほっと安堵する。

食後のコーヒーを傾けながら、以前聞いたレオンの過去から、彼が娯楽施設の類に縁がなかった事を思い出す。
となれば、水族館に限らず、動物園にも行った事がないのかも知れない。
今日は暑いので、動物園に行っても日焼けするばかりになりそうだから、また別の日に計画するのが良いだろう。

支払いをどちらが済ませるかで揉める事、しばし。
仕事の絡む飲み会や、同僚がいる場面では上司であるラグナが気前を良くして支払うのがパターンだったが、今日はデートだ。
その所為か、せめて折半で、とレオンが譲らなかった。
此処でレオンの言葉を断るのはラグナには簡単だったが、そうした場合、レオンが後々まで気にするのは目に見えている。
お互いに気兼ねなく過ごす為にも、今日は金銭の類は分け合うのが妥当であった。

水族館があるビルまでの道は、ラグナが覚えていた。
屋上にある水族館の他にも、ショッピングや飲食店、フロアによっては会議場や宴会場など、複合施設となっている為、ラグナは仕事で何度か訪れた事があったのだ。
なんとか迷うことなくビルに辿り着くと、フロアまで直行のエレベーターに乗り込む。


「ビルの屋上の水族館なんて、不思議ですね。海や大きな川の傍にあるとばかり思ってました」
「判る判る。俺もあんな所に水族館があるって聞いた時は、不思議でさ。魚も水も、どうやって持って上がったんだろうって」


エレベーターはぐんぐん昇り、ガラス窓から見える景色は、地上から遠く離れている。
少し離れた場所を見ると、天を突く程の高さを持った高層ビルが見えたが、この水族館を要するビルも相当の高さである。

水族館受付口となっているフロアに下りると、思いの外其処は空いていた。
平日の午後とあって、土日に比べると客足も落ちているのだろう。
ゆっくり見るのならこれ位の方が良いな、とラグナは思った。

大人二枚のチケットを購入し、スタッフに案内されて、もう一つ上のフロアへと昇るエレベーターへ誘導される。
中に乗り込むと、モニターが付いており、ゆっくりと昇る筐体の中で、水族館の案内映像が流れた。


「おっ。見ろよ、レオン。ペンギンの餌やりが出来るぞ」


白黒の体を左右に揺らしながら、ひょこひょこと歩くペンギンの映像。
その傍らに、餌やり体験の時間が表示されているのを見付けて、ラグナは嬉しそうに声を上げた。
レオンが腕時計を確認すると、餌やり体験まではもう五分もない。


「時間、もうすぐですね。エレベーターを降りてから間に合うか…」
「じゃあちょっと急ごう。餌やりしてから、また最初から見て回ろうぜ」


ラグナがそう言った所で、エレベーターがフロアに着いて、ドアが開いた。
急ごう、と言う言葉の通り、ラグナはレオンの手を握って、引っ張るようにエレベーターを降りる。


「え、あ、ラグナさん?」
「こう言うのって先着順だからな。急がないと一番が取られちまう」
「い、一番って」
「ほら、走ろうぜ!」
「こういう所は走っちゃ駄目なんですよ」


咎めるレオンの指摘に、おっとそうか、とラグナは駆け出そうとする足を緩めた。
それでも早歩きである事に変わりはなく、レオンはそんなラグナに引っ張られ、転ばないように急かしく足を動かした。

通路の足元には、それぞれの展示エリアへの誘導ルートが記されている。
人気のペンギンの餌やりが体験できる場所へもきちんとルートが示されており、ラグナはそれを頼りに歩きつつ、路なりの展示をきょろきょろと見回した。


「結構色んなのがいるなあ」
「そう、ですね」
「…やっぱりちょっと見て行くか?」


ペンギンの餌やりが出来るとあって、テンションが上がってレオンを引っ張って来たラグナであったが、肩越しに見たレオンが歩きながら展示を目で追っている事に気付いて、足を止めて尋ねる。
しかし、レオンは小さく首を横に振り、


「……いえ。後でゆっくり見ましょう」
「良いのか?」
「はい。ペンギン、俺も早く見たいですし」


ペンギンの餌やりなんて、レオンも見た事がない。
ラグナ程にはしゃぐ事はなくても、見てみたいし、折角なら体験もしてみたい。

行きましょう、と言ったレオンの手が、捕まえているラグナの手をぎゅっと握る。
それを感じ取って、ラグナは笑顔を浮かべ、またレオンの手を引いて歩き出した。



───通路が微かに暗くて良かった。
握った手の体温を感じながら、幸福に滲む雫をこっそりと拭って、レオンは思った。





ラグレオの初デート。
デートと言うだけでも一杯一杯で、実は手を握られているだけで凄く幸せなレオンでした。
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[ラグスコ]衣に隠した内側の

