[オニスコ]僕だけの為の先生
- 2016/03/08 21:42
- カテゴリー:FF
教育熱心な両親の薦めで、家庭教師を雇う事になったのは、今から半年前の事。
自分でも自覚がある程に成績優秀な自分が、どうしてそんなものを必要としなければならないのか、初めの頃は随分と反発したものだ。
なんでも、両親同士が知り合いで、相手方の息子は進学校に在籍しており、成績も優秀だから信頼できると言うが、ルーネスには其処は大した問題ではなかった。
きちんとした教育免許を持った大人ならまだしも、アルバイト、それも大して年齢の変わらない高校生になんて、何を教われと言うのか。
今にして思えば、随分と生意気な言い分であるが、当時はそれを言い切れるだけ、自分に自信があったのだ。
結局、両親に辛抱強く説き伏せられ、先ずは一ヶ月だけのお試しと言う期限を設けた上で了承した。
その間に自分が如何に優秀かを見せつければ、家庭教師の方も「教える必要はない」と退散してくれるだろう、と言う腹積もりで。
しかし、意外にも、半年が経った今でも、家庭教師は止める事なく続いている。
それ所か、週に二回の家庭教師を伴った勉強の時間を、ルーネスは待ち遠しく思うようになっていた。
彼が家に来る事が、自分の部屋で二人きりで勉強をする時間が、楽しみになっていたのである。
その待ちに待った時間、ルーネスは学年末テストの結果を彼に見せた。
其処に綴られた点数を見て、彼───スコールは、鉄面皮に近い顔を、僅かに緩ませる。
「オール満点か」
「ね、言った通りだったでしょ」
胸を張って言うルーネスに、確かにな、とスコールは言った。
学年末テストが実施された直後、ルーネスはスコールに対し、「絶対に全部100点だよ」と言い切っていた。
スコールに見て貰いながら、自己採点も繰り返し、それも全てパーフェクト。
何も心配する事はない、と言うルーネスの自信は、確固たるものであり、その言葉の通り、ルーネスは見事に完全勝利を収めたのだった。
が、それだけの結果を得ても、ルーネスはそれ程の達成感を感じてはいない。
「どの教科も簡単過ぎるんだよ。スコールが作る問題の方がずっと難しかったもの」
同級生の中でも頭一つ抜きん出て優秀な成績を収めているルーネスである。
クラスメイト達が頭を抱えるような問題でも、ルーネスにとっては大した問題にはならなかった。
それよりも、週に二度の過程授業で行われる際に使われる、スコールが手作りした問題の方が、余程レベルが上だと思う。
その言葉には、スコールも少なからず嬉しく思う所があるようで、彼は表情だけはいつもと同じ平静を崩さないまま、白い肌を微かに紅潮させる。
「……それなら、作った甲斐があったな」
「お陰で先生の意地悪な引っ掛け問題にも引っ掛からなくなったし。あれ、絶対に僕を狙って作ってたと思うんだよね」
ルーネスの言葉に、それは幾らなんでも考え過ぎじゃないか、とスコールは思ったが、口には出さなかった。
ルーネスの学校の詳細について、スコールはよく知らない。
中学生にしては優秀過ぎる成績を納め、性格については小生意気さが目立つルーネスに対し、大人が気に入らないと思うのは無理もないだろう。
スコールも似たような所があり、在学中の高校では教員から露骨に目の仇にされている自覚があるので、ルーネスの言う事が強ち思い込みとも言い切れなかった。
家庭教師の授業が始まった頃は、スコールもルーネスに対し、生意気な子供だと思っていた事もあるので、ルーネスの扱いに手を拱いている教員の気持ちも判らなくはない。
しかし、こまっしゃくれた顔が目立つ反面、ルーネスは素直な所も多い。
成り行きから始める事になったルーネスの家庭教師を、子供が苦手と自覚していながら、半年が経った今でも辞める事がなかったのは、徐々に顔を出す少年の素直さに絆された所もあった。
ルーネスは返されたテストを引き出しに入れ、今日の授業の為にノートと教科書を取り出した。