  • 2017/08/08 20:05
  • カテゴリー:FF


SeeD服を着ている時のスコールは、近付き難い。

華美にならない程度に、しかしパーティのような場面でもそのままの格好で出席できるようにとデザインされた服は、軍人に似た重厚な雰囲気を醸し出している。
セルフィやゼルが着ると、本人の持つ空気故か、式典用の学校制服に見えなくもないのだが、スコールが着るとまた違う。
元々の大人びた雰囲気も相俟って、屹然とした空気を滲ませた。
其処には、魔女戦争を経てスコールがバラムガーデンの指揮官と言う立場になった事も、理由として有るのだろう。

元々、正SeeDのみが着用を許される服である事から、SeeDを目指すバラムガーデンの生徒にとっては、憧れの対象であったと言う。
魔女戦争後、指揮官として矢面に立つことが増えたスコールが、頻繁に着るようになってから、一層憧れの視線は増えたそうだ。
スコールにとっても、SeeDとなる事は自分の目標であり、それを果たした暁に手渡されたSeeD服は、着る度に密かな高揚を齎すものであった。
とは言え、何度も何度も着ていれば、段々とそうした気持ちは薄れ、最近では完全に仕事着としての役目となり、着る事が面倒になる日もあるらしい。

それを小さな声で零したスコールに、判るなあ、とラグナは言った。
ラグナも記者会見など、公的な場ではスーツを着なければならないが、普段はもっと楽な格好をしていたい。
元々スーツのようなカッチリとした格好が苦手なのもあるが、それを着ると、きちんとしなければ、と言う気持ちが働くのだ。
仕事に置いてその意識は良い事なのだろうが、それが何度も、延々と続くと、やはり疲れてしまうものである。

今も、少し疲れているのだろうか。
記者会見に応じるラグナの直ぐ後ろで、硬い表情で記者団を睨んでいるスコールをちらりと見て、ラグナは思う。

今日は朝から忙しく、ラグナはあちこちで取材記者団に囲まれていた。
取材の内容は政治的なものから、割とどうでも良さそうな雑事まで、様々である。
一通り終われば次の視察へ向かい、それを終えると、出口でまた報道陣に囲まれる。
こうした生活はエスタで暮らす内に何度か経験していた事だったが、最近はその頻度と、囲む報道陣の数が増えて来ていた。
と言うのも、以前はエスタ国内の報道関係者のみで完結していたのが、エスタが開国した事で、外国からも記者団がやって来るようになったからだ。
中には強引なやり方で───他国ならば普通の方法なのかも知れないが、少なくとも、エスタの感覚では───取材をしようとするパパラッチもいるので、最近の記者会見では、警備レベルが引き上げられている。
警備任務を依頼したバラムガーデンから、“伝説のSeeD”がわざわざ派遣されて来たのは、そうした事情も加味されていた。

“伝説のSeeD”と言う言葉は、本人の自覚以上に重い文鎮の役割を果たしている。
世界に混沌を齎した魔女を屠った者の睨む眼には、流石に報道陣も尻込みする所があるらしい。
特にデリングシティから来たと言う記者団は、魔女戦争の際の魔女心棒を少なからず記事にして旨味を啜った後ろめたさがあるようで、スコールがいるだけで妙な質問をしてくる輩は格段に減った。
これは副次効果であったが、エスタの大統領府関係者にとっては、有難い事である。

報道陣に応えている間に、時間は刻々と過ぎてゆく。
執政官として後ろに控えていたキロスが、そろそろお時間です、と促すのを聞いて、ラグナは小さく頷いた。


「では、次の仕事の時間がありますので、これで失礼します」


形式ばった言葉で会見を締め括りにし、ラグナは記者団に背を向けた。
まだまだ聞きたい事があるのだろう、槍投げのようにしつこく質問を飛ばして来る記者達を、警備員とSeeD達が止める。
スコールはハンドサインで部下に指示を残すと、ラグナについてその場を後にした。

ウォードがドアを開けて待っていた車に乗り込む。
記者団の塊を避けて、張り込んでいた新しい記者が、今がチャンスと駆け寄ってきたが、スコールがじろりと睨むと足を竦ませた。
記者の足が止まった隙に、スコールはラグナの隣に乗り込み、ウォードが車のドアを閉める。
運転席にはピエットが待機しており、出しますね、と断り一つを入れて、発進させた。


「ふい~……」


記者団の影が遠退いて、ラグナはようやく詰めていた息を吐いた。
首元を締め付けているネクタイを引っ張って緩め、近い位置にある天井を仰ぐ。


「はあ、疲れた……」
「お疲れ様です、ラグナさん」
「んー」


車を運転しながら労うピエットの言葉に、ラグナは浦々とした声で返事をした。
この後は官邸に帰って書類仕事をする予定なので、着いたら着替えて良いかなあ、とラグナは考える。

と、隣できっちりと着込んだ服は愚か、姿勢すら崩そうとせずに窓の外を睨んでいる少年に気付く。


「スコール、もう楽にして良いぜ。後は帰るだけなんだし」
「……いえ、お構いなく。任務中ですので」


固い言葉遣いに、完全に仕事モードである事が判る。
その反応にラグナは少し寂しくなったが、いつもの事と言えばいつもの事だし、スコールが“大統領警護”と言う任務中である事も確かであった。

大統領官邸前には、また別の報道陣が待機していたが、それは官邸の敷地外で事。
どうしましょうか、と判断を仰ぐピエットに、スコールが「そのまま奥まで行って下さい」と言った。
官邸前でのインタビューは仕事の予定に入っていない。
無視して行けと言うスコールに頷いて、ピエットは車に積んでいる通信機で官邸内のスタッフへ連絡を取り、車から降りる事なく、官邸の門を開けさせた。

飯の種を逃がしてなるかとカメラマン達が仕事道具を掲げて、インタビューやらフラッシュ撮影やらと忙しない。
ラグナはカメラ向けに笑顔で手を振る仕草だけを見せ、彼らの前をすーっと通り過ぎて行った。
どうにかして追いかけようとする者は、警備員と門に阻まれる。
後ろで門が閉まる音を聞きながら、車は路なりに進み、官邸玄関へと到着した。

車を降りると、もう騒がしさはなく、いつもの静かな官邸だ。


「今日はもう外には出ないんだっけ」
「そうですね。予定されていた物は終わりましたから」


ラグナの問に答えたのはスコールだ。
そっか、と言って開いた玄関の中へとラグナが入り、スコールも続く。

きょろきょろと辺りを見回したラグナは、記者会見の場に残して来た友人達がまだ帰っていない事に気付く。
何処かで捕まっているのか、彼等を撒く為に適当に時間を潰しているのか。
何れにしろ、心配する必要はないだろうと、特に気にせずに官邸奥へと進んだ。


「書類、何が残ってたっけなあ……」
「……」
「うーん、腹減ったから何か食ってからにしようかな」


ラグナの呟きは、声ばかりが大きい独り言だ。
スコールもそれを判っているようで、半歩後ろを黙ってついて行くのみであった。

17年ですっかり通い慣れた廊下を進み、一番奥の執務室に到着する。
扉を開けると、やはり其処は無人であった。
念の為にとスコールが先に中に入り、室内の安全を一通り確認してから、ラグナに入室を促す。


「お待たせしました。問題ありません。どうぞ」
「うん、ありがとな」


ラグナが執務机を覗いてみると、書類は数枚が重ねられているだけだった。
今日の午前は机につけないからと、昨日の内に殆どの書類を終わらせていたお陰だろうか。

机に座り、書類の内容を確認して、サインと判を押して行く。
キロス達が帰ってきたら、追加の書類を持って来られるかも知れないが、この分ならそれも然程多くはないだろう───希望的観測であるが。
そんなことを考えている間に、少ない書類は片付けられる。

ラグナが書類に視線を落とした時から、スコールは執務机から二メートルの位置にある壁際に立って待機していた。
執務室で警護をしている時のスコールのお決まりの立ち位置だ。
其処なら、仕事をしているラグナの姿も、人の出入りがある扉も一目で確認できる配置になる。
この為、スコールはこの場に立つと、用事がなければ自分から動き出す事はない。
時には数時間に渡って直立不動を貫く時があるので、ラグナは時々、このままスコールがマネキン人形にでもなってしまうのではないかと思う事がある。

書類を終わらせてから、ラグナはじぃっとスコールを見ていた。
その視線に気付いていない訳ではないだろうに、スコールは気に留める様子はなく、沈黙して仕事に従事している。
そんな少年を見る度、真面目だなあ、と思う傍ら、ラグナは細やかな悪戯心を刺激された。