教科書には中学三年生用と記されており、本来ならルーネスはまだ持ってもいない物である。
この三年生の教科書は、スコールが中学生の時に使用していたもので、今の内に来年度の予習をしたい、と言うルーネスの希望の下、棄て忘れて残していたのを譲って貰ったのだ。
「えーと、先ずは……そうだ、宿題のプリント、やって置いたよ」
「ああ。採点するから、こっちの問題集の7ページをやっておけ」
「はーい」
ルーネスが教科書に挟んでいた宿題のプリントを渡すと、スコールからは問題集が渡される。
少し古びた───それでも丁寧に使われていたのだろう、綺麗なものではある───教科書と違い、問題集は新品同然で、表紙にもまだ光沢がある。
これは来年度の授業を始めた次の授業の時、スコールがわざわざ本屋で購入して来てくれたものだった。
指定されたページを開いて、教科書とノートを参考に、問題を解いていく。
ルーネスにはどれも簡単な問題ばかりであった。
すらすらとシャーペンを走らせていると、彼の為にと用意した椅子に座り、宿題の採点をしていたスコールに名を呼ばれる。
「ルーネス」
「何?」
「計算ミスだ」
「えっ、うそ!」
スコールの言葉に、ルーネスは慌てて席を立った。
スコールの下に駆け寄り、「何処?」と詰め寄ると、スコールはプリントを見せた。
殆どが正解で埋まっている問題の中、最初の計算問題の中から、二問に不正解のバツがついている。
「うそぉ……」
プリントを手に愕然とした表情で立ち尽くすルーネス。
そんな教え子に、スコールは硬い口調で言った。
「見直しをしなかったな。お前の悪い癖だ」
「……うう……」
スコールの指摘に、ルーネスはぐうの音も出なかった。
幼い頃から頭が良く、自分に自信がある所為か、ルーネスは余りテストの見直しをしない。
その所為で、こうした些細なミスを見逃してしまい、失点を喰らう事が儘あった。
スコールからもそれを注意され、テストの際には二度、三度と見直しをするようにと念を押されている。
お陰で学年末テストは満点を取れた訳だが、テストが終わって気が抜けたか、やっつけ仕事と宿題を終わらせてしまった為に、一切見直しをしなかった。
しゅんと落ち込むルーネスに、スコールはしばしの沈黙の後、立ち尽くすルーネスの頭をぽんぽんと撫でた。
きょとんとした顔でルーネスが顔を上げると、スコールの手は直ぐに離れ、蒼の瞳は明後日の方向を向いている。
「……次の時に活かせ。それで十分だ」
「……はい。気を付けます」
スコールの言葉に、ルーネスは素直に頷いた。
落ち込んでいた翠の瞳に光が戻り、やる気を取り戻して、ルーネスは机に向き直る。
問題集に取り組み直す前に、ルーネスは添削されたプリントを拡げた。
バツが書かれた部分を確認し、確かに計算ミスがある事を確かめてから、消しゴムをかける。
一から順に計算し直して、更にそれを改めて確認してから、ルーネスはプリントをスコールの下へ持って行った。
「直したよ」
「………よし。正解だ」
書き直した部分を確認して、スコールは赤ペンを滑らせた。
正解の丸が綴られ、返されたプリントを見て、ルーネスは満足に笑む。
そんなルーネスをしばし見詰めた後、スコールはふと思い出す。
「そう言えば、お前の親御さんから、来年も頼むと言われたんだが」
「頼むって、何が?」
「家庭教師の事だろう。来年は受験もあるから是非、と」
そう言ったスコールに、ルーネスの瞳が輝く───が、逆にスコールは渋い顔をしている。
その表情に引っ掛かりを覚え、ルーネスは訊ねた。
「駄目なの?」
「…駄目と言うか……俺も大学受験があるからな……」
「あ……」
大人びた表情と、落ち付いた態度の所為か、他人に───ルーネスも含め───度々忘れられ勝ちであるが、スコールはまだ高校生だ。
現在二年生なので、来年になれば三年生、ルーネスと同様に受験を控えている。
進学校に在籍しているので、受験に向けた勉強そのものは一年生の時から始まっており、二年生の夏頃から更に本腰を入れる仕様となっているらしい。