「スコール」
「……はい」


名前を呼ぶと、スコールは一拍置いてから返事をした。
蒼の瞳が向けられる事にラグナは表情を緩め、こっちに、と手招きする。
スコールは眉根を寄せつつも、入口の方をちらりと確認だけ済ませて、執務机へと歩き出した。

机を挟んでラグナの正面に立ったスコールだったが、ラグナはにっこりと笑って、椅子の肘掛をぽんぽんと叩く。
その意図する所を読み取って、スコールの眉間には深い皺が寄せられた。
が、睨んでもラグナが表情を変えないのを見ると、判り易い溜息を吐いて見せ、心なしか遅い足取りで机を回り込む。


「何か────」


御用ですか、と言うスコールの言葉を、ラグナは最後まで聞かなかった。
届く距離になったスコールの腕を捕まえて、ぐいっと引き寄せる。
予想していなかった訳でもないだろうに、何処かで油断しているのか、スコールは踏鞴を踏んでラグナの下へと体を傾けた。

とすっ、とラグナの腕の中へ、スコールが落ちて来る。
目を見開いている少年をそのまま抱き寄せ、ラグナは膝の上にスコールを乗せた。


「な……おい!」
「ほらほら、大きな声出したら人が入って来ちゃうぞ」


それまでの鉄面皮が嘘のように、真っ赤になって声を荒げるスコールに、ラグナはくすくすと笑って言った。
スコールは悔しそうに歯を噛んで、じろりとラグナを睨む。


「あんた、仕事中だろう。ふざけてないで真面目に」
「仕事なら終わったよ。書類、大して数がなかったから。だから今日のお仕事はもうお終い」
「あんたはそうでも、俺はまだ任務があるんだ」


スコールにとって、ラグナの傍にいる限りは、仕事は継続しているのだ。
ラグナの仕事が終わったからと言って、睦言に感けられるような時間はない。

しかし、ラグナは構わず、スコールの唇に己のそれを重ねた。


「んぅっ……!」


予告もなく重ねられた口付けに、スコールが目を丸くする。
突発的な出来事に弱いスコールは、驚いた表情のまま、体を硬直させていた。
それを幸いと、ラグナはスコールの腰に腕を回して、まだ青さの残る細い体をしっかりと抱き締める。

絡めた舌をゆっくりと撫でから、ちゅ、と音を立てて唇を離す。
ほう、と心なしか濡れた吐息が、スコールの唇の隙間から漏れた。
微かに上がった呼吸を整えるように、スコールは少しの間肩を揺らした後、


「……人、来ないんだろうな」
「うん」


スコールの問に、ラグナはきっぱりと頷いた。
何の根拠もなく。

ラグナの返答に根拠がない事はスコールも判っていたのだろう、ちらりと蒼の瞳がドアを見る。
今はまだ帰って来る様子のない執政官達だが、記者団への対応が終わったら、順次引き上げて来るに違いない。
早ければ今からでも戻り始めていても可笑しくない頃だ。

だが、スコールの腰を抱く男の手は、確りとしていて離れそうにない。


「……一回だけだ」


赤い顔で、視線を明後日の方向に逸らしたまま、スコールは消え入りそうな声で言った。
うん、とラグナは頷いて、SeeD服の詰襟に指をかける。

制服を脱がせれば、其処にあるのは発展途上の青い果実。
禁断の園を暴くような背徳感を覚えながら、ラグナはその味をゆっくりと味わったのだった





SeeD服って禁欲的な雰囲気になるのが良いですね。
そしてそれを脱がせたい。

キロスとウォードはその内帰って来るけど、察して中には入って来ないと思います。
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[レオスコ]フレグランス・メモリー

  • 2017/08/08 20:00
  • カテゴリー:FF


これだから夏は嫌いなんだ、とぎらぎらと輝く太陽に照らされ、灼熱になったコンクリートの上を歩きながら思う。

夏期講習なんて申し込むんじゃなかった。
そんな事を思うのも、今回が初めての事ではなく、毎年恒例の事だった。
恒例であるのに、毎年申し込んでしまうのは、休み明けのテストに備えたいからだ。
クラスメイトのティーダやヴァンは、「スコールなら勉強しなくても平気だろ」等と言うけれど、スコールの成績は日々の努力を重ねる事によって得たものである。
何もせずにテストで100点が取れるなら、スコールだってそうしたいし、折角の夏休みを勉強時間で潰すのもバカバカしいと思っている。
それでも、テストの結果や成績の上下と言うものが気になるから、やはり夏期講習は申し込まなければと思う。

夏期講習は午前中に学校の指定教室で行われる。
登校時は日差しがまだ強くはないので───暑い事に変わりはないが───、まだ楽だったが、帰りはそうもいかない。
講習が終わるのは正午前で、太陽が蓄えたエネルギーを発散させている真っ最中だ。
建物による影も短く、ただ只管、焼かれながら帰り道を行くしかない。

校内の自動販売機で買ったペットボトルの水は、初めこそよく冷えていたが、時間経過と共に涼を逃して行く。
中身はもう半分もなく、家に着く前に全てを飲み干してしまいそうだ。
コンビニで冷凍ペットボトルを買った方が建設的だったかも知れない。
でもあれは買った直後は直ぐには飲めないし、水が欲しいと思った時は、その場で直ぐに喉を潤したいものだ。
登校中に立ち寄れば良かったか、と今になって考えつつ、でもそれだと荷物が増えるし、解け始めた時の水滴が、とも考える。
ぐるぐるとそんな事ばかりを考えているのは、勉強疲れと、熱さにやられた意識が現実逃避をしているからだろう。

平時の登下校なら、こんなにも辛い思いはしなくて良い。
スコールの住むマンションから学校までは、バスが通っているから、それに乗っていれば良い。
登校時はラッシュ宜しく混み合うので好きではないのだが、帰りは自分で時間を調整して、空いている時に乗れば良いので楽だった。
しかし、バスの時間は朝夕の本数が多い代わりに、昼は少なく、一本を逃すと次は30分以上は待たなければならない。
こんな炎天下で、日陰もないバス停で棒立ちになっている位なら、歩いて帰った方が良い。
そう判断して、のろのろと歩いていたスコールだったが、既に後悔し始めていた。


(バスが来る時間まで、図書室にでもいれば良かった…)


スコールの学校では、夏休みでも図書室が生徒向けに解放されている。
だから夏期講習が終わった後、其処で自主勉強する者や、読書なりと休憩して行く者も少なくない。
スコールもそうする時があるが、今日は早く帰ってのんびりしたかったので、帰路を急いだのだが、その為の判断を若干誤った気がしないでもない。

とは言え、家路はそろそろ半分になる。
今から戻ると言うのも尚の事バカバカしいので、スコールは残る気力を振り絞って、歩を進めていく────と、ププッ、と短いクラクションが聞こえて、顔を上げる。


「……あ」


横断歩道で信号待ちをしている車の先頭に、見覚えのある色がある。
運転席でハンドルを握り、片手を挙げた男と目が合う────スコールの兄、レオンだ。

気付いた、と片手を挙げて合図すると、レオンは嬉しそうに目を細めた。
レオンは斜向かいの位置にある小さな有料駐車場を指差す。
スコールは頷いて、横断歩道を渡ると、90度向きを変えて、駐車場行きの信号が青に変わるのを待った。

駐車場は近辺の飲食店を使う人向けに整備されている他、30分程度の駐車なら無料で使える。
レオンは其処に車を止めると、追って来る弟の為、助手席のロックを開けた。
運転席側に回ろうとするスコールに、レオンは助手席を指差して、開いてる、と口を動かす。
スコールはほっとした表情を浮かべて、いそいそと助手席側へと移動した。

ドアを開けると、ひんやりとした冷気が、スコールの赤らんだ肌を撫でた。


「夏期講習、お疲れ様」
「ん。レオンも、仕事帰り?」
「ああ。……腕、真っ赤だな。大丈夫か?」
「……あまり」


言葉少なく、大丈夫じゃない、と答えるスコールに、レオンは眉尻を下げて苦笑する。


「バスを待たなかったんだな」
「待つより歩いた方が早いと思ったんだ。でも、こんなに暑いと思わなかった」


赤らんだ肌を摩り宥めながら、スコールは苦い表情で言った。

車内はクーラーのお陰で、快適な温度だ。
外の熱に焼かれていたスコールにとっては、温度差で少し肌寒くも感じる程である。
ヒリヒリと痛むように熱を持つ肌を摩っていると、レオンがグローブボックスに手を伸ばした。


「確か此処に……ああ、残っていたな。使って良いぞ」


そう言ってレオンが差し出したのは、冷感ボディクリームだ。
レオンもスコール同様、熱に弱いので、外歩きの時には必需品となっている。

有難く借りる事にして、スコールはクリームを日に焼けた腕に塗った。
塗り伸ばした所にクーラーの風が当たると、ひんやりとして心地が良い。
その傍ら、ほんのりと甘い香りがスコールの鼻孔を擽り、何処かで感じた覚えのある匂いに、何処だったか、と考えつつ、クリームの蓋を締める。