受験当日まで一年を切っている来年度からは、志望校を定め、各自更に的を絞って勉強して行く事になる。
それを思うと、よくそんな環境で、ルーネスの家庭教師を始めたものだ───これには各両親それぞれの想いがあったようだが、ルーネスは詳しく聞いてはいない。
ともかく、自分の人生の一大転機にもなり得る時期に、他人の面倒は見ていられないだろう。
それを思うと、ルーネスは何も言えなかった。
口を噤んでも、素直なルーネスの感情は、表情に出てしまう。
唇を噛んで俯くルーネスに、スコールは視線を彷徨わせていた。
なんとも気まずい空気が、部屋の中を支配して、重苦しささえ感じる。
(僕の受験の為に、スコールに我儘を言っちゃいけない。でも……)
スコールが家庭教師を辞めるなら、他の誰かが雇われるのだろうか。
両親はそれを薦めて来るかも知れないが、ルーネスはスコール以外に教わる気にはならない。
勉強の教示力への信頼性は勿論の事、ルーネスはスコールと過ごす二人の時間が好きだった。
滅多に褒めない彼が、不器用に褒めてくれた時や、すこしぎこちなく頭を撫でてくれた時など、手放せないものは幾らでもある。
だが、それはルーネスの都合であって、スコールの都合は全く違う。
「……仕方ないよね。受験だもの」
ルーネスが言える事は、それしかなかった。
仕方がない、と言う言葉に全ての気持ちを押し隠し、彼の邪魔をしないように退散する。
もやもやとした気持ちに目を逸らし、机に戻って、勉強の続きをしようとした時だった。
「……夏、までなら」
聞こえた言の葉を、ルーネスは直ぐに理解出来なかった。
理解が追い付いた後も、聞き間違いかと思ったが、彼の声を、言葉を、聞き間違える事は有り得ない。
振り返ると、スコールは此方に視線を向けてはいなかった。
蒼灰色の瞳を明後日の方向へと流し、ペンを手にしたままの手で口元を隠しながら、スコールはもう一度言う。
「夏までなら、此処を続けられる。…と、思う」
「……本当?……でも、受験でしょ?」
スコールの言葉に思わず声に喜色が混じったルーネスだったが、直ぐにそれを押し殺した。
自分の為に、スコールが此処に残ってくれるのは嬉しいが、彼の足を引っ張りたくはない。
もどかしい気持ちで、念を押すように訊ねると、スコールは少しの沈黙の後で、
「両親から聞いたが、お前の希望校は俺が通っている学校なんだろう」
「うん。そのつもり」
「対策や範囲や、変わっている所もあるだろうが、出来る事はしよう」
きっとスコールは、ルーネスの気持ちを察して、もうしばらく家庭教師を続けようと言ってくれているのだろう。
しかしルーネスは、どうにも両手話で喜べず、煮え切らない態度を見せてしまう。
「……その……本当に良いの?」
「……ああ。ただ、来れる回数は減ると思う」
「そんなの良いよ。それ位。スコールの迷惑にならないのなら」
「迷惑だったら、最初からこの話は断っている」
何度も確かめるルーネスに、スコールはきっぱりと言った後、
「……それとも、お前は俺が此処に来るのが迷惑か?」
「そんな事!」
スコールの問い返す言葉に、ルーネスは迷わず首を横に振った。
それを見たスコールが、ふっと口元を緩める。
滅多に見る事のない、柔らかく温かい、スコールの優しい微笑み。
決まりだな、と言うスコールに、うん、と頷きながら、ルーネスは胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。
3月8日と言う事で、オニスコ!
……なんだけどうちの二人はいつもカップリング未満な気がする。まあ良いか。
スコールもルーネスも、頭が良いだけに周囲と上手く馴染めず、コミュニケーションの仕方に難あり(ルーネスの方はまだマシ)。
そんな息子達を心配したそれぞれの両親が、なんとなく似通ってる者同士なら判り合える事もあるんじゃないかと逢わせてみた……と言う設定を作中に書き切れなかった。