「助かった。ありがとう」
「ああ。其処に戻しておいてくれ。で、今日はもう帰るのか?」
「そのつもりだった」


それじゃあ、とレオンはスコールにシートベルトを締めるように促した。
スコールがベルトをロックさせると、レオンはサイドブレーキを上げて、ゆっくりと車を発進させる。

炎天下を歩いていた時は散々だと思っていた家路だったが、今はバスを使わないで良かった、とスコールは思った。
図書室で待ち、バスを待っていれば快適だっただろうが、代わりに兄に逢う事はなかっただろう。

進む道の向こうに、陽炎が昇っている。
ラジオから都内の気温が35度を越えていると聞いて、レオンに逢わなかったら熱中症になっていたかも知れない、と思う。
次の講習の時は、無理に帰ろうとはせずに、図書室でバスを待つ事にしよう。
今日は偶然レオンに拾って貰えて助かったが、毎回都合良く彼と合流できるとは限らないのだから。

車を走らせながら、レオンが言った。


「ちょっとドラッグストアに寄るか」
「何かいるのか?」
「ああ、さっきの冷感クリームをな。お前用にも買った方が良いかと思って」


普段、スコールはインドア生活が主であるから、日焼けを気にする事は少ない。
しかし、全く外界に出ない生活と言うのは無理なもので、夏期講習に買い物にと、出掛ける機会は多かった。
大抵は太陽が本気を出す前の午前中か、陽が傾いて気温が下がり始めた頃に済ませるようにしているのだが、毎回都合の良いタイミングで時間が捻出できる訳ではない。
夏本番となって陽が長くなれば尚更で、暑い内から行動しなければならない事も増える。
日に焼けると痛みを発してしまう肌質なので、ケア用品はあるに越した事はない。


「でも、そのクリーム、意外と匂いが強いんだな」
「……そうなのか?」


レオンの言葉に、スコールはクリームを塗った手首を鼻に近付ける。
意識して嗅いでみると、確かに甘い香りはするが、運転席にいるレオンにまで届く程とは感じない。


「……?」
「まあ、俺も普段は気にしていないんだけどな。自分でつけてると判り難いのもあるし」


自分の体から放たれる匂いに、自分自身は鈍いものだ。
況してやレオンは普段、一人で行動している時に使っているから、香料の具合を深く気にする機会もなかったのだろう。

スコールはもう一度手首を鼻に近付けた。
くん、と嗅いでみると、柔らかな甘い匂いがして、スコールの記憶中枢が震えた。


(そう、か。レオンの、匂い……────)


レオンが持っているクリームなのだから、レオンからその匂いがする事があるのは当然だ。
が、それを感じた時の記憶まで思い出すと、スコールの無性にむず痒くなった。

赤信号で車がブレーキを踏み、ゆっくりと停止する。
目的のドラッグストアの看板が見えた所で、レオンはふと、隣に座っている少年の顔が赤らんでいる事に気付き、


「どうした、スコール。暑いのか?」
「い、や、」


なんでもない、と言って、スコールは明後日の方向を向いた。

ドラッグストアの駐車場に車が入り、停止する。
行こうか、と言われて、スコールは赤い貌を必死に戻そうと意識しながら───残念ながら、その努力は然したる効果がないのだが───、車を降りた。



クリームは違う匂いのものか、あれば無香料のものにしよう。
そうしないと、香りを感じる度に思い出してしまいそうで、とてもではないが使っていられそうにない。

────そんなスコールの思いも虚しく、一つだけ残されている商品棚を見て、一人悶える事になるのであった。





結局買って、使う度に色々考えるスコールと、スコールから匂いを感じるようになって後になって色々察するレオン。
お互いに意識し合って使えばよいと思います。

どっちかが先になくなったら、相手のちょっと分けて貰ったりして、それも余計に意識したら良い。
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[カイスコ]黄金に揺蕩う

  • 2017/07/14 23:44
  • カテゴリー:FF


歪の中で遭遇したのは、魔法を得意とするイミテーションの群れだった。
スコールとカインと言う構成で、この群れに遭遇したのは痛い所だったが、幸い、歪が生まれて間もなかったのか、イミテーションのレベルは高くない。
手痛い攻撃を食らう前に一気に肉薄し、詠唱の為に動きが鈍るものを先手を打って屠って行く。

その最中、少女がごく短い詠唱の後、スコールに向かってスリプルを放った。
しまった、と思った瞬間には既に効果は現れ始め、スコールの足元がぐらりと揺れる。
好奇と他の魔法使い達が攻撃の詠唱に入った瞬間、スコールはぎりっと奥歯を噛んで強く踏み込み、それまでを遥かに上回る速度で敵を殲滅し始めた。
睡眠魔法は厄介なもので、浸透してしまうと、完全に意識が途切れてしまう。
効果が完全に体を犯してしまう前に、敵を殲滅し切れなければ、スコールの命はない。

気迫で意識を繋ぎ、途切れそうになる意識は己の咆哮で奮い立たせる。
正しく獅子奮迅たるその姿に、心を持たない筈の模造すら怯んだように見える程であった。

そして、最後の一体となった皇帝に向かって走り出そうとした瞬間、


「……っ!」


ぐわん、と頭の芯が揺さぶられ、一瞬スコールの意識がブラックアウトした。
重心の崩れた体を右足を出して支えるが、その僅かな隙こそが命取りである。
魔法を完成させた皇帝が、本人と寸分変わらない高慢な笑みを浮かべ、魔法陣を浮かび上がらせる。

その頭部を鋭利な槍が突き刺し、縦一直線に皇帝の体が割り砕ける。
紫色の結晶を巻き散らして粉々になっていく皇帝の断末魔は、長く続かないまま、闇の世界の彼方へと消えた。

スコールが顔を上げた時、皇帝がいた場所には、槍を携えた男が立っていた。


「これで終わりだな」
「……ああ」


血を払うように槍を振るったカインの言葉に、ふらつく頭に手を当てて顔を顰めながら、スコールは辺りを見回しつつ頷いた。
睡魔の所為で頭の芯がぼやけている所為で、視界まで霞んで見える。
それでも、辺りに新手の気配が見当たらない事だけは確かめる事が出来た。

歪の解放が済んだのであれば、いつまでも内部にいる必要はない。
出るぞ、と言うカインの後を追う形で、スコールも歪を脱出した。

何処か重くまとわりつくような気配を持つ闇の世界を脱出すると、辺りは夕暮れに包まれていた。
歪があったのは切り立った崖の上で、その向こうには柱のように伸びた細い山岳が連なっている。
丁度、柱の群れ真っ赤な太陽が沈もうとしていた。
突き刺すような眩しさで目を射抜かれて、スコールは目を細めたが、瞼を下ろすとまた睡魔がやって来る。
こんな所で、頭を振って睡魔を追い出そうと試みるが、


(……駄目だ。眠い。……くそ)


口の中で悪態を零して、スコールは霞む意識を誤魔化そうと、奥歯を噛み締めた。
戦闘中からそんな事を繰り返しているので、歯がぎしぎしと嫌がっている気がする。

────ふ、と太陽を前にしていたスコールの視界に、影が落ちる。
光を遮ったのは、カインの体だった。
それを見上げる余裕もなく歯を噛んでいるスコールの肩が掴まれ、軽い力で引き寄せられる。
強い眠気で抗う力を持たない体は、容易く固い鎧の胸へと寄り掛かった。


「辛いのなら、少し眠れ」


スコールが戦闘中に催眠魔法をかけられたのを、カインは見ていた。
此処にセシルがいれば彼がエスナで回復させる事が出来たのだろうが、ない物強請りをしても仕方がない。
それからはスコールが倒れるようなら、即座に助太刀に向かえる距離で戦い、折々に様子を伺った。
だからスコールが、決して短くはない間、気力だけで意識を繋ぎ止めていた事も、気付いている。

戦士達の魔法に対する耐性と言うのは様々で、魔法への得手不得手だけでもかなり差が出る。
更には、魔法が不得手なものの中でも、決して小さくはない差があった。
その違いが何処から生まれるのか考察してみると、元の世界の影響と言うべきか、出身の世界でどれだけ魔法が普及しているかと言う点が大きな違いとなっていた。
スコールはその法則が完全に当て嵌まっており、彼の世界では魔法は“魔女”のみが持ち得る特殊な力であり、スコールが扱えるのはそれを科学的に解析した“疑似魔法”のみとなっている。
“疑似魔法”の威力は本物の魔法に比べれば取るに足らないもので、比例して使用者の魔法の耐性も───魔法が有り触れている世界の者に比べると───各段に劣る。
特に精神分野へ影響を及ぼす魔法の効果は顕著に出た。
スコールはジャンクションと言う方法で耐性力を底上げしているが、元々の数値の差と言うべきか、やはり全体的に見るとスコールの魔法耐性力は低い。

そんなスコールが、レベルが低いとは言え、少女のスリプルを食らってからも戦い続けていたと言うのは、大したものである。
しかし、食らった魔法の中和力も弱い為、時間経過で睡魔が散る事もなかった。
最後の最後でスコールの意識が一瞬途切れたのは、その所為だ。
戦闘を終えた今でも睡魔が消えないのも、理由は同じだろう。

だから、眠れ、とカインは促した。
スコールは固い鎧に寄り掛かったまま、苦い表情を浮かべる。


「……こんな所で眠れるか」


傍らには、解放したとは言え、歪がある。
歪に入る前に蹴散らしたが、この辺りは魔物の気配も少なくはなかった。
とても眠れるような場所じゃない、と反論するスコールに、カインはふむ、と頷き、


「確かにそうだな。なら、移動するか」
「!」


そう言うなり、カインはスコールの腰に腕を回し、ひょいっと持ち上げた。
足元が僅かに地面から浮くのを感じて、スコールは目を丸くする────その間に、更に強い浮遊感が襲った。
スコールを腕に抱き寄せたまま、カインが大きくジャンプしたのだ。


(近い、と言うか高い……っ!)
「暴れてくれるなよ。落とし兼ねんからな」


言われずとも、とスコールは浮遊感に足掻きたくなる体を宥めて大人しくする。

竜騎士として鍛えられたカインのジャンプは、常人のそれよりも遥かに高い高度まで瞬時に到達する。
経験によって培われた視野と勘で、着地ポイントに寸分狂わずに降り立ち、また其処から予備動作なしで飛び立つ。
高いジャンプ力の為に鍛え抜かれた下半身を主に、全身に渡って無駄のない筋肉に覆われているので、重い鎧を着ている状態でも、この技が衰える事はない。
長身の割に細身であるスコールを抱えても尚、カインのジャンプ力は平時と全く見劣りしなかった。

主に戦闘中、獲物を明確に捉える為に習得された技術だが、これは移動にも役立っていた。
頂点に達した一瞬の浮遊感から落下へ、着地したと思ったらまたジャンプ。
それを繰り返した末に、カインが最後に着地したのは、歪のあった場所から数百メートル離れた場所に立っていた、岩の柱の上だった。


「此処なら、イミテーションも来ないだろう。少しは安全だ」
「……場所が安全とは思えないけどな」


腰を抱いていた腕が離れ、ふらつきそうになる足元を今しばらく耐えながら、スコールは辺りを見回して言った。

遠目に見ていた岩の柱は、柱と称する通り、かなりの高さがある。
足場に出来る場所は十メートル程度の広さがあるので、ジタンやバッツのようなアクティブな寝相の者でも、先ず転がり落ちる事はないが、端に柵のようなものがある訳でもない。
際でうっかり足を滑らせようものなら、数百メートル下の地面まで落ちるしかない。

だが、そんな環境であるからこそ、安全と言えば安全だろう。
イミテーションはおろか、魔物の気配もないし、混沌の戦士の襲撃については絶対とは言い切れないが、こんな僻地にわざわざ出向く酔狂は早々いない筈だ。

しばらく周囲を見回していたスコールだったが、ゆらゆらと頭の芯が揺れるのを感じて、眉根を寄せる。
スリプルの魔法がいよいよ浸透して来たのか、安全地帯に来たとあって気が抜けたのか、睡魔を堪えるのが辛い。


「……少しだけ寝る」
「ああ。見張りは俺がやるから、気にせず休め」
「……悪い」
「構わんさ。お前も道中で歩きながら寝落ちたくはないだろう」
「……ん」


眠ろうと決めたからか、また瞼が重くなる。
スコールは落ち着けそうな場所を探し、一つ大きな岩を日陰にして地面に横になった。

蹲って間もなく、土を踏む音が近付いて来る。
薄らと瞼を開けて視線だけを巡らせると、同じ岩陰の中で、特徴的な兜の形が見えた。
いつも槍を握る皮の厚い指が、スコールの頬に触れる。
それはほんの一瞬、掠めるような触れ方だけで、直ぐに離れて行った。

背にした岩にカインが腰を下ろす、兜がゆっくりと外される。
橙を帯びた金糸が風に揺れる光景を見詰めながら、スコールはゆっくりと眠りの淵へと落ちて行った。





スコール片腕に抱えて平然とジャンプするカインが浮かんだので。

甘さとはなんぞやと思うような微妙な距離感のカイスコが好きです。
ふとした時に触れて、気が済んだら離れて、お互いそれ位が気が楽。

タイトルの読みは「こがねに揺蕩う」です。
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